24
ジークベルト殿下、黒騎士団団長様、白騎士団団長様、学園長様、宰相様。
特別な式典でなければ、これほどの方々が一堂に会することはまずないだろう。
レオンの夜会での一言で集まるあたり、レオンの──ハインヒューズ家の発言力が高いことが伺える。
入室した際は「なんだコイツ」という視線がビシビシ突き刺さったが、今では全員がむっつりと眉を寄せ、レオンを熱心に見つめていた。
それは先ほど、レオンがさらりと結界の脆い箇所についての説明をしたからだろう。
最初はバカバカしいと口にしていた黒騎士団の団長様も、今では難しい顔をして黙り込んでいた。
全員の目が向けられているのにも関わらず、レオンは涼しい顔で私の髪をくるくると指に絡めて遊んでいる。
アランディア殿下がいらっしゃらないのは、第二王子だからだろうか?
「──レオ。結界の補強は可能か?」
「可能です。が、結界の張り直しの方が早く、より強固にはなりますね」
殿下の問いに、レオンが答える。
黒の団長様は頭を抱え、大きく溜息をついていた。
最初に、王宮や学園の結界は何十人という魔術師が、数日かけて設置するものだと話していた。
もう長い間結界の張り方──呪文やら魔法陣やら──は変わっていないそうだし、黒の団長様は、結界に対する絶対的な自信があったのだろう。
白の団長様はやはり魔術師だからか、今の結界がさらに良くなるにはどうするべきかという改善点の方が気になるらしい。
「ほう、それはぜひ見学させていただきたい。それと、出来れば結界の呪文や成り立ちを学びたいのだが……」
「呪文……いえ、私は呪文を使わないのでありませんよ」
不思議そうに答えるレオンに、白の団長様だけではなく、その場にいた全員が驚いたように目を見開く。
そういえば、私もレオンもすっかり慣れてしまっていたけれど、普通、魔術を使うのには呪文が必須であった。
新しい魔術を創るには、新しい呪文を考える必要があり、呪文を組み立てるのはたいそう難しいそうだ。
故に新しい魔術が生まれることはめったになく、既存の魔術を使う、という形で落ち着くらしい。
白騎士団に所属する魔術師たちの中には新しい魔術の研究に勤しむ方もいるそうだが、結果は芳しくないと聞いている。
「む、無詠唱……?こんな少年が……信じられん」
ブツブツと呟くのは、学園長様だ。
学園長として多くの生徒に出会っているだろうが、15歳にして無詠唱で魔術を使う生徒には会ったことがないのだろう。
殿下は苦笑を漏らし、宰相様はやれやれといった様子で肩をすくめ、黒の団長様は無言で考え込み、白の団長様はブツブツと何か呟いている。
なかなかに不可思議な光景だが、レオンは相変わらず、気にしていないようだ。
殿下は各々で異なる反応を示す面々に声をかけ、ひそひそと何か話しかけている。
他の方々も途端に真剣そうな眼差しを見せると、頷いたり、何か答えたりと熱心に対応していた。
「リリィ、随分と髪が伸びたね」
「え?……ええ、そうね。女性は髪を長くするものだから」
社交界で髪をまとめる為にも、ある程度の髪の長さを持つ女性の方が多い。
唐突に髪の長さについて話し出したレオンは、「リリィなら短くても似合うのに……」と呟きながら、髪をひと房持ち上げ、唇を寄せた。
この国の貴族の女性には、髪の短い方はほとんどいらっしゃらない。
特に髪を短くしてはいけない、という決まりがあるわけではないが、やはり髪型を変えたり、髪飾りをつけるのには長さが必要だからだろう。
対して貴族のように社交界に参加する必要のない平民の女性は、髪の短い方が多い。
貴族のように髪にまで手を入れるのが無駄だと思うそうで、特に働く女性の大半は肩に届くくらいの長さしかない。
レイズ領で働く女性たちもやはり髪は短く、彼女たち曰く短い方が楽なのだとか。
「短い髪のリリィも見てみたいが、一度切ってしまうと、この長さに伸びるまでに時間がかかるからね……。リリィの髪も好きだから、それは辛い」
どうやらレオンは私の髪の長さについて悩んでいるらしい。
よく手持ち無沙汰の時に私の髪を触っていたから、てっきり長い方が好きなのかと思っていたけれど、そうでもないのだろうか。
「……ああそうだ、髪の長さを変える魔術を使えば」
「レオン、そういうことに魔術を使うべきではないと思うわ……」
「リリィの為だから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか全くわからないわ。
たしかにレオンは、容姿に影響を与える魔術が使える。
例えば顔の形を全く別の人物に変えてしまったり、髪の色や目の色を変えてしまったり。
実際に変わっているわけではなく、変わったように見せているだけらしいが、説明されてもよくわからなかった。
「──レオ」
「……はい」
「結界の張り直しを頼めるか?もちろん、報酬は出す」
話し合いが終わったらしく、殿下が声をかけてくる。
レオンは私の髪から視線を外すことなく、「構いませんよ」と了承した。
いや、せめて、顔くらいはあげよう……?
