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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
14/75

14

(H30.2.25編集)祝女教育→淑女教育に修正しました。

ご指摘ありがとうございました!




「お引き取り下さい」


にこりとも笑わず、むしろ冷ややかな表情すら浮かべるレオン。

目の前で深々と頭を下げているのは、まごうことなきこの国の王子──ジークベルト殿下と、アランディア殿下だ。

ハインヒューズ家の別邸。

レオンに迎えられてからお茶を楽しんでいると、執事が来客を知らせてくれた。

そして断ろうとするレオンをなだめて応接室に案内してもらい、レオンにお願いして来客の対応をしてもらった。

その、来客というのが、護衛を引き連れた殿下がただったということだ。


あのお茶会の日から、五日。

お庭をレオンに案内してもらってすぐ、レオンは私を連れて別邸に戻った。

お茶会はすぐに解散となり、あの後、殿下がたやマリエール様がどうなったのかは知らない。

けれど恐らく、日付的にも、比較的すぐに王都を出たのだろう。

ハインヒューズ別邸と王都をその日のうち、というか数十秒足らずで移動できるのはレオンだけだ。

応接室に着くなり、殿下がたは深く頭を下げた。

本来、王族の方が臣下に対し頭を下げるなど、ありえない。

思わず息を飲んだ私と違い、レオンは変わらぬ表情でお引き取り下さいと告げたのだ。

応接室には殿下の護衛であろう騎士が数人立っている。

驚いた表情は見せないものの、複雑そうな表情だ。

彼らは殿下の護衛騎士という重要な地位にいるし、本来であれば「殿下に対して無礼な!」と声を荒らげることもあるのだろう。

でも、殿下に帰れと言うレオンは、公爵家の子息。

王家の次に地位と権力と発言力の高いお家の息子ともなれば、声を発することすらレオンに対する無礼と言われても仕方がない。

だから護衛騎士たちは黙るしかない。

チラチラと私に視線を送っているのは、何とかするようにと訴えているのだろう。


「レオン、せっかく来ていただいたのだから、いきなり追い返すのは……」

「リリィは優しいね」


頭を下げている殿下がたを冷ややかに見下ろすレオン。

殿下との間に割り込んでレオンの手を取れば、途端にレオンはうっとりと目を細めてふわりと笑った。

本当に、レオンは私と私以外の前では態度が違いすぎて、時々まったくの別人が乗り移っているのではないかと聞きたくなるくらいだ。


「だがリリィへの仕打ちを許すことは出来ないな」

「仕打ちって、ただお話しただけじゃない」


レオンはいまだに怒っているようだが、別に殿下は私に対して直接何かをしてきたわけではない。

もちろんお前なんか認めないぞと言わんばかりにチクチクとした嫌味のようなものを交えてはいたけれど、ただ、話をしていただけだ。

マリエール様の件だって、レオンに対する不敬と言われれば何も出来ないけれど、格下である私に対してマリエール様は特別詰め寄られるようなことをしたわけではない。

もし社交デビューのあとであれば私ではなく周りが許さなかったかもしれないけれど、マリエール様も私も、まだ社交デビューしていないのだから。

もしあの光景を赤の他人に見られたところで、マリエール様が──侯爵家が、子ども同士の戯れだと言い切れば、それは事実になる。


「せっかく三日もかけて来てくださったのだから、お茶くらいは出すべきなのではないの?」

「……リリィが、そういうなら」


王都からハインヒューズ家までは、馬車で三日ほど。

しかし休み休み進めばさらに時間はかかるだろうし、そもそも王家の方がわざわざこのような辺境の地にお越しになること自体が稀だ。

レオンと殿下がたが昔お会いしていたのは、王都にあるハインヒューズ本邸だし、本邸は王宮から数分ほどの距離にある。

それに元王女殿下が住まわれており、元黒騎士団団長のご住まいなのだから、警備体制は万全だったのだろう。

だからこそ、殿下がたは気兼ねなくハインヒューズ家でレオンに会っていたはずだ。


お茶が届く頃には殿下がたは頭を上げており、居心地が悪そうに目線を泳がせている。

テーブルを挟んだふかふかの数人がけの椅子に向かい合って座っているが、相変わらず、レオンは私にぴったりと寄り添っていた。

殿下がたのことをいないものとして扱っているのか、レオンは私のことしか見ていない。


「せっかくのお茶が台無しにされたからね。さっきとは違う茶葉にさせたんだ、美味しいかい?」


そのわりにはチクリと嫌味を口にすることも忘れていないようだ。

ニコニコと笑うレオン。

ひと口飲んだお茶はさっきまでとは違う味がして、やはり別の茶葉を使っていたらしい。


「ええ、とても。この味なら、ジャムを混ぜても美味しいと思うわ」

「ジャムか、それは考えなかったな……。うん、次の時は用意させるよ。今回は砂糖で我慢しておくれ」

「お砂糖でも充分美味しいわ、ありがとうレオン」


申し訳なさそうに私の目元に唇を寄せるレオンに、思わず目を瞑ってしまう。

数十年前よりは安価になったらしいとはいえ、お砂糖だって気軽に使えるほど安いものではない。

