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白騎士団と黒騎士団、そのどちらも、選ばれしもののみが、己の力を披露することが出来る。
努力し、研鑽し、鍛えることにより、手にした実力。
それを他者に披露し、認識してもらうことで、ようやく実力者であると認められる。
そして、他者に対し実力を認めてもらうための場こそ、黒騎士団及び白騎士団合同公開日──通称“黒の日”と“白の日”。
実際は白騎士団と黒騎士団の公開日は違う日付なので、合同というわけではないのだが。
黒騎士団に所属する騎士たちは剣士のため、個人ではいまいち迫力に欠ける。
故に黒の日では勝ち抜き戦として模擬戦が行われ、優勝目指し剣士たちが戦うのとだ。
対する白騎士団は、団体ではいまいち実力を見せつけられないため、白の日は1人1人が得意な魔術を発動させることになっている。
どちらも日々の成果すべてをつぎ込んだ、白の日と黒の日。
二日間に渡り、王都は大盛り上がりをみせる。
会場付近には出店も並び、ちょっとしたお祭りのようなものだ。
「まぁ、すごい人」
「リリィ、よそ見をしているとはぐれる。ほら、手を繋ごう」
思わず当たりを見渡せば、レオンが呆れた様子で手を差し出してきた。
はぐれるといけないから……といいつつも、どこか楽しそうなレオンを見るに、単純に手を繋ぎたいだけのような。
「レオンハルトが手を繋ぎたいだけだろう?本当にレオンハルトはリリアのことが好きだな」
クスクスと笑うのは、一番上の、ベルンハルトお義兄様だ。
そのお隣には二番目のラインハルトお義兄様もおり、お義母様とお義父様もにこにこと笑顔を浮かべられている。
ベルンハルトお義兄様とラインハルトお義兄様は、揃いの黒い衣装に身を包んでいた。
それは黒騎士団の団服であり、お二人は黒騎士団の団員として、参加なさるのだ。
ちなみに黒の日と白の日は毎年交代で一日目、二日目と分けられており、今年は黒の日が初日である。
お二人が参加なさるからこそ、お義父様とお義母様もいらしたのだろう。
殿下がレオンを誘ったのも、お義兄様たちが参加されることをどこかで知ったからかもしれない。
「ええ、リリィのことを愛していますから。少しでもリリィに触れていたいですよ、私は」
「まったく、あまりリリアに構いすぎて嫌われても知らないぞ?」
うっとりとした様子で、繋いだ手の甲を撫でてくるレオン。
ラインハルトお義兄様は苦笑を漏らして茶化すが、レオンはにっこりと笑顔を浮かべて固まった。
しばらく動きが止まっているのは、もしもの時を想定しているのだろうか。
「り、リリィ!すまない、どうか嫌わないでおくれ。リリィに嫌われたら、私は、私は……!」
「待ってレオン落ち着いて、あなたを嫌いになったことなんてないわよ」
顔を青ざめさせて縋るように私のドレスの袖を掴むレオンに、慌てて首を横に振った。
いや、以前に嫌いだと口にしたことはあるけれど、本気ではなかったわけだし、数には入れない。
レオンの手を握り返して笑いかければ、ようやくホッと息をついてくれた。
お義兄様がレオンをからかう度に真に受けるものだから、いつもヒヤヒヤしてしまう。
それだけレオンがお義兄様たちのことを信頼しているからなんだろうけど……。
「おっと、そろそろ行かないとな」
「そうですね。では父上、母上、後ほど」
「レオンハルトとリリアも、ぜひ楽しんでいってくれ」
「はい。頑張ってくださいね、お義兄様!」
「ご武運を」
ひらりと手を降りながら会場に向かうお義兄様たち。
レオンと血の繋がった兄弟というだけあって、御三方はとてもよく似ていらっしゃる。
金の御髪とアイスブルーの瞳、整った目鼻立ちに、白い肌。
今でも、お義兄様の近くにいらっしゃるご令嬢が、ポっと頬を赤らめて、うっとりとお義兄様を見つめられている。
既にお義兄様たちは社交界デビューしており、たまに参加するパーティーでも、常に注目の的らしい。
