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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
32/75

32





レオンの機嫌は良いはずなのに、地面の上に座り込むご令嬢たちを見る目は、実に冷ややかだ。

それでも、いつかのように、首元に氷で出来た鋭利な塊が突きつけられていないだけ譲歩されているのかもしれないが。


「レオ、いったい、何をするつもりだ……?」

「何って、決まっているじゃないですか。私の愛するリリィを傷つけようとしたんだ。……死を持って償わせる」


ジークベルト殿下の問いに、レオンは何でもないように笑って答える。

何を当然のことを、と言いたげだが、むしろどうしてそれが当然だと思っているのか理解できない。


「レオン、私はそんなこと望んでいないわ。皆様に着いてきたのだって、私の判断よ」

「だがソレらがリリィを連れ出さなければ、ここに来ることはなかっただろう?もちろんリリィの判断を責めているわけではないよ。数人に取り囲まれて、さぞ怖かっただろう……」


確かに、普通であれば数人のご令嬢に取り囲まれるというのは恐ろしいことだ。

何をされるかわからないし、実際に突き飛ばされたし。

背後にある生垣に咲き誇るのは美しいバラ。

当然バラには棘があるので、もしレオンに助けてもらわなければ、ドレスはビリビリになっていたかもしれない。

けれど。


「怖くなんてなかったわよ」

「リリィ……?」

「だって私には、レオンにもらったお守りがあるもの」


私にはレオンがかけてくれた、魔法という完璧な護衛がついていたのだ。

どちらかというと私たちの会話を聞いてレオンが暴れるのではないか、という実際に起こりかけている事態の方がよほど怖い。


「離れていても、護ってくれてありがとう。……大好きよ」


本当なら人前でこんなことを言うのは非常に恥ずかしいけれど、仕方がない。

それに……いつだって、思っていることでもある。

そばにいても、離れていても。

いつだってレオンは私を護ってくれて、私のことを考えてくれて。

そんなレオンを、大好きにならないはずがないのだ。


レオンは無言だ。

しばらく私を見下ろしたかと思うと、手のひらで顔を覆い、空を仰いだ。


「私のリリィが天使で女神で、可愛くて死ぬ……!」

「レオンは言ってくれないの?私ばかり、恥ずかしいわ」


追い詰めるようにレオンの服を軽く引っ張り、レオンが真っ赤な顔で私に視線を戻したことを確認し、首を傾げる。

さらに顔を赤く染め上げ、レオンが「愛してる!」と言いながら私に抱きついてきた。


あの、その、恥ずかしいことをしている自覚はあるので。

本当、生暖かい目で見るのやめてください殿下がた。

ご令嬢たちを守るための手段だから!

レオンの気持ちはとてつもなく嬉しいけれど!


「じゃあ愛する私の言葉を信じてくれるわよね?彼女たちとはお散歩していただけなのよ」

「……ああ、わかったよリリィ。リリィがそこまで言うのなら、そういうことにしておこう。本当は、いっそ八つ裂きにしてやりたいくらいなのに、リリィは本当に優しいね。そんなところも素敵だよ、悔しいけれど」


よし、言質はとった。

レオンはうっとりとした様子で私の髪をひと房すくいあげ、唇を寄せた。

そして優しい手つきで頬を撫でると、ようやくご令嬢たちに視線を向ける。

私とレオンの……言ってしまえば茶番劇に、多少は落ち着きを取り戻したのだろう。

彼女たちの顔色は総じて悪いままだが、先程よりかは幾分かマシになっている気がする。


「今すぐこの場を去り、二度と私のリリィに近づかないと誓えるなら。仕方がないからこの場は逃してやろう。……優しいリリィに感謝することだ」

「レオン、ほら、行きましょう?」


腰を抜かしているご令嬢たちは、その場ですぐに立ち去ることが出来ないはずだ。

レオンの腕を引っ張れば、彼はふわりと優しく微笑み、「そうだね」と頷く。


「まったく、リリア嬢には適わないな……。俺は婚約者自慢の庭で、人死にが出るかとヒヤヒヤしたよ」

「兄上の言う通り。本当、レオのことはリリア嬢にしか任せられないな」


苦笑を浮かべる殿下がたに、レオンはふん、と鼻を鳴らすだけだった。

この数年で、本当に意見がほぼ真逆になったようだ。

初めてお会いしたお茶会では、レオンとの婚約を破棄するようにと言外に告げていたのに。

陛下が婚約破棄をと仰った時も、真っ先に反論してくださったし。

それをわかっているのか、レオンもここ最近は殿下に対する物腰は柔らかい。


「何を当然のことを」


……まぁ、一番冷たかった時に比べれば。


「そういえば、マリアンナ様やヴィオラ様はどちらに?」

「ああ、二人は屋敷にいるよ。レオが急に姿を消すとするとリリア嬢に何かあった時だろうし……その場合、いつ何が起きるかわからないからな」

「さすがに、マリアンナ嬢やヴィーに事件現場を見せるわけにいかないから、慌てて探しに来たんだ」


アランディア殿下は、ヴィオラ様をヴィーとお呼びになられているようだ。

というか、事件現場って少しひどくありません?

