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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
66/75

66



レオンハルトが氷の亡霊(アイス・ファントム)の飛び散った血液や、あちこち破壊した町中を元通りにし、氷の亡霊によって眠らされた住民たちを覚醒して、しばし。

町で唯一王都へと繋がる、大きな道へ出るための門付近で待っていると、ようやくジークベルトたちが馬に乗って姿を現した。

リリアにくれぐれも最低限の人数で来るように伝えて、と頼んだためか、ジークベルトと黒の団長、数人の黒騎士だけである。

白騎士たちは、おそらくレオンハルトがいるからと同行しなかったのだろう。

王都からこの町まで、休みなく全速で駆ければ、一時間近くでここまで来られるはずだ。

既に氷の亡霊を捕まえたという情報は伝えたものの、がちゃがちゃとやかましい鎧に身を包み、すっかり武装してしまっている。

さすがにリリアの前で氷の亡霊を始末したとも言えずあやふやにはなってしまったものの、せめてもう少し忍んで欲しかったと思わず額に手を添えてしまったのは仕方が無いだろう。

せっかく町民たちが気づいていない異変に、王子自らが訪れることにより大々的に知らせてしまいそうだ。

咄嗟に門全体を覆う魔術をかけ、町中から、門の間より見える外の景色が、何ら変わらないように偽装した。

結界と幻術の組み合わせであるため、町中から外に出ることは出来ないが──まあ、問題はないだろう。


「レオ!氷の亡霊を捕まえたというのは……っ」

「防音の魔術はかけていないのだから、あまり大声を出さないでいただけますか。あと、町民に不可解に思われるのでさっさと武装を解いてください」

「え」

「早く」


理解出来ないままにレオンハルトに睨みつけられ、ジークベルトはつい反射的に頷いてしまう。

冷ややかな視線は、逆らえば実力行使に出そうな危険性を孕んでおり、ジークベルトは馬から降りると、言われるがままにさっさと武装を解いていく。

レオンハルトはジークベルトを護っていた重くかさばる鎧を空間収納に片付けると、お前たちもさっさと脱げと視線で黒騎士たちを促した。

そこで彼らもつい従ってしまうのは、本能的に彼に逆らってはまずいと理解したからだろうか。

黒騎士たちの鎧も空間収納に片付け、一行が、一見すると旅人か冒険者か程度に思われる装いになったことを確認してから、門にかけた魔術を解いた。


「そ、それで、氷の亡霊は?」


コホン、と小さく咳き込み。

さすがに剣だけは!という訴えをレオンハルトが了承したことにより、なんとか腰にぶら下げたままの剣を軽く撫で、黒の団長が問うた。


「町に宿を取ってあるので、そこに移りましょう」


その問いには答えず、ニコラスが促す。

確かに人の往来が多いこの場で、今国を騒がせている氷の亡霊についての話をすれば、たまたま聞いてしまった町民たちを不安にさせてしまうだけだ。

レオンハルトとニコラスは町民たちを覚醒させると、町に宿を取り、氷の亡霊の遺体をそこに移動させていたのだ。

もちろんジークベルトたちは氷の亡霊が生きていると思い込んでいるため、捕らえたとはいえ一人放置している現状に納得していないようだが。


「……私は今すぐにでもリリィに会いたいのを我慢してここにいるんです。無駄な時間を使うのはやめてもらえますか」


しかし、そんなことは一刻も早くリリアに会いたいレオンハルトにとってはどうでもいいことである。

むしろ時間の無駄だ。

じり、とレオンハルトから漏れでた、リリア曰く“嫌な気配”──いわゆる殺気である──が肌を撫で、ジークベルトたちは僅かに顔を青ざめさせる。

レオンハルトの殺気は、直接向けられれば、息が詰まりそうなほど苦しいのだ。

直接向けられなくても重苦しいべっとりとした気配がまとわりつくようで、出来れば浴びたくもないものである。

リリアはよくそんな殺気のこもったレオンハルトのそばで平然とした顔をしているのだが、正直、いくら鍛えられていたとしても、殺気立ったレオンハルトのそばに近寄りたくもないというのが本音だ。

