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和やかな雰囲気で始まったお茶会は、やはり、王都では名の知られたお家のご令嬢がたばかりだった。
子爵家、伯爵家、侯爵家と身分の差はあるものの、既に気心知れた仲らしく、私一人が新規で招待されたという様子だ。
それでも話がわかるようにきとんと話題を降ってくださるあたり、皆様さすがです。
ただ、少し気になるのが、何人かのお名前を以前聞いたことがあることだ。
……随分前に、レイズ家に、レオンとの婚約を破棄しろと、しつこく手紙を送ってきたご令嬢がた。
最近はめっきりなくなっていたから安心していたけれど、彼女たちの私を見やる目は、決して好意的なものではないのがわかる。
あからさまに敵意を向けてくるわけではないし、他のご令嬢とはにこやかにお話されているけれど。
「そういえばリリア様、先日の王都での異変はご存知?」
クスクスと笑みを漏らしながら、一人が問うてくる。
基本的に、私は王都で生活していない。
お義母様たちに、ぜひ、と言われればハインヒューズ家にご厄介になっているが、いつもレオンがレイズ家まで送り迎えしてくれるから。
そして先日の異変、というのは、きっと陛下の言葉にレオンが国を滅ぼすと発言した時のことだろう。
知ってはいる。
ただ婚約者のせいなんです、とは言えないため、曖昧に笑うしかなかった。
「詳しくはありませんの。皆様はご存知ですか?」
何しろ私が知っていることといえば、レオンが陛下の言葉に憤り、何か大規模な魔法をかけたということくらい。
ハインヒューズ家付近は何事もなかったということはお義母様にお聞きしたけれど、どれだけの規模で、どれだけの損害が出たかは、恐ろしくて調べられなかったのだ。
結局あの後お義母様は王宮で、陛下に対してこんこんと説教をしたそうだが……。
一時間後にレオンが迎えに行った時は、まだ話足らないからとお義母様は戻られず、結局お戻りになったのはそれから数時間後のことだった。
どんなお話をされたかは詳しく聞けなかったけれど、戻ってきた時のお義母様はどこかスッキリした様子で、「二度とリリアちゃんとの婚約破棄なんて言わせないから、安心してちょうだいね!」と笑顔で仰られた。
後日陛下直筆の謝罪文がレイズ家に届いた時は、上へ下へ大騒ぎになったものだ。
お父様とお母様と弟に「いったい何をしたんだ!?」と詰め寄られてしまった。
レオンが説明してくれたから、納得はしてくれたけれど。
……私の家族は、私の言葉よりレオンの言葉を信じることが多いので、少し複雑だ。
婚約者としてレオンが認めていると喜べばいいのか、実の家族よりも信頼されていることを悲しめばいいのか悩みどころだ。
「あの日は大変でしたわ。ほんの数分で収まりましたから、大きな被害はなかったようですが……」
「突然お空が真っ暗になるんですもの。もしかして、物語のように魔王が現れたのではとヒヤヒヤしましたわ」
「まさか王都全体を闇魔法が覆ってしまったのではと、お父様は慌てて王宮へ飛び出していかれましたわ。まあ、途中で晴れたようですけれど」
聞く限り、範囲は王都全体に及んだようだ。
生憎と地方貴族は私しかいないため、王都よりも範囲が広かったのかどうかの確認はとれなかったが。
「まあ、そうですの。マリアンナ様は、殿下に何かお聞きいたしまして?」
あの場にはジークベルト殿下もいらっしゃった。
その婚約者であるマリアンナ様ならば、何か聞いていても不思議ではない。
しかしマリアンナ様は首を横に振ると、困ったように眉を寄せ、頬に手を添えた。
「それが、殿下も何も仰らなくて……。ヴィオラ様は、アランディア殿下に何かお聞きしました?」
ヴィオラ・カイザック伯爵令嬢。
今日紹介していただいたばかりの、アランディア殿下の婚約者様だ。
ヴィオラ様は以前の夜会では体調を崩されていたようだが、どうやらすっかりお元気になられたらしい。
自己紹介をした時など、ヴィオラ様の儚げなお姿からは想像もできない力強さでぶんぶんと握った両手を振られたくらいだ。
「わたくしも何も。本当に、何だったのでしょう……。もし、また同じことが起きたらと思うと、とても怖いですわ」
僅かに顔を青ざめさせ、ヴィオラ様は自身を抱きしめるように腕を組む。
ほんの少し重苦しくなった雰囲気に慌てたのは、この話題を持ち出したご令嬢だった。
地方貴族である私の情報不足を笑いたかったようだが、実はほとんど誰も詳細を知らないというまさかの展開に焦ったのだろう。
それにヴィオラ様の少し怯えたような表情も理由の一つかもしれない。
「ねぇリリア様、レオンハルト様は確か魔術の心得がおありでしたわよね?何か仰っていませんでした?」
マリアンナ様はヴィオラ様を慰めるように肩に手を置いていて、ヴィオラ様もようやく安心したように笑みを浮かべられる。
ヴィオラ様が落ち着いたことを確認してからの言葉に、口に含んだばかりの紅茶を吹き出してしまうかと思った。
何か仰るも何も、レオンがことの元凶ですの、とは、口が裂けても言えない……!
