21
シーズンである今、デビュタントであり公爵家の子息でもあるレオンのもとには、ひっきりなしに招待状が届く。
といっても、やはりあの侯爵夫妻の夜会の前と比べると、随分数は少なくなっていた。
理由は単純で、侯爵夫妻の夜会での出来事が、あっという間に広まったからである。
あのあと会場に戻った頃には既に子爵一家はおらず、レオンは小さく舌打ちをもらしていた。
まずは侯爵夫妻に頭を下げに行ったのだが、侯爵夫妻は寛大なお心で許してくださったのだ。
むしろ、相思相愛の婚約者がいる殿方に近づこうとするはしたない令嬢を招待してしまい申し訳ない、と謝られたくらいだ。
様子を伺っていたらしいお義母様にも、「よくやったわレオンハルト!」と褒められていた。
会場でも概ね肯定的な意見が多かったようで、レオンの嫌な気配には怯えたものの、婚約者がいる男性に近づこうとするなんてと、子爵一家の方が眉をひそめられていたらしい。
お義母様はその場で今後子爵一家とは一切関わりを持たないと宣言されていたし、子爵一家や子爵一家の肩を持とうとする家は、社交界から爪弾きにされるのだろう。
でも、一番の理由は、やはりお義母様の「わたくしの可愛い愛娘の敵は、わたくしの……わたくしたちハインヒューズ家の敵です」とはっきり仰られたことだと思われる。
そのお言葉で私とレオンの婚約についてハインヒューズ公爵家が歓迎していると理解出来るし、何より誰も公爵家を敵に回したくはないだろう。
かなり減った招待状の主催者は、おそらく私とレオンの婚約を快く思っていない家からのものだったはずだ。
だからレオンもお義母様もたいして気にしていないし、むしろ、以前よりも多少機嫌がいい気がする。
そして今夜も、王都で夜会が行われる。
今日はお義母様は別の夜会に参加されているため、私とレオン二人だけで出席する、初めての夜会だ。
しかし年齢層は若く、デビュタントか、デビュー間もない子息令嬢が多い。
それはこの夜会に、王子殿下が出席なさると噂があるからだろう。
ちなみにその噂が事実であることを、私とレオンは知っている。
なぜなら招待を受けると返信したその日に、どこで知ったのか殿下より「俺たちも出席するんだ!」という旨の手紙が届いたから。
レオンは無言で、手紙を風魔法で切り刻んでいた。
しかし出席すると返信した以上、特別な理由がなければ参加は必須。
結局、会場に着くまで終始不満そうなレオンと共に、会場まで馬車で揺られていたというわけだ。
それでもレオンの機嫌を少しでも良くするためにあの手この手を使ってみた結果、なんとか気分が浮上したようなのでぜひこのままでいてもらいたいものだ。
ジークベルト殿下とアランディア殿下は、時々手紙だけではなく、会いに来ることもあった。
もちろんレオンに会うことが目的だろうけれど、この数年で、私に対しての物腰は随分柔らかくなったと思う。
特にアランディア殿下はもともと人懐っこいのか、リリィと呼んでもいいかと聞いてきたくらいだ。
レオンが却下していたけれど。
けれどお茶会直後に比べれば、少しはレオンもお二人を許しているようだ。
会場に入ってから既に時間は経っており、ある程度の挨拶回りは終えたところだ。
これ以上新しい招待客は来ないのだろう、入口は開く気配を見せない。
「リリィ、せっかくだから踊ろうか?」
「ええ」
流れる音楽に合わせ、既に何組かがホールで踊っている。
レオンに差し出された手を取り、ホールの中央に近づいた。
ちょうど音楽が切り替わるところで、次の曲が流れ始めてから、レオンはゆっくりとステップを踏み出す。
難しいステップで、私は最近踊れるようになったばかりのものだ。
「リリィ、とても素敵だよ。可愛い」
「レオンはとっても意地悪だわ。いきなり上級なんて……」
体を密着させるダンスは、初めて踊った時は随分緊張したものだ。
おかげで失敗続きで、いつもパートナーを務めてくれたレオンには迷惑をかけていたのだろう。
何度も足を蹴ったり踏んだり、もつれさせて倒れ込みそうだった時もある。
それに比べれば、優雅に……とまでは行かなくても、踊れるようになった今は及第点をもらえるはずだ。
「でもステップは正しいよ。リリィの努力の賜物だ」
「……散々、レオンに付き合ってもらったもの」
「リリィとダンスを踊るのは私だけだからね。リリィが望むのなら、当然だ。……まぁ、私としてはリリィがダンスが出来なくても構わないんだけどね?」
……あの侯爵夫妻の夜会のあとから、レオンは何かと意地悪なことを言う。
ダンスが出来なければ壁の花になるしかないし、壁の花に話しかける貴族は少ない。
結果、夜会に参加している意味がなくなり、夜会に参加しなくなればいい、とでも思っているのだろう。
