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婚約者様についてお話が聞きたいですわ!
という一言に他の方も賛同したこともあり、このお茶会での話題は、自身の婚約者についてとなった。
以前にもマリアンナ様主催のお茶会で少し話をさせてもらったこともあるので、出来れば私以外の方のお話を聞きたいものだ。
「私はレオンと毎日共に過ごさせてもらっていますが、皆様はいかがなのです?」
もちろん、ヴィオラ様の婚約者であるアランディア殿下がこの国にいらっしゃらないのは知っている。
この問いはヴィオラ様とミリア以外の方に対してのものだ。
それがわかっているのだろう、ヴィオラ様とミリアは何も言わない。
「せっかく同じ学園に通っているので、以前よりは顔を合わせますが……毎日、というわけではありませんわね」
「あたくしもですわ。といっても、入学してからまだ一週間程しか経っていませんが」
どうやら、同じ授業を選択しているわけではないようだ。
マリアンナ様はジークベルト殿下と学年が違うので同じ授業をというわけにも行かないだろうが、他の方はひとつくらい同じものを選択しているのかと思っていたのだけれど……。
「リリア様やミリア様のように、愛し合って婚約をしたわけではありませんから……。仕方がないのはわかるのですが、例えわたくしから歩み寄ろうとしても、それを拒否されるのです」
まったく、殿方の心はわかりませんわ。
そうぼやくような言葉に、他の方も同意する。
彼女たちの婚約は貴族らしい、言わば“家のため”の、政略的なもの。
それでもいずれ夫婦になるのだからと彼女らが婚約者に近づこうにも、それを婚約者たちはのらりくらりと逃げるのだそうだ。
うーん、レオンの場合は私が少しでも近づけば、むしろ大喜びで両腕を広げて待っているし、もし距離をとろうものなら、うんと近づいてくるから……。
「何か、良い方法はないでしょうか?」
深刻そうに問われるものの、思わずミリアと顔を合わせてしまう。
良い方法、と言われても……。
「申し訳ありません。その、レオンに、拒否をされたことがないので……」
「わたくしも、ニック様との距離を感じたことがありませんので……」
レオンは私を拒否したこともなければ、少しでも距離をおかれたこともない。
私のすることなすこと全て笑顔で受け入れてくれて、それがレオンとの距離を少しでも縮める為のものだと知れば、喜んで協力してくれる。
根本的に、婚約者の態度というか、対応というか、そういうのが違うのだろう。
「……そうですわよね」
「羨ましいですわ……」
私とミリアの言葉をある程度は予想していたのか、苦笑が浮かべられるだけだった。
そういえば、マリエール様は先程から話されていないが、どうなのだろう。
「マリエール様はどうですの?」
「えっ、あの、わたくしは……ミリア様やリリア様ほどではありませんが、良くしていただいていると思います」
話を振られるとは思っていなかったのか、一瞬言葉をつまらせながら、小さく笑みを浮かべた。
そういえば、確かマリエール様の婚約者様でもある黒の団長様のご子息は、初めてお会いした時は、マリエール様を気にかけているようだった。
マリエール様は愛らしいお顔立ちで、昔とは違い素敵なご令嬢になられているようだし……。
「それに、彼はいずれ黒騎士にと望んでいますから……例え義理だとしても、誠実でいてくださるんです」
なるほど、黒騎士団志望であれば、確かに義理がたそうだ。
まあ、ご子息が義理堅い方なのか、人情深い方なのかは、関わりがないので判断は出来ないけれど。
でも……いずれは夫婦となるのだ。
それが義理としての付き合いであれば、きっと、とても悲しい。
コンコン、と突然扉をノックする音が響いた。
学園内のこの部屋は、生徒たちが交流を深めるためにと用意された専用の部屋である。
申請すれば、他の方と時間が重なっていなければ、誰でも使用できる。
今の時間はヴィオラ様が申請した、使用中の時間。
ヴィオラ様の招待客はこの場に全員揃っているし、この部屋に用のある人物は、誰もいないはずだ。
「……どちら様ですの?」
少々険しい声色で、ヴィオラ様が問う。
ややあって扉越しに聞こえたのは、聞き慣れない殿方の声であった。
しかし私やミリア以外の方はその声の主を知っているのか、まあ、と声を上げて両手を合わせる。
席を立ち、扉に向かったのは、マリエール様であった。
「どうされましたの?」
「マリエールがここにいると聞いてね」
ドアを開けた先には、やはり見慣れぬ殿方の姿。
しかしどこかで見たことがあるような気がして──マリエール様がほんのりと頬を赤らめていることから、おそらく、黒の団長様のご子息だろう。
……名前は覚えていないのだが。
ご子息とマリエール様は、微笑みながら言葉を交わしている。
見たところ、ご子息は決して義理でマリエール様に対応しているようではなさそうだが、なにも立ったままお話をしなくても良いのでは?
