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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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54



魔術の授業で手合わせを行ってから、レオンとニコラス殿下は魔術や剣術の授業で、たびたび手合わせを行うようになっていた。

ジークベルト殿下に聞いた殺人事件の犯人の目的が不明な以上、警戒するに越したことはないからと、ここ最近はいつも以上に腰を入れているようだ。

魔術の授業ではいつも二人をじーっと見つめる視線は多く、剣術の授業でも同じ。

見ることで学ぶこともあるのだろうと、レオンとニコラス殿下は大して気にしてないようだった。


相変わらず、アーデルハイドとシュタインヴァルトでは、殺人事件が起きている。

だいたい三日に一度くらいの頻度で、たまに一日に何件が事件が起き、その後ぱったり途絶えたかと思えば、また事件が発覚する……といった具合だそうだ。

ニコラス殿下とミリアは、五日後には学園生活を終了し、六日後にはシュタインヴァルトへ帰国される予定だ。

このひと月は長いようで短くて──レオンとニコラス殿下が毎日のように手合わせをしているのは、少しでも思い出を残すためなのかもしれない。

日によっては夜遅くまで自室で話し合いをしているそうだし、レオンに依頼された魔物討伐にも毎日のようにニコラス殿下も共に向かっていた。

ニコラス殿下が最も優先するのはミリアであることにまず間違いはないが、部屋割りから考えても、レオンと過ごす時間はかなり長かったはずである。

以前は友人という関係だったが、今は、親友といっても差し支えないのではないだろうか?

ニコラス殿下はジークベルト殿下やマリアンナ様やヴィオラ様よりも、レオンの方が信頼出来ると仰っていた。

帰国後もレオンとの交流ははかりたいそうで──私もミリアとの交流は深めたいので大賛成だ──落ち着いたらシュタインヴァルトへ招待してくれるそうだ。

他国へ入国するには色々と手続きが必要なため、実は他国へは訪れたことは無い。

アーデルハイド国内はある程度回ったのだけれど、さすがに他国へ身一つで訪れればあらぬ誤解を受ける可能性もあるからだ。

だってまさか、普通は思いもしないだろう。

まだ年端も行かぬ若い青年が、転移の魔術を身一つで行ってしまうなんて。


「……あら?」


今は魔術の授業中である。

レオンとニコラス殿下はもう何をやっているかも分からないくらいに魔術を連発しては、隙をついて剣術で攻める──という他の生徒曰く“化け物じみた”手合わせを行っている。

やはり手合わせ前にレオンとニコラス殿下が結界を張ってくれたおかげで、特に風が吹き付けたり熱や寒さを感じたり……といことはなかった。

余談だが、ニコラス殿下はレオンほど魔術や結界について多くを習得しているわけではないらしく、手合わせであったり自室だったりでレオンから術を教わっていたそうだ。

特にレオンが私のそばを離れる時に必ずかけるいくつかの結界についてひどく興味を示されたようで、帰国までに習得してミリアにかけるのだと張り切っていた。

目の前で宣言されたミリアはにこりと笑って「頑張ってくださいまし」と応援していたので、ニコラス殿下は恐らくこの六日間で習得すると思われる。


さてレオンとニコラス殿下が張ってくれた結界は、物理攻撃阻害、魔術攻撃阻害……といったものらしく、危険なものは一切私とミリアに届かないようにする、というものらしい。

