08
レオンは紅茶を飲み終えたあと、柔らかく微笑み、ソファに座る私へ手を差し出してきた。
首を傾げながら、彼の手を取り、立ち上がる。
するとレオンは私の腰を抱き寄せ距離を縮めると、ちゅ、と頬にキスを落としてくる。
「愛しいリリィ。もしよかったら、私に少し付き合ってくれるかい?」
「え、ええ……。それは構わないけれど、何をするの?」
「出かけよう」
私の問いに、レオンは楽しそうに笑うだけだった。
「えっ」
「そうだな、まずはわかりやすい別邸へ向かおうか。そのあと王都の本邸に行こう。リリィは王都で買い物をしたことがないだろう?ちょうど収入もあったし、何かリリィに似合うものを贈らせてくれ」
思わず声を漏らすが、レオンはニコニコ笑いながら出掛け先の提案をしてくる。
どうやら、私にも転移魔法を使用してくれるらしい。
確かに別邸には何度も訪れているし、実際に今日も訪れたし、転移先としてはわかりやすいかもしれない。
「で、でも、いきなり離れるのは問題があるわ!護衛がいなければ……。それに、レオンは公爵家のご子息なのだから!少しは自覚を持ってくださいな!」
「大丈夫、護衛なぞより私の方が余程強いからね。魔法の授業も、転移魔法が完成したから受ける必要も無いし……実際、我が家から護衛はつけられていないだろう?」
レオンに言われ、はたと気がつく。
確かに帰りの馬車に護衛はついていたが、それは、レイズ領の護衛騎士。
本来は私ひとりで帰路につく予定だった為、私のためにとつけられた護衛たちだ。
そういえば、今までならば何人かはつけられていた、レオンの護衛……つまりハインヒューズ家の護衛は、ひとりもいなかった。
「どうして……」
「単純に、私より強い護衛がいなくなったんだ。むしろ足でまといになるから要らないと私から父上に申し出た」
……なるほど、確かに、レオンほど強い護衛はいないかもしれない。
元黒騎士団団長であり、英雄でもあったお義父様に剣術を学び、元白騎士団団長である家庭教師に魔法を学び。
剣も、魔法も、かなりの実力を誇る。
そんな護衛騎士など、聞いたこともない。
そもそも剣士が魔法を学ぶことも、魔術師が剣術を学ぶことも、基本的には有り得ない。
剣士は剣術こそ至上だと考えているし、魔術師は魔法こそ至上だと考えているし、剣術と魔法は相性が悪いから。
魔術師は基本的に詠唱を必要とするため、遠距離からの攻撃を得意とする。
対して剣士は、剣を武器にするため接近戦。
その両方を学んでいるレオンは、遠距離からも近距離からも、時と場合に合せて変更出来るのだ。
剣術で戦いながら魔法で攻撃、という方法も出来るだろう。
なるほど、レオンより強い護衛はいないはずだ。
「言伝を残しておけば大丈夫だろう。先程の侍女を呼び戻し、執事長にでも伝えさせよう」
「レオン、でも……」
「大丈夫だよ、私のリリィ。私を信じて欲しい」
私も貴族として育ってきた。
本来なら出かける時には護衛や侍女や執事を連れ、大勢での移動となる。
爵位によっては店まるまる貸切にして買い物をすることもあるし、馬車の中から街並みを見やるだけだ。
貴族としては、気軽に買い物など、出かけるべきではない。
けれど──レオンの言葉に、魅力を感じているのも、事実だ。
少しだけ悩んで、結局、頷いた。
レオンが信じてと言うのだから、私の婚約者を信じることにしよう。
嬉しそうに笑ったレオンは、すぐに部屋のベルで、侍女を呼び戻した。
「まぁ、すてき!」
侍女に言伝を告げたあと、レオンはその場で転移魔法を使用した。
足元に陣が浮かび、光り輝いたと思った瞬間には、数時間前に離れたはずのハインヒューズ別邸の庭に立っていたのだ。
ひどく驚いたし、目の前で魔法を見ていた侍女も、さぞかし驚いたことだろう。
思わず私を抱き寄せてくれているレオンを見つめれば、レオンはいたずらっぽくウインクするだけだった。
その後、初めて訪れるハインヒューズ本邸を少し案内してくれて。
途中で一番上のお義兄様に会った時は、「どうしてここにいるんだ!?」と叫ばれてしまったけれど。
それもそうだろう、本来レオンと私がいるハインヒューズ別邸とレイズ領から本邸まで、馬車で数日の距離なのだから。
その後、レオンが本邸から街中へと案内してくれたのだ。
レオンのおすすめだという、女性向けの商品を多く取り扱うお店を、いくつか紹介してくれた。
