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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖八十二頁 ブラックマーナガルムと檻、ひらけ!!ごま

流血シーン含みます。

マーナガルム。

古の言葉で「敵対」「憎しみ」を意味する。

天空にかかる月をも喰らうとされる伝説の生き物。


彼らは聖国周辺にある山脈から一定の周期で繁殖のために低地へと降りてくるといわれる。獰猛な上に雑食で、一回の食事に大量の餌を必要とするという理由から周辺の動物だけでなく魔物や人間も見境なく襲うという。基本マーナガルムは集団で狩りを行い、行動することの多い種であるが、その中でも際立って体が大きく力の強いとされる個体は単独で狩りを行うこともあるという。

単独で狩りを行う個体は、ほぼ例外なく成長するに従い毛の色が黒く変色していくという特徴を持つため、研究者の間ではマーナガルムの変異種なのではないかとも言われている。

それがブラックマーナガルム。

この辺では見られることのないはずの闇属性上位に位置付けられる魔物。


魔物特有の硬質な体毛が落ちかけた日の光に照らされて黒曜石のように輝く。

今向かい合うブラックマーナガルムは私達を静かに見据え品定めをしている風情。

そしてビッグボアの方はまだ距離があるためか、こちらの存在に気付いていない様子。

「不味いな。もうすぐ日が落ちる。」

「どういうことですか?」

「日が高いうちは光神の領分。魔物は闇の神の眷属が多いから活動が抑えられるといわれる。だが日が落ちると…。」

「闇の神様の領分なので活動が活発になる、ですか。」

「そういうことだ。…君は素人の割に随分と落ち着いてるな?」

「一周回って吹っ切れました。」

「開き直ったか。まあこちらとしても下手に騒がれるよりは助かる。」

ロイさんと小さな声で話す。

確かにノミの心臓が順調に心拍数上げつつありますが、自分でも割と落ち着いている方だとは思います。

それもそうですよね。

今までの自分を振り替えると、エスコートされつつ誘拐されてみたり、屈強な男性に囲まれ命の危機に晒されてみたり、魔人さんに激励のハグされたり、武具作ろうとしたら普通のは使えないからって対価の補填として神様に試されたりした。

そんな色々な局面を乗り越えてきた私がこういう事態を想定できない訳はなかろう!


…。

何言ってるんですか!

想定してませんよ全く!

いきなり冒険者さんも真っ青な大物が、繁殖期でもないのに初心者向けの狩り場に現れるとか、どんだけ悪い方の引きがいいの私って?!


パーン!


突然響く破裂音に驚いたビッグボアがこちらを向く。

銃声のような乾いた音。

ちょっと待て、今誰が音を立てた?!

「ビッグボアがくるぞ!」

カイロスさんの緊迫した声が響く。

ビッグボアはブラックマーナガルムと対峙し身動きがとれないでいる私達を見つけたようで、隊列の脇を目掛けて突進してくる。スピードはそこまで早くないが、勢いが強いからぶつかればそのまま弾き飛ばされる未来しか見えないな。ちなみにブラックマーナガルムの方は突進してくるビックボアをちらりと見ただけで微動だにしない。

