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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖八十八頁 サミュエルさんの店と白いお米様、ファーガスさん

「出店したのってこの辺りだったんですね!」

「丁度空きが出たと聞いてね。表通りからは離れてるけど人通りはそこそこにあるから、この場所が借りられて良かったよ。」

このお店の店主は紹介所で席が空いているか尋ねてきた物腰の柔らかいお兄さんでした。

お兄さん…サミュエルさんは王国の出身で同じく商人であった父親について各国を巡り経験を積んで、この度めでたく自分の店を持つ事が出来たのだとか。

おめでとうございます!


「とはいえ、まだ駆け出しだから先ずは常連さんを増やせるように頑張らないと。」

そう言ってサミュエルさんは雑穀を数種類目の前に並べてくれた。

元いた世界で言うところの、赤米、黒米、粟に麦。そして…。


おお!ありましたよ、白いお米様が!!


「これは?」

「王都で人気の定食屋があってね。そこの店主が発見し改良した品種だよ。実際にこの状態まで精製するのに手間隙がかかるからちょっと割高だけど、味は保証するよ。」

「おいくらですか?」

提示された金額は確かにちょっと高めでした。

が、頑張れば月々の食費内で遣り繰り出来る。

「よし、買った!」

「毎度ありー。ああ、そういえば定食屋の店主がこれを買った人間にはこれとこれを勧めておけと言っていたものがあるんだけど、見てみる?」

そう言って雑貨の棚と調味料の棚から一つずつ商品を持ってくる。


「…買います!!」

その定食屋の店主、間違いなく同郷の人だ。感謝します。お陰さまで今夜は白飯食べられますよ!ほくほく顔でお会計をお願いすると『今日は最初のお買い物だからおまけしておくね!』という有難い言葉と共に調味料をおまけしてもらった。


サミュエルさんのお店を出た後、市場で足りないものを調達する。そして再びルイスさんが扉を繋げてくれたのでオリビアさんのお店に無事到着。今回は連絡も入れていたし、時間に遅れてもいないので閻魔様は降臨されなかった。


…なんて安心するのは早かったですね。


「グ、グレース…。」

そういえばすっかり存在を忘れていた居候がいましたよ。

ダンジョンの内側から扉を、うっすーく、ほっそーく開けて隙間からこちらを覗く対の瞳。

怖いわ!思わずビクッとしちゃったよ。


「オジョウサマー…。オカエリナサイマセー…。」

「ちょっとどうしたの?纏ったオーラが禍々しいわよ!貴女光の精霊でしょうに!」

「大切なお嬢様が外泊とは…殿方と朝帰りとは…なんとハレンチな…」

「お前がな?!」

安定の暴走ぶりだな、グレース。

そして禍々しいオーラを纏ったグレースに転移してもらって十五階層の部屋に戻るとベットの上には干からびた白い毛束が落ちていた。

微動だにしなかった白いモップの毛が麗しい声で何かを囁く。

…このモップに見えた毛束、シロだったのね!


「…エマ…し…。」

「ひーーー!ちょっとシロ!?え、足りない?魔りょ…?」

すごいな…尻尾の先の産毛だけで魔力って吸えるのか。

というかいつも無駄に引っ付いてくるあの動作は何よ?

シロのニンマリとした表情を思い出す。

…わざとか!わざとなんだな?!

なんて騒いでいる間に半分近くの魔力を持っていかれた。

ちょっとグレース…貴女もね、しらっと魔力持っていかないでくれる?

やがて魔力を得て復活したシロが恨めしそうな視線で私を睨む。


「エマ、置いていくなんて酷い!」

「いや、だってシロってば二日酔いで意識無くしてたじゃない。」

あのあと主様ぬしさまとの宴会は大いに盛り上がったようだ。

お酒は綺麗に飲み尽くされた…主に黒い毛玉によって。

先入観かもしれないが精霊は酔わないと思っていたのがまさかの光の大精霊が泥酔。

お猪口二杯でこれって何で?

呼び掛けても『エマかわいい、我もかわいい。うふふ。』とか言ってるの見たら置いていく一択でしょうに。

言い訳は聞きませんよ!と強めに言ったら、背中を向けてふて寝した。

艶を取り戻した毛並の中で尻尾だけが揺れている。

くそう、かわいいじゃないか!


