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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
17/75

17




会場でもある闘技場は熱気に包まれており、怒声にも近い大きな声が響いている。

観客が興奮して声を上げているのだろう、周りを見ても、口元に手を添えて大声を出している人が多い。

午前中から、黒騎士団の団員による勝ち抜き戦が行われている。

お昼休憩を挟み、少し前から午後の部が始まったところだった。

今のところ、ベルンハルトお義兄様もラインハルトお義兄様も勝ち上がっており、このまま順調に進めば、お二人が決勝戦で対戦することになるのだろう。

AチームとBチームにわけられ、各チームによるトーナメントを組まれている。

そしてAチームの勝者とBチームの勝者が、決勝戦で争うのだ。

ちなみにベルンハルトお義兄様がAチーム、ラインハルトお義兄様がBチームだ。

どちらのチームが勝つか、あるいは誰が優勝するかで賭け事をしている人もいるらしく、ますます盛り上がりをみせている。

最優勝候補はベルンハルトお義兄様で、次いでラインハルトお義兄となっているそうだ。


「レオンはどっちが勝つと思う?」

「難しいね。順当に行けばベルンハルト兄上になるけれど……今日はラインハルト兄上の調子も良さそうだから、一概には言えないな」


つまり、どちらが勝ってもおかしくないということだろう。

ちなみに、お義兄様たちとレオンでは誰が強いか聞いてみたところ、レオンはにっこりと笑みを深めるだけだった。

口にはしないけど、負ける気は無いということなのだろう。

ベルンハルトお義兄様もラインハルトお義兄様も、お義父様に模擬戦で勝ったことは、一度もない。


「おっと、そろそろ始まるよ」

「本当。これでラインハルトお義兄様が勝てば、いよいよベルンハルトお義兄様と最終戦ね!」


既にAチームの勝者はベルンハルトお義兄様で決まっている。

この試合でBチームの勝者が決まり、もしラインハルトお義兄様が勝ち残れば、最終戦でお義兄様たちが対戦することになる。

ベルンハルトお義兄様の試合も、ラインハルトお義兄様の試合も、他の人にはないくらいの盛り上がりをみせていた。

お二人の対戦ともなれば、さぞ白熱することだろう。


「そうだ、ね……?」


レオンは、何かに気がついたかのようにはっと顔を空に向けた。

つられて空を仰ぐが、そこには今までと何ら変わらない、青い空と雲が広がっているだけだ。

レオンは僅かに眉を寄せると、空をじっと見つめている。


「レオン、どうしたの?」

「……何でもないよ、何があってもリリィは私が守るから」

「そういうことを聞いているわけではないの……」


レオンの服の袖を軽く引っ張り問いかけてみるも、彼は何事もなかったかのようににこりと笑うだけだった。

ちゅ、と頬に唇を寄せられ、顔が熱くなるのがわかる。

思わずその頬に手を当てると、小さくレオンが「……気のせいか?」と呟いているのが聞こえた。

本当に、どうしたのだろうか?


