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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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カレン=アイスヴェルグ、享年19歳。

アイスヴェルグ子爵家の長女で、兄がひとり、妹がひとりの三人兄妹。

18歳の時に侯爵家の子息と婚約し、直後から体調を崩しがちに。

19歳の誕生日を迎え、数ヶ月後にそのまま息を引き取った。


それが、おおまかな彼女の短い人生だ。


『しかし──アイスヴェルグ家の使用人に聞いたのですが、侯爵子息の婚約は、彼女の意思を無視した一方的なものだったそうです。実は、15歳頃から交際している青年がおり、その青年とはたいそう仲が良かったと。しかし相手は爵位を持たない平民で……家族からは大反対を食らっていたそうです』


カレン=アイスヴェルグと、その平民の青年。

交際を応援していたのはアイスヴェルグ家の一部の使用人だけで、家族からは「平民なんか」と大反対されていたそうだ。

そんな中で、格上である侯爵家に婚約を申し込まれ──アイスヴェルグ家は、カレンの意思を無視して了承したのだろう。

それが彼女の幸せだと思ったから。

しかしカレンにとって、交際していた青年と引き離されたのは辛いことで、その直後から体調を崩すようになった。

そして婚姻を20歳で結ぶと決められ、その前に、命を落としたのだろう。


『カレンの看病をしていた使用人の中に、彼女の最期を看取ったものがいました。カレンはただ一言、“彼に会いたい”と漏らし、亡くなったそうです』


カレンの家族は、カレンのことを可愛がっていたらしい。

だからこそカレンには幸せになって欲しくて、しっかりとした家柄の男性に嫁いで欲しかったのだろう。

しかしカレンは、愛する人と引き離されたことに絶望した。

侯爵家に嫁ぎ、おそらく贅沢出来るであろう人生よりも、貧しくとも愛する人と共に過ごす人生を望んでいたのだろう。

そしてその人生は、カレンの家族には理解が出来なかった。


「……その、“平民の青年”というのが氷の亡霊(アイス・ファントム)なのでしょうか?」

『確信はもてませんが……可能性は高いと思います』


氷の亡霊がわずかに漏らしていた情報から推測するに、おそらくカレン=アイスヴェルグというのが氷の亡霊の恋人であり、恋人を奪った貴族というのが侯爵家の子息なのだろう。

カレン=プラネットという女性は平民で、既婚者であり、夫とはたいそう仲が良かったらしい。

情報と合致しないので、やはりカレン=アイスヴェルグが氷の亡霊の恋人とみて間違いないだろう。


「……氷の亡霊は、自分から愛する女性を奪った挙句、命を奪ったと、侯爵家の子息を恨んだでしょうね。カレン=アイスヴェルグの婚約者となった侯爵家の子息は無事ですか?」


レオンハルトは口元に指を添えて少し考えたあと、ニコラスに問うた。

もしも自分が同じ立場であれば、と考えてみたのだ。


もしも自分が平民で、今と同じような力があり、愛するリリィとの身分の差があったとして。

将来を約束したリリアが、家の都合で自分以外の男と婚約し。

その直後から体調を崩し、どれだけ心配してもリリアにはひと目も会えなくて。

“彼に会いたい”という言葉を最期にこの世を去ったとしたら。

想像しただけで背筋が凍りそうなほどに恐ろしいが、もしも、もしもそんな状況に陥れば、きっと自分ならばそのきっかけとなったリリアの家族や、婚約者とその家族に報復するだろう。


『さすが、と言うべきですかね。カレン=アイスヴェルグが亡くなった数日後に、婚約者は“何者か”に襲われ、重症を負っています。なんとか一命は取り留めましたが、まともに動くことも出来ない身体になってしまったそうです』

「カレン=アイスヴェルグの家族はどうです?」

『家を荒らされる被害が多発したため、転居したそうです。たまたま家を空けていたので無事でしたが、主に寝室やリビングなどを中心に荒されたそうなので──もしも自宅にいる時に襲われていれば、ただでは済まなかったと思いますよ』