その横で今度はグレースが悲しそうな表情を見せる。

美人は得だなあ…そんな表情すら絵になるとは。


「お嬢様…侍女を連れずに外泊など心配しすぎて笑ってしまいましたわ。」

続いたセリフはどう解釈してもおかしいけどね。


「だってグレース、ダンジョンから外に出られないでしょうが。」

「出られますよ?精霊体のままですと無理ですが書籍に戻れば余裕です。」

「はい?初耳だよそれ? 」

「あら、お伝えしませんでしたか?」

何でこう、私の回りにはうっかり屋さんが多いのだろうね。

ちなみに一度ダンジョンから出てしまえば魔力が続く限り人化できるそうなので侍女として充分にお役に立てますとのことだった。

そうか、言われてみれば城の書庫で徘徊してた所をシルヴィ様に回収されたんだっけ。

うっかり忘れてたわ。


…類友?そんな失礼な!


そしてグレースが何故か禍々しいオーラを背負っていたのは、私がいないせいでシロの影響力が弱まり、膨大な闇の魔力に侵食されたからだそうだ。

このダンジョン内で潤沢に光の魔力を持つのはシロだけ。

シロがいることでこの女王様の部屋から出ても闇の魔力に侵食されなかったのだとか。

私が知らないうちにグレースを守ってくれていたんだね。

でも、そうか。

そういう事なら今後の対策を考えないと。

「グレース自身が光の魔力を貯めることはできないの?」

「まだ試したことはございませんが、恐らく外に出て光を浴びれば大丈夫かと。」

日光浴…というか光合成だな。

「じゃあ今日みたいにダンジョンに籠る日以外は店舗の台所で日光浴していようか。」

つまり月と水、金の日は私がいない間は書籍の姿で日光浴。侍女なんだし、家事全般得意そうだから人化してお手伝いをしてもらうこともできるけど、時々思考が暴走するからな。うっかりお店のお客様にでも怪我させたら申し訳なさすぎる。

ついでだから火と木の日はダンジョン内で私のお仕事のお手伝い、花の日はお休みということで好きに過ごしていいよ、と週の予定をざっと決めてグレースに伝える。

どうかな?

「まあ、お休みをいただけるのですか?」

「うん。お城で働いている侍女さん達も交代でお休みを取っているみたいだから。」

書籍の精霊体とはいえ、日々ダンジョン内で侍女のお仕事をしているのは確かだから、お休みも必要ではないかなと思ったのだけれど。


「機会があったら一緒に市場へお買い物に行こうね。」

私の言葉に嬉しそうな表情をするグレース。

うん、やっぱりグレースには笑顔が似合うね。


「ちなみに今日の作業中、日光浴しておく?」

「大丈夫ですわ。今日一日程度の魔力はお嬢様から戴きましたから。」

「シロは日光浴しないの?」

「うーん。するけど魔力を吸収するためっていうよりは、気持ちいいからかな。ただ光を浴びてるだけだと魔素を貯める器が大きいから効率良くないんだよね。…まあ、昼寝をしながらというなら別だけど。」

「昼寝をしながらだと効率が上がるっていうこと?」

「そうではなくて昼寝していれば、その間はたいして魔力を使わなくて済むから、なんだよ。起きていれば、人体で言うところの各器官は活動を維持するために常に微量の魔力を使い続けなければならない。魔力は生命を維持する力の源でもあるからね。そしてそれぞれの器官で使用される魔力量は微量であっても使う器官が多いほど寄り集まれば大量の魔力を必要とすることになる。」

