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(H30.3.26)学園の結果→学園の結界 に修正
結界は、ある部屋に設置されている宝玉により、コントロールされているらしい。
宝玉というのは魔石の塊のことで、めったに採掘されないそうだ。
まずは王宮の結界を張り直すことになり、私たちは宝玉のある部屋に移動することになった。
本来なら私がついていくべきではないのだが、案の定というか、レオンが「リリィが一緒でないのなら帰ります」と陛下に告げたので認められることになった。
レオンは宝玉を見ると、目を細めてじっと観察する。
それからひとつ頷くと、宝玉に手を伸ばし、そっと触れた。
途端に宝玉から光が発せられ、ぶわっ、と風が吹き付ける。
反射的に目を瞑ると、レオンが宝玉に触れていない手で、私の腰を抱き寄せたのがわかった。
そして──数分もしないうちに、光と、風が収まる。
ゆっくり目を開くと、そこには、先程までと変わらない宝玉が鎮座していた。
どうやら、結界の張替えが終わったらしい。
黒の団長様はあんぐりと口を開けているし、白の団長様はキラキラと目を輝かせている。
「もう、終わったのか?」
「はい。術式を書き換えるだけだったので」
「うむ……結界の張替えは何度か見たことがあるが、これほど早いとは信じられんな」
陛下は何か考え込むように、顎に指を添えていた。
それはそうだろう、本来、結界の張替えは数分程度で済むものではないのだから。
「では、次は学園の結界ですね」
「……わたしが案内しましょう。こちらへ」
学園は王都にあり、王宮からそれほど離れているわけではない。
しかし多少の距離はあるため、馬車で移動するようだ。
レオンは馬車に乗り込みすぐ隣に私を座らせると、小さく「転移すればいいのに……」とぼやいていた。
私とレオンにとっては転移での移動は当たり前になりつつあるけれど、転移魔法は大変面倒な作業を行わなければならないのを忘れてしまったのだろうか?
学園にもある部屋に宝玉が置かれており、レオンはまた宝玉に手を添え、数分もかからずに書き換えを完了させた。
素人目に何か変わったようには見えないけれど、魔術に精通する白の団長様や学園長は、感動したように宝玉を観察しながら言葉を交わしていた。
「──では、我々はこれで失礼します」
「まあ、待て。そう急くでない、レオンハルト。久しぶりに、私と……伯父と甥で話をしようじゃないか。いとこ達も加えてな」
陛下と殿下たち、そしてレオンで話し合おうということなのだろう。
ちらりと私に向けられた視線は、無言の催促だろう。
早く帰れ、という。
「レオン、私はそろそろ……」
「……伯父上、有難いお言葉ですがリリィがいないのなら私はこれで」
いや、私は帰るからレオンはお話してきてという意味なんだけど。
きっとレオンは理解しているだろうに、それほど私から離れたくないのだろうか?
「まあ待たれよ。それならばその……レイズ嬢といったかな?一緒でも構わん」
まさか私の名前──家名だけど──を陛下が覚えていらっしゃるとは思わなかった。
それだけ“レオンハルト・ハインヒューズの婚約者”として注目されているのだろうか?
レオンは、家族に、親戚に、大切にされているから。
「……リリィがいるのなら、構いませんよ。ごめんよリリィ、もう少し付き合っておくれ」
「う、うん……」
本当に私が一緒でもいいのだろうか?
