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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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森での遠征は中止となったが、ギルドからの“冒険者レオ”への依頼は無事遂行、という形になったらしい。

詳しいことはわからないけれど、レオンがキラキラとした目でドレスやら宝石やらを買おうとしていたので、報酬は受け取ったのだろう。

一応断ったのだが、絶望的な表情をされたので、髪飾りを買ってもらった。

稼いだお金は、自分のために使えばいいのに……。

レオンは私の持ち物に対してはあれこれとこだわるけれど、自分の持ち物はてんで無頓着である。

もちろん公爵家に相応しい上品で上質なものばかりなのだが、私のものと違い、衣服の素材だの生産地だのは気にしているところをみたことがない。

たまには私からレオンに何か贈り物をしてあげたいのだが、残念ながら私の手元には自由に使えるお金がないのだ。

以前は時々お父様がお小遣いをくださったのだが、今は全くといっていいほどもらっていない。

そもそも、今では常にと言えるほどレオンと共にいるので、実は家族の時間というのは少ないのだ。

いや、レオンも一緒であれば、そういう時間もあるのだけれど。

……そういえば、お父様にレオンと出かけるからお小遣いが欲しいとねだった時は、なぜかレオンに拒否されたんだっけ。

「リリィが欲しいものは私が何でも買ってあげるからね」とかなんとか。

結局、私がレオンに贈ることが出来るものといえば、あまり上手とはいえない刺繍を施したハンカチーフであったり、スカーフであったり、小さな壁飾りくらいだろうか。

レオンはいつも大げさなくらい喜んでくれるけれど、本当はもっと素敵なものを贈りたい。

しかしお金がない以上は、レオンに──公爵家のご子息に相応しい贈り物というのは、難しいだろう。

そのことに関してお父様もなにか思うところがあるのか、レイズ領で栽培しているお茶や、新しいブレンド茶が出来た時は、いつも私からレオンに渡すようにと言われていた。

最も、茶葉を持っていったところで、止める間もなくレオンが手際よく私の分まで淹れてしまうので、レオンに手間をかけさせていることに変わりはないのだが。

贈り物が出来ないので、それ以外でレオンのために何かをしたいとは常々思っている。

だから、時々あるレオンのお願いを、断ることなど出来なかった。


「本当に、これでいいの?」

「ああ、もちろん。リリィと二人きりで過ごす時間は、何よりも幸せだ」


レオンのお願いというのは、二人きりでのんびりとどこかに出かけること、というものであった。

確かに、最近は夜会だったりお茶会だったり、レオンに依頼が飛び込んできたりと、決してのんびりとは言えない状態だった。

主に忙しいのはレオンであり、私は完全にオマケだったのだけれど。

レオンはそれが気に入らなかったらしく、今日こそ何の予定もいれない!と出かけることが決まってから意気込んでいた。

どこに行くか、というよりも、どうやって二人で過ごすか、という方がレオンにとっては重要だったらしく、行き先は特に決まっていないようだった。

せっかくなら、今日はレオンの転移は極力使わないようにしようと、レイズ領の小高い丘まで散歩することになり、私とレオンはレイズ家からのんびりと歩いてきたのだ。

……ちなみにレオンが朝から張り切って作ってくれたお弁当は、レオンの空間収納魔法の中である。

確かに転移はしていないけれど、レオンに魔法を使わせたら意味がないのでは?という疑問をぶつけるのは諦めることにした。

私が持つといっても、頑として首を縦に振らなかったからだ。

仕方がないのでお弁当はレオンに任せることにした。

それだけで満足そうな顔をされるのだから、もう、何も言うまい。


「リリィに歩かせるのもどうかと思ったが、久々に散歩するというのも悪くないな」


レオンもそんな風に言って、周囲を見渡していたから、悪くはないのだろう。

丘まではのんびり歩いて二十分ほどで、基本的にレオンの転移か、馬車での移動なので、こんなに歩いたのは久しぶりだ。

……いや、昔はこれくらいの距離は普通に歩いていたのだけれど、最近は、レオンがそれを良しとはしないから。


「気持ちいいね」

「ああ。リリィが隣にいるから、かもしれないけれどね」


クスクスと楽しそうに笑うレオンは、最近の苛立ちを少しでも解消出来ているだろうか?

