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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
60/75

60

(H30.4.26修正)暑い信頼→厚い信頼



ニコラスとともに、リリアとミリアの部屋から転移したレオンハルト。

向かう先は、氷の亡霊(アイス・ファントム)が男子生徒──ジルを殺害した現場の、学園の庭である。

レオンハルトたちがジークベルトや学園側に報告している間に、さすがに遺体は片付けられたらしい。

大きな尖った氷の塊が地面に突き刺さる場所では、黒っぽくなった液体が地面を汚していた。

鼻につく血生臭さに、思わずニコラスは端正な眉を寄せ、腕で鼻と口を覆う。

レオンハルトは魔物討伐で血の臭いには慣れているのか、特に表情を変えることなく、氷に近づいた。


「……やはり、ここにリリィを連れてこなくて正解だったな」


そっと氷に触れ、氷の亡霊の魔術痕を探るため、魔術を展開する。

ふわ、とレオンハルトの髪が揺れ、触れた氷に魔法陣が広がった。

ポツリと小さく呟いたレオンハルトの脳裏に浮かぶのは、一目見たときから恋焦がれ、心の底から愛する婚約者の姿。

ジルの喉元に氷が突き刺さる瞬間を、リリアが見ていないことは知っている。

けれど氷の突き刺さる瞬間のあの生々しい音と、地面に飛び散る血の音は、確実にリリアの耳に届いていたはずだ。

──ああ、愛するリリィの耳を、汚い音で穢すだなんて。

やはり、何がなんでも氷の亡霊は捕まえなくては。

いや、いっそのこと。


「……リリィはいないのだから、殺せばいい」


レオンハルトが誓ったのは、愛するリリアの前で、人を殺めないということ。

リリアの前で怒りに任せて人を殺めてしまえば、心優しいリリアは、いつまでもその人物のことを忘れられなくなってしまうだろう。

それはレオンハルトの望むところではない。

リリアの視界に入るのも、耳に届く音も声も、リリアに触れるのも、その記憶に残るのも。

全部全部、自分だけであればいい。

本当はニコラスの婚約者であるミリアとだって、リリアと二人きりにするのは腹立たしいくらいなのだ。

けれど、それはきっと、隣で様子を眺めているニコラスだって同じことで。


「そうですねぇ、僕もミリーがいないので……その時はレオに協力しますよ」


レオンハルトはニコラスが自分とよく似た思想と思考の持ち主だと知っている。

全ては愛する彼女のため──。

レオンハルトもニコラスも、その言動の根本にあるのは、ただそれだけの理由だ。

愛するリリィのため。

愛するミリーのため。

彼女のためならば、彼女が嫌がる、血で手を染める行為だって、喜んでするだろう。

……もちろん、彼女に気づかれないように。

ようするに、彼女の望まぬことは、彼女に気付かれずに済ませてしまえば良いのだ。

その事に気がついてから、レオンハルトは随分と気が楽になった。

リリアは何よりも誰よりも、レオンハルトに厚い信頼を寄せている。

だからレオンハルトの言葉は何だって信じるし、例えば自分が魔物討伐の依頼を受けたと嘘をつき気に入らない連中を始末していても、きっとリリアはレオンハルトを信じて愛おしい笑顔を向けてくれるのだろう。

……レオンハルトはリリアに決して嘘をつきたいわけではないので、今のところ、なんとかギリギリ行動に移してはいない。

それは社交界で、レオンハルトのリリアへの溺愛っぷりが話題となり、リリアとレオンハルトに近づく貴族たちが少ないからこそ、なのだが。

それでもレオンハルトに熱っぽい視線を送る令嬢たちは少なからずいるので、リリアは「私のレオンを狙ってる!」と勘違いしているようだが。

勘違いして周囲を警戒するリリアは大変可愛らしいので、あえて誤解をとくことはしていない。

今ではリリアに近づく令嬢のほとんどは、レオンハルトとリリアの熱愛っぷりに憧れる令嬢たちなのだが──もちろんリリアが知る由もない。

ジークベルトの婚約者であるマリアンナや、アランディアの婚約者であるヴィオラにだって警戒していたほどなのだ、仕方が無いといえば仕方が無いのだろう。

そもそもリリアが他の令嬢を警戒しているのは、幼い頃に、かつてのレオンハルト婚約者筆頭だと勝手に周囲がほざいていたマリエールが原因でもあるのだが、あのマナーも礼儀もなっていないマリエールは多少はマシになり別の男と婚約している。

レオンハルトとしてはリリア以外の女には毛ほども全く興味がないのだが、もしもマリエールがリリアに何かするかも……と思うと警戒するしかなく、ある程度の動向は探っていたのだ。

