企業ブースへの道~ENTER THE Otakon~
じりじりと照り付ける、灼熱の太陽であった。
じっと立つ、我の額から、あたかも滝のように汗が流れ出でる。
このまま、我の乏しくなりつつある毛髪までも流れてしまわぬかと、不安が心を鷲掴みにする。
「いかん、いかんぞ。そうやってストレスを溜めていると、また毛が抜けるのだ……。ポージティーブ・シンキーン……」
ぶつぶつ呟く我を、周囲の者たちは気にも留めない。
ある者は肉襦袢を着込んで、長さ数メートルほどのウィッグを被り、この暑さの中佇む。とある有名な連載マンガで、休載から復活するたびに新人のマンガを一つ終わらせる作品の、成長した主人公の姿であろう。
あるいは、前期にて大好評のうちに終了したアニメ、世紀末黙示録少女ヨハネちゃん第二期のTシャツを、滲む汗によって変色させ、その野豚の如き巨躯をふうふうと震わせる者。かの間延びしたアニメTシャツを見るにつけ、我は世の無情を思うのである。
「おお……」
我は流れ出る汗を、首にかけたタオルで拭った。
母者がこの日のために持たせてくれた、濡れタオルであった。
昨年、水分補給の難に見舞われ、この企業ブースに倒れかけた我を思っての事であろう。
降ろしていたリュックを開ける。
パンパンになったリュックからは、ほどよく解凍されたスポーツドリンク。
昨年はこれを凍らせすぎたがために、いざ必要な時、口にすることができなかった。
乾き死ぬ、とはこういう事かと、我に走馬灯を見せた事件である。
それ以来、我はペットボトルの解凍に心を割くようになった。
キャップへ手を掛けると、未開封のそれを捻り、快音と共に開ける。
まろび出る微かな柑橘類の芳香は、まさに甘露であった。
ゆっくりとボトルを傾けると、我が渇きを潤すドリンクが口腔へと流れ込んできた。程よい酸味と塩気。そして人口甘味料ではけっして生み出すことが出来ぬ砂糖の甘さ。
「おっふ、堪りませんなぁ」
しっとりと汗に濡れた腕で口元を拭う。
容赦なく照り付ける日光で、失われた水分が補給された心持ちである。
我はいける。
まだ、我は戦える。
「お待たせでござる」
やって来た者がいる。
ここは、約束の地へと向かう戦士たちが居並ぶ行列。
横から入ってくる者が許されようはずが無い。
だが、我の隣には、かの者が置いていった、鮮やかな色彩で今期話題作となったゲームの女性キャラクターが、あられもない格好をしている紙袋と、それを満たす開幕ダッシュで手に入れた戦利品が収まっていた。
そう、我と共に来たその者は、場所取りをしていたのである。
「早かったですな」
「ドゥフフ、男子トイレは早いですぞ。だが、女子は大変であるなあと拙者は思うのでござる。まさに壁サークルの如し」
「ほうほう」
「ふくろうかい!」
迷彩色のバンダナを域に決めた彼は、我の同行者であった。
彼の的確な突込みが決まり、我と彼、二人でふひゃふひゃと笑う。
「おっ、今年はちゃんと解凍してきたのでござるな。感心感心」
「うむ。我は同じ過ちは繰り返しませんぞ。母者にも心配をかけましたからな」
他ならぬ、この同行者氏こそ、乾き死ぬところであった昨年の我を救った好漢なのであった。
我と同行者氏は、同じペットボトルを回し飲みした仲。
これはもう義兄弟も同然であろう。
国際展示場にて、我はこうして永らくぶりのリア友を得たのである。
この身は既にリア充であった。
「なるほど。なるほど、そう言えば拙者も先日、母上を泣かせましてな」
「おおっ、何事ですかな!? もしや親不孝的な……」
「ハハハ、拙者は親孝行者。実はでござるな……拙者、バイトを始めたのでござる」
「な、な、なんとぉーっ」
激しい衝撃が我の体を襲った。
正に、雷に打たれたが如く。
「それは大事件ですな! して、どこに……?」
「ヌフフ、密林にござる」
「ををーっ!!」
「お主も確か、働き出したと聞いたのでござるが」
「お、おう、うむ。実は父者の縁でですな、夜の床清掃を……」
「ををーっ!! おめでとうござる……!!」
「ありがとう、そしてありがとう!! 君もおめでとう! すべてにおめでとう!」
「めでたいでござるなぁ」
我らは互いを寿ぎあい、そしてふひゃふひゃと笑った。
すると、列に並んでいた男たちも、こちらを見てぱちぱちと拍手するではないか。
なんと暖かな場所なのであろう。
物理的には大変暑いが。
「あっ、列が進む」
声が聞こえた。
確かに、約束の地へと続く。
永遠に思える行列にも、やがてゴールがあるのだ。
我と同行者氏もまた、一歩一歩前進していく。
この、企業ブースへの道とは、まさに人生そのものではないか。
不意に、強い風が吹いた。
ふわり、風に乗る、我から抜け落ちた前髪一本。
それはどこまでも高く舞い上がり、まるで我らの行先を祝福しているかのように思えた。
「抜け毛も悪いものではないですな……!」
我の言葉を聞き、同行者氏は一瞬不思議そうな顔をした。
そしてすぐにサムズアップをしながら笑った。
「ポージティーブ・シンキンー……にござるな」
いかにも。
昔書いた、炎の階という短編と舞台、登場人物を同じくしていますが、前作を読まずとも大丈夫です。