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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
23/75

23






テーブルにはレオンが作ってくれた食事が並び、レオンはニコニコと笑顔を浮かべている。

パンとスープとサラダ、それと白身魚のムニエル、スクランブルエッグ。

私が寝ている間に、港町まで転移して魚を購入してきたそうだ。

レオンは私が寝付くまでそばにいてくれて、朝起きる頃にはもう起きている。

睡眠時間は私より短いはずなのに、レオンはいつも楽しそうな笑顔を浮かべていた。

ついに先日、別邸の料理人に「これ以上坊ちゃんに教えることはありません」と言われたらしい。

といっても別邸にはレオンの他に使用人たちも住み込みで働いているので、使用人たちのためにも料理人が本邸に戻ることはないそうだが。

それ以来、レオンは毎食私のためにご飯を作ってくれている。

ついには仕入れさえ自らこだわるようになったらしく、本当にレオンの時間の使い方が謎だ。

レオンは先に椅子に座ると、笑顔でポンポンと隣の椅子を軽く叩く。

これはレオンの隣に座れという合図で、そこに座ると膝があたるくらいに近く、その状態でレオンが私にご飯を食べさせてくれる。

……正直に言うと、いつからか、家にいる時は自分で食事を取ったことがない。

自分で食べようとカトラリーを手に持った瞬間、レオンが魔法でそれを奪ってしまうのだ。

そんなことに魔法を使わないで欲しい。

自分で食事を取るのは、夜会やお茶会に参加している時くらいだ。

レオンは本当に、一体どこを目指しているのだろうか?


「今日は綺麗な魚が手に入ったから、リリィに食べて欲しくてね。スクランブルエッグはリリィの好きなチーズ入りだよ」

「わぁ、楽しみ!」


でも、レオンの料理が美味しいのは本当のことだ。

チーズ入りのスクランブルエッグはレオンが作ってくれて初めて食べたけれど、とろっとした卵とチーズの相性がよくてとても美味しかったのだ。

それ以来、レオンは時々作ってくれるようになった。

あとはレオンの作ってくれるクリームシチューや、オムライスや、ハンバーグが好き。

作れる料理の種類は多いらしいのでローテーションではないけれど、私が食べたいといえばすぐに作ってくれる。


「はい、リリィ」


ナイフとフォークでムニエルをひと口サイズに切り、口元に運んでくる。

最初はとてつもなく恥ずかしかったこの行為も、今では当たり前になりつつあるのだから、慣れというのは本当に恐ろしい。

素直に口を開ければ、レオンは満足そうにフォークの先を口に入れた。

私が咀嚼している間に、レオンも自分の口元に料理を運ぶ。

その際毎回私用のカトラリーとレオン用のカトラリーを交換しているので、食事中のレオンは所作は美しいがそれなりに忙しない。


「ねぇレオン」

「なんだい?」


私の口元にフォークが運ばれる前に、気になっていることを聞くことにする。

レオンは不思議そうに手を止め、軽く首を傾げた。


「殿下とのお話はどうなったの?」


久しぶりに殿下と話をした夜会。

結局その日はそのまますぐに帰宅し、改めて殿下に説明するという話になっていたのだが。

あれから三日経ったけれど、レオンはまだ殿下にお会いしていないのだ。


「ああ……面倒だけど、今日の午後に王宮に行くことになっているよ。殿下と黒の団長、白の団長、学園長と、他にも何人かいるらしい」

「そうなの……」


そうそうたる顔ぶれだ。

なんでもないように口にするレオンは、たいして気にしていないらしい。

レオンが話しながら「はい、あーん」と口を開けるように促してきたため口を開けば、スープが口の中に入れられた。


「だから食事が終わったらリリィのドレスを選ばないとね」

「……うん?」

「どんな格好でも私のリリィは可愛いけれど、さすがに王宮に普段着で行くわけにはいかないからね。ただ非公式のものだから、そこまでしっかりしたドレスではなくていい」


どれにしようかな、と呟くレオンの頭の中には、私の持つドレスが浮かんでいるのだろうか?

