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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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少女は甘くほろ苦いもので出来ている sideサナ

サナの視点です。死に関する表現があります。苦手な方は読み飛ばして下さい。また、エマの過去に関しては現代版怖い話のような設定になりました。雰囲気に合わないかもと思ったのですが、色々試行錯誤し迷いつつもやはりこうなりました。いつもとテイストが異なるので怖い話が苦手な方も読み飛ばして下さい。それでも次話は繋がるように構成しています。


初めて出会ったときは挙動不審で、危険この上ない存在であったのに。

今では大切な友人となった異世界から呼ばれた少女。

彼女曰く容姿については地味だと言われているそうだが、私から見れば女性らしい体つきで顔の造作も整っている方だ、と思う。

そもそも、この王国を含め取り巻く周辺国は目鼻立ちのはっきりとした華やかな容姿を持つ者が多い。

そしてその中でも一際目立つ容姿を持つとされ、同時に蔑まれてきた私は。


ルクサナ・アントリム。


アントリム帝国先帝の姪。

父は公爵位を賜り公爵令嬢でもあった。

全ての地位を失った今、それを知っている者は両国の上層部を除けば恐らくエマとエマの信頼する限られた人達のみ。

帝国では一連の騒動に悲観し崖から身を投げ、遺体は野獣に食われたということになっているらしい。


『まるで悪役令嬢のようだね。』

この事を告げた時、エマは苦いものを飲み込んだような表情を見せた。

乙女ゲームという彼女の世界にある物語では、大抵悪役令嬢の末路がそのように悲惨なものとなるらしい。

異世界から来た彼女の話す内容は時々理解出来ない類いのものが含まれているけれど、言葉の端々から私に好意を持ってくれている事は推察できる。


その飾らない言葉に、何度救われたことか。

たぶん彼女は人よりも思っていることが表情に出やすい性分。

時に困惑した表情を浮かべ、好ましいものを見れば全力で賞賛する。

貴族社会であればそのようは豊かな感情表現は品位を損なうとして徹底的に排除されるが、一領民として暮らす今、そして感情の見えない人間達に散々貶められて来た身としては彼女の豊かな感情表現は寧ろ好ましい。


ふと、アントリム帝国で唯一の味方だと思っていた幼馴染みの顔を思い浮かべる。

彼は相手と場によって表情を変える。礼を失しない程度に笑顔を浮かべてはいるが、私から見ればそれが全て演技だということがわかる。

心からの笑顔を見たのは…たぶんあの日が最後。

彼が皇帝位につく、その前日。

彼はあの日を限りに自身の欲の一切を切り捨てた。



感情と名の付くものは全て。



『この体も命も全て帝国に捧げると決めたから。』

自身より幼い彼の年不相応に大人びた表情を思い出すと、胸が痛む。

それほどに彼を追い詰めたのは彼の父である先帝と、弟であった私の父。

先帝は情という見えない糸に絡め取られ、資質ではなく"順序"という伝統を重んじ、溺愛する弟へ皇帝位を譲ろうとした。


勿論今でも父を愛している。

私には本当に甘い、優しい父親であったから。

だが一方で父は為政者として決して選んではいけない人でもあったのだ。

賄賂、禁製品の密輸、危険とされる薬物の売買、更に…人を商品として扱うとは。

娘である自分が幼い頃に亡くなった母親に似た気質であることを神に感謝してしまう。

それほどに父親の行いは酷いものであった。

こんな父親など早々に見限って帝国を出てしまおう、そう思う時もあったが、今度は婚約という枷が自身を縛る。

父親が無理矢理奪い取ってきた縁であっても婚約は契約と同じ。

こちらから破棄すると申し出れば国同士の信頼に傷がつく。

第一父が許さないだろう。

あの父の事だ、婚約を維持するために邪魔な令嬢の暗殺程度は簡単に企てる。

そんな危うい思考を持つ人なのだ。

とはいえ、全てを失った後、城の衣装室で侍女達が面白おかしく話していたような規定路線が出来上がっているのなら、むしろ皆から歓迎されて案外すんなりと破棄できたかもしれないと今なら思う。


