18
ヒドリが王都に現れ、数分後にはレオンが討伐した黒の日から、早いもので数年が経とうとしている。
結局黒の日の最終戦と、翌日の白の日は延期となり、しばらくは王都も安全が確認出来ないからと開催すら危ぶまれたらしい。
その代わり、というのも何だが、ヒドリ討伐を行ったのはたった11歳の少年ひとりであるということが話題になり、お義母様が言うには、社交界でもその話でもちきりだったそうだ。
結果、社交デビュー前から、パーティーやお茶会の招待状が、山のように届いていた。
といっても全てレオンを招待するもので、私はオマケなんだけど。
レオンが婚約しているのは知られているらしく、レオン宛の招待状に、よろしければ婚約者殿も……とついでのように書かれているのだ。
実際、討伐したのはレオンなのだから、ついでで間違いではないのだけれど。
それに、彼が公爵家の子息であることも大きな理由のひとつだ。
年頃の令嬢がいらっしゃるお家から、ぜひ娘を婚約者に、という手紙が届くことも多い。
基本的に招待状の中を確認するのはお義母様なので、そういった内容のものはお断りの手紙を書くように指示を出し、笑顔で火にくべていたが。
「デビュタントのドレスは、オートクチュールのロングドレスと決まっているのよ。社交界でのドレス色は赤、白、青、緑、黄、黒が多いけれど、デビュタントにはピンクも多いわね。15歳を超えると着づらい色だから」
今、お義母様とレオンも混じえて頭を悩ませているのは、私の社交デビューパーティーでのドレスについてだ。
といっても私が悩むというより、レオンとお義母様が中心となって悩んでいる状態だが。
「リリィは何色でも似合うからね。あの時のお茶会は赤いドレスだったし、次は違う色がみたいな」
あの時、というのは王家主催のお茶会の時だろう。
そういえば、2人はあの時ドレスを選ぶのも、白熱していたような。
「そうねぇ、せっかくならピンクにしましょうよ!きっと可愛いわぁ」
手を叩いて提案するお義母様を、レオンがふん、と鼻で笑った。
「リリィが可愛いのは否定しませんが、淡い色よりはっきりした色の方がリリィを引き立てますよ」
「あらぁ、たしかにリリアちゃんははっきりした色の方が似合うけれど、ピンクの中にも淡いものから濃いものまであるのよ?ピンクだから淡いだなんて想像しか出来ないレオンハルトには、理解出来ないんでしょうけど?」
レオンとお義母様はお互いにこにこと笑顔を浮かべているものの、二人の間にバチバチと火花が散っているようにみえる。
どうして私のドレスを選ぶのに、毎回競い合うのだろうか……。
「濃いピンクのエンパイアラインにしましょう!リリアちゃんは気品あふれるデザインが良く似合うわ」
「青いプリンセスラインでしょう。デビュタントのダンスは必須ですから、リリィが踊った時にドレスが広がるように」
……二人の間に、冷たい風が吹いた気がする。
仕立て屋のデザイナーは目を白黒させており、二人に意見することも出来ないようだった。
淹れたてを用意してもらったはずの紅茶はすっかり冷めきってしまい、デザインでもめ始めてかなり時間が経っていることがわかる。
レオンもお義母様も時間が気にならないのか、お互いが真っ向からぶつかり合っているようだ。
こんなので、ドレスのデザイン決まるかしら?
