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ふわりと広がる、プリンセスラインのシルエット。
ふんだんにレースとフリルが使われた可愛らしいデザインは、しかしバランスの良さで、子どもっぽくは見えない。
生地は、今まで着たことがないくらいに上質なもの。
急きょ仕立てられたにも関わらず、そのドレスは美しいと表現するのが正しい気がした。
「よく似合っているよ、リリィ。とてもきれいだ」
「あ、ありがとう……」
「随分悩んだが、このドレスにして正解だったね」
今回ドレスを新しく仕立てるについて、一番張り切っていたのはお義母様とレオンだった。
どのドレスが私に一番似合うか、という話で、かなりの間揉めていたらしい。
結局レオンの選んだデザインを仕立てることになり、レオンはどこか誇らしげだった。
……普通、ドレスというのは女が選ぶものだ。
男性は着飾ったあとの女性に興味はあるが、着飾る道具そのもの──ドレスやアクセサリーなど──に興味を持たないことがほとんどだから。
しかしレオンにはそれが当てはまらないらしく、婚約してからドレスを仕立てるのは初めてだが、今まで何度も贈ってくれたドレスも、レオンがデザインを決めていたらしかった。
アクセサリーはお義母様が選んでくれたらしく、レオンはそれが気に入らなかったようだが。
アクセサリー自体が気に入らない、というよりも、私の身につけるものを、レオンが選べなかったということ自体が気に入らないそうだ。
本当は私が選びたかったのに……という文句は、ドレスが仕立て上がるまでに何度も聞かされた。
「ありがとう……。でも、本当に、私も参加しなければならないの?」
「リリィは私の婚約者だろう?その紹介も兼ねているんだよ。パーティーに参加出来なかった者も多かったしね」
私とレオンは、婚約直後にハインヒューズ家にてお披露目パーティーを行っている。
しかし今回の参加者は、そのパーティーに参加していない方も多かったらしい。
改めてレオンの婚約者が私であると、紹介する上でも私の参加は必須のようだ。
でも、まさか、こんなことになるなんて、思いもよらなかったけれど。
「でも……王家主催の、お茶会に参加するなんて!」
今回ドレスを仕立てることになったのは、私がレオンとともに、王家主催のお茶会に参加することになったからだ。
招待されているのは、侯爵家や公爵家の、上級貴族の方たちのみ。
私は公爵家の三男──元王女殿下の息子の婚約者として、招待されたらしい。
聞けば、上級貴族の方の中で既に婚約者がいらっしゃる方は、婚約者とともに参加されるそうだ。
「不安かい?」
「……とても」
何か粗相をしでかすのではないか。
レオンの婚約者として認められないのではないか。
考えれば考えるほど不安に襲われ、むしろ、平然としているレオンの方がおかしい気がしてきた。
「大丈夫だよ、私も参加するんだし……。リリィは、母上の淑女教育を受けているのだから。王家直伝の教育だ、失敗することは無いさ」
「お義母様に教えていただいているから、不安なのよ。もし何か失敗して、お義母様のご尊顔に傷をつけるかと思うと……!」
私だけが恥をかくなら、それは仕方の無いことだ。
けれど私が失敗した場合、恥をかくのは私ではなく、婚約者のレオンと、私を教育してくださったお義母様。
「母上にはお墨付きをいただいたのだろう?ならば、リリィに必要なのは自信だと思うよ」
確かに、お義母様には「これ以上教えることはないわ」と仰っていただいた。
だからお義母様は、教育が終わり、数日ほどしてから、別邸から本邸へと戻られている。
今ハインヒューズ別邸に住んでいるのは、レオンと、一部の使用人たちだけだ。
「大丈夫。私はリリィを婚約者に出来て、とても幸せだ。もし愛しいリリィを傷つけるものがいれば、私が排除してあげるから。……例え、それが、誰であっても」
心強いはずなのに、にっこり笑うレオンに、背筋が凍った。
口元は笑っているのに、目が笑っていない。
きっとレオンの言葉は、本気だ。
ますます失敗するわけにはいかなくなって、胃のあたりがキリキリと傷んだような気がした。
「さて、本当は二人っきりでリリィを愛でたいが、さすがに王家からの招待を無視するわけにはいかないからね。そろそろ、王宮へ向かおうか」
