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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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レオンの雰囲気が変わったことがわかったのだろう。

ミリアが息を飲み、ニコラス殿下の腕に触れる。


「も、申し訳ありません!」

「こいつ、昔から白騎士に憧れていて!その、社交界にも顔を出さなくて……!」

「れ、レオンハルト殿のことを、ご存知なく……!」


慌てた様子で謝罪を口にするのは、周囲の生徒たちだった。

そのうちの一人に頭を抑え込まれ、強制的に頭を下げさせられている男子生徒が、先程の発言者なのだろう。


「何すんだよっ!」

「いいから謝れ!お前っ、レオンハルト殿を敵に回して、無事でいられると思ってんのか!?」

「はぁ?誰だよレオンハルトって!」


レオンは数少ない公爵家の御子息であるし、その剣術と魔術の腕前は、おそらく国でもトップレベルだと思う。

私を伴っての夜会にはあまり参加したがらないレオンだけれど、実はその腕前は、社交界でもまことしやかに囁かれているのだ。

この学園に通うのは、ほとんどの確率で、社交デビューを済ませた貴族たち。

レオンのことを知っている生徒だって多い。

……逆に言えば、レオンのことを知らない生徒だっているのだ。

本人は訝しむように、周囲は顔を青ざめさせているあたり、彼自身はレオンのことを知らないのだろう。


「白騎士に憧れる、ね。面白い、私がその実力を見てやろうじゃないか。私のリリィを侮辱した貴殿に、私直々に手ほどきしてやろう。ただし──命の保証はしないが」

「なんだと……っ!?なめやがって!」


いやいや命の保証しないって何言ってるのレオン!?

そして名も知らぬどこぞの誰か!

レオンの挑発に乗らないで!

というかどこかの貴族の御子息のはずなのに、あなたお口が悪いわね!?


「へぇ、まさかこんな所でレオの魔術が見られるとは思いませんでした。どうぞ存分に……ただし、ミリーの前ですから、あまり流血沙汰にしないようにお願いしますね」

「……ええ、そうですね。リリィの前で凄惨な光景を見せるわけには行きませんから、ある程度は加減をしましょう」


ニコラス殿下は止めるどころか、むしろレオンの発言を後押しされる。

レオンは一瞬悩む素振りを見せたあと、私の髪を撫でながら頷いた。

ええと、それって、もし私がいなければ、凄惨な光景になっていたということかしら……!?


「このっ……!“炎よ!この手に集い、この世の全てを焼き尽くせ!炎弾(フレイム・ボール)!”」


男子生徒が手のひらをレオンに向けると、大きな炎の弾が勢いよく飛んでくる。

炎弾は、確か火弾よりも幾段か威力の上がった、中級の攻撃魔法だったはずだ。

いや、彼自身の魔力を媒介としているのだから、攻撃魔術になるか。

というか、炎弾の詠唱ってそんな感じなのね……。

以前、レオンがギルドからの依頼で魔物の森に護衛として訪れた際も、白騎士たちが魔術を使う時に詠唱は聞いていたけれど……。

白騎士たちは森だからか、火属性の魔術を使っていなかった。

中級だから、という理由もあるのかもしれないけれど。


「その程度か……」


レオンが溜息混じりに呟く。

まだレオンのそばにいた私を抱き寄せたのは、護ってくれるためなのだろうか。

ニコラス殿下はいつの間にか、ミリアの腰を抱き寄せながらレオンの後ろに下がっている。


レオンが冷ややかに炎弾を見やる間にも、どんどん距離は縮まっていく。

そのくせ、熱気というものは一切感じないというのは、いくら何でもおかしいだろう。

炎弾は勢いよくレオンに近づくものの、レオンの数メートル手前で、なにかに阻まれたようにジュっ!と音を立てて蒸発してしまった。

どうやら、彼が魔術を展開した時には、既に何かしらの対策を取っていたらしい。

阻まれるようにかき消えたということは、結界かなにかだろうか?


