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私の愛しい婚約者  作者: 華月
本編
1/75

01



私、リリア・レイズは伯爵家の長女である。

レイズ領は肥えた土地と、年中温暖な気候のため、植物栽培を盛んに行っていた。

特に力を入れているのは、たまたま条件が一致したのか育ち易い薬草栽培。

薬草は国で流通している回復薬(ポーション)の原料であり、一部の地域でしか育たないとされている。

レイズ領の土の状態と気温や湿度、天候などの条件が奇跡的な確率で一致しているため、初代レイズ子爵は薬草栽培を行うためにとこの土地を王家より下賜されたらしい。

そして薬草栽培の成果が認められ、レイズ家は子爵から伯爵へとなったのである。

国にレイズ産の薬草が認められたとあって、領民たちは日々薬草栽培に奮闘している。

薬草栽培の条件についても、領民たちの研究の賜物だ。

現在は少しでも上質な薬草を育てられるようにと、今まで通りの薬草栽培の傍らで研究も行っていた。

しかし、薬草栽培にはいい事ばかりがあるわけではない。

薬草というのは人間だけではなく、魔物にも効くことが、はるか昔より判明している。

特に上質なレイズ産の薬草を狙うのは人間だけではなく、魔物も同じだということだ。

レイズ領で、ある程度の年齢になった領民たちは、二択を迫られる。

薬草栽培に専念するか、魔物退治に専念するか。

まだ若いうちや女性、老人たちは薬草栽培に振り分けられる。

しかし少しでも体格や運動能力が良ければ、すぐに魔物退治に振り分けられる。

薬草を狙うのは満身創痍の魔物たちが多いため脅威というわけではないが、時に恐ろしい魔物が襲撃してくることだってあった。

そのたびに領民たちが傷つき、土地は痩せる。

退治できる魔物が現れた時は戦うが、時に退治できない魔物が現れれば、領民たちのために、手を出さない様にと命じなければならないのは実に歯がゆい。

それでも、薬草が奪われ、領民に害がないのなら……それも、仕方がないと。

時間をかけ、また、最初から薬草を育てるしかないのだと。

長年の経験で、誰もがそう思っていた。


そんな状況に待ったをかけたのが、驚くべきことに私の婚約者のご家族であった。


私だって貴族の娘だ。

いつかは、家のために、どこかの貴族に嫁ぐ必要があった。

レイズ家は長男である弟が継ぐことになっているので、心配はいらないだろう。

アーデルハイド王国では貴族は10歳頃に婚約を結び、15歳頃に社交デビューし、18歳頃に結婚することが多い。

その8年前後で愛情を育むか、はたまた上部だけの関係となるのか、それは本人達次第である。

例によって私も10歳で婚約した。

しかし相手は私も、家族ですら予想もしなかった、あのハインヒューズ公爵家のご子息だったのだ。

ハインヒューズ家を知らない貴族は、この国にはいない。

なぜなら公爵夫人が、現国王陛下の実の妹ぎみ、つまり、元王女殿下なのだから。

公爵夫妻は、貴族には珍しい恋愛結婚だったそうだ。

大恋愛の末にご結婚なされ、その後、三人の子宝に恵まれた。

私の婚約者となった彼──レオンハルト・ハインヒューズ様は、公爵家の三男であった。

アーデルハイド王国は、家督は基本的に長男が継ぐことになっている。

もちろん例外はあり、長男が病弱だったり爵位を継ぐに値しないと判断されれば次男になるし、女性が家督を継ぐことだって、少ないけれど前例はある。

しかしハインヒューズ家のご子息方は三人とも優秀らしく、家督を継ぐのは長男でまず間違いないだろうとされていた。

次男は他国のご令嬢と婚約しており、いずれは婿入りすることになっているらしい。

三男であるレオンハルト様はといえば、家督も継げず、さりとて他国に縁があるわけでもなく。

そのうち、国内のご令嬢と婚約なさるだろうとまことしやかに囁かれていたものだ。

金の御髪とアイスブルーの瞳を持つ美少年としても有名で、そのお相手は誰なのかと憶測の噂がたったこともある。

噂では侯爵家のご令嬢なのでは、とか、いやいや伯爵家のご令嬢なのでは、とか。

婚約者候補のご令嬢方のお名前を聞いたこともあったし、もちろんその中に私の名前はなかった。

なぜって、レイズ家は確かに薬草栽培の関係上王家の覚えもよかったが、所詮は地方の伯爵家。

王都に本宅を構え、国内あちこちに領地を持たれるハインヒューズ家とは、なんの関わりもなかったのだから当然だ。

