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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖八十五頁 朝食と録画転送機、サナの思い

カーテンから朝日が差し込む。

眩しさに瞬きすると見慣れない家具の存在が目の端に映り、ふわりと浮上した感覚と共に意識が覚醒する。

ああ、そういえば昨日はサナの部屋に泊まったんだっけ。


「っと、サナ?」

隣に寝ているはずの彼女がいないことに気が付いて視線を巡らせれば、少し離れた場所にあるソファーの上で毛布にくるまり規則正しい寝息をたてている。

このベッドは一人用だから寝るにはちょっと狭かったけど、腰かけて話をするには丁度良かった。

この様子だと、たぶん私の方が先に寝ちゃったんだろうな。

そして気を使ったサナが私をベッドに寝かせ自分はソファーに移動し寝ていると。

申し訳なかった…でも、ありがとう。

窓から差し込む光の加減から推測するに随分朝早い時間のようだ。

いつも通りの時間に起きたようで、まだ寝ているサナを起こさないよう部屋を出て水場で顔を洗い身支度を整えると、朝御飯を作ろうと台所へと向かう。

「あ、エマちゃん!こちらに泊まったの?朝起きるの早いわね!」

「何となく体が時間を覚えているようで、このくらいの時間になると目が覚めてしまうんです。カロンさんはいつ帰ってきたんですか?」

「さっきよ。昨日は研究資材を壊されてしまったから、残った画像の分析と修復が朝までかかってしまってもうヘトヘトよ。朝御飯食べたら寝るわ。」

…ここにも違う意味での被害者が。

バレると色々面倒だからそっと記憶に蓋をします。

わざと壊させたなんて知れたら命の危機だ。


さくっと朝ご飯作って、食べ終わったらとっとと寝てもらおう。

そう思いつつ一定の温度に保つ魔道具…いわゆる冷蔵庫ですね。

その厚みのある扉を開ける。

おお、本日は産みたて卵があるじゃないですか!

先程農家さんが届けに来てくれたと!

よし、朝はオムレツにしよう。

ルイスさんの家でも私手作りのマヨネーズやドレッシングを愛用してくれているようで、徐々にゆで野菜や生野菜…サラダですね、これが一品として定番化したようだ。

皿に盛られ当たり前のように置いてある。

野菜室を見ると秋の食材…カボチャや栗、キノコ類が充実している。

うん、オムレツにキノコを入れたブラウンソースをかけよう。

その前にスープを作ってしまおうかな?

材料に選んだカボチャは茹でて潰し丁寧に濾す。

牛乳でゆるめて塩と胡椒で味を整えたら、カボチャのポタージュですね。

こんな風にゆっくりと時間をかけて料理ができるって本当に贅沢だわ。

毎日忙しなく毎日を過ごしていたから余計にそう思う。

ついでに夕飯の分も一緒に作ってしまおう。

おや、食堂の方が賑やかな気が。

ひょっこり顔を出すと、こんな朝早くからディノさんとゲイルさんがやって来たようだ。


おはようございまーす。


ん?ゲイルさんが手にバカでかいトカゲモドキの尻尾を握りしめている。

ええと、これは?

「朝の運動がてら狩ってきた。」

一日一度は狩りをしないと調子が出ないと。

あれですか、毎日ジョギングする人が一日でも休むと調子が悪いというのと一緒ですね。私が重量感あるトカゲモドキに唖然としているうちに、さらっと受け取ったカロンさんが軽く担いで台所へと姿を消した。

グロテスクな見た目の割に味わい深く、お酒のおつまみに最適なんだと。

…ぶ、部位に切り分けられるんだよね?

まさかあのまま頭からバリバリと…いえ、カロンさん、何も考えておりませんよ?

ええ、何一つ。

食堂に料理を並べ終わったところでサナが二階から降りてくる。

ルイスさんも先程起きてきたので二人分のオムレツを後から追加して焼く。

はいどうぞ!

たんと召し上がれ。


ん、サナのご機嫌がよろしくない。

ベッド取っちゃったからかな?