「二手に分かれろ!マーナガルムは俺、ヨーゼ、トーア。残るものでビックボアを…トーア?」

「いない?!…っと防御結界!」

結界の類いは苦手、と言っていたヨーゼさんだったがスムーズに結界を張るとビックボアを跳ね返す。うん、柔軟性があって充分な強度もある見事な結界。

あれは苦手っていうのは嘘だな、絶対。

姿の見えないトーアさんのことが気になるが、今はビッグボアが先。

「サリィちゃん!ビッグボアの弱点って知ってる?」

「動きを止めると威力が落ちる。通常は罠にかけて動きを鈍らせてから狩る。」

「動きを鈍らせてね。うん出来るよ!」

「後は私が。」

「了解!」

こちらの動きを察したのかブラックマーナガルムがカイロスさんとヨーゼさんに襲い掛かかる。

ビッグボアがいるためにカイロスさん達の方へ合流できないでいるロイさんには軽く目で合図する。先にこちらを片付ければ直ぐに合流できますからね。

ビッグボアが結界の存在に怒り、雄叫びを上げながら体当たりを繰り返す。

なるほど、猪だけに真っ直ぐにしか進まないのね。

とはいえ巨大な体躯と強靭な牙を持つビックボア。

ヨーゼさんの結界が突破されるまであまり時間はない。


収納から魔法手帖を取り出す。

ふふ、一応擬態をかけておいたから魔法手帖とはバレまい。

「 土属性 "即時軟化"」

座標をビッグボアの足元に固定し魔力を流す。

発現した魔紋様まもんようの効果でビッグボアの足元がぬかるみとなる。

イメージしたのは底無し沼。

ズブズブと沼の中へと沈んでいく巨体。

最後の足掻きのように雄叫びを上げ結界へ何度も角を叩きつける。


3、2、1。


派手な音をたてて砕け散る防御結界。

「 土属性 "即時硬化"!」

再び魔法手帖に魔力を流すと、ビッグボアの足元に広がった沼が一瞬で固まる。

体の半分ぐらいを土に埋め、動けなくなるビックボアの首を飛び出したサリィちゃんの剣が鮮やかに切り落とした。

「っと!」

勢いよくロイさんに引き寄せられたと思うと、次の瞬間凄まじい量の血飛沫が飛んでくる。

ギリギリ直撃は免れました!

ロイさん、感謝します!

「ビッグボア程度の魔物なら大丈夫だが、種によっては血に毒や酸を含むものもいるから気を付けろよ。」

毒や酸が含まれなくてもあれだけの量が一気にかかったら精神的にキツかっただろう。

そんな私の衝撃を余所にビックボアをあっさり倒したサリィちゃんは、すでにブラックマーナガルムを攻撃範囲に捉え、大剣を翻し次々に攻撃を加える。

サリィちゃんが純粋な剣士だとすれば、カイロスさんは魔法剣士。

武器はロングソードで属性を付与し更にダメージを上乗せしていくスタイル。

ヨーゼさんは後方支援。

得意とする距離をとった場所からの高精度魔法。

距離のある場所からピンポイントで敵に魔法を撃ち込み、更に仲間に回復をかけるなど私には絶対無理。

充分に実力のある二人にサリィちゃんという前衛特化したような遣い手が加わったのだ。

火力は充分…のはずなのだが。

「…三人掛かりでもキツイか。」

「原因はやっぱりあれですよね。」

ブラックマーナガルムは闇属性の魔法が使える。

今も三人を目掛けて精神干渉を含む攻撃が次々と飛んできていた。

流れ弾のような一撃がこちらにも飛んでくるが、それはロイさんが剣を使って弾き飛ばす。

一般的なマーナガルムは魔法を使えない。

進化の過程で素早い動きと丈夫な牙を得、それだけでも充分に餌となる生き物を狩ることが出来るからとされる。

悪魔とも称される黒い獣はその野性味あふれる容姿に反し、複数の魔法を同時に操る器用さを持ち合わせる。

闇の上位魔法に身体強化、自己修復と。

効果を見るだけでもそれぞれの適性がずば抜けて高い。

こうして日が落ちてくると、薄闇に紛れた体の線は人間の視力では捉えにくくなり、ただ煌々と輝く黄金色の瞳と獲物を捉える際にぱっくりと開く赤い口だけがはっきりと闇のなかに浮かぶ。

なるほど、確かに強くしたたかな()()の名をもつに相応しい。

このまま待っているだけでは分が悪くなる一方。

ならば、この際だから色々試させていただこうか。

「ロイさん、よく周囲を見ていてくださいね。」

「…いきなりどうした?」

「ちょっと思うことがあるのですよ。」

さりげなく認識阻害の魔紋様まもんようを発動させる。

そこに誰かいるけど、気にならない程度の効果しかない弱いもの。

でもこのくらい弱いものでないと不自然に思われる。

「気づいてますよね?見られていること。」

「…感覚は鋭いようだな。」

「臆病なだけですよ。それでですね…。」

小さい声で段取りを説明するとロイさんは面白そうな表情を見せ軽く頷く。

「なるほど、そういくか。」

「今ならギリギリ視界で捉えられますから。」

チャンスは一度きり。

魔法手帖に魔力を流す。


「検索 火属性 範囲"特大" …点火。」

重ね紡ぎの試作品のひとつ。

いやー、暴発しないでよかった!

