魔法手帖八十七頁 宝石箱と、"帰還"
サナにお願い事をしつつ情報交換が終わったタイミングで、測ったようにノックの音が響く。
誰かなと確認すればディノさんが遠慮がちに扉を開けた。
「結構いい時間たったけど、そろそろ帰らなくていいのかい?」
その後口パクで『オリビア』と言った瞬間に予定があることを思い出しました。
そうでした。午後から修繕のお仕事ですよ!
「じゃ、買い物しながら帰るから。」
また遊びに来るよと言って立ち上がった私の手に、サナが美しい装飾をした四角い箱を渡す。
「なら、これ持っていって。」
「おおっ、綺麗!宝石箱だ。」
両手に収まるほどの大きさで、ベースの色は魔法手帖の表紙の色に近い緋色。
蓋がついていて、そこに何種類かの魔石を使い装飾が施されていた。
「試作品だけどね。通話機というものよ。指定の機種に対して音声と画像を送ってくれる。事前にここへ魔力を流して貯めておけば着信があったときに自動で発動するの。音声はこの部分で拾うわ。そして普段は鏡として使う部分に相手の顔が写る。発信するときは相手の魔力を刻んだ魔石をここに入れて。それと同じ魔力を検索して繋いでくれるから。」
なるほど。
魔石が電話番号のようなものか。
じっと箱を見つめる私にサナが簡単に使い方を説明してくれる。
乙女なデザインが女子力の高いサナらしい。
「ちなみに私のはこれ。この場で使い方を試してみる?」
基本の装飾は同じだけど色と形が違う機種を取り出す。
全体に丸みを帯びた水色の箱。四隅を猫足と呼ばれる意匠で支えている。
宝石箱の体裁をとったのは貴族のご婦人方へ販売する目的で作られたからだとか。
「いいの?もらってしまって。材料費高いんじゃない?」
「まあね。でも試作品だし、所長の許可を得ているから。」
ちらりとディノさんの方を向けばいつも通りの笑顔を見せる。
…うん、表情からは意図が読み取れないわ。
「大丈夫、他意はないよ。寧ろこうして連絡先を入れておくからたまに連絡してくれると嬉しいな~。もちろん何かあった時は相談に乗るよ?」
コロンと宝石箱の端に転がる緑色の魔石。
見上げれば一瞬軽く片目を閉じ、おどけた調子のディノさんにこう言われた。
…ある意味この年齢でウインクが似合うなど奇跡に近いな。
「…まあディノさんのはオマケということで。これが私のね。」
渡された石は紫。
ん?そう言えば。
「渡せる魔石が無い場合は一方通行ってこと?」
つまりは私からサナヘ連絡は取れても逆は出来ないってことか。
「そうなるわね…改良が必要かしら?貴族階級の人間は嗜みとして魔力を魔石に取り込む技を身に付けているから、ついそのつもりで設定していたわ。」
考え込むサナを余所にディノさんがちょっと驚いたように私を見る。
「あれ、意外。エマまだ出来てなかったの?」
「もう失敗しすぎて心が挫ける寸前です。…これでダメなら挑戦すること自体諦めます。」
収納から直径三センチ位の丸みを帯びた魔石を取り出す。
「大きさからいって魔物から採取したものかな?」
「はい、今回倒したビッグボアからです。」
売られている練習用の魔石は質の劣る魔石や使用後の魔石をリサイクルしたもの。
それらは安価な代わりに硬度に乏しく脆いため割れやすいらしい。
反対に魔物から採取された魔石は魔力の源であり、練り上げられた魔力の塊故に硬度は段違いに高いという。
私はそこに賭けてみようと思ったのだ。
「意図はわかるけど魔物とはいえ難易度だけでいえば底辺に近いようなビッグボアだからね。硬度は高いけど質はそこまで良くない。んー、うまくできるかな?」
ちょっと首を傾げたディノさんはポケットに手を入れる。
そして一目で質が良いとわかる魔石を一つ取り出した。
「こちらでやって見てごらん。」
「これは?」
「バシリコックの魔石だよ。容姿はトカゲに似た魔物で険しい山岳地帯など鉱石の採れる地域に棲息する。この魔物がいる場所は質のよい鉱石が採れるから、それを生業とする小人族には神の使いとして丁重に扱われているけど、基本性格は荒く雑食で餌として無差別に人を襲うこともあるんだ。これは群を成して危険度が上がったために依頼を受けて狩ったうちの一頭から採ったものだよ。」
バシリコックは基本単独で行動するが、餌の少なくなる時期は群れをなし、自分達より大型の動物や群れの個体数が多い種を群れで襲うことがあるそうだ。
固い皮膚と強靭な顎、それに上位種になると魔法を使ってくるものもいる。
難易度が上がる分だけ採れる素材に価値が高いものが含まれるそうだ。
バシリコックは鉱山に住み魔素をふんだんに吸収しているため魔石の質としては一級品なんだとか…イヤイヤ、話聞けば聞くほど使っちゃダメでしょう?