私たちに魔術が届かないと知っているからこそ、レオンもニコラス殿下も、魔術を躊躇いなく展開しているのだろう。

今思えば、稀にレオンが私の前で魔物討伐を行う時は、一方的に魔術を展開した直後に剣で対応していた。

きっとレオンは剣よりも魔術の方が得意だろうに──もちろん剣の腕前もとんでもないのだが──“もしも”を考えてくれているのだろう。

レオンの優しさに気づくことが出来て、胸のうちがきゅんっと締め付けられたのがわかった。

心の底からレオンへの愛おしさに満ちていれば、ふと、足元に紙が引っかかったのがわかる。

思わず声を上げて紙を拾い上げれば、そこには魔法陣やら読めない文字やらがびっしりと書かれていた。


「リリア、どうされましたの?」

「これ……なんだと思う?」

「……ああ、魔術のレポートではないかしら?ほら、魔法陣が若干歪んでいるし、文字は震えているから、手書きのはずだわ」


確かに何が書かれているかはわからないが、文字自体は手書きらしい。

魔術には魔法陣や魔法文字というものが用いられることも多いのだが、この魔法文字というのは、私たちが普段使っているフランカ語とは全く異なるのだ。

しっかりと勉強しなければ読めないし、引用を間違えれば、魔術が暴走したり、そもそも発動しないといった不具合を起こすことが多い。

だからこそ魔術は既存のものを行使するばかりで、新しい魔術というのはなかなか生まれないのだ。

……レオンはよく魔術を創っているからか、魔法文字にも精通している。

ニコラス殿下も同じく理解されているようで、以前、とある古代魔術について魔法文字の議論を交わしていたのは記憶に新しい。

ちなみにそれを近くで聞いていた魔術授業の生徒たちは、全員が全員目を輝かせ、人が人を呼び、観客がずらりと周囲を囲んでいたので少し居心地は悪かった。

途中で気づいたレオンが助けてくれたけれど。


とにかく、魔法文字というのは存外難しい。

私は魔術にも魔法にも覚えがないため、この紙だけでは言っては悪いが落書きのようにしか思えない。

見る人が見ればきっと価値があるだろうコレは、きっと、誰かの努力の結晶なのだろう。

レオンとニコラス殿下から目を離し、ぐるりと周囲を見渡す。

誰もが二人に釘付けになっているからこそ、持ち主は見つけやすかった。

なぜなら彼は視線を下に向け、きょろきょろとあたりを見渡し、顔を青くしているから。


「きっと彼ね」

「ええ、そう思うわ」


ミリアも同じ結論に至ったようだ。

きっと大切な探し物だろう。

こちらには全く気づいていないようだし、渡した方が早そうだ。


「少し離れるわ」

「ええ。でも、早くね。今日こそニック様が勝利するところをリリアに見てもらわなくては」

「お生憎様、今日も勝つのはレオンでしてよ」


剣の授業では、ニコラス殿下とレオンの勝敗はほぼ互角。

といってとほとんどが時間切れによる引き分けで、まともに勝敗がわかるというわけではなかった。

対して魔術の授業では、いつもハラハラするものの、最終的には毎回レオンが勝っている。

そのたびにニコラス殿下とミリアは悔しそうで、帰国までの間にレオンに勝ってやる、と息巻いていた。

しかし見たところ──素人目による判断だが──レオンの方が押しているようにもみえる。

これは、もう、レオンの勝ちなのではないだろうか?

レオンのことをずっと見ていられないのは残念なので、早く渡して早く戻ろう。


「……もし。探し物はこちらでしょうか?」


紙を差し出しながら声をかければ、俯きながらあたりを見渡していた男子生徒が、弾かれたように顔を上げる。

そして私の手にある紙を見つけると、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべて、半ば奪うように手に取った。

何度も何度も撫でているのは、何かを確かめているのだろうか。

ともかくこの紙はやはり彼の物らしいし、渡したのだからもう用はない。

早く戻ってレオンの勇姿を目に焼き付けるとしよう。

バサバサと髪を風になびかせながら微笑むレオンは、ほんっとうに格好いいのだ。

もちろん剣を振るうレオンも好きなので甲乙つけがたいが、レオンのことはいつだってじっと見ていたい。


「あっ、あの!大事なものだったんだ、本当にありがとう!お、オレはジル!あんたは?」


さあミリアのもとへ戻ろうと踵を返せば、途端に腕を引っ張られ、思わず振り向いてしまう。

僅かに震えた声での自己紹介は、まるで幼い少年のようにも見える。


「──私の愛する婚約者に、何か用か?」


名乗られたのだから、せめて名乗り返そうと口を開けば、すぐ後ろから聞き惚れそうな声が聞こえた。

後ろから手が出てきたかと思えば、優しく口を塞がれ、体を抱きしめられる。


「れっ、レオンハルト様……!」

「……用は済んだだろう?行こう」


彼──ジルというらしい生徒に対する冷ややかなものとは裏腹に、優しい声でミリアの元へ促される。

いつの間にか、ニコラス殿下の手合わせは終わってしまったのだろうか。

思わず先程までレオンが立っていた場所に目を向ければ、ニコラス殿下が剣を振り下ろした格好のまま固まっていた。

どうやら、手合わせ中、私のことを見つけてそばに来てくれたらしい。


「レオン……」


レオンの腕の中で、私よりも背の高いレオンを見上げれば、レオンはふふっと優しい笑みを浮かべた。

その愛らしい笑顔に、心を射抜かれたのは言うまでもない。


促されるままジルに背を向けた私は、知らなかった。

ジルが先程大事そうに撫でていた紙をぐしゃりと握りつぶし、憎々しげにレオンを睨みつけていたことを。


そして──これがキッカケで、あの事件に、巻き込まれることになるなんて。

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