魔法手帖八十頁 レーブル・タンナ・ローゼ武具店と、『火神カグチの名のもとに、"試し"を』
『レーブル・タンナ・ローゼ武具店』。
店の外壁に獅子と薔薇の描かれたお店の扉を開けるとそこには。
壁一面を埋め尽くす多種多様な武具。
鈍い銀色を店内の薄明かりが光らせ独特の雰囲気を醸し出している。
武具を売るのだからどちらかといえば体格のいいおじさんをイメージしていたのだけれど、店の奥からはワイルドな雰囲気のお姉さんが現れました。
この世界の女性は髪の長い人の割合が多い中、お姉さんは茶色の髪をさっぱりと短く切っている。うん、カッコいいですね!
「おう久しぶりだな。」
「久しぶりだね、カイロス。お客様かい?」
「ああ、依頼人だ。媒体となる短剣を見繕ってくれないか?あと獲物を捌くためのナイフも。」
「そのお嬢さんが使うの?」
しげしげと眺めるお姉さんに小さく頭を下げる。
「はい。よろしくお願いします。」
「荒事を好むタイプではなさそうだけど…冒険者になりたいのかい?」
ちょっと心配そうに眉を顰めたので大きく首を振る。
「そんな大それた夢は持ってないです。血や魔物というものに慣れておきたいのと、あわよくばお夕飯のおかずを一品増やしたい、ただそれだけです!」
如何にお肉という存在が素晴らしいか、力説するとお姉さんはちょっと引いていた。
お姉さん以外も若干名引いていた。
何でだろう?どんな食材なのか興味湧きませんかね?
「ま、まあ、熱意は理解したよ。ならば初心者はこれから使いな。」
差し出された短剣はとてもシンプルな造形だった。
無地の柄に細い鍔。刃は長く薄い。
思ったよりも軽いけど振ったり切ったり出来るのかな?私の腕力ごときで。
「適性によっては短剣そのものを交換するよ。魔力を流してごらん。」
言われた通りに短剣全体を覆うように魔力を流す。
薄い金色が短剣を輝かせた。
「うん、魔力を流す動作に問題はないね。次はランクを上げてテストしよう。属性が付与できるか確かめる。先ずは"火"。」
『媒体を使って魔法を発現する場合、火だったら小さく指先に灯る炎をイメージすると良いよ。皆初めての時は大きく出しすぎて失敗するから』。
魔力を短剣に流しつつリィナちゃんのアドバイスを思い出す。
ディノさんの一件で見た両手の剣を媒体に魔法を繰り出すリィナちゃん。
放たれる魔法の数々は実家のある地域で古くから伝わるという自身の持つ魔力に宿る属性を強化するというやり方。個人の持つ属性で付与できる効果は限定されるが、発現させるのに必要な魔力の量とコントロールさえ出来れば誰でも使える。
そして使う際のポイントとなるのが魔法の範囲や効果をイメージする力。
魔紋様の場合、紡ぐ紋様の種類によって規模と効果が指定できる。
リィナちゃん曰く、彼女達の使う魔法は視覚から入る情報を元に想像で規模と効果の情報を補うそうだ。
『難しいかもしれないけど、想像力のある人なら大丈夫だよ』という言葉を信じて剣の先に小さく火が灯る様子をイメージする。
剣から魔力を吸い取ってポンと小さな明かりがついた。
お姉さんは目を見張ると感心したように言う。
「初めての武具にしては扱いが上手じゃないか!その調子でいきなよ。次は"水"。」
魔力を流し剣先から垂れる水滴をイメージする。これで水と。
風、土と続いたところで皆が無言になる。
…っとあれ?これはやらかしたかも?
お姉さんは一つため息をついて言った。
「君の職業はなんだい?」
「魔法紡ぎです。」
「だからコントロールは上手なんだね。そこは理解したよ。
さて、こんなことを聞くのは規則破りだってことはわかっているよ。
わかっていてあえて聞く。あと他に何の属性を持っている?」
声のトーンを落とし周りに聞こえ難いように配慮したことで、完全に自分がやらかしてることに気がついた。
うわ、もしかして皆属性って限られた種類しか持ってないの?
もしくはもっと数が少ないとか?
