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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
64/75

64




リリアはレオンハルトの居場所を知らないと、はっきり答えた。

しかし次に彼女が発したのは、レオンハルト自身に聞くという言葉。

居場所がわからないのに、本人に居場所を聞くとは、一体どういうことなのだろうか?

扉に阻まれているためリリアから見ることは出来ないが、ジークベルトも黒の団長も白の団長も、頭の中にいくつも疑問符を浮かべていた。


「えーっと、確かこれを……」


リリアは耳を飾る、レオンハルトから贈られたイヤリングに触れる。

ほとんど保有していない魔力を手のひらに集め、イヤリングに魔力を通した。

透明感のある青いストーンが耳たぶに収まる大きさのフラワー型に加工された、シンプルなものである。

とはいえ、リリアは普段髪の毛を耳にかけることがないので、リリアがイヤリングをしていることを知らない者は多いだろうが。

もちろん、フラワー型に加工されたストーンも、しっかりとレオンハルトの魔術が付与された魔石である。

魔石に付与したものは高価であり、さらに形の加工までしているので値段としてはかなりのものなのだが──レオンハルトからの贈り物の価値をたいして気にしていないリリアは知る由もない。

リリアはただ、レオンハルトから贈られたものであるから喜んで身につけているだけであって、レオンハルトから贈られたのが例え道端に咲いた雑草の花であっても同じく喜んだことだろう。

魔力が、ストーンに通う。

温かな光をイヤリングが放ったかと思えば、きぃん、と耳鳴りのような音が、リリアの聴覚を刺激した。





「くっ……!」


レオンハルトの振り下ろした剣が、勢いよく氷の亡霊(アイス・ファントム)に襲いかかる。

氷の亡霊は魔術で作り出した剣でレオンハルトの攻撃を受けたものの、氷で出来た剣はすぐにヒビが入り、粉々に砕けてしまう。

剣を手放し、地面を蹴ったことによりレオンハルトの攻撃を避けると、氷の亡霊は舌打ちを漏らしてレオンハルトから距離をとった。


──やりづらい。


レオンハルトは、今まで対峙し、退治してきた連中とは、格が違いすぎる。

今までであれば氷の亡霊にとっては子どもの戯れのような魔術を使う者か、精通していなくとも対応出来る剣術の持ち主ばかりと相手をしてきた。

もちろん中にはそう簡単に攻撃が当たらない者もいたが、ほとんどは、氷の魔術で一撃だったのだ。

だが、魔術においても剣術においても、レオンハルトのソレは一流のもの。

氷の亡霊は魔力や魔術への理解にしても、自分がレオンハルトに劣っていることは自覚している。

剣術も、ある程度はかじったことがあるとはいえ、騎士のような──あるいは騎士以上の──実力を持つレオンハルトには、遠く及ばない。

ならば魔術で距離をとって、攻撃している間に逃げ出す方法をとろうと氷の魔術を放ったところで、あっさり防がれ、次の攻撃準備をしている間に、間合いを詰められてしまう。


レオンハルトは魔術による中、長距離戦も、剣術による近距離戦も、問題なく対応出来る。

相手により使い分けているのだ。

魔術をメインとする相手であれば、近距離戦に持ち込み。

剣術や体術をメインとする相手ならば、中、長距離戦に持ち込み。

あるいは魔術と剣術双方を使い、ほぼ同時に攻撃をし。

そうして何度も戦ってきた。

それは人だけではなく、人以上に強者であるとされる魔物についても同じことだ。

レオンハルトにとって、どんな相手であろうと、自分が「勝てないかも知れない」と思ったことはない。

否、確かに幼い頃は父や兄、家庭教師たちには勝てないかも知れないと思っていたが。

愛するリリィのためにと力を身につけてからは、自分の戦闘力をうんと低く見積もっても、勝てないと思ったことは無いのだ。


だからだろうか、レオンハルトはよく、戦闘で遊んでしまう。

一撃で相手を絶命させることが可能だと判断した上で、自分の力を鍛えるためにも、あえて戦闘を長引かせてしまうのだ。

もちろん、リリアと約束した時間内に収まるように、だが。

戦闘中に遊ばず一瞬で終わらせる時は、相手がリリアに害を及ぼしたと判断した場合。

例えばリリアの美しく愛おしい身体に傷を残した魔物の同族であったり、リリアの可愛らしい髪型を乱した魔物であったり、リリアの心地よい眠りを妨げた魔物であったり。

つい怒りに任せて一撃で絶命させ、そして、ほんの少しだけ、後悔するのだ。

リリアのために報いることが出来たのは喜ばしいのだが、相手に、苦しみを与えず、恐怖心を与えず、呆気なく“死”という逃げ場を贈ってしまうことに。

だから。

レオンハルトは相手が傷つき、しかし決してすぐに死ぬわけではない力で、氷の亡霊に攻撃を繰り返す。

これはレオンハルトにとっての遊びとは少し違う──相手を苦しめることを目的とした戦いだ。


氷の亡霊が距離を取る。

その身体には大小様々な傷が出来ており、彼の動き回る地面は、あちこちが血で汚れている。

整っている顔からも、鍛えられた肉体からも、とめどなく溢れる血。

時々足元がふらついてるいるので、かなりのダメージは受けているはずだ。

それでもレオンハルトは、情けをかけて手を緩めることはしない。

苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで──もう嫌だと、自分のしたことを省みて、後悔し、嘆いたところで、死ねばいい。

