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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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「しかし……氷の亡霊(アイス・ファントム)、か。私も他人事ではないな」

「え?」


口元に手を添え、レオンがポツリと呟く。

思わず首を傾げてしまえば、レオンはどこか複雑そうな表情で、私の頬を撫でた。


「私はこうして、愛するリリィと婚約し、生涯寄り添うことが出来る。けれど、もしも私が公爵家に生まれず、もっと格下の家であったり、平民であったとすれば……どれだけリリィに焦がれても、結ばれることはなかったかもしれない」


レオンの言葉に、胸がぎゅうと締め付けられた気がした。

確かに、もしもレオンが公爵家に生まれなかったり、私が伯爵家に生まれなかったら。

その身分差が壁となり、こうして手を取り合うことも、出来なかったかもしれない。


「氷の亡霊は、私にもありえたかもしれない姿だと思うと、少し複雑だ。愛する者と引き離されるのは……きっと想像を絶する辛さだろう」


レオンの言葉に、ニコラス殿下も神妙に頷く。

ニコラス殿下も、もしもの可能性について、考えたのかもしれない。

思わずミリアと顔を見合わせれば、ミリアもまた、どこか複雑そうな表情である。


「──だがまぁ、リリィの目の前で人を殺したんだ。私のリリィの耳を穢した以上は放っておくわけにはいかないがな」


……あっ、レオンが氷の亡霊捕まえたいのは、そういう理由なのね。

思わず溜息をついてしまい、ニコラス殿下は「それでこそレオです!」と楽しそうに笑っていた。


「それにしても、恋人を取られた……ということは、氷の亡霊はその男性に逆らうことの出来ない立場だったのでしょうか?」

「可能性はありますね。例えば氷の亡霊が平民で、横恋慕した男性が貴族であれば……」


どれだけ互いを想いあっていても、その座を明け渡すしか出来ない。

アーデルハイドでもシュタインヴァルトでも、貴族と平民というのには、絶対的な壁がある。

その壁というのは簡単に言ってしまえば、貴族としての責任、といったところだろうか。

貴族は国より土地や民を与えられ、国のために、土地や民を護らねばならない。

どのように土地を肥えさせ、民のために富むことが出来るか。

そのために領地内での方針を決めたり、税を集めて国に納めることは重要な仕事でもある。

民のための、貴族(ノブレス)の義務(オブリージュ)という言葉もあるくらいだ。

もちろん貴族の中には民のために、なんて崇高な志を持たない者もいる。

その逆で、貴族があるのは民のおかげ、という考えを持つものも、確かにいる。

私は爵位の継げない女だし、レオンは三男で同じく爵位を継ぐことはない。

だからこそ、それほど深く考えたことはないけれど──可能性の話として。

とある異性を好きになった貴族が、その異性に恋人がいたとしても、相手が平民であれば……それでも構わないと、思うことはあるだろう。


「氷の亡霊はそれが許せなかったのかもしれません。実際彼は、恋人を奪われたと依頼されていたようですし……実に腹立たしいことこの上ないですが」


そう、確かに、絶対有り得ないし想像したくもないけれど。

もしあの男子生徒の証言が、()()()本当だった場合。

公爵家のレオンに、伯爵家である私や、爵位は分からないけれど、上位貴族ではないであろう男子生徒が逆らえないと……判断されても仕方が無いのかもしれない。有り得ないけれど。

依頼を聞いた時点で、自分の境遇と重ねて同情したというのは、おそらく事実とそうかけ離れたわけではないと思う。


「レオンハルト様がリリアを愛していることも、想いあっていることも、少し調べれば分かるはずですわ。それがなかったということは、やはり、氷の亡霊の目的は、事件を起こすことそのもの……?」

「可能性は否定出来ませんね。今後は私やリリィを狙わないとは言っていましたが、果たして信用しても良いものか。……まあ邪魔をするつもりではあるのでいずれ遭遇するとは思いますが」


