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転職のすゝめ ~賢者様ですか? いいえ奴隷使いです~  作者: 阿久大寒
第1章 国境都市の奴隷使い
6/8

辺境伯お抱え魔導士ブラン・ツヴァイク

ここまでのおさらい

ベスタル:主人公。黒髪黒目の青年、♂

カゲロウ:相棒。白毛紅眼の小柄な青年、♀

ブラン:アラフィフの初老、♂

???:ブラン暗殺に送り込まれた黒エルフ、♀ 出番はまだ来ない

 結局襲撃の翌日はカゲロウとイチャイチャして過ごした。大通りから一本入ったところにある小洒落たレストランがまた美味いんだよ。カゲロウと2人切りで本日のランチという大変雑な名前のメニューを食べ、その後はまた部屋に戻って来て昼寝したり官能の世界へと旅立ったりしたわけだ。現実逃避ここに極まれりだな。


「おいバカ弟子、起きておるか!」


 微睡みの中に居続けようという俺の抵抗を無視して、ドアをガンガン叩き続けてくれるもんだから堪らない。まだ陽が昇ったばかりだと思うのだが、ご老人は朝が早くなるというのはこちらの世界でも変わらないようだ。


「……うぐぐ、カゲロウ、ドア開けてくれ」


 ベッドから起き上がるのも億劫で、一緒に寝ていたカゲロウに頼んでしまう俺。って布団の中に温もりがないんだけど? いつの間にか先に起きてらっしゃるのカゲロウさんってば? 俺がカゲロウを探そうと視線を彷徨わせる間にも、とっくに起きて着替え済みどころか部屋の片づけまで始めていたカゲロウがドアを開けて、外で騒いでいた初老の男性を迎え入れる。


「はぁ……バカ弟子よ、お主この鼠っ子が居らんなったら日常生活が破綻するのではないか?」

「ふふふ、ご安心ください師匠。カゲロウは一生手放す気はありません!」

「それのどこに安心できる要素があるんじゃ……」


 このご老人、言うまでも無く俺の師匠である。魔法全般、特に魔法陣絡みの技術を教えてもらっている。本名ブラン・フォン・ツヴァイク。お隣の帝国の貴族様に連なる血筋だが、政争に負けてお家が没落。もう30年近くも前に王国に出奔してきたとかいうなかなかハードな人生歩んでいらっしゃるご老人だ。


 とはいえ王国より進んだ魔導技術を持つ帝国出身の魔導士にして、王国の宮廷魔導士にも引けを取らない魔力量と魔法陣研究に青春を捧げた膨大な知識量。こんな()()()()()()()を王国が放っておくわけもなく、王国西部を取りまとめる辺境伯のお抱え魔法使いとして迎えられると、奴隷契約に使う呪紋の改良を中心にいくつかの功績を挙げてその立場を盤石の物としたある種の英傑だ。ぶっちゃけ魔法陣に関してはこの人天才なんじゃなかろうかと思う。教わっている魔法陣、上級ともなればどれもこれも従来品とは一線を画す高性能と、勇者だの聖女だの呼ばれるような世間一般から見て天才の部類並みの魔力制御を要求するという、ドチャクソピーキー仕様を兼ね備えた誇り高き欠陥品(ポンコツ)な魔法陣ばかりなのである。そしてそれを涼しい顔して使いこなすのがこの魔導士ブランというお人なわけだ。


 俺は思ったね。感覚派の天才は指導者に向いてないのはこっちでも向こうでも変わらないんだなって。そりゃチート持ちの俺が弟子入りするまで、全然後任魔導士を育成できなかったはずだよ……。師匠本人ですら感覚で描いてた魔法陣の記号一つ一つを鑑定して、詠唱呪文として同じ機能を発揮できる呪文に翻訳することで魔法陣の内容を理解するという、本来魔法陣を開発するための工程の全く逆のことをしなければ構造を把握できない大量のポンコツを前に、正直俺の残り人生の大半はこれの翻訳で終わるんだろうなという諦観すらある。


 いやぁ、ほんと大変だわ。一生掛かっちゃいそうな量の「天才が書き残した魔法陣」の翻訳作業だなんて、いやーほんと困っちゃうわ。ありがとう師匠。ありがとう女神様。俺、一生食いっぱぐれない仕事にあり就けました。やっぱ手に職最強だったわ。村を出た後しばらく辻ヒーラーしてたその日暮らしの頃がもう遠い過去のようだよ。いや辻ヒーラーしてたから辺境伯様の目に留まったんだけどもさ?