「助かる」
「では、陛下に認可をいただいて参りますので、今しばらくこちらで……」
殿下がホッとしたように頷き、宰相様が立ち上がった。
陛下に認可を、ということは、この話し合いについては知っているのだろう。
「──その必要は無いぞ」
宰相様が立ち上がった瞬間、その行動を遮るように、聞き慣れない声が聞こえた。
しかし、聞いたことのある声。
「陛下!?」
「父上!?なぜこちらに!」
──そのお声の主こそ、我が国の国王陛下である。
宰相様や殿下が驚いたように声をあげるあたり、ここに来ることは予想外なのだろう。
予想以上の方との遭遇に、私の心臓が口から飛び出そうだ、すごくドキドキしてきた……緊張で……。
「ああ、構わんよ。非公式の場だからな」
「はっ」
素早く立ち上がり敬礼をしていた団長様たちを、陛下が制する。
敬礼はなおったものの、今までのように椅子に座るつもりはないようだ。
椅子の背面にまわると、陛下に椅子を進めていた。
「さて、話は聞かせてもらった。レオンハルトよ、そなたが脆弱性を指摘したそうだな?それを張り直すと」
「このままにせよというのなら、私は婚約者とともにこちらを失礼するだけです。今の結界のままでも、多数の魔物が一度に襲撃に来ない以上は問題ありませんので」
そう、レオンは脆弱だと言うけれど。
この王宮や学園の結界は、もう何十年──いや、結界が生み出された何百年もの間、問題なく護り続けて来たのだ。
公爵家の子息が張る結界よりも信頼出来て当然かもしれない。
「いや、お前を疑うわけではない。ただ疑問なのだが、もしレオンハルトなら──この結界、どれだけで破れる?」
陛下の問いに、レオンは少し考え込む。
「……そうですね、さすがに10秒ほどはかかるかと」
「じゅ……!?」
黒の団長様が、思わずといった様子で声を上げた。
もちろんそれは「10秒もかかるのか」という驚きではなく、「10秒しかかからないのか」という驚きのはずだが。
レオンは10秒はかかりすぎだと思っているのかもしれないが、10秒で結界が破られるなら、結界はあってないようなものだろう。
「そうか……。レオンハルトよ、結界を強化すれば、どうだ?」
「少なくとも、ヒドリに襲撃された程度では破れませんでした」
どうやら、ヒドリ討伐の際、検証をしていたらしい。
レオンの言葉に目を閉じた陛下は、すぐに目を開き、じっとレオンを見つめる。
「レオンハルト・ハインヒューズ。そなたに結界の張り直しを命じる」
「……承知いたしました」
厳格な光景のはずなのに、レオンの腕の中に私がいることで、途端に厳格さが半減だ。
陛下は今度は私を一瞥すると、何者だと言わんばかりに眉をひそめた。
それが恐らく正しい反応です……。