魔法手帖八頁 宴会の後始末と、あなたはだあれ?
陽射しの暖かさを感じてゆっくり目を開ける。
そして、覚醒した頭で自分の部屋ではないことを理解すると、途端に落胆した。
…やっぱり夢じゃなかったか。
それでも、寝具の花の香りのおかげか快眠を得られたのは良かった。
ちょっと寝すぎたかな。
だいぶ太陽が高い位置にあるのにも関わらず、誰も起こしにこないことを不思議に思ったけど、とりあえず着替えるためにベッドから下りる。
昨日の夜、部屋へ案内してもらった際に、使ってもいい備品や場所の説明を受けていたから、共用の水場からタライに水を汲んできて、備え付けのタオルで体を拭いたあと、入り口の脇のクローゼットから適当に服を着て食堂へ向かった。
そこで見たものは。
爽やかさのカケラもない光景。
まず、室内が薄暗く、酒臭い。そして、散乱するツマミと皿。
ざっと見た感じ、三人いるようだ、人が…家具にささって?!
「!だ、大丈夫ですか!」
とりあえず一番近くにいた、椅子の背もたれに挟まっている人を揺すってみる。
…結果、抱きつかれた。
「…君、枯れてるねぇ〜」
あれ?もしかして悲鳴上げたり、顔を赤らめる的な、乙女チックな反応を期待しましたか?
いや〜、幼なじみがスキンシップ大好きなタイプでして。
抱きつかれたのを、よく引っペがしたりしてましたからね。
えー、ちょっと手が出たのは、イ・キ・オ・イ♪
…ってそんな残念なモノを見る目で見ないでください?!
ちなみに、引っペがした相手は金髪にちょっとタレ目気味の色気駄々漏れなオジサマでした。
今更ですが、貴方どちら様ですか?
「エマちゃん、おはよう〜。それ、私の上司。紹介するのは物凄くイヤだけど。」
フラッフラになりながら立ち上がったカロンさんに、起こしに行けなくてごめんなさいね〜と謝られた。
カロンさん、この人が上司なの?なんか…大変そうだね?察しましたからね!
そして、今、貴女さり気なく食器棚の後ろから出てきましたよね?!
気のせいですか、うん、そうですね!
「ひどい言い方だね、カロン〜。君がエマちゃんか〜はじめまして♪私はディノルゾ・カラギーニ。昨日は飲んでたら盛り上がっちゃって。うるさかったらごめんねぇ。」
名前呼びにくいからディノでいいよ〜と、無駄に色気を垂らしながら再び椅子にもたれかかるディノさん。
あ、もしかして二日酔いですか?
机の下から見えている足は洋服の色からルイスさんだな。
…先程からピクリともしないけど、生きてる?
「あともう一人いたんだけどね〜。ゲイルどうした?」
ピクリともしないルイスさんを凝視していると、ディノさんのそんな声が聞こえてきた。
…おぉ、寝返り打った。生きておる。ん、ゲイルさん?誰それ?
机の下のルイスさんから呪文のようなうめき声が聞こえる。
「あそ、狩りに行ったの。」
ディノさん、うめき声からなんでわかるんですか。
しかし、二日酔いって辛そうだよね〜。
父がお酒弱いくせに飲み会好きだったから、よくこんな風になってたよ。
半日くらい気持ち悪そうにフラフラしてた。
…父さん元気かな?家族心配してるだろうなぁ。
もう会えないのだろうか。
ちょっと寂しく思いつつ、皆の二日酔いが良くなりますように、そう思った時だった。
足元から光が湧き上がる。
初めてこの世界に降り立った場所で見た花のような魔紋様が、エマを中心としてふわっと広がった。
そして魔紋様の先端から光の糸が幾つも伸びてレース編みの柄を広げていくように、編み目が蔦のように伸びては幾重にも複雑に絡み合っていく。
やがて一回り大きく成長した新たな魔紋様は、食堂を包むような大きさまで広がると弾けるような音を立てて消えた。
魔素の欠片だろうか、エマの周りにはキラキラとした粉が舞い落ちる。
あれ、私、今何をした?
それに胸のあたりが仄かに温かい。
収まりつつある温もりを何故か寂しく感じながら、エマが胸のあたりに手を当ててぼんやりしていると、食堂にいた三人が突然動き出す。
「エマちゃん、気持ち悪いの治ったんだけど!今の何?!」
カロンさんが肩を掴んで揺さぶってくる。あぁ、ガクガクする〜っていうか、興奮しすぎて顔が愉快なことになってますよ?!
「いきなりこの効果か。なかなか器用なタイプみたいだね。楽しみだな〜。」
ディノさん、何考えました?笑顔がコワイです。楽しみって、ななんですか?
「…あ、呼吸が楽になった。」
ルイスさん、ギリでしたね!自分、いい仕事したな!
よくわからない理由で興奮している二人は見えないことにして、とりあえず、ルイスさんの体調が良くなったようで安心する。
…これが魔紋様の力。
たぶんコントロールは自分の気持ち次第なんだろう。
喜びや怒り、悲しみなんかの強い感情ほど効果が高い。
教えてもらったわけじゃないけど何故かそう理解できた。
突然、ドカンと音がして勢いよく扉が開く。
「大丈夫か?!今すごい魔素の奔流を感じたぞ!」
慌てた様子で飛び込んで来たのは知らない男の人。
しかも、手には力尽きたと思われる、クマとイノシシを足して割ったような?見たことのない動物を一匹ひきずっていた。
男の人の背の高さと、少し透けた金色の髪と薄い青の瞳が冷たい印象を与えるが、今はそんな雰囲気を覆すような慌てっぷりだ。
…あの、度々すみません。
どちらさまでしょうか?
遅くなりました。
お楽しみくださると嬉しいです♪