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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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氷の亡霊(アイス・ファントム)をレオンハルトが捕らえた──とリリアは思い込んでいる──日から、数日。

昨日は交換留学生制度の最終日であり、ニコラスとミリアは母国であるシュタインヴァルトに帰国した。

入れ替わるようにアーデルハイドにはアランディアが帰国し、ひと月ぶりの再会をジークベルトや婚約者のヴィオラと喜んでいた。


『──どうやら繋がったようですね』


ニコラスとミリアが無事に帰国した、というのは、レオンハルトがニコラスに渡した魔法道具によりアーデルハイド側に伝えられた。

魔石同士を同期させ、魔力を流すことにより、互いの顔や言葉を映像化して相手の魔石に送る、という魔法道具だ。

これは随分前にレオンハルトが“リリアと離れていても会話が出来るように”と生み出した魔術を、さらに改良したものである。

最初は氷の亡霊の恋人であったカレンなる女性について、ニコラスが調べた後に手紙でアーデルハイドに伝える、という話だったのだが──レオンハルトがそれでは時間がかかりすぎるのでは?と止めたのだ。

実際、隣国とはいえ手紙をシュタインヴァルトとアーデルハイド間で交換しようとすると、かなりの時間がかかる。

それに手紙が必ずしも安全に、誰にも中身を見られることなく相手に届くという保証もなく、ならばとレオンハルトが魔法道具を提案したのだ。

ちなみに、レオンハルトも最初はかつて作った魔法道具のことをすっかり忘れていたようだったが、リリアが「あの魔石はどう?」と提案したことにより思い出したようだ。

レオンハルトの空間収納に適当に放り込まれていたらしく、その場であっという間に付与の書き換えを行い、ニコラスに渡すことになったのだが。

ニコラスの持つ魔法道具と同期したものは、王宮の一室に保管されることとなった。

シュタインヴァルトとアーデルハイドの友好関係をさらに強固なものとするため、今後も魔法道具は使用していくらしい。

もちろんレオンハルトは報酬としてしっかり代金を徴収していたので、数日もすればリリアの元に大量の贈り物が届くだろう。


「本当に顔が見えるのだな……」


唖然としたように呟いたのはジークベルトだ。

平べったい円柱の形をした魔法道具は、中央に埋め込まれた魔石から光が放たれ、空中に相手の顔を投影し、内部の魔石が相手の声を届ける役割をしている。

今までの魔法道具では、よく出来ても互いの声を届けるところまでだった。

顔を映像化して相手に届ける、という発想すらされておらず──例え発想があったとしても、それを実現することは不可能だった──今回の魔法道具は、実に画期的なものである。

相手の顔さえ知っていれば、影武者と入れ替わることも出来ず、より機密事項の守秘性が高められるのだ。

今後はアーデルハイドやシュタインヴァルト国内のみならず、各国でも重宝されることだろう。


ちなみにレオンハルトがこの魔法道具を生み出したきっかけは、離れていてもリリアの顔と声を見たい、という願望である。

その比較的すぐに転移を習得したことにより、実際は数える程しか使用していない魔法道具だが。

レオンハルトが魔法道具を次々に生み出していたのは、レオンハルトが転移を習得する前、リリアと離れ離れになる時間が長かった頃である。

リリアを少しでも近くに感じられるようにと魔法道具自体はいくつも生み出したものの、中には一度も使用せず空間収納に片付けたままというものも少なくはない。

使う機会がついになかった魔法道具も、いずれもこの国どころかこの世界のどこにも存在しないものばかりのため、もしもジークベルトやニコラスがその存在を知れば是非と懇願していただろう。

レオンハルトは魔法道具や魔術を、リリアや自分の心の安寧のためにと熟考したもののため、それほどの価値があるとは認識していないのだが。


『まったく、毎度毎度レオには驚かされますね……』

「誰にでも出来るとは思いますが……」


呆れたようなニコラスの言葉に、不思議そうに首を傾げるレオンハルト。

その場にいた全員が、レオンハルトにしか出来ないだろうと心の中で声を揃えていたことを、彼は気が付かないままだろう。


「まあ、その話はまたいずれ。早速ですが、調査結果をお聞かせ願えますか。早く話を終わらせて、リリィに会いたいので」

『それもそうですね。僕も早くミリーに会いたいですし』


この場にはジークベルトやアランディア、黒の団長と白の団長もいるのだが、勝手に話を進めるレオンハルトを引き止めるものは誰もいない。

純粋な立場だけを見ればジークベルトやアランディアの方が格上ではあるが、ニコラスとの仲はレオンハルトが最も良いからだ。

また、氷の亡霊と直接対峙したのはレオンハルトとニコラスだけなので、それも理由の一つではある。


『シュタインヴァルトでは、“カレン”という名前はそれほど珍しいものではありません。しかし、よくある名前というわけでもない。ここ数年の、国が把握している死亡者を確認したところ、“カレン”という女性が5人亡くなっているのがわかりました』


カレン──姓はわからないが、氷の亡霊が唯一残した手がかりだ。

彼女について少しでも知ることが出来れば、それが氷の亡霊に繋がるかもしれない。

そんな考えから、ニコラスは帰国後、真っ先に“カレン”という女性について調べたのだ。

シュタインヴァルトではこの世に生まれると、貴族や平民関係なく、全て国に届出を提出しなければならない。

その反対に、もし誰かが亡くなれば、その旨の届出も提出しなければならないのだ。

その届出を元にして、シュタインヴァルトでは国民の出来る限り正確な人数の把握にいそしんでいるのである。

……といっても、やはり誰もが必ずしも届出を提出するわけではない。

平民の中には届出を提出しないものも少なくはないため、国が一人残らず正確に国民たちについて把握しているわけではないのだ。

もしも“カレン”が、その把握していない人物に含めれていれば、そこで話は終わってしまう。


『5人のうち、3歳と41歳、71歳の“カレン”は排除しても良いでしょう。残るふたりは、カレン=アイスヴェルグ、享年19歳。カレン=プラネット、享年23歳』

「氷の亡霊は、おそらく10代半ばから20代といったところでしょう」

「ふたりの死因はわかりますか?」


アランディアが問えば、映像のニコラスは手に持っていた書類をめくる。

しばし目を動かしたあと、「ええと、」と声を漏らした。


『カレン=アイスヴェルグは病死。カレン=プラネットは事故となっていますね。カレン=プラネットに関しては、馬車をひく馬が暴れだしたことによる事故で、彼女以外にも死傷者がいるようです』


馬車の馬が暴れ出すことによる事故は、シュタインヴァルトでもアーデルハイドでも珍しくはない。

人と完全なる意思疎通を図れないため、元来臆病な性格である馬がちょっとしたことをきっかけに暴れだし……というのは、言ってしまえばよくある事故だ。

怪我人がひとりも出ないこともあれば、軽傷者から重傷者が出ることもあるし、中には運悪く打ちどころが悪くて死亡してしまう者もいる。

カレン=プラネットという女性は、その“運悪く”のひとりだろう。


「……とすると、カレン=アイスヴェルグという女性が怪しいですね」

『ええ、同意見です。一応、プラネットとアイスヴェルグについても調べたのですが……』


レオンハルトだけではなく、ニコラスも同じ意見のようだ。

おそらく、氷の亡霊のいう恋人“カレン”は、カレン=アイスヴェルグのことだろう。

ニコラスはペラペラと紙をめくると、カレン=アイスヴェルグについて国の知っている限りの情報を口にした。

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