「まあよい。話は変わるがバカ弟子よ、あのダークエルフはもう貴様の支配下に置いてあること、相違ないな?」

「ええ、まあ、一応は……」

「なんじゃ、煮え切らんな」

導師(マスター)ブラン、ご主人はその、まだあやつと顔も合わせておりませんので……」

「………………」


 沈黙が痛いです、師匠。あとカゲロウ、そんな無理してフォローしないでいいからね? 逆に俺が居た堪れないよ?


「えーと、パスはちゃんと繋がってますんで、行動制限は出来てるはずです。ただ、尋問は難しいかなっていうか、その、ですね……」

「……そうか。強制契約は自白させるには不向きだからの、致し方あるまい」

「強制契約を使ったことはカゲロウから?」

「うむ。一昨日寝る前に一通り聞いておる。造血剤を飲んだが、結局昨日一日ベッドから起きれんかったわい」


 治癒の法術だと失った血液まで補えるのは上級からだ。一昨日師匠に使ったのは中級のハイヒールだったので、貧血状態だったわけだな。まあぶっちゃけ生きてただけでも儲けものというか、俺も師匠もカゲロウ居なかったら()られてた。いやほんとカゲロウ様々だな?


「鼠、それにバカ弟子。今回は助かった。貴様らが居らなんだら、儂の命は無かったじゃろう」


 いやほんとにね。


「本題に入るぞ」


 いやまだ本題じゃなかったの? 地下牢に放置してる黒エルフの話が本題じゃなかったの!?


「一昨日、襲撃の有った日に休みを取っていた使用人の中で1人、未だに戻ってきておらんのが居る」

「! ……行く先や宿泊先を休暇前に申告はしていないのですか?」

「家令のトマスが既に人を()った。宿泊先として休暇前に申告していたそやつの家は家族ごともぬけの空だったそうじゃ。……まるで夜逃げしたようだった、とな」

「となると、裏切者はそいつだった、ということで?」

「口封じという可能性もまだ捨てきれんが……十中八九間違いないじゃろうな」


 おーう、なんてこった。裏切者を探す手間が省けたのはいいが、これをご領主様に報告に行かないといけないのかと思うと気が滅入るな。トマスが全部報告しちゃっておいてくれないかなぁ……駄目だな、あいつそういうとこ融通利かねぇんだよな。職分を犯さないと言えば聞こえはいいんだがなぁ……。なんて考え事をしていたら俺の横に座ったカゲロウが小さく挙手していた。


「なんじゃ、鼠」

導師(マスター)ブラン、それにご主人。裏切者が他にも居る可能性はどうなのでございましょうか」

「「…………」」


 カゲロウの火の玉ストレートにぐぅの音も出ずに黙る俺と師匠である。内通した裏切者が夜逃げ。()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


「……それも含めて一度閣下と相談せねばなるまいな」

「複数人の内通者が居て、居残る者に嫌疑が向かないようわざとあからさまな消え方をする……そこまでやる相手って考えると非常にマズくないですか?」

「マズいな。マズいが、儂を邪魔に思っている連中からするとそれぐらいやりかねんな……」


 ちょっと師匠、あんた故郷でどんだけやらかして来てるんですか?


「ふんッ、帝国の腐れ貴族共め。儂がちょっとホークヤードの飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)を倍にしたからってしつこく付きまといおって! 逆恨みも大概にして欲しいもんじゃ!」


 うわぁ、こっち来てからの成果が問題だった。そういや飛龍(ワイバーン)のテイミングを補助するための魔法陣、師匠が奴隷契約の呪紋を参考に大幅に改良したって以前聞いた気がするわ。っていうかその魔法陣俺が真っ先に翻訳させられたやつですよね? おかげでこの数年ほど、王国の飛龍騎士(ワイバーンライダー)の育成は過去一のハイペースだと聞く。


 しかも、獣人は強いものに従う性質が他種族より強いので、東部戦線においてこの飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)はドチャクソに活躍しているらしい。王国は比較的獣人にも寛容なので、後先考えずに歯向かってくるような血の気の多い連中を飛龍騎士(ワイバーンライダー)が蹴散らせすだけで、街や村落をほぼ無傷で併合できているらしい。