同じ立場であれば、僕も同様のことをしたでしょうね。

と肩をすくめて続けるニコラス。

どうやらレオンハルトと同じく、“もしも”を想像した結果、愛する人を奪った全ての物をこの世から消してやろうと奔走するだろう。

目論見通り憎んだ相手をこの世から消し去ったとしても、きっと、満足することはない。

例え愛する人を奪った輩の命をいただいたところで、愛する人がこの腕の中に戻ることはないのだから。


そこまで考えて、レオンハルトは苦笑を漏らす。

やはり──氷の亡霊は、レオンハルトにとって、とても他人事とは思えない。

きっとそれはニコラスも同じで、心の底から愛する異性がいる、全ての者にも当てはまるだろう。

愛する人と結ばれる未来を奪われて、愛する人の命まで奪われて。

それで、何を生きがいにして、この世に生き続けるのだろうか?

きっと生きがいなんて何も無い。

例えば彼女と「何があっても生き続けること」と約束していればその限りではないが、出来ればすぐにでも彼女の後を追いたくなるだろう。


「……ああ、なるほど」

「レオ?」


小さく呟いた声が聞こえたのか、アランディアが不思議そうに首を傾げる。

レオンハルトは「いえ……」と首を振ったものの、素直に自分の思考を口にした。


「氷の亡霊がなぜ彼女の後を追わなかったのか不思議だったのですが、そういえば氷の亡霊は最期に“約束通りボクなりに頑張った”と口にしていたので……。氷の亡霊とカレン=アイスヴェルグとの間で約束をしていたのかもしれません」

「約束?」

「ええ。例えば“自分なりに精一杯生きること”や“自分の命を自分で絶たない”などと約束すれば、後を追うことは出来ませんから。私もリリィとの約束であれば必ず守りますからね。それならば、氷の亡霊があの時、無理にでも私から逃げようとしなかった理由に納得出来ます」


レオンハルトはあの時、氷の亡霊を苦しめるために、あえて力を抑えて攻撃していた。

氷の亡霊程の実力者であれば、その隙をついて、逃げようと思えば逃げられたはずだ。

氷の亡霊には、姿を見つかりにくくするように、という小細工こそあったものの、すぐにでも逃げなければという逃走の意思も、何としてでも生き残ろうと命乞いをすることもなかった。

それは、つまり。

想像でしかないが、カレンとの約束を守ろうとしたのではないだろうか?

レオンハルトならば、もしも、もしもリリアが先にこの世を去ることがあれば、すぐにでも彼女の後を追うだろう。

けれどリリアと、自分の命を絶たないこと、などと約束すれば、後を追うことは出来なくなる。

代わりに何か罪でも犯して、誰かに自分を殺してもらおうとするだろう。

自分で命を絶ち後を追えないなら、誰かに殺してもらい後を追うしかないのだ。


『なるほど、たしかにそうかもしれませんね』


考えれば考えるほど、しっくりくる。

ニコラスも同意しているため、推測ではあるが、可能性は高いだろう。

難しい顔をしているのはジークベルトやアランディア、黒の団長と白の団長だ。

黒の団長と白の団長は既婚者であるし、ジークベルトやアランディアにも婚約者がいる。

しかしレオンハルトやニコラスほど、自分の伴侶や婚約者を、心の底から愛している──というわけではない。

いや、もちろん大切に想っているし、愛してはいる。

けれど、もしも愛する女性のために、自分の人生を放棄できるか?と問われれば、即答することは、出来ない。

……きっと、レオンハルトやニコラス、そして氷の亡霊ならば、即座に頷くのだろう。

愛する彼女のためならば、と。


そこまで考え、ジークベルトの背筋がぞくりと凍る。

にこやかに言葉を交わしているレオンハルトとニコラス。

彼らの、彼女に対する愛情が。

病的なまでに、異常で異質で、特別である気がして。

そして──彼らの愛を、当たり前のように受け止める、リリアやミリアもまた。

同じく、特別な存在なのだろう。


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