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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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よく見れば、いつの間にかレオンは“冒険者レオ”の容姿から、いつもの容姿へと戻っている。

ダークブラウンの髪と、同色の瞳へと色素を変えていた“レオ”の姿もよく似合っていたけれど、やはりいつもの、プラチナブロンドの髪と、アイスブルーの瞳の方が落ち着くものだ。

容姿が戻っているということは、意識しづらくなる魔法というものは、どうなっているのだろうか?

周囲を見渡せば、真っ先に黒騎士と白騎士によってその場から引き離されようとしていたジークベルト殿下が、パクパクと口を開閉しながら指をさしている。

サラマンダーをあっという間に討伐してしまったからか、その場にいた全員の視線が、レオンに向けられているようにも思えた。


「れ、レオ!?おまえ、一体いつから!?」


先ほどまで“レオ”には声すらかけていなかった殿下が、驚いたように問いかける。

動揺しているのか、いつもより声が大きい。

声をかけすらしなかったのは、レオンの魔法の影響もあったのだろう。

殿下はこの森に来るまでの間、他の生徒や教師や騎士たちに、気さくに声をかけていたから。


「……ああ、思わず魔法を解いてしまったのか」


そこでようやくレオンも、周囲からの視線に気がついたらしい。

私の頬を優しく撫でながら、殿下を一瞥すると、小さく呟いた。

しかし、まともに対応するつもりはないのだろう。

頬から手を離すと、今度は私の両手をすくい上げ、ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「あの低級はもういないから、今度こそゆっくり眠れるよ。こんなことなら、この辺りに結界でも張っておくべきだったね」


すまない、リリィ。

そう続けるレオンに、色々な意味で頭が痛くなる。

まず、サラマンダーは討伐困難な魔物である。

出現率は高くないけれど、数年に一度くらいの頻度で、その姿が確認されているのだ。

レイズ領は平野がほとんどなので出現したことはないけれど、近くの領地では、確か五年ほど前にその姿が確認されていたはず。

……少なくとも、サラマンダーは決して低級ではない。

そしてそのサラマンダーを討伐した理由が、要約すれば私の眠気を覚ましたから、というのが、そもそもおかしい。

さらに魔物が現れないように周囲に結界を張ればよかった、という発想もおかしい。

結界というのは基本的に一時的に張るものが多く、長時間にわたり結界を張るには、魔石を用いることが多い。

それは結界発動者である魔術師が、長時間結界を保てるほどの魔力を保持していないからだ。

魔術を継続して発動出来るのは、平均で一時間前後と聞いたことがある。

もちろんレオンが平均よりもかなり多くの魔力を保持していることは知っているけれど、だからといって、私の睡眠のために長時間結界を張り続けてもらおうとは思いもしないのだが。


「その気持ちだけで十分よ。ありがとう、レオン」

「こんなにも不甲斐ない私を許してくれるとは、なんて心が広いんだ……!」


口元を手のひらで覆い、私から視線を外すレオン。

レオンは全く不甲斐なくないし、別に私の心が広いわけではないのだが。

例え否定したとしても、「そんな謙虚なリリィも素敵だよ」というような内容の言葉が返ってくるだけだろう。

経験済みである。


「……ご歓談中、申し訳ありません」


レオンはこの場に“冒険者”としているわけだが、周囲は──少なくとも、今回の遠征で司令官でもある黒騎士の彼は、今のレオンを“冒険者レオ”ではなく、レオンハルト・ハインヒューズとして見ているらしい。

