黒エルフの暗殺者 その①
室内には現在俺とカゲロウの2人だけだ。黙々と書類に目を通して、急ぎとそうでないものを分別しつつ、決済の必要なものにはサインを入れ、という事務仕事を粛々と進めている光景を作り出している真っ最中である。
屋敷にまだ内通者が居る可能性が非常に高い。この特大の厄介事に気づいてしまったことで、師匠も俺も今のうちに片づけることの出来る雑事は片づけてしまおう、ということでご領主様の館に連絡を出したり溜ってしまっている普段の仕事(=この屋敷もとい商館の決裁書類だ)を処理したりしているわけなのだが……
「ご主人、このまま放置しておくよりはいい加減に捕まえた黒エルフと面会なされてはいかがでございましょう」
「ぐぬぬ、やっぱりそれ放っておくわけにはいかんか……」
「はい、もう丸2日になりまする。水と毛布だけ与えて牢に入れてあります故、頭も多少は冷えたことでしょう」
俺が強制契約の呪紋で気を失う直前の記憶では、それはもう怒っていたものなぁあいつ。まあどうせ、『人間風情がエルフを奴隷にしようとは何様のつもりだ』ぐらいの感じなんだろうけど。黒だろうが白だろうがエルフって気位がクッソ高いって話だし。まあ、あのデタラメに高い魔法抵抗力の持ち主だ。まさか契約呪文を自分に掛けられるなんて展開は想像すらしてなかったに違いない。
「頭も冷えた、って言い方してるってことはやっぱかなり抵抗したのかあいつ」
「如何にも。牢に入れた後、意識が戻ってからはそれはもう激昂しておりました。『返り討ちにした私を殺さぬどころか隷属させるなどと、戦士への侮辱だぞ!?』と言った具合に喚き散らしていたかと思えば、突然『ありえない、こんなことありえない』と泣き出す始末」
っんだそりゃ。情緒不安定なんてレベルじゃねーぞ。っていうかあいつ戦士じゃなくて暗殺者じゃねーか。まさかジョブ鑑定したら戦士系だったりするのかあれで。いやいやいや、あの気配の消しっぷりは盗賊系の上位職や派生職じゃないと説明が付かん。装備も少し大き目のナイフだったしな。
「っと、今更で悪いがカゲロウ、あの黒エルフの装備とかはどうしたんだ?」
「あやつの装備でしたら、牢に入れる前に全て取り上げてござります」
さすが我が相棒。仕事にそつがない。
「何か変な効果の掛かってる物とかは有ったか?」
「いえ。全てこの街の店売り品にござりました。それも中級の冒険者が揃えるような品ばかりで……恐らくは足が付かぬように、ということではないかと」
「その装備であそこまで忍び込めてたのかあいつ……どう考えても最低でも二次職の暗殺者以上じゃねーか」
「鍵開けなどのスキルもあり得ると思われましたので、拙者の影潜りを使って例の牢に入れてござります」
「おう、その判断で正解だな。魔封じの鎖付いてる状態で、鉄格子なり地面ごと壁を壊せるなりするならとっくに逃げ出してるだろうしな」
この屋敷の地下牢にはちょっと特殊な構造をしている区画が用意されている。元々奴隷を扱う商館として改装した際に地下室の区画を整備して地下牢が用意されていたのだが、俺の奴隷であるカゲロウが時空間魔術に分類される影潜りを習得出来たことを受けて一部の区画をそれを前提とした作りに改修したのだ。鉄格子の隙間から、影の中を移動することでしか出入りの出来ない『出入り口の無い牢屋』を作ったのである。まあ扉の有る鉄格子を、頑丈なただの鉄格子に取り換えただけではあるが。
そしてそんな壁と鉄格子しかない牢に、魔法やスキルの使用を封じるための魔封じの鎖(という名の手枷・足枷だ)を付けて放り込めば、影潜りの出来るカゲロウが居ない限り出入りのしようが無いという、パーフェクトな牢獄が誕生したのである。
