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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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34




レオンが呟いた数拍後、ガサガサと草むらが揺れる。

途端に騎士団たちが警戒し、黒騎士団は刀を、白騎士団は杖を構える。

騎士団たちは白であろうと黒であろうと、国の防衛を担うだけあり、入団には厳しい試験が行われる。

例え試験に受かったとしても、日々の訓練に耐えられなければ早々に辞めざるを得なくなり、結果的に質は良いものの慢性的な人員不足が問題視されている。

さりとて質を下げて量を増やす、というわけにもいかず、人員不足が問題となって何年、あるいは何十年と経過しているそうだ。

特に、氷魔法を使えることが最低限の条件である白騎士団の団員は少なく、今回の遠征も黒騎士団が30人に対し、白騎士団は10人しかいない。

それでも10人対応というのは多い方らしく、生徒たちを護れるように適度にバラつき、即座に防御結界を張れるよう呪文を唱えているらしい。

……レオンが基本的に無詠唱なので忘れてしまいそうだが、本来魔術師というのは魔術を使用するのに詠唱が必須とされている。

それと生まれ持った相性というものもある為、こればかりは努力どうこうで済む話ではないのだろう。

実際、私はどれだけレオンに教わろうと、元白の団長様であるレオンの家庭教師に教わろうと、簡単な水魔法しか使えない。

それもちょろっと水を出すという、実にくだらないものだ。

もう少し水の量が多かったり、上手く操作出来れば良いのだが、どう頑張っても無理だったのでとっくに諦めた。

レオンが全属性の魔術を使えるのは、生まれ持った魔力がとんでもなく多いからだそうだ。

家庭教師曰く、一度魔力量を測定しようとしたところ、測定器でもある魔石が粉々に砕けてしまい、上限がわからなかったらしい。

しかもそれは11歳の時。

あれから私では数えきれないほど魔術を使用するようになったレオンの魔力量は、想像すら出来ないだろう。

本格的に魔術の修行を取り入れた当初こそ、魔力切れで倒れることは何度かあったそうだが──その時話の流れでつい嫌いだと言ってしまい、レオンが自害を図ろうとした時のことは忘れられない。

