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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
9/75

09





転移魔法を習得してから、レオンは宣言通りに毎日レイズ家に訪れるようになった。

私の部屋には何度も来ているため、部屋へ直接転移することも出来るらしいが、いきなり現れると驚くだろうからときちんと玄関前に転移してくれている。

ただ、たまたま執事や侍女がドアを開けた瞬間に転移してきて──なんてこともあったらしく、執事や侍女たちは心臓に悪いと言っているようだが。

ちなみに転移魔法を習得したことについて魔法の家庭教師に伝えたところ、大興奮でしばらく話にならなかったらしい。

レオンなりの発動方法に関する解釈を伝えても、家庭教師は発動出来なかったらしいので、やっぱりレオンは普通じゃないのだろう。


いつもならとっくに起きて、きちんと身だしなみを整えて、レオンが来るのを待っている時間。

私はいまだに、ベッドから出られないでいた。

今日は本当ならば、ハインヒューズ別邸でお義母様による淑女教育が行われる日だった。

一時間ほど前にお断りの手紙を出したので、そろそろ届くはずだ。

……レイズ家とハインヒューズ家は、手紙のやり取りをするのは私とレオンだけだ。

一瞬で届く手紙の転送をしても、届き先はレオンの元。

淑女教育を行ってくださるのはお義母様なので、レオン経由でお義母様に……というのは大変失礼にあたる。

だからこそ、お義母様宛で、騎士の一人に届けてもらっているのだ。

そもそもの原因は、私の体調不良である。

端的に言ってしまえば、生まれて初めて、月のモノが来てしまったのだ。

昨夜、寝る前にお花をつみに行ったところ、血が垂れ、ひどく動揺してしまった。

年齢的にはいつ来てもおかしくなかったし、侍女やお母様にも教えていただき、知識自体はあったのだが。

それを忘れてしまうほどに驚いて、つい声をあげてしまったくらいだ。

慌てて飛び込んできた侍女に説明すると、侍女は一瞬驚いた顔をしたものの、どこか嬉しそうにニコリと笑った。

月のモノが来るということは、体が、少女から女性へなろうとしていることの証明なのだそうだ。

女性の体になれば、その、レオンの子どもを授かることが、出来るらしい。

けれどその反面、人によっては月のモノの間、腹部に痛みがあったり、気分が悪くなったりすることもあるようだ。

私はその、“気分が悪くなる”に含まれたらしい。

昨夜は動揺からか寝付きがよくなく、朝起きた時から、ずっと気持ち悪さに襲われているのだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「あまり……大丈夫では、ないわ」

「こればっかりは、わたくしどもでは何も出来ませんので……。気休め程度ですが、これをお飲みください」


器の中には、緑色の液体が入っている。

若干どろりとした粘度を持っており、見慣れたそれは、薬草をすり潰したものだとわかる。

レイズ領では盛んな薬草栽培のおかげで、王都に比べ、はるかに薬草が手に入りやすい。

その代わり、回復薬は手に入りづらいが。

幼い頃から、怪我をしたら薬草をすり潰して患部に、風邪をこじらせれば、薬草をすり潰して飲む、というのが風習になっているのだ。

薬草そのものに回復効果が見込まれるため、軽度であれば、それで改善する。

ただ、気分の悪さに、薬草は通用するのだろうか?