ダラダラと背中を汗が流れている気がした。
「こうして話をするのは久しぶりだな」
王宮の一室。
テーブルには紅茶やお茶菓子が並べられ、部屋には、陛下、ジークベルト殿下、アランディア殿下、レオンと私がいる。
王族と陛下の甥の中に含まれる伯爵令嬢は、さぞかし浮いていることだろう。
お茶を用意してくれた侍女の怪訝な表情、私でも納得だ。
「今はただの家族として接しておくれ、レオンハルト」
「はあ……」
ようするに、今の陛下は、国王という王冠を脱ぎ去ったただの伯父、ということなのだろうか。
陛下の考えがわからないのは私だけではないらしく、ジークベルト殿下とアランディア殿下も互いに顔を見合わせて首を傾げている。
「陛下……いえ、父上。いったいどういうことです?」
「兄上だけでなく、俺まで呼ぶなんて……」
「言っただろう?今は家族としてここにいるのだと。ただ──どうもこの場には、相応しくない者がおるのでな」
ジークベルト殿下とアランディア殿下にニコリと笑いかけ、そして、冷ややかな目で私を見やる陛下。
なるほど、やはり私は婚約者として認められていないらしい。
隣に座るレオンが、ピクリと指先を動かしたのがわかる。
「リリア・レイズ嬢。そなたらレイズ家は確かに薬草栽培において我が国になくてはならない存在だ。だが、その程度ではレオンハルトに相応しくない」
それはきっと、伯父としても、王としても、どちらからしても正しい言葉なのだろう。
レオンは今では剣術でも魔術でも、この国で右に出るものはいないほどの実力者。
さらに公爵家の子息という立場上、より良い縁談をと思っているのだろう。
そしてそれは恐らく、今日のことで、確信的になる。
「リリア嬢ではレオンハルトを支えられない。家柄も、実力も、レオンハルトの隣に相応しくない。……婚約を破棄しなさい。新しい婚約者は、この伯父上が選ぼうではないか」
それは正しく命令であった。
陛下はにこりと笑っておられ、殿下たちは、さっと顔を青ざめさせている。
レオンは、何を考えているかわからない、表情のないお面のようだった。
「ち、父上!それはあまりにも!」
「お前たちもお前たちだ。レオンハルトの婚約者がこの程度の女と知り、なぜ放置しておいた」
アランディア殿下の言葉に、陛下は淡々と答える。
「父上!レオはリリア嬢を愛しているのですよ?これは双方納得の上での婚約なのです!俺たちが首を突っ込む話ではありません!」
ジークベルト殿下も言葉を重ね、なんとか先程の言葉を撤回させようとしているらしい。
陛下は眉をひそめ、殿下たちを見やる。
その表情は、どこか訝しむようなものだった。
「お前たち、どうしたのだ。レオンハルトの婚約者はより相応しい者をと、以前張り切っていたではないか」
「あの時は俺たちがどうかしていたのです!レオには、リリア嬢以外に有り得ません!」
「そもそも、父上は何も理解されておられない!レオの気持ちを何も!」
初めて出会った時こそ、私は殿下方に敵意を向けられていた。
けれどこの数年の付き合いで、殿下方は私をレオンの婚約者として認めて下さっているのだ。
より正確にいえば──私に対するレオンの執着を。
陛下方は気づいておられないのだろうか?
窓の外の雲が、どんどん分厚くなっていることを。
「──それが」
ぽつりと、レオンが呟く。
ぞわ、と背筋が凍ったのは、きっと気のせいではない。
「それが、陛下のご命令なら、仕方ありませんね」
まるで陛下の言葉を受け入れるような発言。
殿下方は「は!?」と驚いたように言葉を発し、陛下は「おお、わかってくれたか!」と嬉しそうに頷く。
どうして、御三方はそれほど平静でいられるのだろう?
私はもう、今のレオンが恐ろしくて仕方ない。
「では、早速破棄の手配を……」
「レオ、お前一体何を……!?」
「レオ、正気なの!?」
三者三葉の反応の中、レオンが私の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
その全身からほとばしる怒りの感情に、私が向けられているわけではないのに、ひどく恐怖を覚えた。
「それが陛下の命令なら。それはつまり、国の決定ということでしょう。陛下が、国が、私とリリィを引き離そうというのなら。───そんな国は、滅びてしまえばいい」
レオンの言葉とともに。
窓を突然の雨が叩きつけた。
豪雨と雷。
それは年中温暖な気候を誇る我が国では、めったに起きない現象だ。
雷はあちこちに──主に王宮に落雷しているし、雨音でものが聞こえないくらいに勢いがある。
「な、にを……?」
「国が国として機能しなくなれば、すぐに他国に攻め落とされるでしょうね。私が守るのはレイズ領とハインヒューズ領のみ。せいぜい頑張って自衛してください」
「ま、待て!まさか、これをレオンハルトが……!?」
陛下は窓の外を見やり、驚いたように振り返る。
「言ったでしょう。私とリリィを引き離す国など滅びてしまえばいい。私が滅ぼしてあげますよ」
にっこりと笑みを浮かべるレオンは、いつも通りの表情で。
その上で国を滅ぼそうというのだろう。
「レオン……!」
「大丈夫、リリィが心配することではないよ」
いや、全然まったく大丈夫じゃないんですけど!?