「ならば寝ている間は使用されない器官が多いからその分多く貯まるということ?」

「そう。人間でも魔素を吸収できる器が大きい人間は大抵昼寝の時間を設けているよ。そうだな…エマもそろそろ対策を考えた方がいいかもね。」

「あれ、もしかして私また魔力量が増えた?」

「うん、一昨日出ていったときの倍ぐらいになってる。一気に大量の魔力を放出した経験値もついてるみたいだし…もしかして戦闘行為があったとか?」

ご名答。

また怒られるかな…と思いつつちょっと視線をそらす。


「気に入らないな。」

「心配かけちゃった?」

「ああごめん。戦闘行為がではなくてね。…他の獣の匂いがついてることに対してだよ。」

シロは目を細め、すんと小さく鼻を鳴らす。


「この匂いは…(マーナガルム)に接触した?」

「うん。冒険者の人はブラックマーナガルムって言ってたね。」

「ふうん。上位種か。気をつけてね、エマ。印をつけられてる(・・・・・・・)。」

「印?」

「君を餌認定したって事だよ。この匂いを辿れば、どこにいようが君まで迷わずたどり着ける。狼ごときが、我のものに手を出そうなんて随分と調子に乗っているようだね。」

シロは小さな風を起こして私の体を包み込む。やがて風は緩やかに回転し消えた。

あれ、なんかすっきりしたかも?

「浄化の一種だよ。エマにまとわりつく匂いを消した。この匂いを維持するために微量の魔力を相手から奪うから、その分が無くなって体が軽くなったんじゃない?」

「うん、そんな感じだね。ありがとう。」

「次からは必ず僕を連れて行ってよ。君の練習には手を出さないからさ。」

そう言うとシロは膝の上で丸くなった。

有無を言わさず使った分の魔力を補充している、そんな感じかな。

「これからダンジョンの修繕だけど一緒に行く?」

「うん。いくー。」

寛いでまあるくなっているシロを抱えて部屋の入り口へと向かう。

あ、そういえば。

これはグレースにお願いしよう。

「二十階層の主である魔人さんに一応声掛けて貰えるかな?」

修繕のときは呼んでくれたまえ、とか言ってたものね。

「かしこまりました。すぐに戻りますのでこのままお待ちください。」

綺麗な礼をして転移したグレースが言葉通り程なくして戻ってきた。


「覚えてなさい!次は絶対に沈めて…っと失礼しました。多少遅れるかもしれないが、すぐに合流するとのことでした。」

本当に仲悪いね…この二人は。

意外と気が合いそうなのに。

「じゃあ先に棟梁を迎えにいこうか。」

オリビアさんから伝言を受けていて、職人さん達は一階層にあるダンジョンの入り口で待っているとのことだった。前回の修繕では各階層の大きなひび割れ等は直してあるそうだから今回は細かい部分を修復していくことになる。

あと、そのついでに相談したいことがあるんだよね。


ダンジョンの入り口に転移するとすでに『雷神の鎚』の皆さんは集合していた。

おや、一人知らない方がいますね。

容姿からは判断しにくいですが年若い方と思われますが。


「皆さん、お待たせしてすいません!」

「今来たところだから大丈夫だぞ!それでな、こいつはワシの孫のファーガル。仕事についていろいろ学ばせているところだ。一緒に連れて行ってもいいか?」

「もちろんですよ!私はエマです。よろしくお願いしますね。」

「…よろしく。」

ファーガルさんに挨拶をすると、彼は目を合わせてくれない上に小さな声で素っ気ない挨拶を返すと、そのまま明後日の方向を向いてしまう。

おや?初対面のはずですが、いきなり嫌われたようですね。


「お疲れさま。エマさん。本日は私も同行するわ。」

「はい、よろしくお願いいたします、オリビアさん。」

今日はオリビアさんが同行してくださるんですね!心強いです。

さて、それでは作業にかかりましょうか。


「何階層から始めます?」

「そうだなあ…上層階だと三階層と七階層、八階層辺りが亀裂が多かったな。そこから始めようと思う。」

「わかりました!グレース、三階層に転移してもらえる?」

「もちろんですわ、お嬢様。それでは皆様お集まりくださいませ。」

人が集まったところでグレースが転移を発動する。


三階層に到着すると、棟梁の指示に沿って作業が開始される。

瞬く間に三階層の修繕は終了し、七階層へと転移する。

七階層の修繕もあらかた終了したところで魔人さんが向こうから歩いてきた。


「おう、先生!こっちだこっちだ!」

棟梁の呼ぶ声に片手を上げて答える魔人さん。

「作業が捗ったようだな。問題は?」

「大きな問題は起きてません。」

私が若干緊張ぎみに答えると、無表情のままひとつ頷き大人しく抱っこされているシロを見下ろす。


「随分と可愛らしい姿に変化されているようだな。」

魔人さんの言葉に口元だけでニヤリと笑うシロ。

それで納得したのか再び私に視線を戻す。


「それで、例のことはいつ話してもらえるのか?」

「ちょうどこの階層の修繕が終わった所なので一度休憩にしましょう。そこで皆さんにお話しします。」

例の魔法手帖のあれこれ話、そろそろだと思ったんだよね。今日はオリビアさんもいるし、ざっくり話してそれ以上の説明が必要かどうかの判断はオリビアさんに委ねよう。




というわけで、いきなりですが"おやつタイム"に突入です!



