表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コミケ文学シリーズ

企業ブースへの道~ENTER THE Otakon~

 じりじりと照り付ける、灼熱の太陽であった。

 じっと立つ、我の額から、あたかも滝のように汗が流れ出でる。

 このまま、我の乏しくなりつつある毛髪までも流れてしまわぬかと、不安が心を鷲掴みにする。


「いかん、いかんぞ。そうやってストレスを溜めていると、また毛が抜けるのだ……。ポージティーブ・シンキーン……」


 ぶつぶつ呟く我を、周囲の者たちは気にも留めない。

 ある者は肉襦袢を着込んで、長さ数メートルほどのウィッグを被り、この暑さの中佇む。とある有名な連載マンガで、休載から復活するたびに新人のマンガを一つ終わらせる作品の、成長した主人公の姿であろう。

 あるいは、前期にて大好評のうちに終了したアニメ、世紀末黙示録少女ヨハネちゃん第二期のTシャツを、滲む汗によって変色させ、その野豚の如き巨躯をふうふうと震わせる者。かの間延びしたアニメTシャツを見るにつけ、我は世の無情を思うのである。


「おお……」


 我は流れ出る汗を、首にかけたタオルで拭った。

 母者がこの日のために持たせてくれた、濡れタオルであった。

 昨年、水分補給の難に見舞われ、この企業ブース(やくそくのち)に倒れかけた我を思っての事であろう。

 降ろしていたリュックを開ける。

 パンパンになったリュックからは、ほどよく解凍されたスポーツドリンク。

 昨年はこれを凍らせすぎたがために、いざ必要な時、口にすることができなかった。

 乾き死ぬ、とはこういう事かと、我に走馬灯を見せた事件である。

 それ以来、我はペットボトルの解凍に心を割くようになった。

 キャップへ手を掛けると、未開封のそれを捻り、快音と共に開ける。

 まろび出る微かな柑橘類の芳香は、まさに甘露であった。

 ゆっくりとボトルを傾けると、我が渇きを潤すドリンクが口腔へと流れ込んできた。程よい酸味と塩気。そして人口甘味料ではけっして生み出すことが出来ぬ砂糖の甘さ。


「おっふ、堪りませんなぁ」


 しっとりと汗に濡れた腕で口元を拭う。

 容赦なく照り付ける日光で、失われた水分が補給された心持ちである。

 我はいける。

 まだ、我は戦える。


「お待たせでござる」


 やって来た者がいる。

 ここは、約束の地へと向かう戦士たちが居並ぶ行列。

 横から入ってくる者が許されようはずが無い。

 だが、我の隣には、かの者が置いていった、鮮やかな色彩で今期話題作となったゲームの女性キャラクターが、あられもない格好をしている紙袋と、それを満たす開幕ダッシュで手に入れた戦利品が収まっていた。

 そう、我と共に来たその者は、場所取りをしていたのである。


「早かったですな」


「ドゥフフ、男子トイレは早いですぞ。だが、女子は大変であるなあと拙者は思うのでござる。まさに壁サークルの如し」


「ほうほう」


「ふくろうかい!」


 迷彩色のバンダナを域に決めた彼は、我の同行者であった。

 彼の的確な突込みが決まり、我と彼、二人でふひゃふひゃと笑う。


「おっ、今年はちゃんと解凍してきたのでござるな。感心感心」


「うむ。我は同じ過ちは繰り返しませんぞ。母者にも心配をかけましたからな」


 他ならぬ、この同行者氏こそ、乾き死ぬところであった昨年の我を救った好漢なのであった。

 我と同行者氏は、同じペットボトルを回し飲みした仲。

 これはもう義兄弟も同然であろう。

 国際展示場にて、我はこうして永らくぶりのリア友を得たのである。

 この身は既にリア充であった。


「なるほど。なるほど、そう言えば拙者も先日、母上を泣かせましてな」


「おおっ、何事ですかな!? もしや親不孝的な……」


「ハハハ、拙者は親孝行者。実はでござるな……拙者、バイトを始めたのでござる」


「な、な、なんとぉーっ」


 激しい衝撃が我の体を襲った。

 正に、雷に打たれたが如く。


「それは大事件ですな! して、どこに……?」


「ヌフフ、密林にござる」


「ををーっ!!」


「お主も確か、働き出したと聞いたのでござるが」


「お、おう、うむ。実は父者の縁でですな、夜の床清掃を……」


「ををーっ!! おめでとうござる……!!」


「ありがとう、そしてありがとう!! 君もおめでとう! すべてにおめでとう!」


「めでたいでござるなぁ」


 我らは互いを寿ぎあい、そしてふひゃふひゃと笑った。

 すると、列に並んでいた男たちも、こちらを見てぱちぱちと拍手するではないか。

 なんと暖かな場所なのであろう。

 物理的には大変暑いが。


「あっ、列が進む」


 声が聞こえた。

 確かに、約束の地へと続く。

 永遠に思える行列にも、やがてゴールがあるのだ。

 我と同行者氏もまた、一歩一歩前進していく。

 この、企業ブースへの道とは、まさに人生そのものではないか。

 不意に、強い風が吹いた。

 ふわり、風に乗る、我から抜け落ちた前髪一本。

 それはどこまでも高く舞い上がり、まるで我らの行先を祝福しているかのように思えた。


「抜け毛も悪いものではないですな……!」


 我の言葉を聞き、同行者氏は一瞬不思議そうな顔をした。

 そしてすぐにサムズアップをしながら笑った。


「ポージティーブ・シンキンー……にござるな」


 いかにも。

昔書いた、炎の階という短編と舞台、登場人物を同じくしていますが、前作を読まずとも大丈夫です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これ笑っていいのかなww割とナチュラルに、ギャグでもなんでもなくやってるひとが実在しそうで怖いんですけど! オタ御用達の謎のいにしえ武者言葉をとことん煮詰め、むしろなんかちょっとかっこよく…
[良い点] はじめまして!『清純ギャグ短編企画』に参加させていただきました、川守いたちと申します!ฅ(●´ω`●)ฅ よろしくおねがいします! オタク(?)の男子二人の会話が淡々としていながらも絶…
2017/11/16 17:31 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