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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
6/75

06





数分ほどであっさりばっさり魔物を倒したレオンは、ぶん、と刀を振って血を地面に飛ばす。

そしてきれいになった刀をサヤに戻し、にこりと笑顔で振り向いた。


「リリィ、馬車の中にいるようにと言っただろう?」


仕方のない子だね、と続けられて、いたたまれなくなる。

魔物の亡骸は思っていたよりもずっときれいで、所々に血はついているものの、まるで眠っているかのようにも思えた。

護衛騎士の方たちが「あんなにきれいに倒せるなんて……!」と感動しているあたり、普通の光景ではないのだろうが。


「レオン、大丈夫?」

「もちろんだとも。魔物ごときに遅れをとりはしないさ」


……魔物を“ごとき”と、ひとくくりに出来るのは、やはりレオンの強さ故だろう。

レオンは優しげに微笑むと、そっと私の頬に手を添えた。

親指だけで頬を撫でられ、思わず、一瞬目を瞑ってしまう。


「ねぇ、このあとはどうするの?その、魔物の……」


言葉を濁してみたが、レオンはすぐに分かったのだろう。

ああ……と言葉を漏らし、周囲を見渡した。


「魔物は回収するよ。このまま放っておくと、これがエサになり、さらに魔物を呼ぶことになるからね。状態はいいし、ギルドに売れば臨時収入になる。リリィとの時間を邪魔したことは腹立たしいが、死を持ってリリィの収入になるなら許してやろうとは思うよ」

「うん、どうしてレオンの手柄が私のものになるのかは分からないんだけどね?」


魔物を回収するのも、それをギルドに売るのも、理解出来る。

しっかりと見てはいないから何とも言えないが、レオンが言うなら状態はいいのだろう。

魔物によっては亡骸の一部が武器や防具などの素材になるし、お肉として食べられる魔物もいる。

もちろん素材にもならないし、お肉にもならない、人にとって価値のない魔物もいる。

その場合は核──人間でいうところの心臓にあたる──を取り出し、それだけをギルドに売るのだ。

魔物の核は大きさは個体によるが、それぞれが宝石のように美しい輝きを持つ。

どれほど価値のない魔物でも、核は必ず存在する。

ただし人間とは違い、各個体によって核の場所は異なる。

例え同じ魔物、例えばゴブリンだとしても、ゴブリンによって核の場所が異なるのだ。

だからわざわざ核の場所を探る物好きはいない。面倒だから。

適当に切りつけて、核が見つかったら幸運、くらいの感覚だそうだ。


「うん?いずれ夫婦になるんだ、財産の共有は当然だろう。私はリリィがそばにいてくれれば、他に欲しいものは浮かばないからね。しいていうなら、リリィの欲しいものが私の欲しいものだ。リリィの喜ぶ顔を見たい」


至極当然のことだ、と言いたげなレオンに、思わず頭が痛くなる。

きっとレオンは、本気でそう思っているのだろう。

だからこそレオンはことあるごとに私に贈り物をくれるし、時々レオンの所有する資産について教えてくれる。

そういうのは例え夫婦になるとしても、赤裸々にすることはないと思うんだけど……。


「ご歓談中、申し訳ありません。魔物の回収、全て終了いたしました」

「そうか、わかった。……さあリリィ、屋敷まではあと少しだ。またゴミ……魔物が出る前に馬車に戻ろう」

「ねぇ今ゴミっていった?」


レオンはそれには答えず、にこりと笑って馬車へ戻るように促す。

魔物と言い直したけれど、彼は今確かにはっきりゴミと言っていた。

……本来魔物とは恐れるべきもののはずだ。

凶暴だし、理性がないし、見境なく襲ってくる。

逆に温厚で、理性のある生物は魔獣と呼ばれ、魔物と魔獣とでは大きな隔たりがある。

ちなみに魔物は魔獣の理性が崩壊した成れの果てであり、魔物は魔獣にも毛嫌いされている。


レオンに背中を押されるがまま、再び馬車に乗り込む。

レイズ領まではあと半分もないので、そこまで遠くはないだろう。

相変わらずぴったりと体を寄せて隣に座るレオンに、文句を言う気すらなくなった。




レイズ領に戻ると、レオンは真っ先にギルドで魔物の亡骸を換金し、レイズ邸に戻った。

突然のレオンの訪問にお父様たちは驚いてはいたものの、想像通り大歓迎であった。

ちなみにレイズ領のギルドは、本当に最近出来たばかりである。

私の背中が傷ついた時、お義母様の強い後押しで、ギルドも設立されたらしい。

私はギルドそのものが初めての場所だったのだが、レオンは随分と手慣れた様子だった。

理由を聞けば、実はレオンはお義父様による修行のひとつとして、冒険者としてギルドに登録しており、既に何度も魔物の討伐で場所こそ違うもののギルド自体を何度か利用しているそうだ。