愛するリリアの耳を穢し、偽のリリアを生み出し、そしてレオンハルトのリリアへの深い深い深い愛を馬鹿にした氷の亡霊には、そんな最期がお似合いだ。

レオンハルトにとって重要なのは、リリアのために報いること。

例えそれが自己満足的なことであっても、その自己満足のためにリリアを悲しませることはないのだ。

リリアのように寛大すぎるほどに寛大な心優しさなど微塵も持ち合わせていないレオンハルトにとっては、氷の亡霊の人生など、どうして悪事に手を染めたかなど、その理由など、書き損じた手紙のように興味のないものである。


「──さて、そろそろ自分の行動を後悔し始めたか?」

「……ああ、本当、最悪だ。ジル君の依頼なんて受けずに、学園になんか行かなければよかったよ」

「そうだな。貴殿があの時、あの場に現れなければ。死ぬのは私のリリィに不快な手紙を送り続けた不届き者だけで済んだだろうな」


リリアが数日前から気味の悪い手紙に、心を痛めていることは知っていた。

自分の知識を総動員して対応に当たったが、なかなか確信が持てず、睡眠時間をかなり削ることになったが。

そのおかげでリリアに膝枕などというご褒美を貰えたので役得である。

リリアも手紙の内容──レオンハルトに対する侮辱の言葉──には怒りをあらわにしていたので、きっとレオンハルトが血で手を染めようと、リリアが止めることはなかっただろう。

もともとレオンハルトの中であの男は始末対象者であった。

リリアの目の届かないところで、じっくり拷問並みに苦しめて殺してやろうと思っていたのに。

この男が、あろうことかリリアの前で、苦しめることもなく殺してしまうから。


「私のリリィがひどく心を痛めた為に、ついあの場は逃してしまったが──まあ貴殿がこれ以上逃げられないことは理解しているつもりだよ。もう、まともに魔術も使えないだろう」

「……ほんっと、いやらしいやつ!」


レオンハルトは、氷の亡霊がかなり前から防戦一方で、それもかなり無理をしていることは理解していた。

きっと氷の亡霊にとって初めて相手するであろう、自分よりも圧倒的に魔術に通じる者。

レオンハルトが圧倒的であるが故に、今まで格下しか相手をしていなかったが故に、自分の中の限界値を把握しきれていなかったのだ。

指摘されたように、氷の亡霊は、魔術という魔術を、もうほとんど使えない。

彼の得意とする氷の魔術は、もともと難易度が高く、その分、魔力の消費量も多い。

もしこれが例えば単体の属性魔術だけであれば、もう少し長く戦えたかも知れないが──単属性だけでレオンハルトに適うとは思えない。

結局、どんな道筋を辿ったところで、辿り着く場所は同じなのだ。

魔力切れによる、(ジ・エンド)

冷ややかな眼差しのレオンハルトが、深く切られた肩を抑え地面に座り込んだ氷の亡霊の首筋に、剣を添える。


「貴殿にも愛する女性がいたのだろう?その女性が今どこにいるか知らず興味もないが、いつかはあの世で会えるだろう。それから私やリリィのように愛を深めるといい、あの世に身分はないからな」

「……ほんっと、キミってリリアちゃんのこと好きだよねぇ。でもまあその心遣いには感謝するよ。ボクの愛する彼女は──カレンは、あの世でボクを待っているから」


すぐそこに、死が見える。

それでも氷の亡霊は、不思議な程に心穏やかでいられた。


ああ、自分は──彼女が、カレンが、この世を去った時から。

きっとこの瞬間を、待ち望んでいた。


「カレン……約束通り、ボクなりに、頑張ったよ。だからいっぱい、ボクのこと褒めてよね」


レオンハルトが目を細める。

そして剣を振り上げて──躊躇うことなく、振り下ろした。


しん、と静まり返る町中。

二人の戦闘を、目をそらすことなくつぶさに見つめていたのは、ニコラスただひとりである。


「リリィ……終わったよ。今から帰るからね」


目を瞑れば脳裏に浮かぶ、リリアの愛おしい笑顔。

僅かに口元を緩めたレオンハルトの表情はひどく穏やかで。

あたりに血が飛び散った凄惨な光景の中で、それは実に不釣り合いで、それでいて絵になる、不思議な光景だった。

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