ちなみに、時空関係の魔法はマジで習得難易度が高いため、俺自身デバフ系補助魔法の『スロウ』とちょっとした容量の『収納空間』しか習得できていない。カゲロウの影潜りにちょいちょい付き合わさせてもらっているので、時空間魔法の熟練度も大分上がって来ているとは思うのだが……ああ、女神様から貰ったチートの中に、こういうスキルの習得を早めるための熟練度増加みたいなのはあるぞ? ただ、俺ってば攻撃魔法NGと引き換えに補助魔法・防御魔法は全適正というチートが主体なので、多くても2~3属性の魔法しか適性が無いこの世界の一般人と比べると、一通りの属性魔法を身に着けようとすると単純に倍の時間が必要なのである。更に闇系統からの派生である時空間魔法、なんてのに至っては端から普通の魔法の倍は熟練度が必要で、更に魔法とは別口で各種のジョブ固有のスキルなんてのも大量にあるため、覚えることが出来る魔法やスキルが多過ぎるために逆にあちこちつまみ食いで手が回っていない分野が大量にある、という状態だったりする。
そんなあっちの魔法を覚えたらこっちのスキルを覚えて、というとっ散らかった技構成をしている俺なのだが、いざ戦闘となったのならば軸となる魔法は防御魔法というか『壁』を作る魔法だ。女神様に攻撃魔法NGですよと言われた時に、なら引き換えに攻撃魔法以外なら頑張れば習得できるという単純な能力制限にするのではなく、『一通りの回復魔法と、なんたらウォールという系統の魔法ぐらいはある程度簡単に習得できるようにして使わせてくれ』と女神様相手にゴネた結果だ。つまり俺は攻撃魔法以外の魔法は習得可能という天恵に加えて、聖女ばりの回復魔法と相手と自分の間に直接『壁』を出すウォール系魔法全般の習得にブーストが掛かる体質なのである。
防御用の魔法と言えば〇〇ウォール、安直な発想じゃないかって? くくく、そこが大事なポイントだ。女神様に攻撃魔法以外なら転生後に頑張れば覚えることが出来ますから、と言われたときにまず俺は思ったね。
攻撃魔法って具体的にどっからどこまでだよ、と。
何かしらのゲームやスポーツをやり込んだ経験のある奴なら、その時の俺の発想に納得してもらえると思う。ルールによって制限が発生するのなら、逆にどこまでならルール内なのか。ここを正確に把握しておかねば損をするのは自分なのだ。
というわけでざっくりと魔法一覧っぽい画面を女神様に出してもらい、攻撃魔法を塗り潰した残りの部分をそりゃあもうじっくりと検分したわけだ。女神様にまだ掛かります? とか待ちぼうけさせる程度には画面とにらめっこした結果、役に立ちそうな魔法として〇〇ウォールと名前の付く魔法とそこからの派生・発展系の魔法が一通り使ってもOKとなっていることを確認したわけよ。
壁魔法の中でも俺が最も着目したのは『炎壁』だ。この世界の魔物はとにかく殺意の塊というか、真っすぐに命を刈り取りに来るわけだが、ではそこに燃え盛る炎を間に置いてルートを遮ったらどうなるのだろうか? そう、直接攻撃する魔法はNGだが『攻撃力の有る壁』を出すだけならOKという、女神様お墨付きのガバ判定によって俺は魔物を魔法で倒す手段を得たのである。まあ、近過ぎると自分を巻き込むせいで発動不可という制約があって、黒エルフと対峙した時もカゲロウが俺の影の中に居なかったら割と詰んでいたわけだが……。とにかく、俺はこの世界で直接攻撃以外の、しかもMP的なものさえあれば撃ち放題の「置き火力」を習得することが許されたというわけだ。