給仕用のポットに入れた華茶をグレースが各自持参のコップに注いで回る。

お茶請けには市場で仕入れてきたお菓子と、挑戦したマドレーヌ…専用の型がないのでモドキになってしまったのが残念ですが、初挑戦したわりに意外と出来が良かった自信作を皿の上に並べ提供しました。


「そういえば今日って冒険者の方少なくないですか?」

このダンジョンは国の収入の要だ。

混雑するとまではいかなくても、時間帯によっては冒険者の姿が割りと頻繁に見られると聞いてたんだけどな。

二階層で二、三組見かけた以来、全く見ないというのは珍しい。

誰もいないおかげで床に自由に座っても邪魔にならないのは助かるけれども。

ちなみにオリビアさんと魔人さんがいるせいかこの階層にいるはずの書籍の魔物は一体も姿を見せていない。

一度うっかり天井からでっかい蜘蛛(これも書籍が魔物化したものらしい)が落ちてきたが、『場をわきまえろ』とか言って魔人さんが黒い霧に包んで遠くへ吹っ飛ばしていた。

その後カサリとも音がしないのだが…蜘蛛はどうなったんだろうね?

「ああ、通達を出したのよ。十五階層の修繕が終わるまで、火の日と木の日は初心者が練習として使う二階層までしか立ち入りしないようにって。二階層まではこの間の補強で充分に強度が保証されたし揺れによるひび割れもなかったから使用できるようにしたの。」

それはこの国にある各機関からも要望があったそうで、鍛練の場として出来れば一部だけでも毎日解放してほしいと言われたそうだ。

私が納得したところで、魔人さんから声がかかる。


「…雑談は後にしてくれないか?先に話を聞きたい。」

「そうですよね。お待たせしてすみません。」

前回の修繕ではお話出来なかったからな。

それから尋ねる事なく今日まで待ってくれている。

どこからどこまで話そうか少し迷ったけれどいっそまとめて話してしまおうと思った。

女王様の魔法手帖とダンジョン外での出来事は除いてこのダンジョンに関わることは全て。

オリビアさんがダンジョンの"外"を担う人であるなら、彼らは内側から守る人達。

もちろん要として主様ぬしさまがいるが、手足となりうる彼らの理解なくしてはダンジョンを守っていくことなど出来ない、そう思ったから。


この世界に呼ばれてから今までの出来事を淡々と話していく。

今こうして思い返してみれば様々な事があったな。こんな私の感慨とは別のところで、皆それぞれに想いを抱えているようで、ただ静かに座って話を聞いている。

やがてカップに入れた華茶がすっかり冷え切ってしまう頃。

ダンジョンと魔法手帖にまつわる私の知ること全てを話し終えた。

暫し沈黙が落ちる。


「…ふざけるな!」

その沈黙を破るように怒りに満ちた声が響く。


「お前のような異世界の迷子が次代の魔法紡ぎの女王だと?冗談じゃない!またそうやって人を陥れようというんだな!今度は騙されないぞ!」


今度は(・・・)


「ファーガル、止めないか!」

棟梁の怒号が響くも、ファーガルさんの勢いは止まらない。

「お前らのせいで人が死んだんだぞ!自分が恥ずかしくないのか?」


ジブンガ、ハズカシクナイノカ?

記憶の蓋が開く。

思い出はこんなにも些細なことで鮮やかに蘇るのか。


「お前のせいで、あいつは死んだんだ!」



アナタノセイデ、アノコハ。



()()()言わないで!私のせいじゃないわ!」







この辺りでエマの過去に触れていこうと思います。

伏線ばかりでしたのでそろそろ回収しないと(汗)

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