15
結局殿下はそのあとすぐにレオンによって追い出され、そのまま王都への帰路についたようだった。
三日ほどかけて別邸にやってきて、滞在時間は約数時間。
そしてまた三日ほどかけて王都へ。
随分厳しい旅路だ。
殿下が、というより、護衛騎士たちの疲れが全面に出ていたのがわかる。
あれから、時々殿下がたはレオンに対する手紙や、私に対する謝罪の品らしいものを贈ってくださる。
もちろんレオンはその品を一度は見せてくれるものの、全て送り返していたが。
レオンは出来る限り私に対する隠し事をしたくないからと、レオン宛に届いた手紙やら書類やらは、すべて私の前で開封するのだ。
中にはただの伯爵令嬢が見てはいけないであろうものもあるはずなのに、レオンはにこやかに「いずれリリィは私の妻になるのだから、問題はないよ」と笑うだけ。
確かに間違いではないけれど、たぶん、そういうことではないと思うの……。
ちなみに殿下からのお手紙は、最初はレオンが無言で燃やそうとしていたので必死に引き止めた。
もしかしたら大切な内容かもしれないから!となんとか納得してもらったけれど、結局内容はいずれも他愛のないもので、レオンは読み終わり次第火魔法で燃やしてしまう。
返信はめったにしない。
本来は許されないだろうに、殿下は筆不精なレオンのことは承知しているのか、そのことに触れたことは一度もなかった。
いや、レオンは別に筆不精というわけではないのだけれど。
転移魔法を習得してからはレオンと手紙のやりとりをしなくなったけれど──レオンの会いたい時に会えるようになったから──レオンからもらった手紙は、便せんにびっしりと美しい文字が踊っていた。
時には一通が便せん数枚の時もあり、読むのも大変だったくらいだ。
もちろんレオンからもらった手紙はすべて残してあるけれど、手紙を入れるために用意した箱はすぐにいっぱいになってしまい、今は数箱分にも及ぶ。
レオンも私の手紙を残してあるらしく、時々、読み返しては思い出に浸るらしい。
……思い出、というほど時間は経っていないのだけれど。
今はレオンは私と色んなところに行きたいからと、様々な地域の書物をあつめている。
この地域にはこんなものがありますよ!と宣伝するような大衆向けのものから、その地域の規模やら位置やらの細かくかかれた資料まで。
私も同じ書物を見せてもらい、行きたい場所を選ぶようにと言われている。
色んな場所に訪問し、気に入った観光地があれば、そこで新婚旅行をしようと既に数年後の計画を立てているらしい。
「ねぇレオン」
「なんだい?愛しいリリィ」
今、私は椅子に座るレオンの膝にのり、後ろから抱きかかえられている状態だ。
レオンは私の読む書物にともに目を通し、戯れなのだろう、片手で私の髪をくるくると指に絡めている。
「レオンはドラゴンにあったことはある?」
「いいや、知識としては知っているが、見たことはないな」
「そうよね。こんなに甚大な被害を及ぼすのなら、来てもらっては困るわ」
たまたま読んでいる書物の地域は、かつてドラゴンにより、甚大な被害に遭ったらしい。
多くの領民が命を落とし、土地は燃え枯れ果て、建物は壊され。
突如として現れたドラゴン一体を倒すのに、さらに多くの人々が命を散らした。
黒騎士団と白騎士団が互いに手を取り合い協力し、ようやくドラゴンに傷をつけ、最後は、当時の黒騎士団団長が、己の命と引き換えに、ドラゴンを討伐したらしい。
ドラゴンは気まぐれに各国に現れては、被害を及ぼし、悠々と去っていく。
時には討伐出来たこともあるが、それも数える程度。
大抵の討伐者は命も絶え絶えで討伐を行い、そのまま亡くなったり、体の一部を欠損したこともあるそうだ。
中には討伐者が無事だった時もあり、その時は勇者として、国中で讃えられたらしい。
数少ないドラゴン討伐者は、総じて勇者の称号を与えられるのだ。
この国──この世界に、魔物はいるが、物語のように魔族というものはいない。
だから魔王なんてものも存在しないし、魔王と対になる、神託を受けた勇者というものも存在しない。
功績を残したものに与えられる称号のひとつとして英雄だとか勇者だとかが存在するのだ。
それをもとにした魔王討伐の物語は巷に溢れているけれど、中には架空の魔族や魔王を主役としたものも存在するくらい。
レオンは時に冒険者として、依頼ではないけれど、魔物討伐にいくこともある。
私の知らない魔物についても知っているし、実際に討伐し、換金もしている。
でも私はレオンが魔物討伐をしているところは、一度も見たことがなかった。
討伐に出かける前日に予定として教えてもらい、当日に見送り、レオンが帰ってくるのを待つだけ。
