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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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※レオンハルト視点です。




私、レオンハルト・ハインヒューズには、10歳の時から婚約者の、愛しい女性がいる。

天使や女神と称しても過言ではない──むしろ天使や女神などというものよりも素晴らしい至上の存在である彼女の名は、リリア・レイズ。

名前からしてまずどうしようもなく愛おしいのだが、婚約して数ヶ月後には父上から一本取ったご褒美として、リリィと呼ばせてもらっている。

そしてなんと、愛しいリリィは私のことを“レオン”と呼んでくれるのだ。

レオ、という呼び名をされることはあったが、実は、レオンという名で呼ばれたのは初めてだった。

リリィの小さな口から鈴を転がしたように可愛らしい声で「レオン」と呼ばれてから、このレオンという呼び名は生涯リリィ以外に呼ばせないと心に決めている。

名前からして可愛いが、実際のリリィもとんでもなく可愛らしい。

名前は忘れたがどこかの誰かは至高の存在とも言うべきリリィを「どこにでもいそう」だと表現したが、もちろん愛するリリィを貶した無礼者にはちょっとした制裁を加えておいた。

あまりに派手にやりすぎると、リリィが嫌がるからね。

心優しく寛大なリリィは、他者に対する思いやりの心を持っているのだ。

リリィが嫌がるのなら、あまり無理強いは出来ない。

……もしもリリィが一言「あの子が嫌い」といえば、全身全霊で排除するというのに、本当にリリィは慈悲深い。

時々、その優しさは私にだけ向けてくれればいいのにと、思ってしまうのが本音だが。

そんなリリィの優しいところも愛しているのだから、泣く泣く飲み込んでいる状態だ。

愛しいリリィの容姿は、素晴らしい色素をしている。

赤みがかったブラウンの髪はほんの少しウェーブしており、私がリリィの髪を好きだといった時から、ずっと伸ばしてくれているのだ。

今では腰に届くほど長くなっており、リリィが歩く度に私を誘うように髪が揺れる。

その髪を撫でたり、唇に寄せたり、指に絡めることで誘いには答えているつもりだが、今はハインヒューズ家から彼女付きにした侍女に、髪の結い方を教わっている途中だ。

上手くできるようになれば、今度からぜひリリィの髪を私が結いたい。

瞳もブラウンだが、どちらかと言うとオレンジにも近い、明るい色みだ。

目尻は優しく下がっていて、リリィほどタレ目の似合う女性を私は知らない。

いや、もちろん例えリリィがつり目であっても変わらず愛するのだが。

この国においてブラウンの髪や瞳は珍しい色ではないけれど、リリィの色だけは、きっとどれだけ離れていてもすぐにわかる気がする。

私が婚約直後からリリィの髪や肌の状態を地道に調べ、リリィにぴったりの手入れ用品を贈り物にしてからは、リリィはさらに素晴らしくなったと思う。

もともと美しいリリィにさらに磨きがかかり、夜会やお茶会で着飾る度に、私の心臓は実は何度か止まったのではないか?と本気で思うくらいに胸の高鳴りがおさまらなかった。

リリィは青いドレスを良く着てくれて、その色を選ぶ理由が、私の目と同じ色だからと聞いた時は、たぶん本当に心臓が止まった気がする。

ドレス以外にもアクセサリーや髪飾りも青いものを用意するのだから、いつリリィに心臓を止められるかヒヤヒヤしたものだ。

ただ、ドレスだけは私が着せてあげるわけにはいかないので、侍女たちに任せねばならないのが歯がゆいところである。


本当は、私ひとりで愛するリリィの世話をしたいのに。


朝起こし、食事を用意し、食べてもらうくらいしか出来ていない。

食事や間食はすべて私が作るようになったけれど、以前は料理人の作った食事だったのだ。

料理人による味付けに文句があるわけではないのだが、今までのリリィを形成する血肉の全てが私以外の手によって成されていたのだと思うと少し腹立たしい。

食事は生きる上で必須の行為だ。

つまり食事によって生きていることとなり、少し大げさに言ってしまえば料理人こそが他者を生かしている、ということになる。

ならば私がリリィの口に入るものをすべて作ってしまえば、リリィの美しい命は、私が支えているということになるだろう。

ああ、リリィを支えられるなんて、なんて素晴らしいことなんだろうか。


そもそも、婚約者という立場はもちろん喜ばしいし望んだことではあるのだが、はっきり言って昔の私はリリィに酷く不釣り合いだっただろう。

だから、私の目の前で、リリィは魔物によって傷つけられた。

