聖剣を台座ごと抜いた男
「パッと思いついただけの小説タイトルを羅列するだけ」に載せたタイトルを、実際に書いてみました。
勇者選定の儀。
聖剣を引き抜いたものを勇者として認める、王国で一年に一度行われる重要な儀式である。
誰が勇者となるか毎年注目が集まり、国外からも観客が集まる一大イベントでもある。挑戦人数があまりに多いために、儀式は数日かけて行われる。
その数日の間は町中に出店が出たり、ここぞとばかりに大道芸人がパフォーマンスをしたりと、文字通りのお祭り騒ぎとなるのだ。裏では候補者の誰が勇者になるのかが賭博の対象になっていたりもする。
もっとも、百年前に抜かれてそれ以降、一度も聖剣が抜かれることが無かったために今では小さな子供に引かせ、聖剣に見合うほど立派になりますようにと子供の成長を願う行事に変わりつつあるのだが。
そんな中、一人の男が聖剣を抜かんと挑戦する。
彼は、勇者に憧れていた。
幼き日に聖剣を抜こうと挑戦したはいいが、その時には抜けなかった。幼少期の純粋な憧れというものは凄まじいもので、聖剣がびくともしなかったことに対するあまりの悔しさに、少年は涙を流した。しばらく近所で噂になるレベルでの号泣である。
それ以来、彼は今日まで聖剣に見合う男になれるようただひたすらに鍛錬を積んだ。
成長し、少年から青年へと変わった彼の身体はまさに筋肉の塊というべきものであった。
ゴリラという表現すら生ぬるい、純然たる怪物的筋肉。
圧倒的な力の象徴。
この領域にたどり着くまでに、いくつもの無茶な鍛錬を繰り返してきた。あまりにも過酷な鍛錬の代償か、頭髪はバッサバサの白髪になってしまった。おそらく将来はハゲであろう。
全てはただ、聖剣を抜くために。
ついに、その時は訪れる。
聖剣の前に、筋肉が立つ。
そのモンスターと見紛うような圧倒的筋肉に観客がどよめいた。
筋肉が台座に刺さった聖剣に手をかけ、引き抜くために力を振り絞る。
しかし聖剣はびくともしない。まるで抜ける気配がない。
その光景に、周りは正直ほっとしていた。あんな筋肉が勇者になどなったら、色々とアレである。
もっとも、その程度で諦めるような筋肉ではない。力が足りないのであれば、さらに力を引き出すまでである。
次の瞬間、筋肉が肥大化した。筋肉はまだ本気ではなかったのだ。
聖剣を握る手に、先ほどよりもはるかに大きな力がかかる。
それでも聖剣は変わらず刺さったままであった。きっと聖剣も筋肉には抜かれたくないのだろう。
その瞬間、空気が変わる。
肥大化した筋肉はそのままであるが、肌の色が赤く染まっていた。
体温が異常に上昇しているのか、体からまるでオーラのように蒸気が立ち上っている。相当な負荷を体にかけているらしく、目は血走り、鼻から血が流れていた。
全身から尋常ならざる力を放ち、異様な雰囲気を漂わせる筋肉。
今まさに、筋肉はこれまでにない力をみせる。
ギシリと、音が鳴った。
今まで全くと言っていいほど変化をみせなかった聖剣が、初めて変化をみせた。
しかしそれでも聖剣は、まだ抜けていない。
ギシリ、ミシリと音をたてつつも、聖剣は変わらず台座にあり続ける。
「■■■■■■■■■■――!!!!」
爆音の如き雄叫び。
命を削るかのような、言葉にならぬ叫びが響く。
いつしか、いろんな意味で心配そうに見ていた周りは静まり返っていた。
誰もがその筋肉から目を離せないでいた。
ブチブチと、筋繊維の千切れる音がする。
筋肉が限界を超える。
力が最高潮に達する。
そして
聖剣が、抜けた。
抜けてしまった。
台座ごと。
勿論、王都は大混乱である。何せ、聖剣が台座ごと抜かれるなど誰も想定していなかったのだから。
これは聖剣を抜いたうちに入るのか?
いや、台座がついているからダメなのでは。
しかし、これはこれで誰も成し遂げられなかったことであるし……
前代未聞にもほどがあるだろう! 想定できるかこんなこと!
結局どうするんですか、勇者の認定。
認められるかあんなの!
だってお前、魔族が台座の周りを破壊して聖剣を持ち去ったとして、その魔族を勇者と認めるか!? 無理だろ!
いや、彼は人間のはずだ。
ちょっと待って、あれホントに人間? 新種のモンスターって言われても信じるよ俺は。
筋肉ではあっても魔族ではないだろう。
……! ……!?
………
……
…
数日に及ぶ会議の結果、聖剣ごと抜かれた台座から聖剣を抜ける者が現れなかった場合、暫定的に筋肉を勇者と認めることとなった。
認めることになってしまった。
そして案の定、台座から聖剣を抜ける者はついぞ現れることはなかった。
筋肉は、王国公認の勇者となった。
その後、筋肉は台座が付いたままの聖剣を片手に魔王の配下の軍勢と戦うこととなる。
鍛え上げられた肉体はあらゆる物理的攻撃を受けつけず、聖剣(台座つき)はあらゆる魔法を弾き飛ばした。
魔王側からすれば、絶対に壊れない金属の塊を筋肉の塊が振り回しながら迫ってくるのだ。もはや勇者の方がモンスターである。どこのバーサーカーだ。
そして長い旅路の末、更に鍛え上げられた筋肉と聖剣(鈍器)を以て魔王を退治した筋肉はこう語る。
「私は大したことをしていない。筋肉が私を助けてくれたにすぎませんよ」
魔王を退治し王国に帰還した筋肉は、聖剣を台座ごと王国に返した。
「結局私は聖剣を台座から抜くことはできませんでしたが、聖剣と筋肉は私の助けになってくれました。私はしばらく筋肉を休ませようと思います。聖剣も、しばらく休ませてあげてください」
聖剣を休ませろはむしろこっちのセリフなんだけど……という言葉を飲み込みつつ、王は聖剣を受け取った。
その後、聖剣は元の場所へと移された。
ひびの入った台座をもとに戻そうと魔法を使うはずであったが、聖剣が一瞬光り輝くと、そこにはひびどころか傷一つない聖剣と台座があった。
その時、聖剣から深いため息のような音が聞こえたそうだが、その真偽は確かではない。
筋肉!