レイズ家からずっと繋いでいる手の甲を、レオンの指先が楽しそうにするりと撫でた。


他愛のない話をしたり、時々無言になって周囲を眺めたり。

あっという間に丘に着き、大きな木のしたで、体を休めることになった。

服が汚れないようにとレオンが芝生に布を広げてくれ、その上に座り込む。

色々と準備をしてくれていたらしく、座るやいなや、レオンが次々と道具を取り出した。

どうやら紅茶やポット、ティーカップに、お湯まで用意し持参していたらしい。

慣れた手つきでお茶を淹れてくれ、にっこりと差し出された。


「ありがとう。……それにしても、本当に色々なものが入るのね」

「そうだね。そういえば、空間収納に物が入りきらなくなったことはないな……」


レオンは私とどこかに出かける際、いつも荷物を持ってくれる。

例えば出かけた先で物を購入しても──正確には、レオンが色々と買ってくれても──購入品はすべて空間収納の中に。

馬車の荷台にいっぱいになるくらいの量だって収納出来て、さらに、まだまだ余裕があったらしい。

はたしてどれだけの量が入るのか少し気になるところではあるが、調べるのは大変だろう。


「たまには、外でお茶を飲むのもいいわね」


そよ風が頬を撫で、風に乗って緑の香りが鼻をくすぐる。

ハインヒューズ家にも中庭であったりテラスであったりと、建物の外でお茶を飲むことは何度かあった。

しかし出かけた先で、地面に座り込んで……というのは初めてのことだ。


「リリィが気に入ってくれたのなら、良かった」


自身も紅茶をひと口飲んでから、レオンはふわりと優しい笑顔を浮かべてくれる。

目を細め、どこかうっとりとした、甘い視線だ。

レオンからの甘ったるい表情は珍しくも何ともないし、むしろ私にとっては当たり前のことなのだが、最近、実はそれは他の人にとっての当たり前ではないのだと知った。

端的に言えば、レオンがその表情を向けるのは、どうやら私にだけらしい。

殿下方が訪れた際の対応であったり、どこかへ出かけた時に知り合った人への対応であったり。

決して冷ややかだったり、素っ気ない、というわけではないけれど、ニコニコと笑顔を浮かべることもなかった。

レオンが他の人へも笑顔を向ける時は、どうやら、私に何かしらの益がある場合だけのようだ。

逆に私が何か損をする場合は、もう、物語に出てくる“魔王様”とは彼のことではないだろうか、というくらいに壮絶だ。

……実際、以前、この国を滅ぼしかけたし。

あの時は引き止めることが出来たから今こうして平和でいられるけれど、止めていなかったら、たぶん滅びてたんじゃないかな……。


「ねぇレオン、実は、ちょっとしてみたいことがあるの!」

「なんだい?私に出来ることならば、何だってするよ」


私がレオンにどうしてもしてみたかったこと。

それは、とある小説に出てくる、あるシーンを真似することだ。

肩が触れ合うほど、すぐ近くにいるレオンの肩を軽く引く。

レオンは不思議そうな表情を浮かべたが、抵抗する気はないのか、すぐに体を委ねてくれた。


「……り、リリィ?」

「これ、どうしてもしてみたかったの」

「そ、そうなのか」


やがて体勢が整うと、レオンは動揺したように視線をキョロキョロと泳がせる。


私がしたかったこと。

それは、とある恋愛小説の、膝枕と呼ばれるシーンであった。

膝の枕というわりに、頭を乗せる先は太ももである。

女性が男性にしてあげることが多いのだが、中には男性が女性に、ということもあるようだ。物語の中では。

たまたま昨日の夜読んでいた小説にそのシーンがあり、もしかしたら、レオンが喜んでくれるのでは?と思いたってのことなのだが。

私の足に頭を乗せる体勢になったレオンは、顔を両手で覆い隠し「り、リリィの、匂いが……!」と呟いている。

指の隙間から見える耳や頬は真っ赤に染まっているが、逃げる素振りはないので、不満というわけではないのだろう。

足の上にいる、レオンの柔らかい金の髪を撫でる。

びくっ、と一瞬肩が跳ね、レオンが恐る恐ると言った様子で指の隙間から瞳を覗かせた。

……かわいい。


「レオン、大好き」


思っていたことがそのまま口から零れてしまったのだが、まあ、聞いているのはレオンだけだし、問題はない。

ただしレオンにとってはある意味問題だったらしく、再び顔を見えなくすると、「リリィに、殺される……!」と大変失礼な言葉を漏らした。


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