「違うわよ…朝もエマにご飯作ってあげようと思ったのに。」

彼女はモゴモゴと小さな声で呟く。

隣ではディノさんが衝撃を受けた表情でフォークを取り落とした。

「こ、これは!」

「わかりますよね!ディノさん!これが何か!」

「あーっと。オムレツがふんわり美味しいねと…。」

「ちょっとだけ卵生地にマヨネーズを足すのが我が家流です。そうするとふんわり…でなくてですね、朝からこのサナの可愛さが炸裂しまくってるのになんで理解出来ないんですか?」

「…サナはいつもかわいいと思うが?」

「そうですよね!ゲイルさんわかってらっしゃ…ゲイルさん?」

貴方はそっち方向に天然でしたか。

ほら見ろサナが真っ赤になって悶えてるぞ!

たらしか、天然の女たらしがいるぞ!

『者共であえー!』という台詞はサナが私を拳で沈めたために最後まで言えませんでした。

何故に私が拳で沈められる?

解せぬ。


朝食が終わったところでカロンさんは眠気がピークに達し自分の部屋へと戻っていった。

残った皆でお茶を飲みながら昨日の追加報告と今後の予定の確認を行う。

サナは今日偶々お仕事がお休みだそうなので特別に参加して貰いました。

ちなみに彼女は今カロンさんと同じ研究所の助手として働いている。

ゆくゆくは研究員になれる事を願って日夜研究のお手伝いを頑張っているそう。

また一歩、夢に近づいて良かったね!

サナの日常をほっこりとした気持ちで聞いていると、やがて昨日の一件が話題にのぼった。

いよいよきましたか。

「どうしても先に二人を帰したその理由が気になるんだけど。」

おやディノさん、単刀直入に聞きますね。

「ああ、あれはですね。ちょっとした情報提供です。」

「情報提供?」

「今回、仕掛けてきたのはダングレイブ商会という力ある商家。彼らが商いを続けていくにあたって一番気にするのが醜聞です。今回、かの家の御曹司がやらかしました。さてこの醜聞を揉み消すにはどんな手を打ってくるか。方法は二つ。まず一つ。事件そのものをなかったことにする。これは研究資材を壊したために研究所へ連絡が入り、そこから領館に通報されたために発覚、多くの人が知るところとなり完全に揉み消すことは難しい。ならばとれる手段はあと一つ。」

騒動が起きたのは『相手側に問題があったから』と人々に認識させること。


「所謂、情報操作です。騒動になった以上、調査する側はなるべく情報を漏らしたくない。そのため原因や事件の詳細は伏せてしまいます。裏を返せば領民が正しい情報を入手することは難しくなる。一方で商会側は警邏隊の接触がある以上、領民に対し何らかの説明が必要になる。醜聞となるのを避けるためには自分達に原因があるとは思われたくない。だったら初めから自分達は被害者であるという認識を世間の人に与えておけばいい。どれだけ調査の手が及んでも世間は勝手に被害者として扱ってくれる。結果、同情されて商会の名に傷はつかない。」

アントリム帝国でサナに纏わる皇帝陛下の情報操作は今思うに完璧だった。

それを参考にすると商会側の対応は自分達にとって都合のいい情報を流すという手法になるだろう。やらかしたのが御曹司なのだ。

『私達は関係ないよ!』という言い訳は残念ながら通用しない。

ならばトーアさんが言っていたような悪意ある噂をうまいこと活用して"蒼の獅子"やオリビアさんに責任を押し付けようとするだろう。

「なのでこちらが先に正しい情報を領民の皆様に提供することにしました。」

にっこり笑って収納から魔紋様まもんようの紙を取り出す。

「サナが設計した録画転送機の市販品、カロンさんから魔道具の店に卸したって聞いたんですよ。なのでオリビアさんにお願いして仕入れてもらい一台購入したんですよね。あれ、評判いいみたいで置いたそばから売れていってるんですって。なので今後需要として見込めるかなと、それの対になるように、こんな機能を持った魔紋様まもんようを紡いでみました。」

それがこの画像を再生できる魔紋様まもんようだ。

画像再生紙と勝手に呼んでいるこの魔紋様まもんように録画転送機の本体を置き、魔力を流すと保存された画像が再生できる優れもの。

イメージしたのはホログラム。

浮き上がるような立体的画像をお楽しみいただけます。

その上、一度再生した画像は魔紋様まもんように記録されるから紙や魔紋様まもんよう自体が消耗するまで何回でも再生できますよ!