だからこそ──なぜ、私が、彼の婚約者となったのか、まったくわからなかった。

ハインヒューズ家で大々的にお披露目パーティーも催していただけたが、ご令嬢たちの「あんた誰よ」という視線はものすごく痛かった。

ハインヒューズ家の皆様はとてもお優しく、こんなどこの馬の骨ともしれない女にも友好的に接してくださったので、別の意味で泣きそうになったけど。

それに、レオンハルト様だって、とてもお優しい人だ。

ご自宅とレイズ家まではかなり距離があるのに、月に数度、会いに来ましたと笑顔でいらっしゃる。

その際に必ずと言っていいほど何か手土産をご持参になり、花束が本に、本がティーカップに、ティーカップがドレスに、ドレスが宝石になった時には諦めてしまった。

何度「こんな高価なものいただけません」と言っても、「受け取っていただけないのなら破棄しますね」と言われては、受け取るしかないだろう。

大粒の美しい宝石を破棄しますねと言われた時点で、この人に何を言っても無駄なんだろうなぁとやっと理解した。


そして、あの日。

薬草栽培の様子を見学したいと言われたレオンハルト様を案内している時に、やつが来たのだ。

それは、ここ数十年一度も現れていなかった──過去、最も被害者が出たとされる、大型の魔物であった。

当然、領民たちに逃げるよう指示した。

少しでも、被害を減らさなければと思った。

そして、剣を構えたレオンハルト様に、鋭い爪を持つ、魔物の太く大きな腕が振り上げられ。

反射的にレオンハルト様を突き飛ばした瞬間、背中に、強い衝撃が襲って。

目を見開くレオンハルト様を最後に、その後の記憶はしばらくない。


後に聞いたところによると、魔物は護衛騎士の方々が退治して下さったらしく、領民にもレオンハルト様にも護衛騎士の方々にも、被害はなかったようだ。

本来ならば致命傷であった傷も、すり潰せば傷薬にもなる薬草畑が近くにあり、また、治癒魔法の使える護衛騎士の方がいらっしゃったおかげで、すぐに塞ぐことができたらしい。

しかしどれだけ腕の良い治癒師でも、この背中の、皮膚が引きつった痕を消すことは出来ないと言われてしまった。

その時のレオンハルト様の、絶望したような表情は、たぶん忘れることは出来ないだろう。

私以上に、私の家族と、レオンハルト様と、ハインヒューズ家の皆様が悲しんでくれて。

治癒魔法と回復薬のおかげで痛みも感じない私だけが、ぽつんと置いてけぼりを食らった気分だった。

しかしその事件をきっかけに、お義父様とお義母様──ぜひそう呼んで欲しい、と仰っていただけた──が陛下に掛け合って下さり、レイズ領には素人の自警団ではなく、国の騎士団が派遣されることになった。

元々、レイズ領は薬草栽培の地として重要であったため、騎士団を派遣してはどうかという話はあったらしい。

しかし今まで領民たちが対処していたからと、後回しにされていたそうだ。

そこに訪れたこの件で、特にお義母様の「うちの大事な息子と未来の娘が危険な目に遭ったというのに!」というお言葉で決定したのだとか。

もう王女殿下ではないものの、お義母様の発言力は当然強いのだ、陛下は妹ぎみであるお義母様をたいそう溺愛していたそうで、それも理由の一つだろう。


だから、私としては、この背中の傷一つで領民たちの未来のためになったのだから、悪くはないと思っている。

しかしレオンハルト様はそれをよしとはせず。

元々、剣豪と謳われたお義父様に剣術を学んでいたのだが、この件以降、もっと力をと求めるようになったのだ。


──もっと私に力があれば。

──あなたを傷つけずに、すんだのに。

──自分の弱さが、憎い。


そう、ご自身を責られるレオンハルト様は、見ていられるものではなかった。

だから私は、出来る限りこの方のそばにいようと決めた。

私が怪我をしたことで、この方はご自身を責められているのだからと。

手を血まみれにしてまで剣を握るようになった彼の、この姿は、私がそうさせたのだからと。

……この時の私は知らなかったのだ。

レオンハルト様が、この時既に私を愛してくださっていて。

自分の妻を守れなかったのだと、ご自分を責めていたことなど。

そして剣を教えるお義父様もまた、その気持ちを強く理解され、通常よりもかなり厳しい訓練をしていたことも。


これが、彼が強さを求めた理由である。

でも、やっぱり、彼もお義父様も、その、やりすぎだったのでは?

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