ドレスのお店、雑貨のお店、お花のお店、お菓子のお店、アクセサリーのお店。
どれもお店の中を見るだけで購入までには至ってはいない。
レオンはいくつか買おうとしていたが、すべてが私のものだったので遠慮しておいた。
どこか不満そうなレオンであったが、「リリィがそういうなら……」と諦めてくれたが。
「結局、何も買わないねリリィは。倹約なのはいいことだが、私はリリィを着飾らせたいのに……」
「欲しいものを欲しい時に買うのが、一番良いと思うの。私よりも、レオンは何か欲しいものはないの?」
私の言葉に、レオンは少し考える様に口元に手をやった。
そして「ああ」と何か思いついたように声を上げる。
「ひとつ行きたいところがあるんだが、時間的にも最後になると思う。いいかい?」
「ええ、もちろん!」
案内してくれたのは、魔法道具が置かれているお店だった。
迷いなくお店に入ると、お店の人に声をかける。
どうやら何度か訪れたことがある場所のようで、お店の人もレオンが誰か理解しているようだ。
お店の人と話をしている間、私はお店の品を見ることにする。
魔法道具は高価なものが多く、壊すことのないよう、手には取らない。
レオンのそばを離れてお店の中を見る場合の条件として、レオンの視界に入る距離にいること、というものがある。
今日見て回ったすべてのお店での条件だった為、今回も大人しくそれを守ることにした。
レオンは熱心にお店の人と何かを話しているようだが、たまにレオンに視線を向けると、顔を上げるレオンと目が合う。
それが毎度同じタイミングなので、まるでレオンにはもうひとつの目があって、私のことを監視しているようにも思える。
「リリィ」
しばらくお店の中を見ていると、レオンに名前を呼ばれる。
手招きされるので近づくと、お店の人は「ありがとうございました」と頭を下げているところだった。
「お買い物は終わったの?」
「ああ、いいものを買えたよ」
満足そうな顔に、どうやら目当てのものが買えたようだ。
レオンはあまり自分の物を気にするようには思えなかったのだが。
……私のものばかり買おうとするし。
でも、やっぱり魔法道具のお店だし、気になるものがあったのだろう。
「じゃあ、帰りましょうか」
「そうだね。……その前にリリィ、後ろを向いて」
「え?うん、わかったわ」
レオンに言われるがまま後ろを向く。
すると後ろからレオンの腕が、体の前に回ってくる。
思わず目を瞑ると、チャラ、とチェーンの音がし、ひやりと首に冷たいものが触れた。
「えっ?」
「……うん、やっぱりリリィに良く似合う」
目を開けて、首元に手をやる。
そこには、大粒のドロップ型の宝石のついた、美しいネックレスがあった。
「なっ、何これ!?」
「魔石のネックレスだよ。魔法付与を施すために、最低でもこの大きさが必要だったんだ」
「魔法付与!?」
魔石は元々高価なものである。
さらに、魔法付与された魔法道具も、高価なもの。
魔石に魔法付与なんて──聞いたことも、見たこともない。
「こ、こんな高価なもの受け取れないわ!」
「もう購入したあとだからね。この店は不良品以外の返品交換は不可能なんだ。……リリィが要らないのなら、捨てるしかないな」
お店で、しかも、購入したばかりの品を、捨てるだなんて!
思わずレオンを睨みつける。
でも、実際に、もし私が要らないと言えば、レオンはきっと、躊躇いなくこの高価な魔石のネックレスを、捨ててしまうのだろう。
婚約したばかりの頃、レオンの贈り物をいただけないと返した時に、「リリア嬢を満足させられない品なら、いらないな」とドレスを捨ててしまった時のことを思い出した。
「そんなこと言わないで。……こんなにすてきなものを、本当に私がいただいていいの?」
「もちろんだ!リリィに似合うと思って選んだんだ。異物除去の魔法付与をつけてあるから、このネックレスをつけている限りは毒だって効かないよ」
……至極簡単に言ってくれるが、それは、つまり、暗殺の心配がなくなる、ということだろう。
もちろんただの伯爵令嬢である私の命が狙われるなんて万に一つもないだろけれど。
今の私は、“ハインヒューズ公爵家三男の婚約者”である。
レオンはその事について心配しているのだろう。
なんというか、その、技術の無駄遣いとは、このことをいうのではないだろうか?
ニコニコと満足そうな笑顔を浮かべるレオンに、つい溜息をついてしまったのは、仕方がないと思う。