炎壁と石壁を使うことが出来なければ、俺は10歳の時に女神様のお遣いを果たせずに死んでいただろう。
数の暴力。7年前、俺の育った開拓村は森から溢れた魔物の群れに文字通り覆い尽くされた。万里の長城もかくやという石壁を並べ、更に壁を乗り越えんと迫る魔物達を炎壁に突っ込ませることで処理していく…………おかしいな、いつ終わるとも知れない死闘の回想だった筈なのに。字面が完全にマイ〇クラ〇トのモンスタートラップじゃないか……延々と魔物が迷宮の奥でポップし続ける世界だしなぁ、ある意味マイクラ世界なのかここ。ラスボスも真龍だしなぁ……。いや、この世界の龍は魔物じゃないからやっぱりこの世界はこの世界っていう世界なんだよ、うん。
……あー、それじゃあいい加減、例の黒エルフの面を拝みに行ってみますか。
♢
地下牢の中は灯りすら最低限だ。暗い方が単純に寝やすいから大人しくさせやすいのである。カゲロウはある程度夜目も効くから、かなり弱めの魔力灯を付けておくだけで問題なく地下牢の管理が出来てしまうのである。まあ、清掃作業とかする時は普通に明るくするけどね?
『灯り』
灯りは発動時に術者の任意で魔力量を変えることで継続時間の長さを変えられる照明の魔法だ。発動中に追加で魔力を注いで時間を延ばすこともできる利便性と、水中・空中を問わず発動・設置可能な汎用性と、酸素の消費といったありがちな不都合も無いという、まずこれを覚えないと魔法使い生活が始まりませんと言わんばかりの初級魔法である。この世界の人間が使うと大抵は電球色というか、オレンジの光というか、炎や太陽のイメージに灯りのイメージが寄ってしまっているからなのだろう。そういう感じの色の光が灯るのだが、俺が使うと蛍光灯というか、かなり白い光になる。まあ強くイメージすれば青とか緑とか1人でゲーミングな灯りをばら撒けたりする。今回は普通に白い光を出して牢の中までハッキリクッキリと浮かび上がらせた。何せ牢の中に居るのは毛布一枚の全裸の美少女黒エルフだ。ここで半端な明るさとかあり得ないからな!
「初歩の魔法とはいえ、詠唱無しでその自然な発動……護衛だけでなく本人もなかなかの使い手だったというわけか」
この黒エルフ、いきなり灯りを点けたのに目が眩んでいる様子もないとは。っていうかいきなり俺の魔法使いとしての腕前を採点された件。敵とは言え褒められるのは悪い気はしないな、ふふん。ここは初対面、ではないが契約してから最初の顔合わせだ。しっかり上下関係を叩き込んでおかねばなるまい。
「この国境城塞都市で、障害となる魔法師はブラン師匠ぐらい……という想定は甘過ぎたみたいだな? 暗殺ギルドの刺客さんよ」
改めて敗北して捕まったという事実を突きつけて心を折りに行く。奴隷教育は最初のコンタクトから一週間ぐらいが非常に大切だ。怪我・病気の治療といった恩を強引に被せてみたり、あるいは徹底的に痛めつけてみたり、そして精神的にボコボコにしてみたり……。個人的には一番最初の恩を被せて忠誠心を植え付けるのが一番オススメだな。恐怖統制はやってる方も疲れるからな。まあ奴隷商人なんて大概は頭のネジ何本か飛んでるから全然気にしないやつばっかりだけど。
「一つだけ教えて欲しい、我が主よ。この身に刻印されていた呪詛を解呪したのは誰か?」
なんて? え、いきなり跪いて主人呼び!? いやそれよりも
「いや待って? 呪詛……って何のこと?」
いやマジで一体何のことやら。何言いだしたんだこいつ? って感じでカゲロウも俺の横で目をぱちくりしている。もちろん俺も。ぱちくりぱちくり。
超・不定期連載