その程度の考えも浮かばないほど、あの当時は冷静さを欠いていた。

父と自分の命を守ることで精一杯だったから。


使用人や侍女達の顔を全て把握するようになったのは不審な人物を見逃さないようにするため。

そして別荘に強力な結界を張り父を自身の我儘に付き合わせるようにして転居させたのは、事件事故に巻き込まれる可能性の高い帝都から少しでも引き離すため。

そんな神経をすり減らすような日々が終わりを告げたのは突然だった。


病に倒れた先帝が崩御されたのだ。

残された遺言を開けてみれば、周囲の予想に反し『皇帝位は息子ファルクが継ぐこと』と記されていたという。

何が先帝を翻意させたのかはわからない。

民衆の期待を一身に集め、皇帝となったファルクの名のもとに、先帝の代で不当に利益を得たものは罪を暴かれ、容赦なく裁かれていく。


それなのに最も罪深いはずの父は…何故か咎められることがなかった。

自身の手に再び権力を取り戻すことを願って、益々悪事に手を染め、比例するように悪評が立つ。

その頃には私の評価も酷いものしかなかった。

だが私は敢えて何もしないこと(・・・・・・)を選択した。

悪事に深く手を染めていく父を咎めることも、噂を打ち消すために努力することも。

だって気付いてしまったから。

これは全ての罪を父に背負わせるための布石であると。

それこそ、犯した罪も、犯していないことも全て。

そして処分される対象に自分が含まれていることも。

『…そうだね。純粋で愚かな君は、…とても良く踊ってくれたよ。』

ファルクの瞳には一欠片の情も含まれていなかった。

あれはまさに全てを捨てた者の目。

そしてそれを決意させたのは私。

彼の幼馴染みという地位に甘え、国に尽くす覚悟を持てなかった私の咎。


「…彼と幼馴染みなんて、もう言えないわね。」

「ん?どうしたの、急に。」

ソファーの上で行儀悪く寝転びながらお菓子をつまむエマ。

『女子会やろう!』という彼女に言われるがまま必需品というものを準備した。

たっぷりのお茶と甘いお菓子に、ふんわりしたクッションと毛布。

優しいものに満たされた部屋には仄かにシャボヌの香りが漂う。


「ふふ。」

「どうしたの?急に笑いだして。さっきから変だよ、サナ。急に考え込んだり笑いだしたり。何か悩みごとでもあるの?」

「何でもないわ。なんか昔の事を思い出してしまって。」

エマの困り顔に、またもや笑みが浮かぶ。

こんな穏やかな時間が持てるなど思いもしなかった。


甘いものと、甘い時間。

現実から逃げるように研究へ打ち込んでいた頃。

同年代の少女達はこんな優しいものに囲まれていたのね。

「そういえば、エマはアントリム帝国で"幼馴染みと別れたきり"って言ってたわね。どんな子だったの?」

何気なく尋ねた言葉に今度はエマが固まる。

思いがけないエマの反応に私の方が焦ってしまう。

「ごめんなさい、唐突に聞いてしまって。嫌なら答えなくていいわ。」

「…ううん、大丈夫だよ。サナには話そうと思っていたし。」

苦笑いしながら遠くを見る彼女の視界にたぶん私は映っていない。

彼女の視線の先には彼女しか知らない思い出の風景が広がっているのだろう。

その思い出を辿るようにエマが言葉を紡ぐ。


「彼はね近所に住んでいたの。年は一つ上でね。大人しい、頭のいい子だったよ。まるで性格は似ていないんだけどね、いつも一緒にいるから兄妹みたいって言われてた。」

「ふうん。その子とは今でも仲がいいの?」

ここで一つ、エマがため息をつく。

言葉を探しているような、そんな風情。

珍しい…いつもは聞かれなくたって話すのに。

「私が生まれた場所はね、田舎の小さな町だったの。都会…ここでいうところの王都かな、そこから随分と離れていて電車やバス…うーん、移動手段の説明が難しいね。」

「その辺りの説明は適当でいいわよ。そういうものがあると思って聞くから。」

回りくどい説明は心のどこかに迷いがあるから。

「ありがとう。それでそういう移動手段を乗り継いでやっとたどり着けるようなところに私の住む町はあった。人口の規模は領都の四分の一ぐらいかな?だけどここみたいに魔物はいないし、人が少ない分とても静かなところなんだ。」