最初は不安で仕方がなかったけれど、いつも無傷で汚れひとつなく帰ってくるレオンに、今は安心して見送ることが出来るようになった。
ただ、いつも私のお願いを聞いてくれるレオンも、討伐を見たいというお願いだけは叶えてくれなかった。
もしもの時に危ないのはわかるし、気まぐれに言ってみただけで、どうしても見たかったというわけではないけれど。
「ドラゴン……見たいのかい?」
「とんでもない!……ただ、レオンなら、討伐出来るのかなって思っただけよ」
「そうだね、さすがに無傷でというわけにはいかないだろうけれど、リリィを守るためなら倒してみせるさ。私は愛するリリィのためなら、体の奥底から力が溢れてくるように感じるんだ」
……倒してみせる、なんて断言出来るレオンはすごい。
後ろから体の前に腕を回してくるレオンを見上げれば、レオンはニコニコと笑っているだけだった。
うん、レオンならなんだかんだで倒してしまいそうだ。
だって、レオンは、たぶんこの国でも、かなりの強者だから。
「そういえば、少し前に殿下からお手紙が届いていなかった?」
「ああ、あれか。まだ読んでいなかったね、そういえば」
どうやら存在自体忘れていたらしい。
レオンは面倒くさそうに溜息をつき、す、と腕を前に差し出した。
するとどこからとも無く、レオンの手の中に手紙が現れる。
思わず目を瞬かせると、レオンは「転移魔法の一種だよ」と説明になっていない説明をしてくれた。
詳しく聞いたところで理解出来ないのは目に見えているので、これ以上の詳細は求めていないけれど。
「なんて書いてあるの?」
「今開けるよ。…………はい」
開封すると、レオンは折り畳まれた手紙をそのまま渡してくる。
自分で読む気はなさそうだ。
仕方なく、ドラゴン討伐について書かれていた書物をテーブルに置き、手紙を受け取る。
中をあらためると、もうすっかり見慣れてしまった殿下の文字が踊っている。
そこに書かれていたのは、ある大会についての知らせだった。
なんでも、王都には闘技場が設けられており、そこで年に一度、黒騎士団と白騎士団の団員たちによる実力のお披露目会が行われているらしい。
一般民衆から貴族王族が見学出来る、団員たちにとっては実力アピールにもってこいの場というわけだ。
といっても所属する団員たちは決して少なくはないので、貴族や王族が見学する日はまでに、参加者は絞られているらしいが。
手紙には、その大会の見学に来ないかと誘いの文言が見うけられる。
ぜひリリア嬢とともに、と続けられているあたり、レオンだけを誘えば断られると理解しているのだろう。
最初の方の手紙はレオンだけを誘うものだったのに、いつの間にか私がきっと気に入るから来ないか?という内容に変わっていったし。
「リリィはどうする?」
たぶんそれはレオンを引っ張り出すには必要なことだ。
レオンはどこかに行こうとする前に、必ず私に尋ねてくるから。
「そうね……ちょっと楽しそうだわ」
「そうか……。私は複雑だ。リリィが楽しそうなのは嬉しいが、そのきれいな瞳に私以外の男を写すとなると……」
確かに、騎士団には基本的に男性しか所属していない。
女性が騎士になれないという規則はないので、数は少ないものの、女性騎士は確かに存在する。
ただやはり男性の仕事という印象も強く、筋力の差などもあって、女性に扉が開かれることは少ないのだろう。
「レオンがどれだけ強いのか、比較するいい機会だと思うの」
レオンが強いことは、よくわかっている。
でも、ならば、実際にどれだけ強いのか?
この大会に参加するのは実力者ぞろいの騎士団の中で、さらに力のあるものだけ。
レオンがどれだけ騎士団と差があるのか、確認できるいい機会だと思う。
「わかった、リリィが行きたいのなら行こう。ただ、白の日と黒の日があるから、日をまたぐぞ?」
白と黒、というのは白騎士団と黒騎士団の通称のことだ。
どうせ騎士団なのに違いはないのだからかまわないだろうと誰かが言い出した呼び名が、今はそれなりに浸透しているらしい。
「もちろんいいわよ。久しぶりにお義父様やお義母様、お義兄様たちにお会いしたいし……」
「本邸に行くつもりかい?せっかくなら別邸で二人ですごしたいのに……」
「だめ?」
「……わかった、母上たちに知らせておこう」
お義母様が本邸に戻られてから、一度もお会いしていない。
レオンは転移魔法で時々本邸に戻っているらしいけれど、なぜかレオンは私を連れて行ってはくれないのだ。
今回も、きっとレオンは見学が終わり次第別邸に戻るつもりだったのだろう。
でも、せっかく王都に行くなら、お会いしたいじゃない。
渋々と言った様子で頷いたレオンに、ありがとうと頬に唇を寄せる。
レオンは小さく「くっ、天使か……!」と言っているけど聞こえているわよ。