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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
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26




窓を叩きつける豪雨と、轟く雷鳴。

部屋を照らす魔石での照明は、レオンの魔力にあてられてか、チカチカと点滅している。

彼は、レオンは、はっきりと言った。

国など滅びてしまえ、と。

そして私は知っている。

レオンには、それが出来ると。

きっと殿下方も理解しているはずだ。

だから陛下の言葉を、必死に止めようとしていた。

それがレオンを止めさせる──国を守るために、重要だと知っていたから。

窓の外からの音しか響かない室内で、レオンはただ、この場にはひどく不釣り合いな笑みを浮かべるだけだった。


「レオンハルト、いったいどういうことだ!?」

「…………」


陛下の言葉に、レオンは答えない。

まるで陛下などいないかのように、私のことを抱き寄せ、髪を撫でている。

でも待って、本当に、私にも説明が欲しい!


「レオン、あなた何をするつもり……?」

「ああ、そんな不安そうな顔をしないで……。リリィの大切なものには決して何もしないから。ただ、それ以外のものを潰そうとしているだけだよ」

「いやいやいやいや」


そんな、ちょっとそこまで買い物に行こうか、みたいな軽い口調で言わないで!?

レオンは髪を撫でていた手をとめ、そっと頬に触れてくる。

こんな時でも慈しむかのような優しい手つきに、ついうっとりしそうになって、慌てて首を横に振る。

今は流されている場合じゃないのよリリア・レイズ!


「どうしてそんなこと!」

「私の愛しいリリィ。よく考えておくれ、国王は私たちの婚約を認めようとしない。それはつまり、国が、私たちを認めないということだろう?それならば、そんな国なんていらないじゃないか」


確かに、陛下の言葉一つで、国としての方針が定まってしまう。

けれどそれに従うも臣下の役目ならば、それを窘めるのもまた臣下の役目のはずだ。

──まあレオンが陛下の意思に付き従うとは思っていないけれど。

窘めるの段階をすっ飛ばして国をとるどころか国を滅ぼそうというのはちょっと、いや、だいぶ極端過ぎると思うわ。


「そういう問題ではないわ!もう、レオンはどうしていつもそう……!」


レオンはとても頭がいい人だ。

公爵家の子息として幼い頃から教育を受けているし、私と婚約してからも、学ぶことをやめない。

そして学んだことはほぼ全て身についていて、齢15にして、これ以上ないほどの知識を持っている。

いつだったか、レオンに聞いたことがある。

無知は罪だとは言わないが、無知は哀れで、愚かしい。そして最も愚かなことは、自身が無知であることを甘受することなのだと。

無知であることを甘受し、学べる機会を放棄することこそが罪なのだと。

だからレオンは学ぶことをやめないし、これからだって難しい本を読んで、知識をさらに深めるのだろう。

けれどレオンは、頭がいいからこそ、私の理解の範ちゅうを超える極端な思考に陥ることがある。


今が、まさしくそれだ。


「リ、リリィ。お、怒ったかい……?」

「ええ!怒っています!だから今すぐ止めてちょうだい」

「くっ、眉を釣り上げて怒るリリィのなんて可憐なことだろう……!はぁ、リリィが可愛すぎていっそ辛いくらいだ……」


ほんのりと頬を赤らめて小さく拳を握るレオン。

思い切り眉を釣り上げて睨みつけたというのに、この渾身の表情でさえもさらりと流してしまうらしい。

窓を一瞥してみても、相変わらず天気は変わろうとしない。

この状態になって、おそらく、まだ数分といったところだろう。

今はまだいいけれど、これがこれからも続くなら、まさしく国は滅びてしまう。


「レオン、止めて。私は私のせいで祖国が滅びるのを見たくはないわ」

「まさか、リリィのせいではないよ!私とリリィを認めない、国が悪いだけだ。つまり自業自得というやつさ」

「私たちのことを認めないのは陛下であって、国ではないわ」

「同じことさ。国も王も一心同体なのだから」


……今回のレオンはやけに頑なだ。

確かにレオンの言うことは間違いではない。正しくもないが。

王と国がひとつか否か、それは人それぞれの考え方によるだろう。

だからこそ、この国ではないけれど、他国では民たちが反旗を翻し王を滅ぼすということも聞く。

王がいなくとも成り立つ国はあるのだから、国と王がひとつであるというのは間違いでもなければ正しくもないのだ。


「レオン、お願いよ……」

「リリィに殺されそうだ……!」


そっとレオンの胸元に縋り付き、じっと彼の顔を見上げる。

身長差があるからか、レオンは私に見上げられるのが好きだった。

そうして“おねだり”を口にすれば、レオンはいつだってそれを叶えてくれる。

レオンは顔を手のひらで多い、天井を仰ぐ。

隙間から見える頬や耳は赤いから、効果は充分あるはずだ。

どうだ……!?


