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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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33



鬱蒼と生い茂る木々は日差しを隠し、周囲を薄暗くしている。

もう少し日が差し込めば沐浴として心地よかったのかもしれないが、まとわりつくような湿気や木々のざわめきは、不気味さを増すだけだ。

この場にいる全員の表情は、どこかかたい。

いつも通りニコニコと笑顔を浮かべているのは、レオンだけであった。

しかし、この場では気を張っていることの方が正しく、むしろ、笑みさえ浮かべて私の髪をいじるレオンの方が異質だ。

なぜならこの森では、今すぐにでも魔物が現れても、何らおかしくないのだから。

学園に通わぬはずの私やレオンが、学園の生徒や引率の教師、護衛たちとともに魔物の出る森にいる理由。

それは一週間前、冒険者であるレオンに対する依頼が突如として舞い込んできたことによる。


レオンは公爵家の子息である。

しかし同時に“レオ”としてギルドに登録された冒険者でもあるのだ。

“レオ”は現在Bランクの冒険者で、Bランクといえば上位の実力者に食い込むほどだ。

その上にはAランクの冒険者と、全冒険者の中で数える程度しかいないSランクの冒険者しかいないのだ。

しかも冒険者として登録出来るギルドは、なにもこの国だけではない。

国同士の国境すら軽々と越える、それが冒険者なのだ。

その中で滅多に冒険者として活躍しないのに、Bランクというのは中々の功績だろう。

レオンがやる気を出せばあっという間にAランク、もしかしたらSランクにでも到達するかもしれない。

今のところレオンは運動がてらの小遣い稼ぎと称して、気まぐれにふらりと魔物討伐に出かけるくらいだ。

それも私と長く離れたくないという理由で、一時間もかからないほどの極短い時間のみ。

それでも稼ぐ金銭は決して()()()程度のものではなく、たった一度の討伐で、数年は贅沢三昧で暮らせるであろうというほどのものである。

レオンの金銭感覚がだいぶおかしいのは、それも理由の一つかもしれない。

聞けば、討伐する魔物はどれも討伐困難なAランク指定のものであり、例え核が見つけられなかったり魔物の遺体が傷だらけでもかなりの値段がつくものを、綺麗に倒すものだから、さらに値段が引き上げられるらしい。

