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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
11/75

11




使用人に案内され、向かった先には、広いお庭があった。

色とりどりの花々が咲き誇る庭は美しく、花の匂いが漂っている。

けれど不快になるほど強い匂いではなく、心地よいものだった。

レオンが赤いドレスを選んだのは、庭の美しい花に負けないようにという意味があったのかもしれない。

庭の一角に、テーブルと椅子が並べられている。

テーブルには数え切れないほどのお菓子が並んでおり、既に何人かは席についているようだった。


お茶会や社交界では、席につくのは、爵位の低いものからである。

今回の場合は、本来であれば伯爵家である私はもっと早くに席についているべきだったが、私は“公爵家三男の婚約者”として招待されているので、公爵家と同等の時間で指定されたのだ。

レオンのことはハインヒューズ公爵家の息子として、デビューしていないにもかかわらず、多くの貴族に知られている。

レオンの登場で、にわかに参加者が色めき立つ。

既に何人か着席しているご令嬢たちが、ほんのりと頬を赤らめ、ひそひそと言葉を交わしていた。

それと同時に、私に対しても視線を感じる。

レオンは僅かに眉を寄せると、わざとらしく私の腰に腕を回して口を耳元に寄せてきた。


「不快に感じたらすぐに言うんだよ?……私がすぐに解決してあげるからね」

「大丈夫だから落ち着いてちょうだいね」


ちょっとしたことでレオンが爆発すれば、このお茶会は凄惨なものへと早変わりするのだろう。

既にレオンは若干不快そうなので、もし私が苛立ちを感じたらすぐに実行に移しそうだ。

私の指名は、マナーや作法……というよりも、平常心を保ってレオンを抑えることの方かもしれない。

レオンは小さく「リリィが言うなら……」と頷き、席へとエスコートしてくれた。


「レオン、ありがとう」

「どういたしまして」


席もわざわざイスを引いてくれ、手を差し伸べたまま座らせてくれる。

本来ならば婚約者とはいえ、レオンは公爵家の子息。

わざわざここまで丁寧にエスコートする必要はないだろう。

それでもエスコートしてくれるというのは、レオンなりの牽制なのかもしれない。


このお茶会に招待されているのは、伯爵以上の10代前半の子息令嬢たちだ。

特に令嬢の参加率は高く、皆、思い思いに着飾っている。

レオンは笑いながら、このお茶会の本当の目的を教えてくれた。

貴族間での親交を深めるため、という建前の、王子殿下の正式な婚約者を選出するためのものらしい。

このアーデルハイド王国には、二人の王子殿下がいらっしゃる。

第一王子のジークベルト殿下と、第二王子のアランディア殿下。

現国王陛下と王妃殿下との間に生まれた正統継承者で、ゆくゆくは第一王子たるジークベルト殿下が国を治めることになるのだろう。

レオンとは従兄弟関係にあたり、ジークベルト殿下は私たちのひとつ上。

アランディア殿下は同い年で、幼い頃はハインヒューズ家で過ごされる時間も長かったらしい。

特に歳の近いレオンとは兄弟のような関係らしく、レオンはジークベルト殿下とアランディア殿下を、親しげにジーク、アラン、と呼んでいる。

レオンがいうには、ジークベルト殿下とアランディア殿下には、婚約者候補は何人もいるものの、婚約関係が確定しているわけではないそうだ。

だからこそ、このお茶会に参加している婚約者候補のご令嬢がたの中から、婚約者を選ぶことになっているのだ。

つまり、婚約者候補であるご令嬢がたは、婚約者候補であるがゆえに、婚約者がいない。

このお茶会で殿下方に見初められなければ、イチから婚約者を探さねばならないのだ。

けれどこのお茶会のいいところといえば、参加される殿方は、殿下方だけではないということ。

宰相様のご子息。

侯爵家のご子息。

現黒騎士団団長のご子息。

現白騎士団団長のご子息。

そして公爵家の子息であるレオン。

……まぁレオンは私という婚約者がいるけれど。

実はこのお茶会、婚約者ありきで参加しているのは、私とレオンだけらしい。

レオンも、私との婚約話がなければ、このお茶会の場で、婚約者が決まっていたのだろう。


「──ジークベルト殿下、ならびにアランディア殿下がおつきになられました」


席に座ってからも、レオンは私の手をずっと握っている。

殿下方がおつきになられたとの言葉に、その場にいた全員が席からたちあがり、頭を下げた。




そして始まったお茶会。

終始和やかでいたのは、私とレオンだけである。

理由は単純。

ご令嬢がたの殿方へのアピールが凄まじかったからだ。