魔法手帖から巨大な光の玉が糸を引いて天に伸びていく。


ヒュー…ドッカーーーーン!!


天に咲く、色とりどりの華。

突然の音と光の競演に一瞬皆の動きが止まる。

味方も、()も。

ゲージサイズ 小」

まずは目視で捕捉したブラックマーナガルムを檻の中へ。

大いに暴れている気配がするが、残念、この中は物理攻撃を弾き魔法を無効化する。

それから。

「檻 サイズ 大」

再び魔法手帖に魔力を流す。


「あの辺りだ。」

ロイさんの指差さす辺りの茂みを檻で囲む。

この檻は空間魔法の応用。生物を認識して、別空間に収納するように紡いだ。

時間の流れも音もない真っ白な空間にご招待。

さあ、こちらの檻は()()捕まえた?

私が魔物と視線の主を檻に捉えたことを確認して、ロイさんは仲間の所へと走っていく。

入れ違いにサリィちゃんが戻ってきた。


「カイロスさんとヨーゼさんは?」

「ヨーゼさんは魔力が少なくなって倦怠感はあるそうだけど、大きな怪我はないそうだよ。…ただブラックマーナガルムと接触の多かったカイロスさんは怪我を負っているみたい。」

邪魔になりそうだから私の守りをロイさんと交代するために戻ってきたというサリィちゃん。

大なり小なり怪我をしてはいるが元気そうだ。

魔法手帖から治癒を発動して表面上の傷を塞ぐ。

流れてしまった血は取り戻せないから自力で頑張っておくれ。


「空間魔法の同時展開と維持。使う魔力量、半端ないでしょう?」

「まあ、普通にいけばそうなんだけど…今回はちょっと()が良くてね。」

治癒魔法を受けながら真っ白い箱を交互に指し示すサリィちゃん。

サリィちゃんの治療を済ませると、今度はカイロスさん達の方へ移動する。

収納からオリジナルの回復と治癒の魔紋様(まもんよう)を取り出す。

三人の方へと走っていけば、ヨーゼさんが必死にカイロスさんへ治癒魔法をかけている。

なかなか芳しい効果の現れない様子から治癒魔法が苦手なのは確かなようだ。

怪我の具合は…確かに酷い。特に右手と肩から胸にかけて一部ぱっくりと傷口が開いているし、それに伴う出血量も多いようだ。

「良かったらこれを使ってください。()()、手に入れたんですよ。」

そう言って回復と治癒の魔紋様まもんようを渡す。

自分が紡いだとは言いませんよ?

これ以上の魔法紡ぎの女王に関するあれこれに巻き込むのも巻き込まれるのもごめんですから。

渡した魔紋様(まもんよう)は、ロイさんがざっと紋様を確認し、ヨーゼさんに渡す。

「これは…。」

「いいからカイロスの意識があるうちに使え。ブラックマーナガルムは捕らえてはいるが、まだ檻の中で生きてるんだ。」

「あ、ちなみに魔力を流すときに"対象者"という言葉と共にカイロスさんの名前を言ってくださいね。そうすることで対象者のみに絞って治療を施すことができる…そうですよ?」

一つ頷いてヨーゼさんが魔力を流す。


「対象者 カイロス」


スムーズに発動するとカイロスさんを包み込む金色の光。

再構築されていく組織、取り除かれる異物、そして塞がれる傷口。

こちらは回復効果つきだから全回復まではいかなくとも、体力気力共にそこそこマシな状態になるはずだ。


…うん、大丈夫そうだな。

自分自身にしか使用したことのない治癒の魔紋様(まもんよう)を他人に使うのは気が引けるが緊急事態だから仕方ないだろう。

これがオリジナルの治癒の中で一番効果が高いんだよね。

「…すごいな。」

治療が終わり立ち上がったカイロスさんは上半身の動きを確かめながら呟く。

ヨーゼさんはポケットから出した魔石を砕き、自身に回復をかける。

ロイさんは…うん、特に問題なさそうだな。

さてと、いよいよ檻の中の生き物たちをどうするかだな。

「個人的には終点を指定せずに転移で飛ばしたいです!」

「いや待て?いきなりはないだろう?!ブラックマーナガルムの方はともかくもう一つの箱はたまたま通りかかっただけの領民かもしれないじゃないか。」

おや、カイロスさんは良心的ですね!