差し出されるまま薬草汁を口に含む。

正直、青臭いしどろどろしているし、好んで飲みたくはない味だ。

けれど良薬は口に苦しというし、効果が期待出来るのなら、諦めるしかないだろう。

回復薬になれば、この味は多少なりとも改善されるのかしら……。


「失礼致します、お嬢様。レオンハルト様がお見えになられました」


コンコン、と扉をノックされる。

扉越しに、少しくぐもった、執事の声が聞こえた。

どうやらレオンが転移してきたらしい。


「どうぞ、お入りになって」


声をかけると、静かに扉が開いた。

扉の先には笑顔を浮かべるレオンの姿があったのだが──目が合った瞬間、レオンの笑顔はかき消え、さっと顔色が悪くなったのがわかる。


「リリィ!?どうしたんだ、いったい!」


慌てた様子でベッドに駆け寄ってくるレオン。

先ほど薬草汁を渡してくれた侍女は頭を下げ、部屋の隅へと移動していた。


「ごめんなさい、少し気分が優れないだけなの。だから、今日はハインヒューズ家にお邪魔できなくて……」

「そんなことはどうでもいい!医者には見せたのか?どこか痛むのか?」

「お医者様に診ていただく程でもないわ。原因はわかっているの」


レオンは納得していないようで、それではダメだろう、と首を横に振る。

このままでは、すぐにでもお医者様を呼びに飛び出してしまいそうだ。

レオンの服の袖を掴むと、レオンは眉根を寄せ、心配そうに、「どうしたんだい?」と優しく問うてきた。


「その、本当にお医者様は必要ないのよ。その……気分が悪いのは、月のものが、原因だから…………」


それを口にするのは本当に恥ずかしかった。

きっと私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。

レオンは暫しかたまった後、安心したのか、大きく息を吐き出した。


「ああ、よかった。もしリリィが何か病気だったとしたら、どうしようかと……!そうか、月のものには、異物除去の魔法付与では通じないのか……。困ったな、リリィを苦しめないために一番いいと思っていたんだが、これでは意味が無い。痛覚耐性にするか?……いや、もし病に侵された時、痛みを感じないと発見が遅れるし…………」


ブツブツと何か呟き出したレオン。

どうやら、常に私の首に輝いている魔石の効果に満足していないようだ。

これ以上高価なものを贈られても困るだけなので、ぜひやめていただきたい。


「っ、」

「リリィ!」


体を起こそうとした瞬間、腹部に痛みが走った。

思わず声をもらすと、レオンが悲鳴にも近い声で名前を呼んでくる。

ずくずくとお腹の奥を圧迫されているような、何かで刺されているような、なんとも言い難い痛みと、気持ち悪さ。

胃の腑がひっくり返るような不快感に、思わず口元を覆った。


「……私の愛しいリリィが苦しんでいるのに、何も出来ないなんて!」


月のものに関しては、その痛みも気持ち悪さも自分にしか理解出来ない。

当然レオンにもわからないだろうし、レオンからすれば、目の前で私が痛がっているのに何も出来なくて悔しい、とか思っているのかもしれない。


「大丈夫……これから、毎月あるんだもの。それに…………レオンとの将来のためにと思えば、これくらい、我慢出来るわ」

「リリィ………」


そう、この痛みも気持ち悪さも。

全部、レオンとの未来のためだ。

いつの日か、レオンとの子どもを授かるために、必要なこと。

そう考えれば、この痛みも、愛おしい……とはいえないが、大切なことだと我慢出来る。

本音を言うと、痛いのは嫌なんだけどね。


「ありがとう。女性はそうやって、男には理解出来ない痛みを背負ってくれるんだね。でも……やはり、リリィが苦しむのを、見ているだけしか出来ないのは、辛いものだな」


出来ることなら、変わってやりたいのに……。

そう続けるレオンは、本気でそう思っているのだろう。

そのうち本気で、感じる痛みを交換する方法、とか、魔法で開発しそうで怖い。

どうか口で言うだけにしてね、本当にお願いだから……!


「レオンハルト様、もしよろしければ、お嬢様のお腹を温めて差し上げてください。それにより、多少は痛みが落ち着く方もいらっしゃいますので」


侍女の言葉に頷き、レオンがそっと手を伸ばす。

ベッドの掛け布団越しにお腹に触れるレオンの頬は、ほんのりと赤らんでいる気がした。

掛け布団越しだからレオンの体温なんて感じられないはずなのに。

どこか、じんわりと温かく感じたのは、気のせいだろうか?

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