その場に膝をつき、その身体のすぐ前に、今まで腰に吊るしていた剣が置かれている。

膝をつくのは騎士として、剣を置いているのは敵意がないことを表すために。

頭を下げる黒騎士を、レオンは冷ややかに見下ろした。

と言っても、別にレオンは怒っているわけではないのだが。


「レオンハルト殿。この度は、お手数をおかけし、申し訳ありません。また、サラマンダー討伐にお力添えをいただき、ありがとうございます」


本来、魔物討伐は冒険者か、騎士の仕事である。

お手数をおかけし、というのは、騎士として本来討伐しなければならないサラマンダーを、レオンが討伐したことに対してだろう。

同時に、言外に自分たちだけではサラマンダーを討伐出来なかった、とも言っているようだった。


「……構いません。私は冒険者としてこの場にいます、貴殿が頭を下げる必要はありません」


しかし、レオンもまた、この場においては冒険者である。

騎士の言葉は間違いではないけれど、正しいわけではない。

現にレオンもそう思っているのか、特に気にした様子はなかった。


「しかし……」

「あの低級は私が気に入らなかったからこそ討伐したのです。何より……私のリリィの眠りを妨げ、のうのうと生き延びることの方が許し難い」


もしも、この場に私とレオンがいなければ。

魔術師たちの水魔法や氷魔法で牽制しつつ、討伐、というよりも、避難を優先させただろう。

彼らの仕事は魔物を討伐することではなく、生徒たちを護ること。

基本的にゴブリン、コボルト、オーク程の魔物しか現れない森の中では、生徒たちを護ること自体はそれほど困難ではなかったはずだ。

ただ、相手が、サラマンダーだったから。

勝率が低いのならば、無理に討伐を狙わず、最低限の被害に抑え、避難することの方が重要なのだ。

引き際を見極めることもまた、将の役目なのだと、お義父様に聞いたことがある。


「低級……?」


……生憎、黒騎士の彼はレオンのサラマンダーを低級扱いしていることの方が衝撃的らしいが。

しかし、レオンからのお咎めがないことは理解したのだろう。

もう一度頭を下げると、静かに立ち上がった。

その頃にはレオンは彼に興味もわいていないらしく、にっこりと私に笑顔を向けてきた。


「おい、レオ。俺の言葉を無視するな、いつからいたんだと聞いているのに!」


離れた所にいたはずの殿下が、いつの間にかすぐ近くに立っていた。

どこか不機嫌そうに、片手を腰に当てている。


「リリア嬢まで、こんな所に」

「最初からいましたよ。観察力が足りないのでは?その程度では為政者になどなれませんね」

「いや、観察力云々の問題ではない気がするのだが……?」


レオンの言葉は不敬ととられてもおかしくないのに、殿下は気にされていないようだ。

しきりに首を傾げ、「いたか……?」と呟いている。

私がここにいることについてはレオンは何も言っていないのだが、そこは特に気にならないらしい。

“レオ”は確かにレオンとは容姿が違うけれど、だからといって、全く異なるわけではない。

髪と瞳の色が変わり、言葉遣いを少し変えたくらいで、それ以外はレオンそのものである。

レオンのことを知っている人物は、“レオ”がレオンであることなど、すぐに気がつくことが出来るのだ。

だからこそ、殿下は納得が出来ないのかもしれない。

そもそもレオンの魔法により、“レオ”のことを、まともに認識していなかっただろうから。


「──みなさん、よく聞いてください!」


突然、聞き慣れない声が響いた。

声の主は、この遠征の引率者である学園の教師である。


「過去、森の中でサラマンダーが確認された例はありません。みなさんご存知の通り、サラマンダーは岩山に生息しているからです。しかし、実際にサラマンダーはこの森に現れました。もしかすると何か、特別な理由があるのかもしれません。遠征は中止とし、すぐに森を出ることになりました!さぁ、すぐに出立の準備を!」


先程から騎士たちと話をしていたようだったが、どうやら、遠征をどうするかについての話し合いだったようだ。

遠征は中止とし、すぐに森を抜けるらしい。

まともに身体も休めておらず、疲労は溜まっているだろう。

それでも生徒たちから不満の声があがらないのは──誰もが、恐怖に支配されているからだろう。

生徒たちの中で唯一平然としているのは殿下だけだが、殿下の場合は恐怖がないというよりは、レオンがいるから安心している、という方が正しいのかもしれないが。


「……まさか、また森を歩いて抜けるんですか?」

「ええ、もちろん。みなさんが疲れているのはわかりますが、それ以外に方法はありません。しかし、夜に移動することは大変危険が伴うので、出来る限り早く動いてもらえると助かります」


ここは決して森の奥深く、というわけではない。

むしろ、森の手前に近いだろう。

生徒の誰か一人の問いに、教師はこくりと頷いた。

当然だろう、歩く以外の選択肢など、レオンの転移魔法しかない。

しかしレオンはこれほど大人数で転移するつもりはないのか、面倒くさそうに、ちっ、と舌を打っていた。

その音が聞こえたのか、殿下がぎょっとした様子でレオンを見やる。

もしかして、レオンが舌を打ったのを初めて聞いたのだろうか?

実はレオン、結構舌打ちはしてますよ、と言ったら、少しは驚くかもしれない。

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