けれどあれ以来、限界を超えて無茶をしようとすることはなくなったので、実は安堵していたのだ。

だいたい、元黒の団長様であるお義父様の教えが若干ズレていると、どうして気づかないのだろうか。

レオンだけではなく、お義兄様がたもだが。

お義母様は呆れているが説得を諦めたそうで、レオンだけではなく、お義兄様がたも修行中に何度も倒れられることが多かったらしい。

そのたびにお義父様はお義母様に叱られてしょんぼり肩を落とされ、しかしお義兄様がたが望めばまた同じことを繰り返してしまう。

それにより、お義母様は時々「この脳筋男ども」とあまりお綺麗ではない言葉を漏らされることがあるので、聞かなかったことにしている。


「あれは、何?」


つい、いつものようにレオンと呼びたくなり、言葉を飲み込む。

いくら印象に残りづらい魔法があるとはいえ、記憶に残らないわけではないのだ。

容姿も変えて、今ここにいるのは、レオンハルト・ハインヒューズではなく、“冒険者のレオ”なのだから、私もそのように対応しなければならないのに。

レオン……もとい、レオはにこりと微笑み、私の髪からゆっくりと手を離す。


「あれはゴブリン。初心者の生徒たちにはちょうどいい相手なんじゃないかな」

「ゴブリン……あれが」


草むらから現れたのは、緑の皮膚をした、子供のような小さな魔物であった。

身の丈は100センチメートルもあるかないか、といったところだ。

大きなわし鼻に、尖った耳、にたりと不気味に浮かべられた笑顔により、口にはギザギザの牙がいくつも生えているとわかる。

手には太い木の棒を持っており、現れたのは一体ではなく、ぞろぞろと軽く二十体はいる。

子ども程度の知能しかなく、運動能力も子ども並。

冒険者にとってはゴブリン討伐はEランクか、Dランク下位くらいしか相手にしない小物らしい。

しかし逆に言えば、ずる賢い子ども並の知能と走り回る元気のある子ども並の体力はあるため、本当に初心者であるFランク者には手に負えないこともあるそうだ。

基本的にFランクでは魔物討伐には行けず、薬草の採取であったり、ペット探しであったり掃除であったりと、雑用の依頼しか受けられないそうだ。

ちなみにレオンは冒険者登録前から魔物討伐を行いギルドで換金していたらしく、冒険者登録の際にEランクから始めさせてもらえたらしい。

実力アリと判断されれば、最初からEランクかDランクの冒険者になれるそうだ。

レオンがEランクだったのは、単に年齢の加減だったのだとか。

それでも次々と討伐困難な魔物ばかりを討伐したため、あっという間にランクは上がっていったらしいが。

……別に、レオンが討伐する魔物を選んでいるわけではないのだとか。

単純に、なぜかレオンが討伐に出かけると、本来であれば滅多に現れないような凶悪な魔物が出現しやすいという話だ。

目の前に現れたから討伐した、という程度の軽い感覚のレオンとは裏腹に、ギルド側はここ数年現れなかった魔物が現れたとかで、大騒ぎになることも少なくなかったようだが。


「レオは、ゴブリンって倒したことある?」

「いや、俺はゴブリンに遭遇したのは実は初めてだ。なぜか冒険者の基本である魔物には遭遇したことがなくてな、スライムやコボルトも討伐したことはない」


“冒険者のレオ”は、レオンよりも若干砕けた口調である。

一人称も私から俺に変わり、それはそれで良く似合う。

レオンは幼い頃から公爵家の子息として貴族教育を受けていたため、一人称も誰にも受け入れられる“私”であったのだ。

初めてあった時には私のよく知るレオンであったので、知らないレオンの一面を見れたようでドキドキする。


「そうなんだ……。なんだかそれって不思議ね」

「ああ。だが、ほかの冒険者たちも、ランクが上がれば上がるほど、小物の遭遇率は低くなるらしい。統計から推測するに、おそらく魔物側も実力者というのを本能的に察知し、敵を倒せる自信のあるものだけが現れるんだと思う」


なるほど、つまり、冒険者側が魔物をランク付し、強者を避けるように、魔物側もまた、自分が倒される恐れのある強者に無謀に挑むことは無い、というわけか。

……ということは、レオンが討伐困難に指定されている魔物にばかり遭遇するのは、それだけレオンの実力を魔物たちが恐れているということだろうか?

今回、レオンがいるにも関わらずゴブリンが現れたというのは、生徒たちの人数に引き寄せられたのだろう。

生徒たちは真綿に包まれ甘やかされて育った貴族たちで、魔物を見るのは初めてのはずだ。

現に何人かの生徒たちの顔色は悪く、今にも失神してしまいそうなほどである。

一応、生徒による魔物討伐が目的ではあるが、これではただ黒騎士団と白騎士団が倒して終わりなのではないだろうか。


「リリィは下がっていろ」

「ええ、よろしくね。レオ」


ゴブリンに遭遇するのは初めてだとレオンは言うが、もちろん、私もゴブリンを目の当たりにするのは初めてだ。

資料で見たことはあるけれど、本当に醜い小鬼のようだ。

レオンは普段、魔物討伐に私を連れていかないため、魔物そのものにも実はそれほど慣れていない。

今回は遠征ということで、長期間私と離れるのをレオンが嫌がった為による特例だ。

さすがにギルドからの依頼を放棄し、転移して私の所に来ることは出来ないのだろう。

私が最後に魔物を間近で見たのは、背中に傷を負ったあの時だろうか。

……レオンが私を魔物討伐に連れていかないのは、それも原因だと思う。

例え魔物を見かけることがあっても、いつもレオンが間髪入れずに倒してしまうから。

レオンはあの怪我のことを今でも引きずっているのか、時々表情を歪め、衣服越しに、背中の傷痕をつっと撫でることがある。

身体は成長するものの、傷というのは成長しない。

そのため当時と比べればうんと小さな傷になってはいるのだが、撫でられるのはいつも、見えないはずなのにぴったり傷痕の上である。

あれから傷を見せる機会なんてないはずなのに、寸分の狂いもなく傷痕を撫でれるのは、余程レオンの記憶に深く残っているのだろうか?

いずれにせよ、この傷はいずれレオンに見せる機会もあるだろうから、その時はむしろ最初で最後の、レオンを護れた傷なのだと誇ることにしよう。

実際この傷は世間的には文字通り“傷物の娘”としていい目で見られることはないが、どうせ私が嫁ぐ相手はレオンなのだ。

私としてはこの傷は愛する人を護った──意味があったかどうかはわからないけれど──大切な身体の一部なのである。


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