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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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55



ニコラス殿下とミリアが学園在籍期間を終えるまで、あと二日。

部屋に届いた手紙を見て、ミリアが困惑したように頬に手を添えた。


「またなの?」

「ええ……」


私宛の、差出人不明の手紙。

封を開けば、そこには長々と私への想いが綴ってあって──見慣れぬ文字は、レオンのものではないことを示している。

私の想いはわかっているよ、とか、想い合っているのに触れられないのは寂しい、とか、あの男から助けてあげるからね、とか。

どうやら差出人の中では、正体不明の差出人と私とが両想いであり、レオンに無理矢理婚約させられ、私がレオンから逃げたい……という風になっているそうだ。

全く理解が出来ない。

手紙は四日ほど前から日に何度も届くようになり、既にかなりの手紙が届けられている。

レオンには最初の手紙が届いた時点で相談しており、手紙のうちのいくつかは、レオンが燃やしてしまったり、私が思わず破り捨ててしまったために読めなくなったものもある。

だって、レオンの悪口がつらつらと並べられているのだ。

そんなの読めるはずがない。


レオンは差出人を見つけて八つ裂きにしてやる、なんて言っているし、私も引き止めるつもりは無い。

いや、さすがに死なない程度で抑えて欲しいけれど。

最悪、もしも死んでしまったとしても、仕方がないのかなと、思ってしまうのだ。

だって、だってこの差出人は、私がレオンのことを愛していないと決めつけているのだ!