ちなみに今回採用したのは一回使いきりで情報を流したら自動的に消去される仕様のもの。

試しに紡いでみたのはいいが、自動的に消える機能をつけるのが意外に大変で、出来上がってみたら随分とたくさんの魔力が必要なものになってしまいました。

…だって一回言ってみたかったんですよ。

『なお、この○○は自動的に消滅する…』あの番組、お父さん大好きだったな。


それはさておき。

「実際にやってみた方がわかりやすいですね。」

紙に魔力を流す。

再生されるのは御曹司に見せたダイジェスト版。

おお、再生画像が思ったより大きい!しかもきれいだ。

皆様食い入るように画像を見ています。

そして再生が終わると紙はそのままに魔紋様(まもんよう)は粒子レベルまで分解し空気の中へ消えていく。

「なるほど、魔紋様(まもんよう)の効果に関する詳細はわかった。これを使い拡散したという訳だね。それで、なんでわざわざそんなことをしたのかな?」

ディノさんちょっと心配そうな表情ですね。

まあ普通に考えたらなんて面倒なことを、と思うでしょう。

「なんでの前にどういう手順での方を先に説明していいですか?…ディノさんが領館に連絡を入れたあと御曹司達を拘束したじゃないですか。お陰で助かりました。あの行動のおかげでダングレイブ商会に詳細な情報が渡るのを遅らせることができた上、サリィちゃん達をこっそり派遣することが出来ました。」

派遣した先はサリィちゃんが市場、ロイさんは居酒屋さん。しかもノルマは五カ所以上。

彼らには認識阻害をかけた上で一芝居打ってもらった。

「落とし物や忘れ物を従業員さんに届ける、という芝居です。」

「芝居ってことは実際は?」

「落ちてたものを渡すふりをして、魔紋様(まもんよう)の転写された紙に魔力を流してもらいます。あくまでもうっかり魔力を流しちゃった!という雰囲気で唐突感を演技力で押し切ってもらうようにお願いしました。」

画像が流れた後はその場にいた皆さんが勝手に拡散してくれるように誘導してもらう。

ちなみに使用した魔紋様(まもんよう)一回使いきりとした理由はここ。

魔紋様(まもんよう)や魔力の残渣から誰がやったのか特定できないようにしたいから。

「だが映像には残っていなくても蒼の獅子やオリビアの店は名前が出ている。どう考えても画像を流したのはそのどちらかだと思われるぞ。下手をしたらあの場にいたものの関与が疑われ…それが目的なのか。」

ゲイルさんの言葉に頷く。

「蒼の獅子についてはカイロスさん達も薄々は察していましたね。この画像が流される以前に揉め事に巻き込まれた時点で最悪の場合命を狙われると。なのでその最悪を回避するために拡散しました。ちなみにオリビアさんにもサリィちゃんから説明をお願いしました。この画像が流れたことで商会側が大っぴらに手を打つことが出来なくなりましたから。」

そのために相手が誰かという情報はむしろ開示しておく必要がある。

それも被害者としての立場を明確にした状態で。

「それに今回の件は御曹司が独断でやったことだと思うんですよ。秘密裏に動こうとしたにしては抜け漏れが多すぎますから。商会側としても後手にまわった以上、情報操作をするにも限度がある。今回私が情報提供したことであの場にいたものに何かあれば犯人として真っ先に疑われるのは自分達だとわかってますしね。後ろ暗い事があれば尚更探られたくないが故に穏便に済まそうとするでしょう。」

だってあの映像見る限りでは御曹司が欲しがった物はまな板とただの手帖。犯した罪はといえば研究資材を壊したから器物破損かな?その程度であの場にいた者の命を狙うところまでリスクを犯すか?うん、ないだろうな。