もちろんかつてリリアに敵意を向けた令嬢たちも、物理的にも叩きのめした後で動向は調べている。

リリアの前でついつい怒りに任せて攻撃しようとし、止められるというのは分かっているので、その場でリリアのおねだりを聞いたあとで攻撃しているのだ。

と言ってもさすがに直後に実害があればリリアに疑われかねないので、直接攻撃はあてず、掠めるくらいの可愛らしい脅しなのだが、それ以降リリアになにかしでかそうと行動する馬鹿はいないので問題はないだろう。


残された魔術痕を記憶し、氷から手を離す。

静かに目を瞑り、魔術の痕跡を辿った。


「……!」


ぶわ、とレオンハルトから凄まじい魔力を感じる。

ニコラスは僅かに冷や汗を流し、集中して氷の亡霊を探っているであろうレオンハルトを見つめた。

シュタインヴァルト皇国では、ニコラスほどの魔力の持ち主はいなかった。

魔術と同じく、剣も学び、国の筆頭騎士たちも難なく倒せるようになって──自分の実力を、疑ったことは無かった。

驕っていたことは、正直に認めよう。

まさか自分ほど誰かを愛し、愛する人のために力を身につけるものが他にいるなんて……想像すらしなかったのだ。

だから、アーデルハイドとの交換留学を了承して良かったと、心から思う。

もしも国から出ないままであれば、ニコラスはレオンハルトという男に出会うことも、交流を持つことだって、出来なかったのだ。

剣の腕は、ほぼ互角だ。

今のところ剣術の授業での手合わせでは毎度決着が付かずに時間切れとなっているし、剣術のみではレオンハルトも本気のようだった。

けれど、魔術については──圧倒的に、レオンハルトの方が上だ。

魔力量も、魔術の腕も、全てにおいてレオンハルトに勝てる気がしない。

魔術の授業での手合わせは、かなり力を抑えてのものだ。

剣術も含めての手合わせのため、ニコラスはレオンハルトの純粋な魔術の腕を、彼の底を、未だに見たことがない。

愛するミリアはいつだって「ニック様が一番ですわ!」と言ってくれるけれど、こうして涼しい顔で魔力を探るなんて人間離れした魔術、ニコラスには使えない。

そもそもニコラスにとってレオンハルトの魔術は、なかなかに人外じみている。

リリアはそんなレオンハルトを単純に「すごい!すてき!」と評価しているけれど、魔術を少しでもかじっていれば、レオンハルトのソレがすごいとか素敵とか、そんな陳腐な言葉で片付けられるものではないとわかるはずだ。

ミリアも治癒の魔術を得意としているため、攻撃に関しては覚えはなくても、魔術自体には理解がある。

だから知識のないリリアのように純粋にレオンハルトを褒める事などできなくて。

いつだったか二人きりになった時、彼が怖いと、漏らしていたことがあった。


「───みつけた」


ポツリと、レオンハルトが呟く。

続けられた言葉は、王都から少し離れた地域だ。

アーデルハイドに留学するにあたって少しは地理も叩き込んではいるけれど、基本的に王都から離れることは出来ないだろうと想像していたのだが。


「ここなら何度か行ったことがあります」


淡々と告げるレオンハルトに、ニコラスはにこりと微笑む。

まさか生きているうちに、あのあまりに燃費が悪くてもはや廃された術だと思っていた転移を、こう何度も経験することになるなんて、思いもしなかった。

しかも、たった一人の男による、理解の及ばない方法での魔術で。


実はこの転移術は、レオンハルトがただいつでも毎日愛するリリアに会えるように生み出した、と聞いた時は笑顔で倒れる所であったのだが、きっとそれが当たり前になり、とんでもないことなのだと思いもしないリリアやレオンハルトには首を傾げられる事だろう。

レオンハルトのその人外じみた魔術は。

きっと心から愛するリリアが、素直に、純粋に、「すごい!」と褒めてくれるからこそ、ここまで習得することが出来たのだろう。

人によっては、レオンハルトのことを化け物だと……物語に出てくる魔王のようだ、そう称していることも、ニコラスは知っている。

実際ニコラスは、レオンハルトの転移を目の当たりにした時心の中で「こいつは実は化け物か?」と思ったこともある。

……レオンハルトとリリアは、今の二人だからこそ、ここまで盲目的に愛し合うことが出来るのだろう。

リリアに魔力がほとんど無くて、そうそうに魔術や魔法について学ぶのを諦めたからこそ、レオンハルトがここまで伸び伸びと魔術を使えるのだ。

まあ、もし、リリアが魔術に精通していたとしても──リリアがレオンハルトを拒絶するところなんて、想像も出来ないけれど。


「行きましょう」


そう言って冷ややかに告げるレオンハルトに、ニコラスは「そうですね」と頷く。

彼はリリアの前ではいつも優しい笑顔を浮かべているが、リリアがいなければ、その表情はリリアについて語る時しか変わらないことをニコラスは知っている。

地面に浮き上がる魔法陣を見て、やっぱり自分には使えなさそうだなと、ニコラスは小さく溜息をついた。

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