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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
19/75

19

(H30.03.21)琴線に触れる→怒りに触れる





ガタガタと揺れる馬車に身を任せ、夜会の会場へと向かう。

馬車に乗るのは久しぶりで、二頭立ての高級馬車にも関わらず、違和感を覚える。

相変わらず隣の席にはレオンがぴったり寄り添うように座っており、グローブに包まれた手の甲をずっと撫でていた。


「緊張しているのかい?」

「少し……。お義母様がいらっしゃるとはいえ、初めてですもの。レオンは大丈夫なの?」

「私にはリリィがいるからね」


今日はデビュー当日だ。

デビュタントはその年に、年に二回行われる陛下と王妃様への拝謁を済ませてから、仲の良い家が主催の夜会でデビューするのがベター。

拝謁は先週済んでおり、今、王都の夜会ではデビュタントとその家族も押しかけているだろう。

ちなみに今日参加するのは、お義母様の学生時代のご友人がいらっしゃる侯爵家だ。

レオンは侯爵夫妻には何度か会ったことがあるらしく、信頼における人物だからとデビューの夜会に選んだらしい。

お義母様は久しぶりに会うからと、早めに家を出て、恐らくもう会場についている頃だろう。


「レオンって、怖いものとかないの?私は今からすごく怖いのに……」

「私が唯一恐れているのは、リリィが私の前からいなくなることだけだよ。リリィがそばにいてくれるなら、私に恐ろしいものはない」


ふふっと楽しそうに笑みを浮かべるレオン。

レオンに苦手なものや恐ろしいとのがあるとは想像も出来ないけれど、実際、苦手意識というものはあまりなさそうだ。

苦手というか嫌悪を抱くことはあるみたいだけれど。


「それに、リリィも心配しなくていい。マナーも所作もダンスも、必死に練習していたじゃないか」


婚約した時からお義母様に淑女教育を受けていたとはいえ、自信があるわけではない。

陛下への拝謁の数ヶ月前から、復習を兼ねて勉強していたのだ。

レオンには何度もダンスに付き合ってもらい、ある程度のステップは踏めるようになった。

けれど上級ステップはまだ足がもつれそうになるし、時々、レオンの足を蹴ってしまったり踏んでしまう時もある。

レオンはいつも「大丈夫。失敗しても私を見て、笑顔を忘れずに」と声をかけてくれるのだ。

本当、レオンは私にはもったいないくらいの人だ。

だからといって、ほかの人に婚約者の立場を譲る気はないのだけれど。


「リリィ、約束は覚えているね?」

「ええ、まぁ……」


数日前から、今日家を出てからも、レオンには何度も同じことを言い聞かされた。

レオン以外の男性とダンスを踊らないこと。

知人に挨拶する時は極力喋らず笑っていること。

レオンのそばを離れないこと。

何かあればすぐにレオンに報告すること。

──他にも色々とあるけれど、あまりに細かいことをあげていけばキリがない。

要するに、レオン以外と極力喋らず、レオンのそばを離れるなということだろう。

約束を破ると会場が大変恐ろしいことになりそうなので、素直に守るつもりだ。


「……まだ何か不安でもあるのかい?」

「……うん、ちょっとね。でも、レオンがそばにいてくれるなら、大丈夫」


デビューするにあたり、私にはどうしても拭いきれない不安があった。

それは、私という婚約者がいるにも関わらず、レオンに近づこうとするご令嬢たちについて。

ヒドリ討伐が大きな噂になる頃には、レオンにはひっきりなしに婚約希望の手紙が届いていた。

それと同時に、私宛にレオンとの婚約解消を求める手紙も。

レオンにもお義母様にも知らせてはいないけれど、何があるか本当に不安だ。

……いや、その、もちろん婚約解消なんてする気もないしさせてもらえないだろうけど。

何が不安って、レオンの目の前で誰かが何かをやらかして、レオンを怒らせやしないかということだ。

レオンが私に関することで異様なまでに沸点が低いことは、もう充分理解している。

魔物に対しても圧倒的な力でねじ伏せてしまうのだ。

もし、もしその相手が人間だったら──考えるだけでも、恐ろしい。

どうか、どうかどこぞのご令嬢が、レオンの怒りに触れませんように……!

怒った時のレオンを宥めるのは大変なんだから!