「まもなく暗くなるという時間に魔物が出るとわかっている森の周りをふらつく領民なんて居ないだろう。いてもこの場所を知らない旅人位だが、それならさっさと立ち去っているんじゃないか?こちらの動向を伺うなどという意味不明な行動をする理由がないじゃないか。」

うん、私もロイさんの意見に一票。

さらに言えば。

「一応収納されたときの容量から子供ではないということもわかってます。いい大人ですから自分のとった行動の責任はとれますよね。というわけで…!!!」

「ダメだからね?!落ち着いてね?!」

くっ、ヨーゼさんがいい人オーラ全開ですがり付いてくる。

そんなうるんだ視線でこちらを見ても…うう…わかりましたよ。


「じゃあ、ブラックマーナガルムの方を異空間に吹っ飛ばしますね。」

あのくらい強いのだ。異空間に吹っ飛ばされたとしても生きていけるだろう。

なるべく影響の少なそうなところへ…そこにいる生き物にとっては生態系の序列が変わってしまうかも知れない、いい迷惑だもんな。

早速転移の魔紋様(まもんよう)で…と思ったその時。


ズガガーーーーン!!

純粋な魔力の塊がブラックマーナガルムのいた檻を直撃する。


しまった!魔力で檻が破られる!

ダンジョンで師匠がやろうとしていたことはたぶんこれだ。


私が自分の魔紋様(まもんよう)の力で効果を上書きしたように、純粋な魔力の塊をぶつけて魔紋様(まもんよう)を破壊する。

その分、尋常ではない魔力の量が必要になるが、恐らく自分より上位の魔紋様(まもんよう)に唯一対抗できる手段。

「魔力の塊が!空間魔法の檻を破って…!!!」

私の言葉にカイロスさん達が武器を構える。

凄まじい衝撃音、立ち込める土煙が煙幕のように漂う。

暫くして土煙が晴れたその後には。

粉々に壊された土壁の残骸を残して、ブラックマーナガルムの姿は消えていた。


「逃げられたか。」

「そのようですね…すみません。」

「あ、いや責めてるんじゃないんだ。すまない、何もできなかったのは俺たちの方なのに。」

ロイさんの言葉に思わずしゅんとしてしまう。

例えば師匠がどの程度魔力量を持っているか正確にわからないが、それでも撃てて一発か二発。

そのレベルで濃縮された魔力の塊が必要になる。

あれを師匠以外にぶち当ててくる人がいるのか。


「世の中広いな…。」

「もう一つの檻の方は大丈夫なのか?」

「さすがにあれだけの魔力の塊を何発も撃てたら戦闘用の魔紋様(まもんよう)紡ぐのがバカらしくなりますよ。」

うん、これ以上は撃ってこられないと信じたい。

幸運なことにそれ以上は魔力をぶつけられることなく済んだようだ。

とりあえず、もう一つの方の檻を開けてみましょうか。

「ひらけ!!ごま!」

ふざけてるわけじゃないですよ?

簡単には解錠できない鍵を掛けないと単純に危ないじゃないですか。

ふざけてないですよ?

大事なことなので二回言いました。


開かれた扉からは屈強な男性が三人と体つきが細い男性が二人。

二人とも笑顔を張り付けて嫌な笑いを口元に浮かべている。

ん?一人は見たことある…かな?

ロイさんが舌打ちする。

「また面倒なやつが現れたものだ。」

「エマ、さっきの認識阻害の弱いやつ、自分にかけておけ。ついでに俺にもな。」

さりげなく魔法手帖に魔力を流す。

はい出来ましたよ!


「で、誰なんです?あの人たち。」

「ダングレイブ商会の御曹司とその配下。エマ、あいつらの顔良く覚えておけよ。あいつらの獲物はたぶんお前さんだ。」


小声で尋ねるとロイさんが少し目深にローブを被った。






先に赤い鳥シリーズを更新していて遅くなりました。

お楽しみいただけると幸いです♪

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