「静かで…きっと美しい場所ね。」

「うん。」

うっすらと口角を上げて微笑む彼女はとても幸せそうだ。

大切な場所なんだろうな、そう思った瞬間に。

彼女の表情が一気に歪む。


「サナ、信じてもらえるか解らないけれど。私の幼馴染みは…ある日姿を消したの。私と遊んで帰る途中で。」

「姿を消した?」

「彼は帰れない道(・・・・・)を選んだみたい。」

ルクサナの脳裏には、書物から得た知識が浮かぶ。

古来より迷いやすい場所というものは存在する。

恐らく彼女が伝えたいのはそういう類のものだろう。

エマ曰く、彼女達の遊び場であった森の中にもそういう場所があったのだという。

「おじいちゃんやおばあちゃんには言われたわ。森が暗くなると『悪樓あくるの道が開くよ』って。今の時代そんな非科学的なものを信じている人なんていないけれど。」

悪樓あくるとは、彼女のいた世界に遥か昔存在したとされる悪神だそうだ。

暗くなると悪しき神がいたずらをして、無い筈の場所に新たな道を開いてしまう。

そしてそこに迷い込むと帰れなくなってしまうよ、ということらしい。

彼女はそれを迷信だと、『遅い時間まで遊んではいけない』という戒めだと解釈していたという。

ところがある日の夕暮れ時。


二人は夢中になって遊んでいて何時もより帰るのが遅くなってしまった。

慌てて家路につくも、どう間違えたのか慣れたはずの帰り道で迷ってしまったという。

どんよりとした闇が纏わりついて、気味が悪い。

焦る二人が森の中で見たものは。


ぽっかりと口を開けた二本の分かれ道。


それは、あってはならないもの。

「だってそこにはね、一本道なのよ。」

その道を真っ直ぐ抜ければ町へとつながる国道へ出る。

ただ二人共に焦っていたからだろうか。

いつもなら、決してそんな選択はしないのに。


二人はそれぞれ別の道を選んだ。

真っ暗な森の中、互いの声だけを頼りに二人は進む。


『そっちはどう?』

『まだ着かないよ。』

『どう?』

『まだだよ。』


そして。


『ああ、着いた。』

その言葉を最後に彼の応答は途絶えた。

そちらの道が正解だったのかと、慌てて引き返そうとする彼女を強い光が捉える。

帰りが遅いからと探しにきた二人の両親が持つ懐中電灯の灯りだった。

「そこからが大変だったの。大勢の人が動員され何日も捜索が続いて。でも見つからなかった…そして彼はそのまま姿を消した。」

「なんか"精霊の入り口"みたいな話ね。」

「精霊の入り口?」

「精霊が自分が気に入った子を精霊界へと連れて行く。そのために開かれる専用の入り口があるそうなのよ。ある日突然人が居なくなると『精霊に連れていかれた』と皆は思う。元来、精霊は自由奔放とされていて、自分の欲求を満たすために人間の営みへ干渉する事もある。例えば精霊の子を人間の子と取り替える、とかね。」

「それ、聞いたことあるわ。」

「過去にそれが原因で人間と精霊の間で争いが起こったと伝えられているから、単なる作り話というわけでもなさそうよね。」

エマの体験した出来事に他にはどういう説明がつくのだろう、そう考えを巡らせる私に彼女の口元が緩む。


「…サナは、信じてくれるんだね。」

「そうね。世界には解明されていないことの方が多いわ。全てを知ったつもりになって自分の知っている理屈だけで説明をつけようというのは強引すぎる。勿論不可思議な出来事とされていても理論的に説明がつく事象もあるわ。でもそれが全てではないし、必ず正しいとも限らない。」

第一、今この場でエマが嘘をついたところで何の得がある。

女子会の余興としての作り話だとすればもっと別の展開になるだろう。


それに私にはわかる。

わかってしまう。


事実を話しても、信じてもらえない。

それがどれだけ痛みを伴うのか。

噂話を振り撒く子女たちに彼女は常々聞きたいと思っていた。

『毒姫』とまで呼ばれる程に私が何をしたというのか。


貴女達は私の何を知っているのか!!


