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陛下からの使者は、詳しいことは明日王宮にて、陛下より説明があると伝えてから帰路についた。
陛下直々の依頼ともなれば、それはすなわち王命であり、本来であれば断ることは出来ない。
ただし──少なくとも、それはレオンには適用されないようだ。
気に入らなければ断る、と最初から使者にも伝えている。
レオンには国を滅ぼそうとした前科があるので、陛下も、無理強いはしないだろう。
……それにしても、陛下はあの時随分と後悔していたようだし、お義母様にもお説教をされ、直筆で謝罪文を送ってくるなど、言い方は少し不敬だが、充分反省しているようだった。
あれからまだひと月ほどしか経っていないし、仮にも国の王たる人物が、また同じ轍を踏むだろうか?
レオンもそこが引っかかったからこそ、話を聞くことを了承したのだろう。
もしかしたら、何か、理由があるのかもしれない。
指定された時間の数分前。
レオンに差し出された手を取れば、すぐにレオンが魔法を展開し、王宮へと転移した。
門番には話が通っていたのだろう、レオンのことを一目見ただけで敬礼し、中へと通してくれた。
……まあ、転移魔法で王宮に来るのなんて、きっとこの国で唯一レオンだけだものね。
案内は門番から王宮の侍女へと引き継がれ、彼女は静かな足取りで前を歩いている。
何度か角を曲がってから、ようやく到着した部屋の扉を、慣れたようにノックした。
ちなみに王宮の中は、侵入者が真っ直ぐ目的地へ辿り着けないよう、あえて複雑な造りになっているらしい。
王宮には数える程度来たことはあるが、レオンのそばを離れたら、すぐにでも迷ってしまいそうだ。
「レオンハルト・ハインヒューズ様とリリア・レイズ様がご到着されました」
侍女の言葉に、すぐに中に入るようにと声がかかる。
扉越しでわずかにくぐもって聞こえたが、それは確かに、陛下の声だ。
その声を確認してから、侍女が、ゆっくりと扉を開いた。
中は応接室らしく、テーブルとソファの他に、品の良い調度品が飾られている。
ソファには陛下が腰掛けており、その目は泳いでいるようだ。
レオンは私をエスコートしながらソファに座ると、ちらりと陛下に視線を送った。
「お久しぶりです。早速ですが、依頼について、納得出来る理由の説明をお願いします」
丁寧な言葉遣いではあるが、その表情は決して柔らかいものではない。
レオンの言葉に一瞬ビクリと肩を震わせた陛下は、テーブルに置いてあった手紙を見せてきた。
レオンはそれを受け取ると、裏表を確認し、「これは……」と呟いた。
手紙の封筒には、あまり見慣れぬ紋章が入っている。
しかし見たことがないわけではなく、その紋章は、むしろ有名なものだ。
「その、護衛相手というのが、隣国のシュタインヴァルト皇国の第三皇子と、その婚約者殿なのだ」
シュタインヴァルト皇国といえば、我が国の隣国であり、友好条約を結んでいる同盟国だ。
とはいえ我が国とシュタインヴァルト皇国の仲は特別良い、というわけでもなく、距離感を図りかねているらしい。
陛下曰く、少しでも友好関係を深めるために、王族、皇族が共に近しい年齢の場合のみ、学園に通う王族、皇族を、1ヶ月間の交換留学生制度を利用しそれぞれの国で学園生活を送るそうだ。
残念ながら毎回近しい年齢の子が生まれるわけではないので、過去に数度しか適用されたことはないそうだが。
今年はアランディア殿下と、シュタインヴァルト皇国第三皇子の年齢が同じであるため、交換留学生制度を適用させようという話になったらしい。
祖国からも護衛として数人は着いていくものの、受け入れ側も護衛を殿下に付けなければならない。
そこで、レオンに白羽の矢が立ったらしい。
「シュタインヴァルト皇国は大国で、我が国に流通する小麦の七割はシュタインヴァルト皇国産のものだ。第三皇子に何かあれば国家間における大問題となるし、我が国からの護衛も確実な実力者が望ましい。何より……第三皇子が護衛についての条件を出してきてな。それに当てはまるのが、レオンハルトしかいないのだ……」
どうやら、護衛には何か条件があるそうだ。
その内容は手紙の中に書いてあるらしく、レオンが既に開封済みの封筒から手紙を取り出す。