わっ!と周囲から歓声があがる。

ちょうど、ラインハルトお義兄様が、相手の首元に、模擬刀を突きつけているところだった。

ほとんど見逃してしまったけれど、無事にラインハルトお義兄様が勝ち残ったようだ。

最終戦は、少し時間を置いてから始まるらしい。

ちらりとレオンを見やれば、ラインハルトお義兄様を見つめながらパチパチと手を叩いている。

それでもどこか頭上を気にしているレオンに、少しだけ、居心地が悪くなった。


「──はぁっ!」


かけ声とともに、刀同士のぶつかり合う音がする。

始まった、ベルンハルトお義兄様とラインハルトお義兄様との最終戦。

刀をぶつけ合い、会場を右へ左へ走り回り、背後を取ったり頭上へ跳びあがったりと、今まで以上に動きは激しい。

どうやらお義兄様たちは、互いに最終戦であたることを見越して体力を温存していたようだ。

今までで一番激しい試合に、会場の熱気は最高潮に達している。

どちらが勝ってもおかしくない、激しい戦い。

普段は優しいお義兄様たちの、互いを睨みつけ合うかのような鋭い雰囲気に、思わず胸がドキドキと鳴るのがわかった。

そういえば、レオンとお義父様の模擬戦はよく見ていたけれど、お義兄様たちが戦うところをまともに見るのは初めてかもしれない。


「やるなぁラインハルト!だが、まだまだ甘い!」

「くっ……!」


ベルンハルトお義兄様が、楽しそうに笑いながら剣を打つ。

ラインハルトお義兄様は顔を歪めながらも、ベルンハルトお義兄様からの打撃を防いだ。

かなり拮抗した試合。

しかし僅かに、ベルンハルトお義兄様が押し始めているようだ。

ベルンハルトお義兄様が刀を振り上げる。

その時ラインハルトお義兄様の刀を峰で捉えていたらしく、お義兄様の刀が宙を待った。


「終わりだ!」

「──っ」


ベルンハルトお義兄様が、振り上げた刀を構える。

ラインハルトお義兄様に向かって刀を振り下ろそうとした、瞬間。


会場のあちこちから、先程までとは全く意味の異なる、悲鳴が響いた。

まるで恐ろしいものでも見たかのような悲鳴が響くと同時に、会場に大きな影か出来る。

ひとり、またひとりと顔を上に上げ、異変に気づいたらしいお義兄様たちも、同じく空を見上げ、ぽかんと口を開いていた。

つられて空を見上げ、悲鳴の意味に気がつく。

会場の頭上、大きな影を作っていたのは──過去、王都に現れたことなど、ほとんどないはずの、魔物であった。


「ヒドリ……」


誰かの声が、よく響いた。

その声はあっという間に周囲に伝播し、悲鳴と、ざわめきで埋め尽くされる。


ヒドリとは、その名の通り鳥の魔物である。

体長は2メートルから、大きいものでは最大10メートルのものまで確認されている、大型の魔物だ。

真っ赤な羽毛で覆われ、口から火を吐くことから、ヒドリと呼ばれるようになったらしい。

空を飛ぶ魔物のため、ヒドリ討伐はかなり困難を極めるそうだ。

飛んでいる時に狙っても魔法が当たりにくいし、剣が一切届かず遠距離からの攻撃になるため、一撃一撃の威力が弱い。

まずは地面に引きずり下ろすことから始めねばならず、しかし、地面に引きずり下ろすことも難しい。

黒騎士団と白騎士団の協力が不可欠な魔物なのだ。

しかし。

今日は、黒の日。

明日が本番である白騎士団は、ここにはいない。

例え早馬を出したとしても、白騎士団がここにたどり着く頃には、手遅れになっているだろう。


ヒドリはゆったりと会場上空を旋回している。

まるで眼下で逃げ惑う人々を眺めているかのようだ。


「れ、レオン……!」

「リリィ……こんなに震えて、可哀想に。大丈夫、私が守ってあげるから」


レオンはいつものように優しく微笑み、私の手を包み込むように握りしめてくれた。

慰めるかのように私の頬を撫で、空を──ヒドリを、冷ややかな目で、睨みつけた。


「私のリリィを、こんなにも怯えさせるなんて……」


ポツリとレオンが呟く。

その次の瞬間。

突如、優雅に空を飛んでいたヒドリが、甲高い悲鳴を上げた。

まるで断末魔の叫びのようで、逃げ惑っていた人々も、思わず足を止めて空を見上げている。

太陽を背にしているためはっきりとは見えないが、ヒドリは、もがき苦しんでいるようだった。


「……え?」


ヒドリの大きな体に、何かが刺さっているのが見える。

何度かレオンが使っているのを見たことがあるソレは、しかし見たこともないほど、巨大なものであった。

鋭く尖った、氷の塊。

まるで串に刺さった鳥のように、ヒドリを貫いていた。

もがいていたヒドリが、ゆっくりと落ちてくる。

どうやら致命傷だったらしく、ヒドリはピクリとも動かなくなっていた。

自分で飛んでいたヒドリの羽が動かなくなれば、真っ直ぐ落下してくるしかない。

あの大きさでは、会場のどこにいても、ヒドリの落下に巻き込まれてしまうだろう。

再び会場は恐怖に包まれ──途中で、ヒドリの落下が、止まる。

詳しくはわからないけれど、おそらくレオンの魔法なのだろう。

レオンの手には、どこから取り出したのか、魔物討伐に出かける時にいつも持っている刀が握られている。


「リリィ、決してここから動いてはいけないよ。いいね?」


そう私に言い聞かせるように告げたあと、とん、と軽くつま先で地面を蹴った。

足元には魔法陣が現れ、レオンが空に浮き上がる。

レオンは私ににっこりと笑いかけたあと、まるで宙を泳ぐかのように、宙ぶらりんになったヒドリのもとへ向かう。

そして空中で刀を構え、ヒドリへと斬りかかった。

刀を強化してあるのか、まるでバターを切っているかのように、ヒドリが細かく切り刻まれる。

しかし血が飛び散らないようにしているのだろう、真っ赤な液体は、空中でふよふよと漂っていた。


「──貴様のせいで、せっかくのリリィの愛らしい髪型が乱れただろう!」


……風に乗ってレオンの言葉が聞こえたけれど、まさかヒドリ討伐の理由って、それ!?

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