私、必死に止めたと思いますけど!


「ではお二人は屋敷へどうぞ。私はリリィと共に帰るので」

「……いやいや、ちょっと待てレオ。いいかい?リリア嬢はマリーの招待でこのトンプソン家にいるんだ。もしリリア嬢がマリーへなんの挨拶もなしに帰ってしまえば、後々社交界で苦しむのはリリア嬢だぞ」


ジークベルト殿下の言葉に、レオンは舌を打ち、どこか不機嫌そうだ。

しかし納得はしているのだろう、その場から転移しようとする素振りは見せなかった。

レオンが納得したことに気がついたのか、ジークベルト殿下とアランディア殿下はあからさまに安堵の息を吐く。

そして苦笑を浮かべ、マリアンナ様の屋敷に戻ろうと声をかけてきた。

背を向け歩きだそうとする殿下がたに、レオンは大きく溜息を吐く。


「……ここから屋敷まで距離があるでしょう。リリィに無駄に歩かせろと?」


レオンの言葉に、訝しむように殿下がたが振り返る。

途端に、足元に魔法陣が浮き上がり、瞬きをしたあとには、庭からお屋敷前まで移動していた。

私だけではなく、殿下がたや、護衛たちも転移させたらしい。

ポカンと呆けたように口を開く殿下がたは、転移するのは初めてなのだろう。


「っい、今のが噂に聞く転移魔法というやつか!?」

「すごい!本当に一瞬なんだね、こんなの初めてだ!」


ジークベルト殿下はひどく驚き、アランディア殿下はどこか興奮気味に。

護衛たちも大きく目を見開き当たりを見渡しているあたり、驚いているのだろう。

レオンはそんな殿下がたを無視するように視線すら向けず、私にニコニコと笑いかけながら口を開いた。


「早く挨拶をして、すぐにでも帰ろう。リリィと離れている間、何も手がつかなくて食事の用意も出来ていないんだ。帰ったらすぐに用意するからね」


本当はお菓子でも作るつもりだったんだが、どうしても心配で……。

そうどこか申し訳なさそうに続けるレオンに、思わず胸がキュンと切なくなった。

いつも器用に何でもこなして、いっそ完璧に近いレオンが。

私と離れている間だけ、何も出来なくなるなんて。

想像もしていなかったし、想像出来ないけれど。

……なんだか、嬉しい。


「もう、レオンってば」

「私はリリィがいなければ、何も出来ないような男だよ。……幻滅したかい?」

「ちっとも。嬉しいわ、レオン」


でも、その“何も出来ない時間”に、私の行動はしっかり確認していたのよね、たぶん。

それもレオンの愛なのだと思うと、何とも言い表せない気持ちが胸に広がる。

もちろん嬉しいとか、愛おしいとか、そういう類のものだ。

……同時に、私に話しかけてくる方々が不用意な発言をしないか心配にはなるけれど。


「ああ、私の愛しいリリィ。こんな私まで受け入れてくれるなんて、本当にリリィは優しいね」

「どんなレオンでも、私の大好きな人だもの。誰にでも優しいわけじゃないのよ?」

「そうだね、その優しさは、私にだけのものだ。だから他の人間に優しさを向ける必要は無いんだよ」


レオン以外の人を、庇うことについて言われているのだろうか。

けれど、あれは全て必要なことだ。

優しさなんかじゃない。

……だってレオンの好きにさせておいたら、きっとこの国の、いや、もしかしたら世界の大半の人口が、消えてしまうかもしれないんだもの!

その場にいたから連帯責任、なんてにこやかに笑いながら蹂躙する姿が想像出来る。


レオンの言葉にはあえてなにも答えず、にっこり笑ってレオンの胸元に擦り寄るだけにしておいた。

返事がないことに一瞬不満そうな表情をしたけれど、擦り寄ったことによりすぐに機嫌よくなったので問題はないだろう。


……だから、これはレオンを暴走させないために必要なことなんです!

ジークベルト殿下もアランディア殿下も、仕方が無いなこいつら、みたいな顔でこっちを見ないで!

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