「冗談ではなく割ってしまうかも知れませんよ?」
「研究素材に使おうかなと思って取っておいただけだから。方向性が変わっただけでこれも実験みたいなものだからね~。投資は惜しまないよ?ささ、やってごらん?」
おや、ディノさん少年のように瞳がキラキラしてきましたね?!
サナもじっと手元を見つめ微動だにしない。
そして当然この人も。
「実験ですって!!」
ドッカーーーンと食堂の入り口を開けたカロンさん。
え、まだ寝てても良かったのですが?
色々と面ど…んっ、昨日はホラ大変だっただろうからね。
ええと、見逃せない実験には嗅覚が働くのですか。
それはまた、どこかの野生生物みたいですね。
イエ、ナンデモゴザイマセン。
オホホ。
カロンさんのレーザービームを避けつつ、
ディノさんからは失敗して素材を壊しちゃってもいいよの言質はとった。
そうか、実験だと思えばいいんだな。
ならば心置きなくチャレンジしよう。
「試しに魔紋様の効果を付与してもいいですか?」
これだけの一級品に魔力を溜めるだけだともったいない気がするんですよ。
折角なので出来るだけ複雑な効果の高いものを刻んでみたいと思います。
「そうだね…治癒の魔紋様は得意そうだからその辺りでどうだい?」
「あれ、治癒得意って私の魔紋様の効果知ってるんですか?」
「彗星のごとく現れた期待の新人として君の紡いだ魔紋様が飛ぶように売れているのを知らないのかい?元々オリビアの店には”織姫"と呼ばれ知名度が高いサリィとリィナがいるけれど、顔の知られている二人とは違って謎に包まれている分、巷ではどんな人物か大いに盛り上がっているよ?」
なんと!私の正体は謎に包まれているのですね!!
うふふ、謎の人物…ちょっとかっこよくないですか?!
「あ、ちなみにエマのことは皆知ってるよ。」
「え。それじゃ、謎に包まれてないじゃないですか?」
「…ええと、エマは新しい住み込みのお手伝いさんという認識みたいだね。ほらちょこちょこ食材買いに市場へ行ってるじゃないか。」
何でだろう。言ってる側からディノさんが申し訳なさそうだ。
いや、まあ、あながち間違っていないところが痛いな。
「エマはその、素朴な容姿をしているじゃないか。だから魔法紡ぎとは思えない、というか皆普段の一生懸命な様子故に高位の魔紋様を紡げると思わないというか…。」
ゲイルさん、言葉を選んでくださいましたね!
もうそこまで言ったら直球で地味とか素人感丸出しとか言っちゃって良いですよ。
あれ、目から塩辛い水が流れてくるんだが。
「ホラホラ。どっちでもいいから早く実験してよ。」
サナさん、どっちでもいいって…もういいかな。うん。
こういうやり取りのお陰でいい感じに脱力したのが良かったのか。
自然体のままに魔力を両手へ纏わせた。
魔力の波に浚われるように魔石は手を離れ、空に浮いた状態でするすると魔力を飲み込む。
金の糸が吸い込まれるように紋様を魔石に刻み込みやがて私の視界が強い光に包まれた。
その瞬間に。
「…ああ、懐かしい。」
導かれるように零れた言葉は全く脈絡のないもの。
でもその言葉が何故口から零れたのか私にはわかる。
だって私はこうして生まれ、慈しみ育まれたのだもの。
やがて知ることになる、愛になる前の、まだ幼い思い。
その温もりを思い出して、ふわりと微笑みが浮かぶ。
この手に包むのは命の輝きそのもの。
私の紡ぐ最高の治癒は…命を再び吹き込むもの。
「"帰還"。」
たった一人。
願わくば貴方を。
「エマ!!」
誰かの呼ぶ声が意識を引き戻す。
光が収まった時、手のひらに残されたのは。
金と銀と、この世界に存在するだろう数多の色を纏った魔石。
複雑な輝きを放つそれが描くのは割れも欠けもない、完璧な丸みと光沢。
やった!成功した!!