夜会に参加させたくないレオンは、それでも私と参加する夜会に向かう途中の機嫌はすこぶる悪い。
「リリィの可愛いドレス姿だって、見るのは私だけでいいのに……」
夜会では、参加する為に毎回新しいドレスを新調しなければならない。
一度しか袖を通していないのにもったいないと思う気持ちもあるが、上位貴族には必要なことなのだ。
同じドレスを着て参加すれば、その家は新しいドレスを買う余裕がないのだと、馬鹿にされるから。
全く違う会場での夜会に参加したところで、必ずどこかに知り合いの目というものはあるのだ。
だからシーズン中、お針子たちはとても忙しいのだと、ハインヒューズ家御用達の仕立て屋さんに聞いたことがある。
「でも、私のドレス姿を最初に見るのはレオンよ?それに、私が一番見せたいと思うのもレオンじゃない」
「それはわかっているよ。ありがとう。ただ、なんというか、頭では理解していても納得出来ないというか……。もし私以外の誰かがリリィに惚れたらと思うと気が気じゃないんだ。もちろんリリィが私を選んでくれると信じてはいるが……」
レオンの心境はなかなかに複雑らしい。
生憎、私の容姿はそれなりなので、どれだけ着飾ったところで美しいご令嬢には勝てないし、私に惚れるのはきっとレオンだけだと思うけれど。
それを言うと「リリィは自分の魅力に全く気がついていない。そこも可愛いが、いいかい?」と私自慢が始まることは理解しているので、口にするつもりは無い。
私に対する私自慢って何なんだろうと首を傾げることもあるけれど、レオンは楽しそうなのでまぁいいかと放っておくことが多い。
ただお義兄様たちはレオンに散々聞かされているらしく、ゲンナリとした様子だったが。
いや本当に、御家族に何を話したのレオン?
「私はレオンのものよ?」
「……リリィは、私を殺す気かな?なんて可愛いんだ……!」
ちょうどダンスが終わり、最後のステップを踏む。
その直後にぎゅうぎゅうと抱きしめられ、一斉に周囲の視線が突き刺さったのがわかる。
人前でパートナー同士の触れ合いは、はしたないとされる事もあるのだ。
昔に比べて随分と視線は緩くなったらしいが、その当時にこんな風に抱きしめ合ったりすれば、社交界から爪弾きにされていたのだとか。
その話を知っているはずのレオンがこんなことをするのは、今はむしろ仲が良いと微笑ましく見られるからなのか、はたまた社交界から爪弾きにされても良いと思っているのか。
「喉が乾いただろう?飲み物を取りに行こう」
「え、ええ」
普通は女性をその場に置いて、男性だけで飲み物を取りに行くことが多い。
けれど中には二人揃って飲み物を取りに行くことや、女性が飲み物を取りに行くこともあるので、絶対的なルールというわではない。
レオンは少しでも私から離れたくないのか、お料理や飲み物を取りに行く時は、いつも私と一緒だった。
飲み物を取り、お料理を取りに行く。
夜会には出会いを求める子息令嬢も多く、お料理をしっかりと食べる参加者は案外少ない。
案の定、お料理がずらりと並んだテーブルには、人があまりいなかった。
レオンはお皿にお料理を手際よく盛り付け、はい、と私に差し出してくる。
私がお皿を受け取ると、もう一枚の皿で、また別のお料理を盛り付け始めた。
「家なら、私がリリィに食べさせられたのに、残念だ」
「もう、あれ恥ずかしいんだからやめてよね!」
心底残念そうに呟き料理をつつくレオンに、思わず顔が赤くなるのがわかる。
最近、レオンの中で私に料理を食べさせるのが流行らしく、食事はいつもレオンの手ずから食べさせられているのだ。
それだけではなく、最近のレオンはその料理すら自分で作ろうとしていて、よく厨房に入り浸っている。
「リリィの口に入るものは、すべてリリィを形作るもの。つまり私が作った料理をリリィが食べてくれたら、私が私の愛しいリリィを形作っているというわけだ!とても素敵じゃないか」と自信満々に言われたけれど、全く理解できなかった。
ハインヒューズ別邸には専門の料理人もいるのだが、彼らはレオンの好きなようにさせるらしく、むしろ微笑ましげに応援しているようだ。
レオンはかなり器用らしく、今まで料理なんてしたことがなかっただろうに、既にいくつか料理を作れるようになったらしい。
そのうち、レオンとの食卓には、レオンが作った料理が並ぶようになるのだろう。
…………って、よく考えたら、私とレオンってまだ婚約者なわけで。
婚約者同士が、毎食食事を共にするって、どうなんだろう?
むしろ、レオンと離れてる時間って、寝ている間とお花を詰んでる間くらいじゃ……?
これ、結婚したら、レオンと離れる時間なくなるんじゃないだろうか。
いや、別にいいっていうか、嬉しいんだけど……。