少しでも彼の意に沿わないことをしてしまえば、その殺気が直接向けられてしまうのだから、当然といえば当然なのだが。

まだまだ弱いとはいえ、心地の良いものでは無い。

顔色を悪くしながらもコクコクと頷くジークベルトたちに、ニコラスが苦笑を漏らした。



「……こ、れは」

「だから武装を解くようにと言ったでしょう」


レオンハルトとニコラスの取った、宿の一室。

ベッドに寝そべっているのは、氷の亡霊の遺体だ。

顔や身体に飛んだ血液はきれいにされていたため、一見すると顔色が悪く眠っているようにもみえる。

ジークベルトたちは剣を構えて入室したものの、レオンハルトは最初からそんなものは必要ないと伝えていたのだが──なぜ必要ないか、ということは、しばらくしてからしか伝わらなかったようだ。


「氷の亡霊を捕らえたと我々は聞いているのだが?」

「リリィの前で、氷の亡霊を殺したから死体を引き取りに来い、と言えと?」


黒の団長の険しい表情に、レオンハルトは淡々と答える。

もしも直接レオンハルトと連絡がつくようであれば、最初から彼は氷の亡霊の生死についても伝えていたはずだ。

レオンハルトが婚約者であるリリアを溺愛しており、甘やかせていることは、騎士団の中でも有名な話である。


「そもそも、最低限の人数で来るようにと伝えた時点で、ある程度は推測出来たでしょう。仮にも一国の王子を呼ぶのに、捕縛したからとそんな要望は出しません」

「しかし……」

「──氷の亡霊はアーデルハイドとシュタインヴァルトにおいて多数の国民を殺めています。少なくとも、アーデルハイドでは原則15名以上の殺人を犯せば死罪だったと記憶していますが、何か問題でも?」


アーデルハイドにも、当然ながら国の定めた法がある。

そのひとつに、戦時以外で私的に15名以上を殺めた場合、加害者は死罪になる、というものがあるのだ。

しかし、治癒師などが治癒に失敗し、怪我人を殺めてしまったり、調合師が調合に失敗し、薬の使用者を殺めてしまった場合は適用されない。

──もちろん、それらを意図的に犯した場合は適用されるのだが。


氷の亡霊は、もう何十件と殺人を犯している。

15人などという人数はとっくに超えており、レオンハルトの言う通り、例えこの場で捕縛しただけだとしても、死罪であることに変わりはないのだ。


「しかし、なぜこのような罪を犯したか、理由くらいは聞けただろう」

「氷の亡霊と彼の元恋人について調べれば、ある程度の推測は出来るでしょう。確かカレン、と言っていました。既に没後のようですが」

「おそらくシュタインヴァルトの国民だと思うので、それはこちらで調べます。ひとまずは、遺体の引取りを」


レオンハルトの言葉に、ニコラスが口を挟む。

氷の亡霊の口から直接シュタインヴァルトの民であると聞いてはいないが、おそらく間違いはないだろう。

ニコラスの申し出に、ジークベルトが「お願いします」と頭を下げた。


「しかし、氷の亡霊は生きている前提だったので……遺体を運ぶ荷台はありませんぞ」

「遺体ともなれば力も入らないし、馬に乗せて一緒に……というのも困難ですね」

「団長、いかがいたしましょう……?」


ベッドに寝かせられた氷の亡霊の遺体を前に、黒騎士たちが言葉を交わす。

彼らは全員が馬に乗って来たため、馬の速度を遅くする荷台など用意していなかったのだ。

氷の亡霊が生きていれば力が入るため、誰かの馬に乗せることも考えていたのだが──遺体ではそれは不可能である。


「……レオ。キミの魔術でこの場の全員を転移させることは可能ですか?」

「転移は可能です。問題はどこに転移するか……。私のリリィに死体など見せたくはないし、この人数と馬なので、場所は限られますが」


ニコラスの問いにレオンハルトはあっさり頷く。

確かにこの人数と馬の数としても、転移先は限られるだろう。

黒の団長はしばらく悩む素振りを見せたあと、黒騎士に宛てがわれた鍛錬場への転移を提案した。


「鍛錬場……ああ、確か、父上に連れて行ってもらったことがあります。ではそこに。……宿は一晩で取ってあるので、明日、また手続きをしましょう」

「すまない、頼んだ」


レオンハルトは小さく溜息をつくと、まずは馬を繋いである、宿の厩に転移する。

そして騎士たちが連れてきた馬のそばに立つと、そのまま、レオンハルトの記憶に残っている鍛錬場へと転移した。

ちなみにレオンハルトがあっさり彼らとともに転移することを了承したのは、一刻も早くリリアに会いたかったからなのだが──そのことに気づいているのは、ニコラスただ一人であった。

彼もまた、愛する婚約者に、すぐにでも会いたかったのだ。

そのためにレオンハルトに転移を提案したというのは、ジークベルトたちはいつまでも気が付かないままだろう。

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