「い、いえ。私もレオンも、その時はちょうど室内にいたところで……。詳しいことは、はっきりと目にしておりませんの」
「まあ、そうでしたか。それならば仕方ありませんわね。室内であれば、レオンハルト様はきっとリリア様しかご覧になられないでしょうし」
言い訳がましい言葉に納得されないかと思ったけれど、マリアンナ様はにっこり笑って受け入れてしまった。
レオンが私しか見ないと、断言されるあたり随分恥ずかしい。
レオンとの婚約に反対していたご令嬢たちは苦々しい表情を浮かべ、ギロりと私を睨みつけてきた。
「わたくしもアランディア殿下にお話を伺い、ぜひリリア様のお話をお聞きしたいと思っていましたの!ねぇリリア様、婚約者と仲睦まじくいられる秘訣はありますの?」
ヴィオラ様も、すっかり先程の話は忘れてしまったかのように、うっとり見とれてしまいそうなほど美しい笑顔を向けてくる。
待ってください、アランディア殿下にいったい何を聞きましたの!?
「秘訣、と言われましても……。私とレオンは、ただ普通に過ごしているだけですので」
「では、その生活の中に秘訣があるのかしら。リリア様、今朝も一緒でしたか?」
マリアンナ様の言葉に、素直に頷く。
途端に皆様が「まあ、素敵!」と声をあげられた。
「毎朝レオンが迎えに来てくれますの」
「まあ!わたくしの婚約者なんて、月に一度しか会いに来ませんわ。羨ましい」
月に一度なんて、婚約したての頃くらいかしら。
多くの方がうんうんと頷かれているあたり、それが一般的な回数なのだろう。
夜会などがなければ、ほとんど会う機会はないようだ。
「それから、何をされたんです?ちょっとお聞かせくださいな!」
ニコニコと嬉しそうなマリアンナ様。
この場で最も爵位の高いマリアンナ様のお言葉には、誰も反論する気はないようだ。
全員の視線がぶすぶす突き刺さるのがわかる。
「別に、特別なことは何もありませんよ?レオンが作ってくれたご飯を、レオンが食べさせてくれて……」
「ちょっとお待ちになって」
話し始めた直後、マリアンナ様に止められる。
何かと思い首を傾げれば、マリアンナ様はワナワナと手を震わせていた。
「れ、レオンハルト様が、ご飯を作った……?」
「はい。ここ数ヶ月は、夜会やお茶会に参加しない日はいつもレオンが作ってくれますの」
「……わかりました、どうぞ続けて」
「今日はお茶会ですから、レオンが買ってくれたドレスに着替えて、お化粧と髪を整えて……。レオンにトンプソン家の前まで送っていただきましたわ」
きゃあ!と、どこからか興奮したような悲鳴があがる。
よく考えなくても、普通はただの婚約者を、お茶会の会場まで送ったりはしないはずだ。
「リリア様、殿方にお料理をさせるなんていったいどういうおつもり?レオンハルト様は公爵家の方ですのよ!?それを、たかが伯爵令嬢が!」
ここぞとばかりに責め立てられる。
その口元には僅かに笑みが浮かんでいて、これで私の印象を悪くしようという魂胆なのだろう。
そういうあなたこそ伯爵家ではありませんでしたっけ?
「レオンたっての希望ですの。私の口に入るものは、出来る限り自分で管理したいと。……彼、過保護なんです」
実際、レオンは随分過保護なので間違いではない。
うふふ、とお義母様直伝の余裕そうな笑いを浮かべてみれば、彼女は悔しそうに眉を寄せた。
そのお顔!お隣の方にバレますわよ!
…………あれ?
そういえば、ここに来る前。
レオンは、魔法をかけたと、言っていなかっただろうか?
少し前のレオンの言葉を必死に思い出し、僅かに気分が下降した。
ええと、たぶん、この会話も、レオンに聞かれているのね……。