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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
62/75

62

(H30.4.29修正)先頭→戦闘



徐々に霧が晴れていく。

どうやら魔術の上書きとやらはすっかり完成したようで、レオンハルトから溢れだしている魔力は、少しずつ抑えられる。

無意識に身体が強ばっていたようで、ニコラスはようやく安堵の息を吐き出した。


「さて」


レオンハルトが、ポツリと呟く。

ゆるりと弧を描く口元は実に楽しげではあるものの、彼の双眸は、リリアに向けるような優しさは一切孕んでいない。

氷の亡霊(アイス・ファントム)に化け物だと罵られても、その表情が変わることはなかった。


「そろそろ姿を見せたらどうだ?貴殿の居場所ならば既に把握済みだ」


レオンハルトの言葉に、氷の亡霊が舌打ちを漏らす。

氷の亡霊の幾重にも聞こえた声は魔術の仕業だったのだろう、今はすっかり一人分に聞こえる。

霧の魔術を上書きした際に、自身の魔力を漂わせ、氷の亡霊の居場所を探っていたのだ。


「……もうさー、君ってホントに何者なわけ?まさか皇子様も同じこと出来るなんて言わないよね?勘弁して欲しいんだけどー!」


レオンハルトの視線を受け、これ以上隠れるのは不利だと判断しのだろう。

建物の影から、不満そうな表情の氷の亡霊が姿を見せる。


「僕はレオほどの魔力も知識もないので出来ませんよ」

「あっそ、ならいいけどー。……って言っても、皇子様も油断できる相手じゃないのはわかってんだけどね。んで?わざわざ追いかけてきて、ボクのこと捕まえようって?大変だねーお貴族様も」


ニコラスの言葉に、氷の亡霊はほっと息を吐く。

どうやら、本気でニコラスが同じことを出来るのかと心配していたようだ。

ニコラスとレオンハルトが同等の力を持っていないのであれば、あるいは逃げることも出来るかも、と考えているのだろう。

実際にレオンハルトがこの場を見逃すとは思えないが。


「既に告げたと思うが……私は貴殿を捕まえるつもりなどないぞ」


氷の亡霊に、何を馬鹿なことを言っているのだとレオンハルトの眉が寄せられる。

レオンハルトの言葉に訝しむような表情を浮かべた氷の亡霊は、すぐにレオンハルトの本意に気がついた。

なるほど、確かにレオンハルトは自分のことを()()()()とは一言も口にしていない。


「……なるほど、死、あるのみってか!」


レオンハルトは、死んで詫びろと言っていた。

つまり彼に氷の亡霊を生かす選択肢などなく──捕まえるだけだなんて、生温い話で終わるはずがない。

へらりと笑ってみせるものの、氷の亡霊の背には、確かに嫌な汗が流れていた。

先程から目の前で繰り広げられる、本来ならば有り得ない事態。

しかし実際にレオンハルトは涼しい顔で実行に移しているし、その光景を見てしまえば、冗談だと笑うことも出来ない。


ここで、死ぬかもしれない。


「いやー、本当、レオンハルト君ってリリアちゃんのこと大好きなんだねー。ボクを殺そうとしてるのも、リリアちゃんのためなんでしょ?……それでリリアちゃんが喜ぶかどうかは知らないけど?」

「心優しいリリィのことだ、例え貴殿であっても私が殺したと知れば悲しむだろうな」


レオンハルトの言葉に、氷の亡霊は淡い期待を抱く。

彼の口ぶりから察するに、心底彼女のことを好いていることは良くわかるから。

好きな女性の悲しむことをしたくない、というのが男心なのではないか?


「──だがそれはリリィが()()()の話だ。知られなければ私のリリィを悲しませることもない」

「……あっそ。何がなんでも()ろうってわけね……」


淡い期待は、レオンハルトの言葉にあっさりと砕け散る。

確かにリリアであれば、例え嘘であったとしても、レオンハルトの言葉を疑うことすらしないだろう。

レオンハルトが氷の亡霊を殺めた上で「捕まえた」と言い張れば、リリアの中では氷の亡霊はレオンハルトに捕まった、となるのだ。


「だから、まあ、安心して死ぬといい。何、アーデルハイドでは死者であっても事件の犯人として書類上の逮捕はされるから、きっと歴史に残る大罪人として後世に語られるだろう。よかったな」