レオンとの婚約は、確かに最初は一方的なものだったかもしれない。

最初は戸惑ったし、レオンからの愛を疑ったことも、確かにある。

でも今はレオンの愛を疑ったりなんてしないし、婚約を結べて本当によかったと思っているのだ。

私の人生で、後にも先にも、こんなに愛せるのはレオンだけなのだと、自信をもって言える。

だから私がレオン以外の見知らぬ男を好いているなどと決めつけられて、気分が良いはずがないのだ。


「もう、一体誰なのよ……!」


学園では、生徒間や校外からの手紙を、在籍している生徒に届けるという制度がある。

それにより生徒たちはお茶会を主催し招待状を送ったり、家族の様子を知ることが出来るのだ。

個人個人に、というよりは、部屋別に、といった感じ。

例えばレオンたちの部屋であれば、レオン宛の手紙とニコラス殿下宛の手紙が。

この部屋であれば、私宛の手紙とミリア宛の手紙が、混在して届くのである。

私たちの部屋やレオンたちの部屋は二人部屋だが、寮には一人部屋や十人ほどが生活出来る大部屋まであるので、手紙を仕分ける際は宛名しか確認していないらしい。

つまり差出人が不明であっても、宛先に届いてしまうのだ。

さすがにこれは危険なのでは?と数年ほど前から問題視されているようだが、まだ改善にまでは至っていないそうだ。

手紙は学園内のあちこちに手紙を入れる回収ボックスがあるため、そこに入れてしまえば宛先に届いてしまう。

例え回収ボックスを見張っていたとしても、日に利用する生徒は多いし、学園内にいくつ設置されているのか、正直把握しきれていない。

私はあまり手紙を出さないし、手紙を書くとしてもレオン宛くらい。

レオン宛であれば回収ボックスに入れるより、直接渡した方が早いから、利用したことは一度もないのだ。

それはレオンやニコラス殿下やミリアも同じで、私たち四人は回収ボックスの場所を把握していないのだ。

だから例え知っている数ヶ所を見張ったとしても、差出人が都合よくその回収ボックスを使っているとは限らない。

無駄足になるからと、直後にその案は却下されていた。


「──リリィ!」

「レオン……」


魔術で声でも聞いていたのか、転移でレオンが部屋の中に現れた。

ぎゅう、と私のことを抱きしめてくれ、そっと手の中から手紙を奪う。


「ああ、可哀想に、私のリリィ。すぐに差出人を見つけられない、不甲斐ない私を許しておくれ……」

「いいのよ。どうせ、もう二日もすればここを離れられるのだから」


そう、私が今すぐにでも差出人を見つけなければ!と焦っていないのは、結局のところ学園在籍期間が残り二日にまで迫っているからだ。

差出人が見つからなかったとしても、この鬱陶しい手紙は、三日後には私の手元に届かないようになる。

宛名は“リリア・レイズ様”となっているので家名も相手に知られてしまっているが、例えレイズ家に手紙が届いたとしても、差出人不明のものが私の手元に届くことはない。

それに、もし学園から家までやってきたとしても、レイズ領には今ではギルドも設立されているのだし、冒険者たちはそれなりに多い。

レイズ領では薬草を提供することもあるし、育てられている薬草目当ての魔物も少なくないため、必然的に冒険者の数は増えていくのだ。

……まあ、私の場合は、レイズ家にいるよりもハインヒューズ別邸で過ごす時間の方が長いんだけどね。


「そういうわけにもいかないさ。私の愛しいリリィに不審者が付きまとっているなんて、黙って見過ごせる話ではない」

「レオン……。でも、あなたが必死に探してくれているのは、知っているの。その気持ちだけでも充分すぎるくらい嬉しいわ」


そっとレオンの頬に手を添える。

親指でそっと目の下を撫でれば、レオンが困ったように眉を寄せた。

指でなぞった目元には、うっすらとクマができている。

最近のレオンは常にピリピリしていて、私が起きてから寝るまで、ずっとそばにいてくれるのだ。

そして私が眠った後にも調べ物をしているのだろう、レオンがずっと寝不足なのは、見ていたらわかる。

それを同室のニコラス殿下が止めないものだから、なおタチが悪いのだ。

ニコラス殿下はレオンと違って休んでいるようだが、例えニコラス殿下が休んでいたとしても、レオンには本来の目的である護衛の仕事がある。

つまり、護衛の傍らで差出人探しを行っているのだ。

時間を確保するために、レオンは自分の休息時間を削っているのである。


「大丈夫。確かに少し気味が悪いけれど……レオンがいるから、怖くはないわ」


差出人不明の、理解の出来ない内容の手紙。

私一人であれば、きっと怖くて部屋から出られなかったかもしれない。

でも私にはレオンがいる。

今は友人であるミリアも、ミリアを愛するニコラス殿下もいらっしゃる。

私は一人ではないのだ。

気味が悪いけれど、でも、それだけ。


「リリィ……」

「だから、ね?少しはレオンに、休んで欲しいわ」


レオンは頬に触れている私の手を握ると、じゃれるように頬ずりをする。

ふわりと優しく微笑むと、しかし、首を横に振ってしまった。


「……ありがとう。だが、休むよりも先に、少しでも手がかりを」

「レオン。まだ始業まで時間があるから、寝ましょうね?」

「……わかった」


レオンが素直に休むとは元より思っていない。

けれど否定出来ないように重ねて言えば、レオンがすぐに根負けすることを、私は知っている。


ともに転移してきたニコラス殿下はクスクスと笑いながらミリアの髪を撫でているし、ミリアは微笑ましそうに見つめてくるのがわかる。

レオンの手を引きソファに座ると、レオンも隣に座らせ、軽く体を傾けさせた。

そのままレオンの頭を私の足の上に乗せれば、もう何度も繰り返した膝枕の完成だ。

レオンが一人で眠ろうとするより、私がそばにいた方がすぐに寝付くことはとっくに実証済みである。


「おやすみなさい、レオン」

「……おやすみ、愛しいリリィ」


そっとレオンの頭を撫でれば、レオンが静かに目を閉じる。

ややあってスヤスヤと穏やかな寝息が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろした。


「それにしても、レオンハルト様が相手を探れないなんて……相当の使い手なのでしょうか?」


ミリアがニコラス殿下を見上げながら問うた。

ニコラス殿下は少し考える素振りを見せると、「そうではないのかもしれません」と答える。


「逆に、相手があまりに微弱な魔力のため、魔力痕を読み取れないのかも。レオの力が強すぎるがために、相手の魔力痕を消してしまうのかも……」

「もしそうだとすれば、レオンハルト様が見つけ出すのは、困難なのではありませんか?」


レオンは生まれつき魔力が強い。

だからこその弊害だなんて、レオンも想像もしていないのではないだろうか。

あるいは、理解していてなお、私のためにと必死になっているのかもしれない。

レオンの白い肌に不釣り合いなクマ。

少しでも穏やかに休んでもらえるよう、そっとレオンの髪をすいた。

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