ラインハルトお義兄様には他国に婚約者様がいらっしゃり、手紙でのやりとりを密に行い、とても仲睦まじいご様子だ。
時々、レオンにお願いして、転移魔法で婚約者様にお会いしているらしい。
しかしベルンハルトお義兄様にはいまだに婚約者様はおらず、夜会でもパーティーでも、常に女性が近くにいると辟易としていらっしゃるようだ。
公爵家の三人のうち二人──次男と三男──は婚約者がおり、長男にいない、というのは、非常に珍しい。
貴族は政略結婚が当たり前だし、家のために、国のためにという理由が大半なのだから。
しかしお義母様とお義父様は大恋愛の末に結ばれたことを誇りに思っているらしく、子どもたちにも恋愛結婚を推奨しているそうだ。
そのため、長男は婚約者がおらず、次男と三男に婚約者がいるという、一見すると不思議な状態にあるというわけだ。
今はハインヒューズ家のパワーバランスを考えるのも難しいらしく、ますます、ベルンハルトお義兄様は気軽に婚約出来ない立場にあるらしい。
しかし今日の大会で、婚約を望む声はきっと大きくなることだろう。
その中からすてきなご令嬢を見初められ、ぜひ婚約まで踏み切って頂きたい。
……実は、お姉様という存在に、幼い頃から憧れているのだ。
お義兄様が婚約され、そのままご結婚なされば、つまりその方は私のお義姉様になるというわけである。
ラインハルトお義兄様の婚約者であるお義姉様には、まだ二、三回しかお会いしたことはないけれど、とてもお美しく、とてもお優しい方だった。
お国でもお美しいご令嬢として有名らしく、ラインハルトお義兄様がよく自慢していらっしゃる。
ラインハルトお義兄様はレオンをからかうことが多いけれど、よく見ていると言動はレオンのものとよく似ている。
お義父様もお義母様に対して似たような言動をしているところから、ハインヒューズ家は代々愛情深い一族なのだろう。
思えば、ハインヒューズ家は恋愛結婚を推奨している、珍しい貴族だ。
「さて、わたくしはお兄様にご挨拶してくるから、レオンハルトたちはゆっくりしていてね。レオンハルト、リリアちゃんをしっかり守るのよ?」
「はい、もちろんです」
「よろしい。行きましょう、あなた」
お義母様は、陛下にご挨拶に向かうらしい。
どうやら今日は王家の皆様もいらっしゃるようだ。
お義母様は、お義父様とともににこりと微笑み、仲睦まじく寄り添いながら去っていった。
「さて、私たちも行こうか」
「そうね。でも、席はかなり埋まっているみたいだけど……」
「それなら心配いらないよ。席は取ってもらっているからね」
どうやら、ハインヒューズ家の執事が席を確保してくれているらしい。
準備がいいというか、用意周到とはこの事なのだろうか。
レオンは席に向かう途中にも、屋台で何か買おうかとしきりに確認してくる。
ここでも、レオンの私に何かを買いたいという感情が溢れるらしい。
いつもの宝石やらドレスやらよりはずっと安価だし、せっかくなので屋台で飴細工を買ってもらうことにした。
可愛らしい鳥をモチーフにしたものから、猫、犬はもちろん、変わり種の魔物をモチーフにしたものまで。
飴細工の屋台で特に目を引いたのは、少し大きめの、ドラゴンをモチーフにしたものだった。
もちろんドラゴンを目の当たりにしたことはないだろうし、絵姿で見たものを作ったのだろうけれど。
特に子どもたちには「すごい!」と人気らしいが、あまり数は売れていないらしい。
私は可愛い蝶々をモチーフにした飴細工を買ってもらい、席に向かった。
平民の中には“食べ歩き”といって歩きながらものを食べることもあるそうだが、伯爵家とはいえ、一応貴族。
それにお義母様による淑女教育のこともあって、さすがに行儀が悪い気がして、食べ歩きをする気にはなれなかった。
レオンは気にしていないようだけど、たぶん、私以外の貴族が食べ歩きをしようものなら、眉をしかめていたはずだ。
本当、レオンは私に対して甘いんだから。