「っな……!」

「詠唱は本来、言葉に魔力を込めることにより、威力を増大し自身の持つ魔力以上の結果を魔術にもたらすものだ。その程度の炎弾など、無詠唱でも私が7つの頃には出来ていたぞ」


確かレオンが本格的に魔術を習うようになったのは──期間は短かったけれど──私と婚約し、しばらく経ってからのはず。

けれどそれも、魔術の授業をしばらく延期していたというようなことを言っていたから、私と婚約する前からレオンの才能はいかんなく発揮されていたのだろう。

レオンが魔術を使う時は基本的に無詠唱だったから気にしていなかったけれど、詠唱にはきちんと意味があったようだ。

詠唱により魔術の威力が増大するということは知っていたけれど、言葉に魔力をこめるという意味だったとは初耳だ。

いや、まあ、魔術に精通する方なら知っていて当然なのかもしれないけれど。


「さて、貴殿が炎弾を使うのであれば、私も同じ魔術で対抗しようか。──本物の炎弾とは、こういうものだよ」


レオンが口元だけ笑みを浮かべたかと思うと、何の素振りも見せていないのに、突然空間から炎の弾が飛び出した。

炎の大きさも、威力も、まるで先程のものとは別物だ。

それでも熱気を感じないのは、やはり、レオンが護ってくれているのだろう。

周囲は──ニコラス殿下とミリア以外は──「あつっ!?」と声をもらしている。

自信があったであろう炎弾を至極あっさり止められて、なおかつ、その倍以上の威力で同じ魔術を返されて。

彼は驚いたように目を見開き、呆然としていた。

しかし熱気で我に帰ったのか、慌てた様子で叫ぶ。


「“水よ──”」


しかし詠唱などしていれば、間に合うはずもない。

それ以上言葉が続けられることはなく、レオンの放った炎弾が、彼に届きそうになる。

反射的にレオンの服を握りしめ、顔をレオンの胸元に埋めた。


「……さて、少しは勉強になったかい。ここに私のリリィが居てくれたことに感謝するといい。貴殿は何度殺しても殺し足らないほどに憎いが、リリィの前では人死など見せるわけにはいかないからな」


優しく、レオンが頭を撫でてくれるのがわかる。

まるで誰かに話しかけるような言葉に、恐る恐る顔をあげれば、彼はその場に腰を抜かし、パクパクと口を開閉していた。

どうやら、炎弾は彼に届く前に、消滅したらしい。


「レオン……!」


思わずレオンの首筋に腕を回して抱きつけば、レオンはすぐに私を抱きとめて、ふふっと耳元で笑ってくれた。

そのまま私を抱き上げると、くるりとその場で一周する。

そしてまるで喉を鳴らしながら甘える猫のように、すりすりと私に頬ずりをしてきた。……可愛い。


「リリィを侮辱するなど万死に値するが、魔物とは違い、人を殺めるには色々と手間がかかるからね。そもそもリリィの前ではさすがに人を殺せないさ」


婚約破棄をと陛下に言われた時、国を滅ぼそうとしたレオンからは考えられない成長だ。

少しは周囲を慮るということを覚えてくれたらしいレオンに感動し、ついついレオンのふわふわの金の髪を撫でつける。

抱きしめられたままなので少し撫でにくいけれど、レオンが嬉しそうなので良しとしよう。

つまり、私はこれから先、かつてのように「レオンが人を殺めてしまう!」と必死に引き止める必要はなくなったのだ!

私のためにと、レオンが、白い綺麗な手を血に染めることはなくなったのだと思うと、どうしようもなく嬉しくなる。


すっかり浮かれてレオンの頭を撫でる私の耳には、ニコラス殿下の「つまりリリア嬢の前でなければ出来るということですね……」と呟いていたことなど届かなかったし、炎弾を喰らいそうになっていた男子生徒がすっかり気を失い、うんうんと顔を真っ青にして唸っていたことなど、気づくことも出来なかった。

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