正式な書状とはまた別の、第三皇子からの私的な手紙に含まれるらしいソレには、美しいながらも、見慣れぬ文字が綴られていた。
軽く読み流し、中間付近に、「失礼ながら、護衛についての条件があります」と書かれている。
確かシュタインヴァルト皇国では、皇太子は皇帝の指名制だったはずだ。
例え第三子といえども、次期皇太子候補ともなれば、色々と危険なこともあったのだろう。
他国の護衛を信用出来ず、警戒するのも無理はない。
護衛の条件について。
ひとつ、剣術を嗜んでいること。
ひとつ、魔術に精通していること。
ひとつ、上級貴族であること。
ひとつ、婚約者がいること。
ひとつ、その婚約者に一途であり、他者に気安くならないこと。
要約すれば、この五つに当てはまる者のみ護衛として認める、というものだった。
ああ、うん。
これは確かに、レオンしか当てはまらないかもしれない。
「黒騎士では、剣術は覚えが良くとも魔術に覚えはない。白騎士ならばその逆。上級貴族ともなれば護衛はされる側の立場になるし、婚約者がいても、政略的なものでは一途ではないものがほとんど。……国中駆けずり回って探したが、全てに当てはまるのは、レオンハルトだけだったのだ」
婚約者持ちの上級貴族で、剣術と魔術に精通している人物のみを護衛として認める。
それはつまり、何か一つでも欠けていれば護衛として認めないということであり、我が国が皇子殿下に護衛をつけられなかったとなれば、それはそれで問題になるだろう。
だからこそ、陛下はレオンに依頼を出すしかなかったのだ。
うん、これは、陛下にはどうしようもないことなのかもしれない。
国家間の友好関係が、と言われてもよくわからないけれど、もし今回の件で護衛をつけられず問題となり、シュタインヴァルト皇国との貿易打ち切り、なんてことになれば国民全体にも影響が出る。
何より、私はシュタインヴァルト皇国の小麦を使った、レオンが焼いてくれるパンが大好きなのだ。
これは、パンの為にもレオンに受けてもらうべきなのだろうか?
「何より、私はレオンハルト以上に婚約者に一途な男を知らん。以前はレオンハルトとリリア嬢のことを知らなかった為に馬鹿なことをしてしまったが、あのあとキャシーにも言われてしまってな……」
キャシーとは、キャサリンお義母様の愛称だ。
陛下の他に、お義父様がよく呼んでいる。
聞けば、レオンがどれだけ私を想っているか……という話を延々とされていたらしい。
その上でそんな二人を引き離そうとするなんて、と散々お義母様に言われたそうだ。
「……事情はわかりました」
レオンは王宮に向かう前よりも、若干機嫌が良くなっている気がする。
どうやら先程の陛下の、レオン以上に一途な男を知らないと言われ、ほんの少しご機嫌になったようだ。
レオン、ちょっと単純なのでは?そこも可愛いけれど。
「それで、その第三皇子とやらがリリィに惚れない保証はありますか?」
「それはもちろん。第三皇子には婚約者殿がおり、この交換留学にも共に来られるからな。条件にある婚約者に一途なこと、というのは、婚約者殿に護衛が間違っても惚れないようにという意味もあるそうだ」
そういえば、護衛対象は皇子殿下とその婚約者様と仰っていた。
学園に護衛として通う期間は、交換留学生制度が適用されるひと月のみ。
その間は一応学園の生徒として通うものの、科目の選択は殿下に合わせ、単位などは特に気にしなくても良いらしい。
制服や寮での費用は、国が負担してくれるそうだ。
「……わかりました。では、護衛の依頼をお受けします。ただし、私はひと月もリリィと離れたくないので、リリィも同じく学園に通ってもらいますが」
「そこは、元よりそのつもりだ。皇子の婚約者も来るので、同性で関わりを持ってもらいたいらしくてな」
どうやら私もまた、ひと月の間だけは学園に通うことになるらしい。
おそらく第三皇子の婚約者様の、話し相手という所だろう。
私に拒否権はないが、まぁ、私だってひと月もレオンと離れたくないから、文句はない。
それに……学園の制服はとても素敵なデザインなのだ。
レオンが着たら絶対に似合うと思う。
私が学園に通いたかった一番の理由が、レオンの制服姿を見たいから、なんて言ったら、レオンには呆れられてしまうだろうか?