しかもレオンは魔物討伐という行為自体が目的であるため、対して金銭に執着もしない。

それがギルド側からすればひどく好感が持てるらしく、ギルドからの指定の依頼というのは、決して少なくなかった。


ギルドはまず、貴族などのお偉方の依頼から、平民の子どもによる可愛らしいお願い程度の依頼まで、振り幅広く依頼を受ける。

ギルドへ依頼が届くと、その内容により、指定の冒険者宛に依頼が出されたり、特に指定なく開放的に依頼する2つの場合がある。

後者の場合、ギルドの依頼ボードというものにぺたぺたとメモのように貼られ、そこに指定されているのは冒険者のランクと依頼内容、そしてその依頼報酬のみ。

そのランクに達している冒険者が興味を持てば、受付にその旨を伝え、冒険者の過去の成績などを加味した上で依頼を受けるに値するかどうかギルドが判断する。

結果的に値なしと判断されれば、いくら冒険者が望んだところで、その依頼を受けることは出来ない。

対して前者の場合は、ギルドが“この依頼はこの冒険者にしかこなせない”と判断した時に声が掛かるのだ。

ギルドから冒険者指定で依頼をされるということは、それだけ依頼内容が困難であるということ。

つまり指定された場合、その依頼を断れば、代わりに依頼を受ける冒険者がいない可能性もあるのだ。

依頼を受けなければ、ギルドそのものが依頼通りの活躍が出来なかったと烙印を押されることになり、それはそのままギルドに所属する冒険者への評価に繋がる。

冒険者にもいくつかルールはあり、その中に他の冒険者への評価を貶めることはご法度というものがあるのだ。

要するに、ギルドから指定で依頼をされれば、余程の理由がなければ断ることは出来ないのである。

そして今回もまた、“冒険者レオ”へのギルドからの依頼だった。

依頼内容は、護衛。

護衛相手は──学園の生徒たち、という実に曖昧なものであった。

依頼を受けたレオンが詳しい話を聞いたところ、一週間後、学園の授業の一環で、希望者のみによる遠征が行われるらしい。

遠征場所は魔物の出現が多く確認されている森で、魔物討伐の経験をさせようと毎年行われているものだそうだ。

いつもであればギルドに対する依頼はないのだが、今年は例年よりも参加希望者が多く、学園の用意した護衛だけでは不安が残るらしい。

その理由として、参加者のなかに、やんごとなきお方がいらっしゃるからだそうだ。

はっきりと口にはしなかったが、学園内のやんごとなき生徒といえばジークベルト殿下であろう。

殿下が参加するのならと、学友として少しでも記憶に残りたいのか、男女ともに参加者が多くなったそうだ。

参加自由を告げたのは学園側であるため、たとえどれだけ下心満載であっても、参加を断るわけにはいかない。

結果、学園が想定し前々から依頼し用意していた護衛たちだけでは、殿下はおろか生徒全員を守るには不安が残ると判断されたらしい。

そこで、ギルドに対し依頼が舞い込んできたのだ。

これはギルドにとってもうまい話で、もし無事に生徒たちや殿下を護りきれば、“殿下を護った”として冒険者やギルドの印象は良くなるだろう。

冒険者というのはまともに職に付けないものが小遣い稼ぎで登録することもあり、ならず者であったり、いわゆるチンピラ、ゴロツキといった輩も多く、あまり自慢げにできる仕事内容ではないのだ。

もちろん全員が全員そういうわけではないけれど、全体的に見れば、やはり眉をひそめられることの方が多い。

それでもギルドに日々依頼が舞い込んでくるのは、依頼者がきちんと“そうでないもの”の存在を理解しているからだろう。

ただしそれらは実に心もとないものであり、ギルドからすれば、今回の件はぜひとも成功してもらいたい依頼なのである。

結果的に、ギルドからの信頼の厚いレオンに対し、指定で依頼が来たというわけだ。

レオンももっと冒険者として依頼を受ければ、もっとランクが上がるであろうことをギルド側も理解しているのだろう。

そしてこの依頼が成功すれば、レオンの評価もギルドの評価も同時に上がると言うわけだ。


だからこそ、レオンは今、学園の生徒たちとともに森にいる。

そこに私が連れられたのは、レオンがギルド長に対し“どうしても婚約者と長時間離れられない”と譲らなかったからだろう。

今朝出発前にギルドに寄った際、ギルド長に「苦労してるんだな……レオと幸せになれよ」と言われたので、あることないこと吹き込んだのかもしれない。

ちなみに依頼してきたギルドは比較的王都に近いため、地方貴族である私の顔は知られていない。

さすがにレイズ領のギルドとなれば私の顔は知られているだろうが、レオンは転移魔法を覚えてからあちこちのギルドで魔物討伐をしているため、“レオ”としては顔が広いのだ。

本名で登録すると色々と面倒くさいため、“レオ”はとある貴族の三男、という設定らしい。

品の良さや着ている衣服の質の良さ、言葉遣いの綺麗さなどはどう頑張っても隠せないため、素直に貴族であり、三男であるため継承権がないからと事実を少し隠した内容を伝えているそうだ。

実際貴族だし、三男なので継承権はない。

ただ、冒険者などという職業にならなくとも全く問題がないほどに素晴らしいお家柄であるということを隠しているだけだ。

ギルド長は実に朗らかであったが、貴族に対してはあまり良い印象は抱いていないらしい。

基本的に冒険者は貴族に対して悪印象を持っている者が多いため、レオンも大々的に本当のことを伝える気はないそうだ。

レオンも中々に“レオ”としての活動を楽しんでいる節があるので、しばらくは冒険者を続けるつもりなのだろう。

……もしギルド長がレオンの本性を知れば、失神してしまいそうだ。

それだけ“レオ”に対し気安く接していたし、時々貴族に対する悪態も口にしていた。

冒険者と貴族との溝は、そういうお互いの言動にあるのだろうから、溝が埋まる日はまだまだ先のことだろう。


ちなみに今回の遠征、レオンはあくまで“冒険者のレオ”として行動するらしい。

“レオ”は魔法により多少なりとも容姿を変えているため、パッと見ただけでは“レオ”がレオンであると分からないだろう。

さらに印象に残りづらい魔法とやらをかけている為、私とレオンは現在、“その場にいるけれど影の薄い男女”という状態らしい。

まあ、それくらいの魔法でなければ、さすがに王都から地方から集まる貴族たちの中にレオンに気づかないという生徒はいなくなってしまうだろう。

ハインヒューズ家は公爵家なので、当然ながらその子息であるレオンも、貴族たちの中では有名なのだ。

さて、護衛といっても、今回は近づく魔物を片っ端から討伐すれば良い、というわけではない。

むしろそれでは遠征の意味がなくなる。

ある程度弱い魔物を生徒たちに討伐させる、というのが大きな目的なのだ。

その上で生徒たちの身の安全を護れというのだから、実にやりづらいだろう。

実際、レオン以外の護衛である黒騎士団、白騎士団の面々は常に当たりを警戒している為に表情は険しい。

その雰囲気に飲まれて生徒たちの顔色も若干悪いので、ニコニコと笑っているレオンはこの場で異様だ。

魔法のおかげで注目は集めていないが、これが普段通りであったなら、全員の何やってるんだという視線がぶすぶすと突き刺さっていただろう。


「──来たな」


レオンが私の髪を弄び、唇を落とした、次の瞬間。

浮かべた笑みはそのままに、レオンがポツリと呟いた。



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