「──おや、先客ですか。申し訳ありませんが、そこを通していただけます?」
次いで聞こえてきたのは、もう聞き慣れたニコラス殿下の声。
どうやら用事が終わったようだ。
ニコラス殿下がこちらにいらっしゃったということは、レオンもそこにいるのだろう。
「まあ、どうやら、次々お迎えがいらっしゃったようですわね。残念ですが、今日はここでお開きといたしましょうか」
「本当はもっとお話をお聞きしたかったのだけれど……それはまた次回にいたしましょう」
今日のお茶会は少し短いものの、これ以上はやめた方が良いと判断したのだろうか。
主催者であるヴィオラ様がお開きとしたのだから、時間はどうであれ、このお茶会はここで終わりだ。
せっかく用意していただいたお菓子はまだテーブルにいくつも並べられていて、中にはカップに紅茶が残ったままの方もいらっしゃる。
それだけ時間が短かったということなのだが……。
「リリィ!迎えに来たよ。終わったのなら、帰ろうか」
「ミリー、帰りましょう。部屋まで送りますよ」
レオンとニコラス殿下は、白騎士団に向かったはずだ。
そこで魔術の研究に協力することとなったのだから、もっと時間がかかると思っていたのだけれど。
ニコニコと笑顔を浮かべるレオンとニコラス殿下。
ここにいるということは、今日のところは終わりということなのだろう。
もしかしたら継続的に協力することになったのかもしれない。
「レオン、もういいの?」
「ああ。私やニコル殿下の魔術は、彼らが使うには魔力が足らないようでね。あまり参考にはならなかったようだ」
……なるほど、レオンやニコラス殿下は元々魔力が多く、そして幼い頃からの修錬により、さらに魔力は膨大なまでに膨れ上がっている。
レオンやニコラス殿下が涼しい顔で使用する魔術ひとつひとつを他の方が使おうと思えば、あっという間に魔力切れとなってしまうのだろう。
「そうなの……。これからも協力をするの?」
「そうだな、リリィとの時間が減らないのであれば協力しても構わないが……。懇願されたが一時保留としてある。学園在籍中はニコル殿下に合わせるけれどね」
ニコラス殿下はシュタインヴァルトの皇子だ。
アーデルハイドは他国なのだから、他国の技術を向上させるのに一役買う、というわけには、いくら友好国とはいえ望ましくないだろう。
レオンの白騎士団への協力は、今回限りとなる可能性が高そうだ。
「今日はどんな話をしていたんだい?」
「……話、聞いていたのでしょう?」
にっこり笑いながら私の髪をすくレオンに、思わず首を傾げてしまう。
レオンは私がそばにいない時は、私には理解出来ない魔術をいくつもかけている。
でも例えどれだけ離れていても私の行動を把握しているし、会話を把握していることも多いし、今回もそうだと思ったのだけれど……。
「もちろんさ。ただ、出来ればリリィの可愛い声で、また聞きたいと思ってね。……ダメかい?」
困ったように眉を寄せ、どこか不安そうな表情。
きっとレオンは、私がその顔に弱いことを知っているに違いない。
それにあっさりと騙されて、仕方が無いなぁと済ませる、私も私なのかもしれない。