婚約前からリリィだけを愛していた私にとって、それは衝撃的な光景で。

私を庇うように魔物の前にその身を翻し、魔物の太い手が、爪が、リリィの背中を引き裂いて。

血が吹き出した時のことを、忘れることは出来ない。

あれは私が弱かったからこそ引き起こした事件だ。

少しでもリリィを護れるようにと父上に剣術をならってはいたが、それでは意味がなかったことをよく理解出来た。

幸いにもリリィの生家であるレイズ家は古くから薬草栽培に力を入れており、魔物にやられた場所も、ちょうど近くに薬草があったため大事には至らなかった。

が、それでもリリィの美しい背中に傷が残ってしまったのは、どうしようもなくやるせない。

……本当にどうしようもないのは、その背中の傷があれば、リリィは他の誰かにちょっかいをかけられる事がないだろうと密かに喜んでしまった、私自身だ。

リリィはあれからも苦しんでいたのに、あろうことか、その姿ですら愛おしいと思ってしまった。

私はどうしようもない人間だ。

剣術や魔術に力を入れたのだって、リリィを護りたいという、一方的な欲求のためだ。

だのにリリィは、ふわりと何よりも美しい笑みを浮かべてくれ、こんな私を受け入れてくれた。


『私だって、レオンのこと好きよ』


婚約はほとんど無理矢理結んだようなものだった。

私が勝手にリリィに惚れて、父上と母上に頼み込んで、申し込んでもらった。

曲がりなりにも私は公爵家の人間で、リリィは伯爵家のご令嬢。

格上からの相手を断れるはずもないのに、その時はそんなことにも気が付かないで、了承されたという結果だけを喜んでいた。

本当は気づいていたのだ。

当時、リリィは私に笑いかけてくれていたけれど、あれが貼り付けたものだったと。

私がリリィに惚れた最初のきっかけが、リリィの優しい笑顔だったのだから、気がついて当然なのだが。

リリィに“好きだ”と、言われたことはなかった。

それでもいいと思っていたのだ。

ただ側で、勝手にリリィを護ることを、許可さえしてくれればいいと。

……それだけで満足出来るはずがないのだと、欲深い私は、最初から知っていたのに。

リリィに初めて好きと言ってもらえた時、まるで天にも昇るような気持ちになって、心臓がドキドキとうるさかった。

改めて、リリィのためなら、何だってできると思ったのだ。

本当に、リリィのためなら、きっと何だってしてみせる。

自分の命だってどうでもいいと思えて──リリィがそばにいて欲しいと、リリィのためにリリィと生きて欲しいと言ってもらえた時からは、少し考えを改めたが。

リリィのためなら命を惜しいとは思わないけれど、リリィが望むから、私は私のことも大切にしなければならないらしい。

実際はどうだっていいのだが、確かに私が生きていなければリリィを見ることも、声を聞くことも、触れることも出来ないのだから、寿命を全うするまでは生きるしかないだろう。

いや、まあ、リリィがもし私を置いて逝くことがあれば躊躇いなく後を追うが。

少なくともリリィには長く長く生きて、出来れば怪我などして欲しくないし、出来る限り疲労感でさえ与えたくない。

魔術により空間収納と転移が使えるようになったのは、その思いを叶えるのには十二分に役立ってくれた。

幸い生まれながらにして魔力の多かった私は数多くの魔術が使え、剣術だけではまかないきれない部分も補うことが出来た。

例えば、私とリリィは非常に悔しいことに、まだ婚約者であるため、少なくとも夜寝る時だけは離れ離れになってしまう。

本音をいえば、一分一秒、一瞬たりともリリィから離れたくないのだが、まあ、それは結婚後の楽しみにとっておくことにしよう。

そばにいる時は、私自身がリリィを護ることが出来るだろう。

剣は今では父上に危なげなく勝つことが出来るし、魔術に関しては、恐らくこの国でも上位に食い込む実力はあると自負している。

だが、もし離れた時に、リリィに何かあったら?

もし眠りについたリリィを、不測の事態が襲ったら?

いくら転移が使えるといっても、“何かが起きた”ということを知るところから始めなければならない。

だから私はリリィのそばを離れなければならない時は、いつも魔法をかけるようにした。

最初は魔石に魔法付与をして渡していたのだが、それではリリィが気後れしてしまうため、リリィ自身にかけることにしたのだ。

おかげでリリィは常に切り傷ひとつない綺麗な肌をしているし、例え私がそばを離れた時に何かが起きても問題なく護ることが出来る。

自分で自分を褒めてやりたいくらいには満足のいく出来だ。

ただ私自身に褒められても全く嬉しくないので、ぜひリリィに褒めてもらいたいところである。


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