「……ええ。お願いね、レオン」
微笑みながら手を差し出すレオンに、素直に手を重ねる。
このハインヒューズ別邸から王宮までは、馬車で数日。
本当なら何日も前から馬車に揺られていなければならないのだが、レオンには転移魔法があるため、本当にギリギリまで屋敷にいるのだ。
招待された時間には、早すぎても遅すぎても失礼にあたる。
しかし時間ぴったりに訪れるというのは少し難しく、多くの貴族が頭を悩ませる問題だろう。
しかしレオンの魔法ならば一瞬のため、指定時間直前に魔法を発動すれば、ちょうど良い時間になるというわけだ。
……転移魔法を使う時、レオンはいつも私に触れたがる。
手を重ねるだけならまだしも、普段は腰を抱き寄せられるので、最初はそれが発動条件だと思っていた。
複数人で転移する時は、レオンの体に触れているのが条件なのだと。
実際はレオンに触れずとも、レオンが認識できる位置にいれば、転移魔法は発動出来るそうだ。
単純に手を重ねたり抱き寄せたりするのは、私に触れたいからなのだと、あっさり教えてくれた。
今回も同じ理由だろうが、笑顔で手を差し出され、断ることなど出来なかった。
手が重なった直後、足元にすっかり見慣れてしまった魔法陣が現れ、光り輝く。
瞬きをした次の瞬間には、そこは見慣れたハインヒューズ別邸の部屋ではなくなっていた。
「っな!?」
突然目の前に現れたからか、門番らしき騎士が目を見開き、剣を引き抜いた。
その瞬間レオンは不機嫌そうに眉をひそめ、ぎろりと門番を睨みつける。
「──私とリリィに、貴様ごときが剣を向けることが許されるとでも思っているのか?」
ぶわりと、レオンから嫌な気配が溢れる。
といってもレオンはその嫌な気配を私には決して向けないため、なんとなくそう感じる、くらいの淡いものなのだが。
直接向けられている門番はガクガクと膝を震わせ、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
「も、もうしわけ、ありませ……!」
声は震えており、とっくに剣は下げられている。
それでも嫌な気配を消さないレオンに、門番の顔色はどんどん悪くなっていく。
いっそこのまま気絶してしまいそうで、慌ててレオンの服の袖を引っ張った。
「レオン!そこまでにして」
「……リリィが言うなら仕方ないね。剣を向ける相手を許すなんて、私のリリィは心が広いな」
「たぶんレオンの心が狭すぎるだけだと思うわ」
私の言葉に、レオンはすぐに嫌な気配を消してくれた。
直接向けられていなくても、レオンの嫌な気配は肌を刺すようにピリピリとするのだ。
正直助かった。
「申し訳ありません。この度、お茶会へのご招待を頂戴しましたので、ご確認をお願い致します」
王家からの正式な招待には、招待状に王家の紋章が描かれている。
この紋章は王家の方のみが使用できる特別なもので、王家より降嫁されたお義母様にも、もう使用出来ないものだ。
王家の名を語ることも禁じられているため、紋章がある限り間違いなく王家からのものであると証明している。
詳しくはわからないが、レオンがいうには、紋章そのものに魔法がかけられており、王家の血に反応して使用できるらしい。
だからより正確にいえば、王家の血を引くお義母様や、レオンや、お義兄様たちは、この紋章を使うことは出来るのだ。
もちろん王家の名を語ったとして処罰の対象になるが。
ガクガクと震える門番に、レオンの手から抜き取った招待状を見せる。
放心状態の門番は、しばらく呆然とした後、慌てて立ち上がり、敬礼した。
「も、もも、申し訳、ありませんでした……!」
「お気になさらず。レオンも、私は気にしてないのだから怒らないでちょうだい」
「……リリィに剣を向けるなど、処罰しても問題ないのに」
レオンはいまだに納得していないのか、小さく文句を言っている。
あまりにしつこいのでレオンの脇を軽く小突くと、「くっ、リリィが可愛い……!」と口元を抑えたので、たぶん機嫌は直ったと思う。
機嫌が悪くなれば、王宮を壊す前に何とかしてくれ……とお義母様やお義父様にも頼まれていたことを思い出し、小さく溜息をついた。
お願いだから皆さん。
レオンの地雷を踏まないでくださいませね……。