「レオンハルト君、キミ、本当に恐ろしい男だね……。キミにベタ惚れなリリアちゃんの神経ちょっと疑っちゃうよ」

「リリィを侮辱する気か。よし殺す」

「どのみち殺す気なんでしょ?まあ、簡単に殺されてはやんないけどね!」


氷の亡霊がそう声を上げると同時に、氷の亡霊の背後から氷の塊が幾つも飛び出した。

塊は先端が鋭く尖っており、その勢いは、つい数時間前にジルを貫いたものよりも増している。

レオンハルトはふん、と鼻を鳴らすと、一瞥するだけで高温の炎の魔術を発動させた。

炎に包まれ、氷は一瞬にして蒸発し、姿を消す。


「へぇ、さっすが……」

「貴殿の氷は実に脆いな。私の炎はまだまだ温いぞ?」


氷が消されても、彼の顔色はたいして変わらない。

どうやら、氷の亡霊の底力はまだまだ見せていないようだ。

レオンハルトもまた、対応した魔術は更に上があるのだろう。

涼しい顔で、軽く首を傾げている。

さらりと髪が揺れ、小さく口元に浮かべられた笑みは、きっとこの場にリリアの姿があれば「レオン好き……!」と抱きついていたことだろう。


「んじゃ、これはどう!?」


先程よりもさらに大きな、尖った氷の塊が勢いよく飛び出す。

ニコラスのことは眼中に無いのか、はたまた同時に相手をする余裕がないのか。

氷の先端は、レオンハルトにしか向けられていない。


「大した違いはないな。氷の亡霊……その程度とは、実につまらん」


再びレオンハルトの放つ炎が氷を溶かす。

しかし炎が消えた次の瞬間、狙ったかのように、別の氷がレオンハルトに向かっていた。

どうならレオンハルトが炎で氷を溶かすことを見越し、第二陣を放っていたようだ。


「へぇ」


しかしレオンハルトはたいして焦りを見せることなく、向かってくる氷を、どこか楽しそうに眺める。

勢いづいた氷は、真っ直ぐレオンハルトに向かい──彼の1メートル手前で、何か見えない壁にぶつかったかのように、跳ね返された。


「なっ」

「なるほど二陣を放っていたとは思わなかったよ。とはいえ私の結界を壊すほどではなかったな」

「……いやらしい戦い方するね、レオンハルト君ってば」


どうやら氷の亡霊に気づかれぬよう、いつの間にか結界を張っていたらしい。

レオンハルトの現在の任務は“ニコラスの護衛”であるのだから、もしもに備えるのは実に当たり前のことなのだが……予想すらしていなかったようだ。


「褒め言葉として受け取っておこう。そういう貴殿は実に直情的な戦い方だな?おかげで予測がつきやすい」

「あー、それ昔っから言われてんだよねー!やっぱわかりやすい?今まではさー、ボクほどの魔力持ってるやつなんて見たことなかったし、例え予測されても勝ててたんだよねぇ。でも、やっぱレオンハルト君には適いそうにないやー」


戦闘中とは思えぬほど、当たり前に行われる会話。

その間にも氷の亡霊は氷の礫をレオンハルトに飛ばしているし、レオンハルトも炎の弾を飛ばし、ひとつひとつにぶつけては相殺している。


「──だから、まあ、ちょーっと卑怯な手でも使おうかな!」


氷の亡霊がそう声を上げると、いっそう大きな氷が飛ばされる。

それは今までとは違い、レオンハルトではなく、ニコラスに向かっていた。


「っ」


完全に油断しきっていだニコラスは、一瞬だけ反応が遅れてしまう。

戦闘において──無詠唱を基本とする彼らの、魔術による戦闘において、一瞬というのは大きな意味を持つ。

ニコラスも無詠唱で魔術の展開はもちろん出来るが、展開までの早さは、レオンハルトには劣るのだ。

勢いの良い攻撃は、ニコラスの魔術展開が間に合わないことを証明するかのように、ぐんぐんニコラスに向かっていく。

レオンハルトは小さく舌打ちを漏らすと、大きな鳥の形をした炎で氷を相殺した。

ニコラスのもとにも結界は張っているものの、あの氷の大きさでは不安を覚えたのだろう。


大きな爆発音が響き、あたりを蒸気が覆い隠す。

すぐにレオンハルトが風を起こして蒸気を飛ばし、視界を鮮明にした。


「──は?」


風が収まり、反射的に瞑っていた目を、ニコラスが開く。

そして見えたその光景に、思わず、間の抜けた声を出してしまったのは、仕方が無いだろう。


「……っ!」


その光景を理解した瞬間。

ニコラスは、息を飲み、恐る恐るレオンハルトに目を向けた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『私の炎はまだまだ温いぞ』ですと、「ぬるい、またはあたたかい」となり、威力がなさそうな表現ですが、大丈夫でしょうか? あと『どうなら』は、「どうやら」だと思います。
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