「やりましたよ!ディノさん!これって多分成功しましたよー!」
魔石から視線を戻すと皆無言で私を見つめている。
普段余裕な態度を崩さないディノさんですら色々思考を突き抜けたようで無表情だった。
ちょっと怖いのですが。
「ええと。」
「ちょっと見せてもらえるかな。」
無表情のままディノさんが手のひらから魔石を掬う。
魔石に刻まれた紋様を読み取り目を軽く見開いたあと、盛大にため息をついた。
「成功だ。」
「やった!実験成功ですよ!」
「うん、出来すぎだけどね。」
「はい?」
全く嬉しそうに見えない表情でディノさん言った。
見回せば他の皆も顔色が悪い。
「エマ、私とゲイルが戻って説明するまで魔石に魔紋様を刻むことを自粛して欲しい。」
「…それは何故か、と聞いてもいいですか?」
「本当は禁じたいくらいだけどね。君は異世界から呼ばれた人、そして次代の魔法紡ぎの女王だ。強制は出来ないということはわかっているよ。それでも出来れば自粛して欲しい。…君自身の安全のためにね。」
ディノさん言葉から理由はわからないけれどやりすぎたことは察せられた。
若干落ち込んだ私の頭をゲイルさんがポンポンと軽く頭を叩く。
すみません、ご苦労おかけします。
しばらくして方向性が纏まったのか、私が魔紋様を刻んだ魔石を持ったままディノさん達は揃って食堂から出て行った。
それを見送ってから、さてどうするかと考える。
元々サナと通話機使って連絡を取り合うために自分の魔力を込めた魔石が必要だった。 手元には一応未使用のビッグボアの魔石があって、何となくだけど魔物から採取された魔石は私の魔力と相性がいいような気がしている。…魔石に魔紋様を刻むことを自粛すればいいわけだから、魔力を込めるくらいはいいのかな?
「エマ、貴女が今何を考えてるか当ててみせましょうか?」
サナの声で我に返る。
こちらを厳しい表情で見つめる彼女。
バレバレでしたか。
「やっぱりだめかな?」
「まあ、普通はそれもだめって言うでしょうね。」
「普通はってことは、サナ言わないってこと?」
「好奇心だけで手を出しちゃいけない領域っていうものは存在するのよ。今回、貴女は知らずにそれに手を出した。それもあるから本来咎めるべきなんだろうけど、貴女のことが心配だしね。非常時のために私は連絡手段を持っておきたい。…だからいいわよ。今回は特別に黙っててあげる。」
「それってサナもリスクを負うことになるんじゃないの?それなら…。」
躊躇する私に向かってサナの手が伸びる。
そして突然、うにっと頬が摘ままれた。
彼女は急に笑顔になって両手で私の頬を引っ張ったり縮めたりして楽しんでいる。『思ったより伸びるのね』って実験ですか、これも。
「言ったでしょう。私が連絡手段を持っておきたいって。その辺りの危険も承知の上よ。だからほら、さっさと魔力を込めた魔石を寄越しなさい。」
手のひらをこちらに向けて催促される。
促されるままに魔力を込めれば、思った通り魔物から採取した魔石にはよく魔力が馴染んだ。
割れも欠けも無く複雑な色合いを持つ石はそのままサナの手に収まる。
「それじゃ実際に発動させるわよ。」
席を立って少し離れた場所にある窓側へ移動したサナは宝石箱に魔石を落とす。
やがて私の魔石が光り、その波動が私の持つ宝石箱へと伝わってくる。
チリンチリン。
手元の宝石箱から鈴を鳴らすような可愛い音が鳴る。
「こちらサナ。聞こえるかしら?」
取り付けられた装飾の一つからサナの声が聞こえ、鏡には転送された彼女の表情が写る。
おお、ばっちりですよ!
「こちらエマです!って応答する時はそのまま話せばいいのかな?」
「ええ、そのまま話して大丈夫よ。ちなみに宝石箱に流した魔力が無くなると切れてしまうから、様子を見てたまに補充してあげて。あと通話を終了したいときはこうやって蓋を閉じればよいの。」
サナはパタンと宝石箱の蓋を閉じる。
波動が途絶えた感覚がして、一瞬で普通の宝石箱へと戻った。
「これ物凄く売れそうな気がする…。」
おしゃれな上に高性能だ。
売れない訳がない。
「課題はまだまだあるから発売までに改良しないとね。」
そう言いながらもサナは嬉しそうな表情をする。
自身の生み出した物が人々に喜ばれ賞賛される。
技術者にとってこれに勝る喜びはないだろう。
また一歩未来へと足を進めたサナの様子をうらやましく思いながら、私もまたすべきことをするために食堂から移動する。
ダンジョンの修繕を進めないと。
やりたいことの半分はまだ出来ていないのだ。
棟梁に相談したいこともあるし。
「じゃ、帰ります。」
「なら送っていくよ。」
ルイスさんの申し出は断ろうかとも思ったけれど、『昨日の今日だし』と言われ頑なに拒否されたのでここはお言葉に甘えておこうと思います。
帰り道、ついでに市場で食材仕入れよう。
宝石箱を収納に入れてサナとカロンさんに挨拶すると玄関の前まで移動する。
「ちょっと寄り道をしようか。」
ルイスさんは軽くノックしてから扉開けた。
おお、こ、ここは!
「雑穀を扱うお店に行きたそうだったとカロンから聞いたから。」
さすがです!カロンさん!最高のアシストですよ!
さあ、何を買おうかな…ってあれ?
「お、いらっしゃい!」
「あれ、貴方は!」
エマ雑穀やさんやっと到着。
お米食べたい。
次回再びダンジョン修繕です。