 それに対して重装歩兵を並べての平押しが基本の帝国は、東部戦線において燎原の火のごとく侵攻しているが、亜人排斥が強いこともあって先住の獣人族を中心に強い抵抗に遭い占領地は荒れ放題。自国の収量の少ない寒冷地から人を移動させて入植を繰り返しているらしいが、占領した土地が国力を底上げするのには10年単位の短くない時間が掛かろうという話だ。


 8年前、帝国と王国それぞれの東部国境と接していた東部連邦は魔物の氾濫(スタンピード)により首都消失という大惨禍に見舞われた。東部連邦を過去最大の版図に広げた獅子人族の総書記を失ったことで東部連邦は統率するものが居なくなり四分五裂。今や帝国と王国両国の草刈り場となった旧東部連邦の支配地域は、帝国が侵攻する泥沼の北部戦線と、王国が侵攻するやや牧歌的な南部戦線との凄まじい落差によって、北部から南部への獣人族及びエルフやドワーフといった人間族以外全般の人口移動が年々加速しており、経済的にはみ出してしまった者や難民を中心に現在では盗賊団や山賊まがいの集団がほいほい生えてくる状態となっているらしい。併合した占領地域の治安を維持するためにも飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)は文字通り飛び回っている状態で、犯罪奴隷として大量の獣人を含んだ亜人奴隷が王国東部を経由して流れてくるようになったのである。


 つまり帝国は王国と言う目の上のたんこぶにして最大の仮想敵国と、領土獲得競争の真っ最中であり、少しでも将来の国力差を得ようとかなり本腰入れて侵攻しているのに、対する王国は飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)は過労死寸前だが、兵の消耗も少なくかなりスムーズに帝国が獲得した領地と同程度の範囲を併合できているというこの戦況。つまり現時点ではむしろ王国の方が少ない労力で帝国より遥かに得しているわけである。そりゃあ帝国からすると面白くあるまい。しかも王国が東部戦線を維持できる数の飛龍騎士(ワイバーンライダー)を動員出来ている理由の大半が、元帝国魔導士ブランによって王国西部を預かるホークヤード辺境伯旗下の飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)が倍増というとんでもない増強がなされていたからとなれば、その怒りの矛先が師匠に向かうのはある意味必然であったわけである。


 なんて言うか、うちの師匠もしかしなくても王国的にすんごい重要人物なのでは? そら屋敷の防犯能力がちょっとした要塞並みにもなるわけだよ。ホークヤード辺境伯が師匠の後継者を探しにわざわざ王都まで人材を物色しにくるよそら。でもって厄介な辺境伯ご自慢の飛龍騎士団(ワイバーンナイツ)はその大半が東部戦線に引き抜かれた王国中央の騎士団の穴埋めに出張中。いやー、俺が帝国の偉い人なら今こそ好機って思うわこの状況。これ以上師匠に王国軍を大きく増強するような仕事してもらっちゃ困るって思うわそら。


「師匠、辞表の書き方教えて下さい」

「このバカ弟子が! 今更足抜け出来ると思うでないわ!」

「いやだって帝国から命狙われてる人と一緒の屋敷で暮らすとか危な過ぎるでしょう!?」

「辺境伯閣下が直々に貴様を雇い入れてるんじゃぞ!? 勝手に辞められるわけないじゃろが! それにここを辞めても王国内でまともに雇ってくれる場所などあるわけなかろう!」

「ぐぬぬ……!」


 王国内で他の場所に行けないのは辺境伯直々のスカウトであることが大きい。辞めた瞬間に王国中に辺境伯の期待を裏切ったダメ魔術師として噂がばら撒かれるだろう。よく言えば囲い込まれているわけだが、悪く言うと逃げ場がないっていうやつじゃないかなこれ。ちなみに帝国に亡命という選択肢はもっと無い。そんなことしたら今度は俺が王国から命を狙われる立場だ。


「ご安心下され。ご主人のことはこのカゲロウが必ずやお守りしてみせますぞ!」


 もうお前だけだよ俺の心の癒しはさ。現実逃避に今晩もハッスルしちゃうんでよろしくね?

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