「女の子って、もっと甘いものだけで出来ているって思ってたわ。」

「うん、私もそうだと思っていたよ。でも現実を生きていくなら、こうやって苦いものも一緒に飲み込んでいかなければならないんだろうね。」

ちょんとお菓子を指先で弾く私に、エマは小さく笑い返してくれる。

思うことが同じだと笑う彼女を見るのは、なんだか嬉しい。

そうだ、明日の朝食も頑張って作ってみよう。

きっと彼女なら喜んでくれる。


「さて女子会恒例の恋バナしようか。」

「恒例なの?」

「これが大事なのよ!!」

「そういうものなの?」

「そういうものなんです!!」

エマが話題を変えつつカップにお茶を注いでくれる。

ああ、そういえば。


「異世界から呼ばれた人って、叶えたい願いがある人が選ばれると聞いたけど?」

「うん。そうみたいだね。」

「エマの叶えたい願いって、その幼馴染みと再会することなの?」

「…確かに叶ったらいいなとは思うけどね。」

「もしそうなら、彼はこの世界にいるということになるわね。」

はっとした表情で一瞬口を開き、閉じると再び黙ってしまう彼女。

え、もしかして心当たりがあるの?


「もし、いるのなら上手く出会えるよう手伝いをするわよ?」

「…自信はないんだけどね。この世界に呼ばれたばかりの時にヨドルの森から歩いてくる男の人がいて…その人が似ていたの、彼に。」

「その幼馴染みと別れたのはいくつの時?」

「私が十歳の時だから、彼は十一才の時ね。今から七年前。」

「七年もあれば男の人は随分と変わるわ。それでも彼だと思うの?」

「もしかしたら、そうであって欲しいと願う気持ちが幻を見せたのかも知れないけれど。」

自信のない様子で、でもどこかに確信をもって。


「なるほど、わかったわ。」

「ええと、サナ?」

「ずばり、貴女の初恋の相手はその方ね。」

ばばーん、と。

繰り返し言うようだけど顔に出るのよね貴女は。

エマは視線を泳がせると、うっすら頬を染める。

あら、かわいいじゃない。

「もももももう、昔の話だよ?」

「そう。なら元いた世界で他に好きな方とか、お付き合いのあった方いたの?」

「…い、いない。」

「寂しいわね。」

「言うな!!」

なんか小動物を愛でている気持ちになってきたわ。

ちなみに自棄になった彼女が言うことには、この世界に呼ばれる前、彼女が心底願っていたのは『素敵な彼が欲しい』ということだったそうだ。なんでも弟と妹に先を越され、お似合いの相手が出来たのだとか。しかもほぼ同時期に。

…世界を違えなければ叶わないレベルの願いってどれだけ重いのかと思っていたけど、幼馴染みの行方はともかく、その願いが本命だとしたら、なんかこう…色々残念だわ。

『姉としてのプライドが』とか言っているけど、すでに出遅れてるわよ。

しかも周回遅れどころか着地点すら見えていないとは哀れね。

「そういうサナだって、素敵だと思う人の一人くらい…ってごめん。今はまだそんな気持ちにはならないよね。」

ぷっくりと頬を膨らませたエマが反論するも、その勢いは急速にしぼんでいく。

まあ、確かに。

苦笑いしながらその配慮を受け止める。


「気を遣ってくれてありがとう。だけどね…父は知らなすぎたのよ。権力の使い方も、人の痛みも。だから一番大切なものを失う羽目になった。」

一番大切な、その命を。

自業自得。

アントリム帝国に住まうものなら皆がそう思うだろう。

「でもサナにとってはたった一人のお父さんだから。」

「…そうね。」

これ以上大切な人を失うのは耐えられそうにない。

真っ直ぐに私を見つめエマがお茶を満たしたカップを掲げる。


「サナの大切なお父さんに、哀悼の意を。」

「ありがとう。」

敢えて宰相という身分を挙げないところがエマらしい。

甘いお菓子を前にカップを掲げる、どこか滑稽な仕草であっても。

父の死を悼んでくれるのは、恐らく彼女と…ファルクだけ。

志を貫き通した幼馴染みへの憎しみは、すでにもうない。

ただ彼が再び本当の笑顔を取り戻せるような、優しい人が隣に立ってくれればいいと、その事だけを願っている。


そして、もう見ることもないだろう始祖ステラの描いた波打つ景色を思い出す。

父が若かりし頃、何度か連れて行ってくれた執務室から眺める景色はとても美しく見えた。

『父様と、お前だけの秘密だ。』

誇らしげに言う父になんと答えたのか、今はもう覚えてはいないけれど。

エマに合わせてカップを掲げる。


「甘くほろ苦い思い出に。」


失いかけて再び吹き込まれた命だから、精一杯生きていこうと思う。

だから父様。



どうか安らかに。







いかがでしたでしょうか?

サナが父親の死に対して淡泊なような気がして追加した作品です。


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