冒険者とはギルドメンバーのことであり、登録したてはFランク、いくつか依頼をクリアするとEランク、と徐々にランクが上がっていく方式らしい。

Fランク、Eランク、Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、Sランク。

後者になるほど実力者として認められ、現在、Sランクの冒険者は片手で数える程度しかいないらしい。

レオンは現在Cランク。

本来は依頼を受けて数をこなしてランクを上げるのだが、レオンは基本的に依頼ではなく魔物討伐でランクを上げているらしい。

討伐した魔物の種類と数によって、ランクにも影響があるそうだ。


「レオンはすごいのね。私と同い年なのに、いつも私の前を行くんだもの」


私だって、ギルドや冒険者については知っている。

けれど実際に冒険者になることは出来ないし、ギルドにだって、レオンについて行かなければ足を踏み入れることすらなかっただろう。

私と同い年なのに。

同じ、11歳なのに。

レオンが、遠い。


「当然だ。私がリリィの前にいなければ、リリィをありとあらゆるものから護れないからね」


なのに、レオンはくすくすと微笑み、目を細めるだけだった。

レオンは私のためにと、剣と魔法を学んでくれている。

なら、私は?私は、レオンのために、何が出来る?何が出来ている?


「……私、自分が情けないわ。あなたのために、何も出来やしないんだもの」

「何を言っているんだい?私は、ただリリィが心身ともに健やかで幸せであれば、それで充分なんだ。願わくば、その幸せに私が関わっていて欲しい。──だから、ねぇ、私のリリィ。リリィは、リリィのしたいことを、したい時に、したいだけすればいい」


ああ、本当に、私は情けない女だ。


「甘やかさないで。……レオンなしで、生きていけなくなるわ」

「それが狙いだから……といったら、どうする?」


甘やかさないで欲しい。

でも、レオンにとびきり優しくされることは、この上なく嬉しい。

ここままでは、本当にレオンなしでは生きていけなくなりそうだ。

ただ──レオンがそれを望んでくれるなら、それはそれで、楽しいのかもしれないけれど。


「どうもしないわ。ただ、レオンに、そばにいてねってお願いするくらいかしら?」

「それは……この上なく、幸せなお願いだね?」


本当に幸せそうに、レオンは、どろりと(とろ)けそうな笑みを浮かべた。

そしてレオンが私の頬を愛おしげに撫でつけ、触れるだけの口付けを落とす。

口付けられたことが嬉しいけれど恥ずかしくて、赤くなった顔を誤魔化すように、近くに置いてあった刺し子を手にとる。

中途半端に進められた刺繍は、苦手ながら一生懸命に針を刺したものである。

刺繍は苦手。

でも、せっかくなら、他のご令嬢たちみたいに、ハンカチにでも婚約者のイニシャルを刺繍してみたいじゃない?


「リリィ、それは?」

「途中だけど、刺繍を練習しているの。……その、あまり上手くいっていないのだけれど。もし、上手くいったら、レオンに……渡したいなって」

「……ああ、なんて素敵な、私のリリィ!愛してるよ!!」

「それは随分大げさなんじゃないかしら?」


練習中の汚らしい刺繍ひとつで、ここまで喜ばれるとは全く思っていなかった。

少し見せてくれるかい?と首を傾げるレオンに、恥ずかしいけれど、素直に差し出す。

レオンはそれを受け取ると、目元を柔らかく細めたまま、下手くそな刺繍の施された布をそっと撫でた。


「ああ、愛しのリリィ…………っ!そうか。わかった、そういうことだったんだな!」

「え?」


刺繍を撫でたかと思うと、レオンは突然目を見開き、声を上げる。

突然のことに首を傾げていると、レオンが丁寧に刺し子をテーブルにのせ、私の両の手をぎゅっと握りしめてきた。


「ありがとう、私のリリィ!おかげで突破口を見いだせた!さすがは私の愛するリリィだ。少し確認してくるから、そばを離れることを許しておくれ!愛しているよ!」


目を瞬かせているうちに、レオンは私の頬にちゅっ、と口付けをし、笑顔で部屋を出ていった。

部屋を出ていく時に私に向かって笑顔で手を振り、静かに扉を閉めるあたりは、さすがというか。


ええと、私、下手くそな刺繍を見せただなんだけど。

レオンはいったい、何に気がついたのだろうか?

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