私はこんなことが出来るんですよ、私はこんなことが得意です、私は……、という自慢大会。

殿方たちはニコニコと笑顔を浮かべて相槌を打ったり、我関せずといった様子で紅茶を飲んでいたり。

レオンはひたすら私としか会話していないため、チラチラと視線を送っていたご令嬢方は諦めたようだったが。


「リリィ、せっかくなら庭を見ていくかい?」

「え、いいの?」


レオンの言葉に、つい庭に目を向ける。

レイズ領は薬草栽培が盛んなため、私も幼い頃から植物に触れているため、美しい庭には興味があった。


「大丈夫。私は何度もここに来ているし、ある程度は王宮内を自由に散策する権利があるんだよ」


確かにレオンはお義母様の息子だし、殿下のイトコだし、王家の血が流れている。

レオンの言う通り、王宮をある程度自由に移動出来るのだろう。

他のご令嬢がたは殿下やご子息がたにアピールするのに必死だし、ご子息がたはご令嬢をかわすのに必死。

私とレオンの動きになんて、いちいち気にしていないだろう。

にこりと微笑むレオンに手を差し伸べられ、私は大して迷うことなくその手を取った。

もし咎められても、レオンの立場からすれば切り抜けるのはそれほど難しくはないだろう。

私も一応レオンの婚約者という盾があるから、大きな罰にはならないはずだ。たぶん。


「リリィならばこの庭は興味深いと思うよ。薬草の生えているエリアもあるんだ。レイズ領と比較するのも面白いと思うよ」

「まぁ、楽しみだわ。それにしても、レオンは本当に王宮に詳しいのね」

「ジークやアランに連れられて、王宮散策はよくしていたからね。まぁ、何年か前の話だが」


私と婚約してから、レオンはずっとハインヒューズ別邸で生活している。

時々どうしても外せない用事があるからと本邸に戻っていたこともあったが、基本は別邸で、良く手紙のやりとりもしていたし。

転移魔法が使えるようになってからは、ますます私のそばから離れなくなった。

イトコであるジークベルト殿下やアランディア殿下にお会いしたのは、私との婚約前なのだろう。


「殿下とお話しなくていいの?」

「時々手紙はやり取りしている。せっかく美しいリリィと二人になれるんだ、もっと私にリリィを堪能させて……」


うっとりとした様子で目を細め、レオンの白い指が私の頬を撫でる。

なるほど、庭に行こうという提案は、レオンの為でもあるようだ。

ドレスを選んでいた時も、ブツブツと「リリィをさらに美しく出来るのは幸せだが、誰にも見せたくないな……」なんて言っていたし。

そういえば今朝ドレスに着替える前も「こんなに愛しいリリィを、私以外の目に見せなければならないなんて……」と不満そうだった気もする。


「レオ、どこへ行くんだい?」


さぁ行こう、とレオンが一歩、足を踏み出した瞬間。

賑やかな令嬢たちの……言ってしまえば甲高くはしたない声をかき消すように、凛とした、殿方の声が響いた。

レオ、というのは、レオンの愛称のことだろう。

レオンはその声を聞き、ちっ、と舌を打った。


「私の愛しい婚約者に、庭を案内しようと思いまして。彼女はレイズ家のご令嬢ですし、王宮の薬草にも興味があるようですので」

「久しぶりに会うというのに、随分他人行儀じゃないか。昔のように気安く話してくれた方が俺は嬉しいんだが……」


わざと壁を作っているかのように、レオンの言葉は淡々としている。

それは殿下と臣下としては相応しいものではあるが、イトコとしてはよそよそしい。

殿下が言いたいのは、そういうことなのだろう。


「でも、庭を案内するのはいい提案だ。せっかくだし、俺も案内するよ」

「……は?」

「アランも来るだろう?久しぶりにレオに会えると、昨日から楽しみにしていたじゃないか」

「そうですね、ぜひ。久しぶりだね、レオ。レオの活躍は色々と聞いているよ」


ジークベルト殿下の言葉に、アランディア殿下が答える。

レオンは頬を引きつらせており、にこにこと会話する殿下がたの話を聞いていると、どうやら殿下がたも庭の散策にいらっしゃるらしい。


「ついでにお前達もくるかい?」

「ええ、ぜひ」


ジークベルト殿下のお誘いに、ほかの殿方も立ち上がる。

それならば……と立ち上がった令嬢たちは、殿下に「これ以上の人数で動くには向かないから遠慮して欲しいな」と断られていたが。

……ええ、つまり、今から私とレオンと、殿方たちと、お庭散策ってこと、なのかな?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 指名は使命だと思います。 また前話で、上級貴族の中で既に婚約者がいる方は婚約者と共に参加されるとありましたが、婚約者ありきは主人公たちのみなんですね……。
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