そして始まった夜会。

夜会やお茶会では、まず最初に知人に挨拶回りに行くのがマナーだ。

挨拶の一番最初の相手は、招待してくれた夜会やお茶会主催者。

今回の場合なら候爵夫妻に挨拶をしてから、レオンの知り合いに挨拶回りへというところだ。

私はレオンと婚約をするまで自領を出たことがなく、また、自領にお母様やお父様の知り合いが来る、ということもなかった。

つまり私には知人というものはほとんどいないのだ。

それが王都ともなれば、もう右も左も知らない人だらけである。

一応、貴族図鑑を頭に叩き込んであるので、名前はわかるけれど。


「──このたびは素敵な夜会へのご招待、ありがとうございます。こちらは婚約者のリリア・レイズです」


レオンの言葉に、ドレスをつまみあげ頭を下げる。

候爵夫人は「あら、素敵ね」と微笑みながら答えていたけれど、たぶんその“素敵”はレオンに対してか、ドレスに対してだろう。


「こちらこそ、デビューの日に我が家主催の夜会を選んでくれてありがとうございます。ハインヒューズ家の御子息が参加なさったなんて、箔がつきそうだわ」

「ご冗談を。私は末席に名を置いているだけで、公爵に相応しいことは何もしていません」

「何年か前、王都に現れたヒドリを討伐したのはレオンハルト殿であろう?あの時、妻も会場にいたのだ。本当に……妻を救ってくれて、心より感謝する。手紙は出したが、どうしても直接言いたかったんだ」


ヒドリ討伐の際、会場にいた貴族は候爵夫人だけではない。

だからこそ今年デビューであるレオンには、その時会場にいた貴族からもぜひ、という招待状がかなりの数届いていたのだ。

その中から付き合いを持つべきお家と、付き合いを絶つべきお家にお義母様が分類してくださり、レオンはその中からいくつか夜会に参加するつもりのようだ。

シーズンである今、王都では毎夜のように夜会が行われている。

デビュタントは顔を覚えてもらうためにも、出来る限り夜会に参加するべきだと推奨されているのだ。


「お気になさらず。私はただ、リリィを……婚約者を守りたかっただけですので」


にこりと笑うレオンに、夫人はほんのり頬を赤らめて「まぁ!」と声を上げる。

候爵もまた微笑ましげにレオンと私を見やり、「そうだったか」と頷いた。

私のついでに他の人を助けた、と取れる言葉だが、彼らの中では危険を犯してまで婚約者を守ろうとする紳士に変換されているらしい。

レオンにとってヒドリ討伐は大して危険なものという認識とないのだろうが。

だって一瞬だったし……。

まるで汚物をみるような、冷ややかな、蔑んだような目だったし……。


「レオンハルト殿はリリア嬢を愛しておられるのだな」

「はい。リリィは私のすべてですから」


候爵の言葉に頷いたレオンが、私の腰を抱き寄せる。

何でもないように微笑んでみるけれど、きっと私の顔は赤くなっているだろう。

だって顔が熱いんだもの。

人前で触れ合うなんて、はしたないのに!


「なるほど、それは素晴らしい。……ぜひ今日は楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」


候爵との挨拶を終えると、レオンは「次はあの人のところへ行こう」と耳元で囁いてきた。


基本的に、爵位の低いものから高いものへ声をかけるのは失礼にあたるとされる。

そのため、恐らくこの会場で最も爵位が高いであろうレオンから声をかける必要があるのだ。

現に、周囲ではレオンを見やりながら、そわそわと体を動かしている殿方やご令嬢がよく見える。

ちなみに爵位の低いものが高いものへ大して砕けた口調で話すことも失礼ではあるが、先程のように大人が子どもに話しかける時は砕けた口調でも問題は無い。

レオンは“公爵家の子息”であり、公爵そのものではないため、失礼にはならないのだ。

もしレオンが爵位を与えられており、それが候爵だった場合は、伯爵家以下は大人であろうと子どもであろうとレオンに丁寧な言葉遣いをしなければならないが、レオンは爵位を持っていない。


「お久しぶりです──」


レオンは慣れたように声をかける。

声をかけられた相手は、嬉しそうに笑顔で対応していた。

レオンに紹介され、頭を下げ、あとはレオンとの会話をにこにこ笑いながら聞いているだけ。

レオンはそれ以上しなくていいと言ったのだから、私が答えるのは話を振られた時だけだ。


「ああそうだ、実はヒドリ討伐の際に会場にいた私の知り合いが、どうしてもレオンハルト殿にご挨拶がしたいと言うのだが……」

「いえ、私はあの時、リリィを守りたかっただけですので。既にお礼の手紙はいただいているでしょうし」

「それが、手紙は出していないらしく。どうしても直接お礼を言いたいそうで」


レオンは一瞬眉を寄せると、何事もなかったかのようににこりと笑う。

それを了承ととったのか、彼は近くにいた夫妻を手招きする。

夫妻の後ろにはご令嬢がおり、彼女は頬を赤らめたまま、レオンだけを見つめていた。

しかし、私と目が合うと同時に、きっ!と睨みつけてくる。

……え、何、その反応?

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