「でもね、リリィ」


窓の外を見る。

景色は何も、変わらない。


「リリィが、私以外のために、心を砕くのは、見過ごせないなぁ……」


ぽつりと呟くレオンの言葉が。

ぞくりと、背筋を凍らせる。

まるで抑揚の感じられない、どこか冷ややかにも聞こえる声色。

そんな声を聞いたことはなくて、思わず、彼の胸元に添えた手が、震える。


「リリィはいつも優しいね。もちろんそこも含めて愛しているし、とても愛おしい。でも、よく考えて。私とリリィの邪魔をする輩に、その優しさを向ける価値はあるのかい?」


それでも、レオンが私を大切にしてくれていることは伝わって。

レオンが恐ろしい。

けれど同時に、とてつもなく愛おしいと思える。

私のために、祖国を滅ぼそうだなんて、聞く人によればとても素敵な言葉でもある。

でも。

でもね、レオン。


「──価値ならあるわ」

「…………リリィ?」

「ねぇレオン。よく考えてみて?」


レオンがゆっくり私を見つめてくる。

その目には僅かな戸惑いが伺えて。

まだ、間に合う。


「この国があったからこそ、私はレオンに会えたのよ。もし国がなければ、出会えなかったかもしれないし、こうしてあなたの腕に抱かれて、あなたの愛を受け止められなかったかもしれない。確かにレオンの言う通り、邪魔をする輩かもしれないけれど。私とレオンを出会わせてくれた、感謝すべきものでもあるわ」


だから私は国が大事なの。

レオンもわかるでしょう?


そう重ねて問うてみれば、レオンは考え込むように目を瞑る。

それでも私を抱きしめる腕の強さは変わらなくて、レオンにそっと擦り寄った。

──これ以上、レオンを引き止める言葉は見つからない。

これでダメなら、少しでも、レオンによる被害を抑えてもらえるよう考えなくちゃ。

……もちろん、今の言葉は本心なんだけどね。


「…………わかったよ。リリィがそこまでいうのなら」

「レオン……!」


慌てて窓の外を見やれば、雨はやみ、雷鳴は聞こえなくなり、真っ暗だった空は徐々に明るさを取り戻し始めている。


「ありがとう、わかってくれたのね!」


レオンの首元にかじりつけば、レオンは「ああリリィの笑顔……!」と私をきつく抱きとめてくれた。

すりすりとまるで猫のように頬ずりをしてくるレオンの頭を、思わず撫でてしまう。

さらさらとした絡まりの一切見れない金の髪は、たぶん、私の髪よりよっぽど綺麗だ。

きっとレオンは認めないだろうけど──レオン曰く私以上の存在はないらしいからまったくアテにならない──私はレオンの指通りの良い髪だって好きなのだ。


「──さて。もう一度聞きましょう。陛下は、私に、何のお話が?」


ゴロゴロと喉を鳴らす猫のようにリラックスしていたレオンは、私の頬にじゃれるようなキスを落としたあと、冷ややかな目で陛下を見つめた。

先程の光景のあとなのだから、同じ轍は踏まないはずだ。

これでさっきの繰り返しなら私の努力がすべて水の泡になるので、その時はもう諦めるしかない。


「あ、いや……。れ、レオンハルト、り、リリア嬢と、幸せに、な」


陛下の目には、少し前までのレオンを慈しむようなソレは含まれていない。

あるのは、ただひたすらの、おそれ。

レオンはその言葉に、ふん、と鼻を鳴らすだけだった。


「れ、レオ……!おま、もう、びっくりしたじゃないか!まさかあのレオがリリア嬢と婚約破棄するかと一瞬本気で心配した!」

「よかった!レオが思いとどまってくれて!リリア嬢、本当に本当にありがとうございます!もう俺、国と一緒に滅びを覚悟してました!」


……陛下よりも、最近のレオンと関わりのある殿下たちは順応しているようだ。

心底安心したようなジークベルト殿下とアランディア殿下に、レオンは苦笑を浮かべるだけだ。


「まさか、私がリリィを手放すわけないだろう。……も、もしかしてリリィ、私はリリィを不安にさせたのかい……?」


ジークベルト殿下の言葉に不安になったらしく、レオンは眉を寄せ、泣きそうな顔で私を見つめる。


「全く?レオンが私と離れられるなんて、思っていないもの」

「リリィ……!」


感動した、と言わんばかりの様子のレオン。

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕の力が強くて、けれど全く痛みは感じられない。

こんな行動ひとつひとつにも、レオンからの愛情が伝わるのだ。


不安になるはず、ないでしょう?

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[一言] 何度読んでも、愚王陛下のざまぁがヌルすぎる件。
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