今度こそ捕まえてやる、と呟くレオン。

ギラギラと輝いた目は、もし氷の亡霊が目の前にいればすぐにでも飛びかかってしまいそうだ。

そう簡単に氷の亡霊が現れるとは思わないけれど。


「残り数日の僕たちの護衛が終われば、今度は氷の亡霊捜索ですか?レオは大変ですねぇ」

「ニコル殿下こそ、ミリア嬢の前で人を殺されたのです。放置するつもりはないでしょう」


にこりと微笑むニコラス殿下に、レオンは特に表情を変えずに告げる。

疑問符ではないあたり、確信を持っているようだ。


「それはもちろん!帰国すればまず真っ先に取り掛かる案件です」

「ニック様……」

「安心してください、ミリー。あの男は僕とレオがすぐに捕まえますから」


にっこりと微笑み、今後の方針をレオンと共に相談するニコラス殿下。

隣に立つミリアがポツリと、「初めて氷の亡霊に同情しましたわ……」と呟いた。

激しく同意する。

まさか、レオンとニコラス殿下を同時に敵に回しただなんて、氷の亡霊も想像すらしていないのではないだろうか。

二人を敵に回したら死ぬ!なんて、大げさなことを言っていたくらいだし。


「ミリー、大変申し訳ありませんが、学園生活は今日限りで終わりにしましょう。残り三日と少し……可能な限り氷の亡霊について探ります。都合の良いことにレオもその間僕たちの護衛ですからね。レオほど心強い味方はいません」


学園生活は今日を含めて二日と少し。

もう一日猶予があり三日と少しになったところで、アーデルハイドとシュタインヴァルトが総力をあげて捜査している氷の亡霊が、そう簡単に見つかるだろうか?


「でも、どうやって……」

「ひとまず現場に。きっと氷の亡霊の使った氷が残っているはずだから、そこから魔術痕を探ろうと思う。ニコル殿下の仰っていた女神の加護の話を信じるとすれば、氷の亡霊も相応の魔力を持っているはずだからね」


確かに、レオンは魔力の痕跡を辿るという人並外れた技を持っているのだ。

レオンは方法さえ理解すれば簡単さ、と笑っていたけれど、魔力の通ったあとを見つけて現在位置を探るなんて早々できるものではないはずだ。

確かにアーデルハイドにも魔力痕から魔力の持ち主を探るという捜査方法はあるけれど、それは地道に指紋採取して照合していくのと同じく、あまり効率的なやり方ではないし。

少なくとも現在位置を探る……ということは出来ないはずだ。

私の婚約者が人外じみていて、大変すてき。


「じゃあ、現場に戻るのね……」

「もちろんリリィとミリア嬢を部屋に送り届けてからね。あんなことがあった場所だ、向かうのは辛いだろう」


レオンの服を思わず握ってしまい、それに気づいたのであろうレオンがふわりと微笑む。

その優しい表情と眼差しに、思わず小さく息をついてしまった。

さすがレオン。

私の気持ちをよく分かっていらっしゃる……。

確かにあの現場には行きたくない。

まともに見てはいないとはいえ、あの生々しい音は、何度も夢に見てしまいそうなくらい、気味の悪いものだった。


「なるべく早く戻るようにするから。私たちが戻るまで、決して部屋から出てはいけないよ。私の結界は外からは入れないけれど、中から出ることは出来るのだから」

「ええ、わかっているわ。……待っているから、気をつけてね」


結界から出てはいけない、というのは、レオンが私のそばを離れ、結界を張る時に毎回告げる約束事だ。

レオンの結界に護ってもらうことにすっかり慣れている私にとって、レオンの結界は、レオンがそばで護ってくれるのと同じくらい信用出来るものである。

でも、理解と納得は違うものだ。

本当ならずっとそばにいて欲しいし、氷の亡霊なんて探しに行かなくていいと、思ってしまう。

でも……でも、氷の亡霊を捕らえることを、レオンが望んでいるのなら。

それはきっとレオンがするべき事なのだろう。

レオンは自分以外にも出来るであろうことを、私と過ごす時間を犠牲にしてまで行うことはないから。


「じゃあ、行ってくるよ」


私とミリアを部屋まで送り届けて。

レオンがそっと私の頬を撫でた。

レオンならきっと大丈夫だとは思うけれど、無理と無茶はして欲しくない。


「いってらっしゃい。本当に、気をつけてね……」


レオンの唇に、自分のものを重ね合わせる。

少し驚いたように目を見開いたレオンは、それでもすぐに受け入れてくれて。

そっと頭に手を回され、思っていたよりも長い間、彼と触れ合うことが出来た。

やがて名残惜しそうに唇が離され──ふわりと微笑んだレオンが、ニコラス殿下とともに姿を消した。

ミリアが唇に指をあてているあたり、ミリアとニコラス殿下もしばしの別れを惜しんでいたのだろう。


……レオンが、早く戻るとはいったものの。

どれだけで戻るよと、時間を指定しなかったのは初めてだ。

どうか……どうか早く、戻ってきて欲しい。


もしも本当にヴァルヴァイアという女神様がいるのなら。

どうか、どうか愛するレオンを護ってください。

私には、ただレオンの帰りを待つことしか、出来ないから。

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