ただひとつ聞きたいのだけれど。


「どうして私も行くことになってるの!?」


いくら婚約者とはいえ、本来、そういった場に私程度のものが顔を出していいわけがない。

だって学園と王宮の保護結界についてなんて、最重要事項ではないか。

伯爵令嬢程度が国家機密に触れるなんて、とんでもないことだ。

だのに、レオンは不思議そうに「当然だろう?」と答えるだけだった。


「場合によっては長時間になるかもしれないのに、その間リリィと離れるなんて……考えたくもない。リリィが一緒でないのなら断ると伝えてあるから、心配はいらないよ」


いや全く安心できない。

それを提案するレオンもレオンだし、受け入れる殿下も殿下だ。

あるいは、私がいることを許してまでも、レオンのいう結界の脆さというのが知りたいのかもしれないけれど。

ただ、それはひとまず置いておくとして、私はそうそうたる顔ぶれの中で堂々となんて出来ませんよ……?


「大丈夫。リリィは喋らず、ただ一緒にいてくれればいいから。私も、他人に愛しいリリィの声を聞かせたくはないからね」


いや本当にそういうことじゃないと思うの。

レオンは自分の発言を問題だとは思っていないのか、にこりと笑って、また食事を口元に運んでくる。

これ以上は、何を言っても無駄そうだ……。

諦めて口を開けば、レオンは満足そうに頷き、また私にご飯を食べさせ始めた。




食後、レオンがうんうん悩みながら選んだドレスを身にまとい、髪と化粧を整える。

さすがにレオンに髪型のアレンジや化粧の技術はないので、ハインヒューズ家の侍女に手伝ってもらった。

レオンは私が整えてもらっている間、じっと侍女の手元を見つめていたので、もしかしたらそのうち習得するかもしれない。

一方のレオンはといえば、ぱちんと指をひとつ鳴らすと、次の瞬間には拝謁するのに相応しい正装に早変わりしたため、全く時間はかかっていない。

私の髪や化粧も、レオンの魔法で一瞬なのではと聞いたところ、レオンは首を横に振り「リリィを磨きあげるのに手を抜きたくない」と言われてしまった。

つまり可能ということだろう。

どうしても時間がない時はお願いしてみよう。


「──とても綺麗だ、リリィ。部屋の中に閉じ込めて、私以外の誰の目にも触れて欲しくないくらいに」


侍女によって髪や化粧を施された私を、レオンがうっとりとした様子で見つめてくる。

部屋の中に閉じ込めて──というのは本当に冗談では済まされないのでやめて欲しい。

レオンなら、最悪やりかねない。

嬉嬉として部屋から出られないように魔法をかけるレオンの姿が脳裏に浮かび、背筋がぞっとした。


「ありがとう。レオンが選んでくれたからね、きっと」

「リリィに似合うドレスを選ぶのは好きだし、そう言ってもらえると私も嬉しいよ」


レオンはふふっと笑みをもらし、そっと私の頬に指を這わせる。

アイスブルーの瞳は細められており、甘ったるい雰囲気をかもし出すレオンに、部屋にいた侍女たちが困った様子を見せたのがわかった。

当然だ、このあとお会いするのは王族の方や、国の重要人物たちなのだから。

細かい時間を指定されているわけではないだろうが、だからといってあまり遅参するわけにはいかない。

チラチラと向けられる視線は、要約すれば「坊ちゃんを早く王宮に!」といったところだろうか。


「レオン、そろそろ行きましょう?」

「──ああ、そうだね。全く行きたくはないが」

「そんなこと言わないで。結界について説明する、素敵な姿が見たいな」

「よしすぐに行こう」


小さく耳元で囁いてみれば、レオンはすぐに頷いてしまった。

本当にそれでいいのかと聞きたいぐらい、レオンは私の言葉一つでころりと意見を変えてしまう。

レオンは「私の心はリリィと同じだからね」と言うけれど、どこまでが本当のレオンの意思なのだろうと疑問に思う時もある。


「リリィ、手を」

「うん」


レオンはふわりと優しげに微笑むと、まるで物語に出てくる王子様のように、すっと、白い手袋に包まれた手を差し出してくれた。

私の手をそこに重ねれば、見慣れた魔法陣が現れる。


この国には実際に王子様がいるし、もう何度もお会いしている。

それでも──たぶん、幼い頃に密かに憧れた王子様は、本当の殿下ではなく、レオンなのだと思う。

なんて。

少し、レオンに毒されすぎているのかしら?

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