12
美しい花を、のんびり歩きながら眺める。
私は薬草については知っているものも多いが、逆に、一般的な花や植物にはあまり詳しくはなかった。
あの花は何?とレオンに聞けば、レオンはにこりと笑いながら花の名前を教えてくれる。
時々、レオンより先に他の方が答えてくださることもあり、何度かレオンが眉を寄せていたが。
結局、二人でのお庭散策は、いつの間にか大勢でのものとなり、レオンはひどく不機嫌そうだった。
あまり機嫌を悪くすると、いつレオンの暴走スイッチが入ってしまうか分からないため、非常に不安である。
レオンは私の前では穏やかでいてくれるけれど。
レオンが暴走する時もまた、私の前でだけだ。
もしもレオンが暴走して、爆発してしまったら──いくらレオンが公爵家の子息だといっても、次期国王に被害があれば、ただでは済まないだろう。
大罪人を夫にするなんてごめんなので、ぜひ冷静でいて欲しい。
お庭へと歩き出してすぐにレオンの手を握りしめたため、少しは機嫌が良くなったようだが。
「リリア嬢は、薬草に興味があるんだね?随分と珍しい趣味だ」
ジークベルト殿下の言葉に、レオンがぴくりと指先を動かす。
どこか刺があるようにも聞こえる言葉に、反応してしまったのだろうか。
それくらいで私は何も思わないからぜひやめて欲しい。
「我がレイズ領は薬草栽培が盛んに行われており、わたくしも幼い頃から薬草栽培に関わっておりました。レイズ領での栽培法しか知らないため、王都でどのように育てているのかは非常に興味をそそられています」
「ふぅん」
どうでも良さそうな返事に、レオンが眉をつり上げたのがわかる。
このままでは殿下に突っかかっていきそうだ。
「ねぇレオン、あのお花はなんて言うの?」
「あれかい?あれはね……」
レオンの服の袖を引いてから尋ねれば、レオンはにこりと笑い答えてくれる。
基本的に喋るのは、殿下と、私と、レオン。
特に殿下の興味なさげな問いかけに答え、宥めるためにレオンに話しかける私の口数が一番多いだろう。
正直疲れてきた。
「そうだレオ。このお茶会にはマリエールも参加しているんだが、話はしたかい?マリエールもこの日を楽しみにしていたんだよ。──なんといっても、かつてはキミの婚約者候補筆頭だったんだから」
マリエール。
そのご令嬢の名前は、聞いたことがあった。
侯爵家のご令嬢で──私との婚約前、レオンと婚約者になるのではと噂されていたご令嬢のひとりだ。
婚約者候補の筆頭で、今日会うのを楽しみにしていたということは、マリエール様は、レオンのことを憎からず想っているのかもしれない。
わざわざこの話題を私の前でするということは、殿下も、私とレオンの婚約を快く思っていないのだろう。
当然だ、だってレオンは未来ある公爵家の三男で、公爵にはなれないだろうけれど、その容姿からも引く手あまただっただろうし。
その婚約者がパッとしない、しかも、辺境の伯爵家の娘というのは、レオンと兄弟のような関係である殿下が気に入らないのも理解出来る。
まぁ、レオンの実のご家族は私との婚約に大賛成でいてくださったわけだが。
「……婚約者候補だのというのは、周囲が勝手に決めつけていたことでしょう。私は昔からリリィ以外と生涯を歩むつもりはない」
「昔って、レオとリリア嬢が婚約したのは去年のことだろう?」
怪訝そうに眉を寄せる殿下。
確かに、今のレオンの言葉通りに受け止めると、レオンは婚約前から私のことを好いていたように思える。
思わずレオンを見上げると、レオンはふっと口元を緩め、私の頬をするりと撫でた。
「私はね、リリィ。初めて会った時から──6年前のあの日から。ずっとリリィだけを愛していたんだよ」
殿下の問いなのに、レオンは殿下ではなく、私に聞かせるように話してくれた。
6年前……というと、5歳くらいの時だろうか?
記憶になくて眉を寄せると、レオンはふふっと笑い声を漏らし、まるで私を慰めるかのように、髪を優しくすいてくれた。
レオンの瞳が、優しく、蕩けたような甘さを孕んで、細められる。
「リリィが知らなくても仕方がないさ。私が一方的にリリィに見惚れていただけだから」
ということは、やはり、その時私とレオンが言葉を交わしたわけではないのか。
まぁ、いくら5歳だといっても、レオン程の容姿だ。
幼い頃からさぞかし整っていただろうし、会話をしていたらいくら何でも覚えているだろう。
でも、そういえば、レオンが私を婚約者に選んでくれた理由……初めて聞いた気がする。
続きを、話してくれるだろうか。
思わず、ドキドキと胸が高鳴る。
ジークベルト殿下もアランディア殿下も眉をひそめているし、侯爵家のご子息も、宰相様のご子息も、黒騎士団団長のご子息も、白騎士団団長のご子息も、皆似たような表情だ。
「──ジーク!アラン!」
レオンが薄く口を開いた、次の瞬間。
聞こえたのは、聞き慣れない女性の声だった。
突然のことに、反射的にびくりと肩が飛び跳ねたのがわかる。
レオンは先程までの優しい目付きをどこへやったのか、私の腰を抱き寄せ、むっつりと口を閉じている。
「こら、マリエール。他に人がいるのだから、その呼び名は控えるようにと言っただろう?」
「そうだぞ、マリエール。醜聞とされるのはマリエールの方なのだからな」
駆け寄ってきたのは、桃色の髪と、桃色の瞳を持つ、可愛らしいご令嬢だった。
どうやら、この方がマリエール様らしい。
殿下はたしなめるように声をかけるものの、その表情は随分と柔らかい。
心なしか、言葉も少し柔らかいような……?
「ごめんなさぁい。……あっ、レオ、そこにいるのはレオね!?久しぶり!会いたかったわ!」
笑いながら謝罪を口にするマリエール様。
すぐに目を見開き、レオンに気づいたのだろう、嬉しそうに声を上げた。
ええと、マリエール様のご生家は侯爵家で、レオンは一応公爵家のご子息なのだから、普通は不敬にあたるのだけれど。
もちろん私のように婚約者であったり、イトコだったりした場合は話が別になってくるけれど。
「わたし……レオに会えるの、すごく楽しみにしてたのよ!レオと、結婚出来ると思ってたのに!」
レオンを見つけるということは、レオンに抱き寄せられている私を見つけるということ。
私を見やった瞬間に悲しそうに眉を寄せ、大きな瞳にたっぷりと涙を浮かべて。
まるで私を責めるかの言い方に、居心地が悪くなる。
マリエール様だけでなく、殿下たちや、他の殿方の視線が突き刺ささっているかのような気分だ。
でも。
レオと結婚出来ると思っていた、という言葉に。
もっと、ショックを受けると、思っていたのに。
予想していた以上に、何も思わない、ような……?
「私のリリィを、侮辱するつもりか?──殺すぞ貴様」
たぶん、レオンが私のことを愛してくれていると、信じられるからなのだろう。
むしろレオンからの愛を疑うことの方が怖い。
マリエール様たちは、すっかり黙り込んでいた。
レオンから殺すぞと言われたことよりも、レオンから溢れる嫌な気配にあてられたのだろう。
相変わらず私に向けられたことのないソレに、マリエール様が、ついにどさりと尻もちをついた。
って、よくみたら、マリエール様たちの首元に尖った氷の先端があてがわれてる!?