「──まぁまぁ、なんてすてきなの!」
「リリィ、とてもキレイだ。似合っているよ」
結局、ドレスのデザインは青いプリンセスラインのドレスになった。
色とシルエットはレオンが選んだもの、ドレスのデザインはお義母様が考えたものだ。
青、というより水色に近い色は、デコルテ部分にドレスより濃い青色の布で作った花がいくつか飾られており、ウエスト部分には大きなリボン。
ドレスと同色のグローブは肘くらいの丈で、手首に小さなリボンがつけられている。
「でも、きっとピンクもよく似合うわ。やっぱり、次のドレスはピンクにしましょう?」
「ですから母上、何度も申し上げているようにリリィのドレスは私が選ぶので。母上のお手を煩わせるまでもありません」
「だめよ。娘が出来たら一緒にドレスを考えるの、夢だったんですもの」
確かにハインヒューズ家は御子息が三人で、お義母様は以前より娘が欲しかったと何度もこぼしている。
ラインハルトお義兄様の婚約者様は他国の方だし、お嫁にもらうのではなくお婿に出すのだから、お義母様のいう義理の娘とは少し違うのだろう。
レオンはそんなお義母様に大きく溜息をつき、呆れたように頭に手をやった。
「でも、どうして青にしたの?リリアちゃんは青いお洋服がいっぱいあるから、他の色が見たかったのに……」
頬に手を添え、不思議そうに首を傾げるお義母様。
きっと、私が青いドレスを選んだ理由も、青い洋服が多い理由も、レオンにはバレているのだろう。
けれど、少しだけ恥ずかしい。
「えっと……」
ちらりとレオンを見やれば、レオンはにっこりと笑顔を浮かべている。
やはりバレているようだ。
「青は……レオンの、瞳の色なので」
「……あらあら、まぁまぁ!なるほどねぇ、レオンハルトが青いドレスにこだわるわけだわ」
最初は気づかれていなかったはずだ。
お茶会の時だって、レオンが選んだのは赤いドレスだったし。
でも二人で買い物に行ってお店のお洋服を買ったり、小物を買ったりした時に、青いものが多いことは気がついていたのだろう。
いつから選ぶようになったか、私にもわからない。
けれどレオンと同じ色というだけで、青いものがとても愛おしく思えて、つい、手に取ってしまうのだ。
「レオンハルトの目の色なんて、気にしたこともなかったわ。リリアちゃんが、うちの息子をそこまで気に入っていたなんて想像以上」
お義母様はクスクスと上品な笑い声をあげ、慈しむようにレオンハルトを見つめる。
眩しいものをみるように目を細め、よかったわね、と口にした。
「さ、わたくしはアクセサリーを選んでくるわ。リリアちゃん、悪いんだけどもう少しそのままでいてちょうだいね」
「あ、はい!」
アクセサリーはドレスに合わせて発注することが多いが、お義母様はいつもドレスが出来上がってからアクセサリーを選ぶらしい。
場合によっては出来上がりの色が想像と違い、アクセサリーの色とちぐはぐな印象を与えることもあるらしい。
「ねぇレオン、よかったわねって、どういうこと?」
お義母様の言葉に、レオンはほんのりと頬を赤らめていた。
何か理由があるのだろう、問いかけてみれば、レオンは僅かに目を泳がせる。
「……リリィとの婚約は、私の──ハインヒューズからの申し込みだ。公爵家の言葉を伯爵家が断れないとわかっていて、婚約を結んだ。……もしリリィに想い人がいても、構わなかった。つまり、その……私との婚約を無理矢理させられたリリィに、嫌われても仕方が無いと、思っていたんだ」
「え……」
確かに、公爵家からのお言葉を我が家が断ることなど出来ない。
その頃は確かに戸惑ったし、どんな方なのかわからなくて、不安も大きかった。
「だからリリィと想いが通じたと知った時は安心したし、嬉しかったよ。……こうしてリリィの手を取れるのも、それだけで幸せなんだ」
いいながら、レオンがゆっくり私の手をすくう。
そしてその場に膝をつき、手の甲に唇を寄せた。
「改めて、リリア・レイズ嬢。私はあなたを心の底から愛している。どうか、私の妻になって欲しい」
愛おしむように目を細めて、じっと見つめられて。
こんな彼の思いの詰まった言葉を、断れる人なんているのだろうか?
「──はい。どうか、私をあなたのものにしてください」
私の言葉に、レオンは嬉しそうに笑った。
そして立ち上がると、「ああ、私のリリィ!とても可愛いよ」と私を腕に閉じ込めるのだ。
真面目なレオンもすてきだけど、いつものように、思いをぶつけてくれるこの言葉が、実はとても好きだと思う。
こんなすてきな人と婚約者になれて、私は幸せだ。