それなのにお砂糖で我慢、だなんて。

やっぱり公爵家というだけあって、レオンのお金に対する感覚は私と随分違う。


「殿下も、ぜひお飲みください。冷めてしまうとせっかくのお茶が台無しですから」

「あ、ああ。いただこう」


戸惑いつつも、殿下がたが紅茶に口をつける。

若干カップを持つ手が震えているのは、レオンにここまで嫌われたとショックを受けているのだろうか。

殿下がた、レオンのこと大好きだって全身で表現してたし……。


「それを飲んだらさっさとお引き取り下さいね。リリィとの時間を邪魔して、本当に許し難い」

「れ、レオぉ……」


震える声で抗議するかのようにレオンを呼ぶのは、アランディア殿下だった。

ジークベルト殿下は引きつったような笑みを浮かべ、レオンのことを見据えた。

……いや違う、殿下の視線は、レオンではなく。私に向いている、ような?


「リリィに何か」


殿下の視線に気づいたらしいレオンが、私の前に腕を伸ばす。

まるで殿下から庇うかのような……実際そのつもりなのだろうけれど。


「……今日ここに来たのは、リリア嬢に謝罪をと思ってね。先にレイズ家に向かったんだが、リリア嬢がここにいると聞いたから……」

「謝罪、ね」


ふん、と鼻で笑うレオンは、心底殿下のことを疑っているらしい。

それがわかったのだろう、殿下は困ったように眉を寄せた。

というか、先にレイズ家に向かっていたんですね、殿下がた……。

突然の王族の登場に、さぞ我が家はパニックになったことだろう。


「先日は大変失礼なことをしてしまった。どうか、謝罪を受け取ってもらいたい」

「許せ、とはいいません。レオに対しても、許されなくても当然のことをしたのだから」


ジークベルト殿下の言葉に、アランディア殿下が続ける。

うん、そこでレオンに対してというあたり、私への謝罪というのはレオンのご機嫌取りのように思える。

まぁ、兄弟のように思うレオンと、見知らぬ令嬢となれば、レオンを優先するのは当然なんだけど。

所詮、私は伯爵家の人間だ。

殿下に頭を下げられて、許さない、なんて言える立場ではない。

それがわかっているからか、隣に座るレオンから、嫌な気配が、ぶわりと溢れた、気がする。

反射的なのか、護衛騎士たちが剣を抜く。

殿下がたは息を飲み、表情を青ざめさせた。

ピン、と張りつめた空気の中で。

やはり嫌な気配を向けられていない私だけが、普通に動けるのだ。


「レオン。殿下と仲直りするって約束、忘れてないわよね?」

「……約束をした覚えは」

「ふーん……?」


どこか拗ねたようなレオンを、覗き込むように見つめる。

レオンはう、と言葉を漏らし、その嫌な気配を消してくれた。

途端に「はっ、」と止めていたらしい呼吸を再開する吐息が、あちこちから聞こえる。


「……殿下の謝罪を受け入れる条件は、今後リリィに対して失礼なことを言わないことです。あとは……あの失礼な女(マリエール嬢)をなんとかすること」

「っも、もちろんだ!マリエールは社交デビューまでの期間、今までなあなあで済まされていた淑女教育を叩き込まれるだろう」

「今までは俺たちが許していたから、彼女に厳しくする者はいなかった。まあ、親に甘やかされていたのもあるけど……」


なるほど、マリエール様の教育は、殿下が許していたからこそ捗らなかったのか。

確かに例え甘やかされていたとしても、今後淑女教育は絶対に必要なもの。

ただ、殿下が「いい」といえば、その通りにするしかない。

例え白いものでも、殿下が──王家が、黒だといえば、黒になるのだ。


「マリエールのことは、幼い頃から知っているから。可愛くて、いつも笑顔で、明るくて。だから妹のように思っていたし、マリエールがレオを好いていたことも知っていた」

「可愛い妹と、レオが一緒になってくれれば、きっと素晴らしいと……兄上とよく話していたんだ。その、レオの想い人について、覚えていなかったから……」


だからこそ、間に割り込もうとした私が気に入らなかったということか。

殿下がたは再び深々と頭を下げる。


「マリエールは今後、レオに……リリア嬢に、近づかないよう徹底させる。淑女教育もやり直させる。どうか、謝罪を受け入れてほしい」


今度は殿下の視線はレオンに向けられている。

レオンは冷ややかに殿下を見やっており、素直に頷く気はなさそうだ。


「レオン?」

「…………」

「……そう、レオンは私との約束破るんだ?」

「そんなことはしない!……わかりました、謝罪は受け入れます」


じー、とレオンを見つめれば、慌てた様子でレオンが頷く。

よかった、これでレオンが頷いてくれなければ、もうレオンなんて知らない!をしなければならないところだった。


「レオ……!」

「レオー!」


感極まったようにレオンの名前を呼ぶ殿下たち。

護衛騎士たちは胸をなでおろしており、一気に和やかな空気になった。


「さっさとお引き取り下さい」


だというのに、レオンのその言葉で、再び殿下がたはずーんと沈む。


「さぁ、行こうかリリィ。貴重な時間を無駄にした」


レオン、それを人は、追い討ちをかける、というのだわ。

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