「例えばこういう筋書きはどうでしょう?御曹司は酔った勢いで周りの人間に唆され(・・・・)冗談で少女に絡んだと。あの映像で実際に悪意ある噂について言及したのは別の人間ですから彼に問題があったと情報を流せば上手く誤魔化せると考えるでしょう。むしろ身内を整理する良い機会、とでも捉えるのじゃないでしょうか?」

この程度の騒動なら謝罪程度で事態を収束させたい、そんなところだろう。そして商会側にそう思ってもらうことが情報を公開したもうひとつの理由。こちらからすれば『この程度のいざこざしか起こしていないんだからこれ以上問題起こさないでね(意訳)』といったところだ。

「今回の騒動が商会の命運を左右するわけではないので命を狙われるとまでは思えませんが一応保険も兼ねています。」

それにトーアさんの存在も恐らくこの筋書きを後押しするだろう。

普通の人なら囚われている者(トーアさん)が問題を起こしたと考えるだろうし、実際は金と権力にモノをいわせて商会側が御曹司を無理矢理連れ帰ったのだが、これなんかその場にいなければわからないことだ。この辺りは情報操作しがいあるだろうね。

商会側は御曹司や部下に対する管理不行き届きは責められるだろう。でも一方で調査に協力する姿勢も見せているし、決着によっては身内であっても悪を許さない姿勢は流石であると寧ろ評価されるだろうな。


「このようにこちらの用意した情報操作が商会の価値を下げないと分かれば、この筋書きに乗りますよ。本当にダングレイブ商会が損得勘定ができる()()()()()()であれば。というよりも現状これ以上無難にやり過ごす筋書きはありませんから。」

ディノさん達は各々思うことはあるようだが、二、三質問はされても特に反論されないので概ね予想と対策には賛同してもらえたようだ。

とはいえ今回無難な決着に持っていけそうなのはビギナーズラックな面もあったからな。

商会側としては情報操作に対し素人であるこちらが早々に手を打つとは思わなかっただろうから、たぶん次からはこちらを警戒してもっと早く手を打ってくるだろう。

もちろん次があればの話だが。

そして皆には言っていないが私がこの件を拡散したのにはもう一つ理由がある。

それはダングレイブ商会という組織の探るための試金石。

この件の対応によって組織の体質を計ろうと思うのだ。私がダングレイブ商会について持っている情報はあくまでも噂の域を出ないもの。噂には当然情報操作されたものも含まれるから精度が低い。ならばせっかくの機会だしとことん利用させてもらおうと思うのですよ。


「とりあえず暫くは様子見でしょうか。カイロスさん達にも不幸な事故には気を付けてねと伝えておきましたし。」


そうなのだ。

もう一つ心配なのは事故に見せかけて命を狙われる、という対応をされること。残念ながら私の立場ではその点に手が打てなかった。

申し訳ないと思う私に『トーアの件で危険にさらしたのはこちらの責任でもあるから』とカイロスさんにもヨーゼさんにも逆に謝罪されてしまった。それに『仕事上恨みを買うこともあるし寧ろ今回は被害者なんだし堂々としているよ』とも言われた。

うん、その堂々とする姿勢は大事です。

下手に隠れると何か裏があるんじゃないかと勘ぐる人もいるからね。

「その点についてはこちらが配慮しよう。」

ゲイルさんが暫くは蒼の獅子の動向に注視してくれることを約束してくれた。

おお、よかったです。

「で、君はどうするんだい?」

「前も言った通り、暫くは修繕とお仕事でダンジョンに籠ります。ただ、出来れば狩りは慣れておきたいんですよね。とは言っても今回の件みたいに不要な騒動に巻き込むのは申し訳ないし…。」

うむ、と悩む私に対して。

今まで黙って聞いていたサナが突然にっこり笑って言った。

あれ、笑顔なのに身の危険を感じるよ?

なんでだろ?


「ルイスさん、ディノさん、ゲイルさん。こんなことをお願いできる立場ではないのはわかっていますが、暫く席を外してもらえませんか?


エマと二人きりで話したいことがあるんです。」





ちょっと長めです。

一部都合のいい展開になってしまったので少し内容を変更するかも知れません。


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