「私も失礼を承知で聞きますね。
属性を教えないという選択肢を選ぶことで不利益がありますか?」
小さな声で聞き返す。
申し訳ないなとは思うけど初対面の人間を簡単に信じるわけにはいかない。
こんな質問の仕方をすれば他にも属性を持つ事を教えているようなものだが、どうしても、というのなら闇の属性を持つことを教えればいい。
あれはディノさんも持っていたからそれなりに持っている人間はいるはずだ。
だが神聖魔法の適性についてはなるべく黙っていた方がいいような気がする。
こちらの意図が通じたのか、お姉さんは苦笑いしながら『まあそうだよな』と言って普通の声量に戻して説明してくれた。
私のように媒体として武具を選ぶ場合、属性に適した素材でないと正しく発現しないことがあるらしい。もしくは発動するまでに時間がかかったり無駄な魔力を使ってしまう。例えば剣やナイフなど鋼鉄を使った媒体は比較的どの属性とも相性がいい。アントリム帝国で、なんちゃって執事が媒体に短剣を選んでいたのはそのため。一方で、土属性から派生した植物を育てる、動物の成長を助ける、といった魔法を使う場合は木材や動物の骨等自然由来の媒体が好まれるという。
「通常得意な戦闘スタイルによって媒体の形を選ぶんだが、逆に属性を複数持つのであれば全属性を受け入れるような器を持つ武具を媒体として選ぶべきなんだよ。また特殊な属性を持つ場合も同じ。うちの客の中にもそういう人がいて、そいつは媒体となる武具を選んだ後、戦闘スタイルを擦り合わせていった。」
結局その方が攻撃の幅が広がるからね、そう言った後お姉さんはひたと私の目を見つめる。
「で、どうする?」
真剣な眼差しに偽りや嘘の色は見えない。
ここから先は自分の勘を信じるしかないが…たぶん大丈夫だろう。
「嘘をつかないでくださいね?」
「もちろんだ、火神カグチに誓おう。」
この世界で火神は武具や鍛冶を司る。武具の製作は神に捧げる行為とされるほど神という存在に近い。このため、武具を扱うものは少なからず火神の加護を受けているという。
加護とは言っても辛うじて認識できるレベルであるし、効果も火属性を持つものは攻撃力が多少上がる、とか火属性の攻撃に対し多少耐性が上がるという程度。
とはいえども神の加護は加護。僅かなレベルの差が生死を分けることもある状況では、ありがたいお守りには違いない。
そしてこの神が最も嫌う行いをすると加護を失うことがあるらしい。
それは嘘をつくこと。
そして約束を破ること。
『火神に誓う』という行為は火神の加護をかけてこれらの約束事を守るという、武具を扱うものならではの誓いである。余談だが、一般的な誓約に使われる魔紋様が火属性であるのは、この火神の力を借りているからとされている。
…以上、『魔紋様入門〈応用編〉』からの抜粋でした!
いやほんと、あの教本役に立つわ!
視線で軽く促され、声量を落としてから答える。
「…闇属性です。」
「なるほど。闇属性ということは精神干渉も出来るのかい。
なんだ、もっと希少な属性持ちかと思ったよ。」
「もっと希少な属性、ですか?」
「例えば木や、鋼、雷なんかだ。」
おお、サナさんは希少な属性を持ってるんですね!
「ちなみに更に上があるんだよ。最も希少な属性は聖属性といわれるんだ。」
「聖属性?」
「そう、神に至る道標といわれる属性だよ。これを持っていれば神聖魔法が使える。」
は?
持ってますけど、それ。
ポカンとした表情でしばし無言になる。
「…その表情からすると、持ってるね?聖属性。」
苦笑いしながら聞いてくるお姉さん。
「悪いが表情に出まくってるよ?隠し事には向かないタイプだね、君は。」
「すみません、騙すつもりはなかったんですけど。」
「いや、いい。むしろ私以外には言うな。人前で使ってしまった場合は『光属性の魔法に長けてます!』とでも言っておけ。光属性はそう希少な属性でもないし、同じような現象を起こすことが出来るから、ある程度は誤魔化せる。」
「ありがとうございます。」
「さて。そうなってくると、この程度の媒体じゃダメだな。」
ナイフを受け取って元あった場所に仕舞うと奥の部屋から箱を二つ持ってきた。
それからにやっと笑う。
「簡単な試験をしようか。」
「…この世界の方、試すの好きですね…。」
「悪い話ではないと思うよ。ここに二つの媒体となる武具がある。もし君が自身に相応しい方を選ぶことができたら支払いはあのナイフと同じ値段でいい。」
ひょいと指差したのは初心者向けのナイフ。
当然、お手頃な価格設定となっております。
「もし、受けることを断るもしくは間違った方を選んだ場合は?」
「正規の値段でなら販売しよう。」
「おいくらですか?」
「贅沢しなければこの国で五年は暮らせる金額だ。」
「ごっ!」
「対価というものはそういうものなんだよ。高すぎても、安すぎてもモノの価値を歪める。だから神の名の元に私が提案したような"試し"が行われるんだ。」
「試し?」
「本来払ってもらう対価の代わりにこちらが提示した条件を満たしてもらう。たぶん君達のように異世界から呼ばれた人達にも馴染みのある仕組みだろう?この世界でもわりと一般的なやり方で、足りない分の対価を君の持つ"運"で埋めてもらうわけだ。」
さあ、どうする?
彼女の表情からするに、試されているのは運だけじゃないだろう。
たぶん私自身もだ。
考えろ…どこに答えがある?
「一つ確認を。」
「どうぞ?」
「試しを受ける場合、やってはいけないことは?」
「単純明快。今回の試しは火神の名において行われる。だから火神の嫌うこと、だ。」
「嘘をつかない。約束を破らない、ですね。…でしたら。」
"試し"を受けます。
それを聞いてお姉さんはにっこりと笑った。
あら、笑うと意外に可愛い…。
二種の武具の箱が目の前で開かれる。
両方とも武器として使うより媒体として使う事を目的とした造り。
素材は同じ鋼を使っているように見える。
一種は太く武骨なデザインの短剣。サバイバルナイフのような大きさと太さで、柄や刀身にびっしりと彫りがあり、うっすらと刃がついている。
もう一種のデザインは対極。
短剣だが柄も刀身もギリギリまで細く作られており、全く彫りも飾りもついていない。
唯一柄となる部分に握り込めるような窪みがあるのみ。
「では『火神カグチの名のもとに、"試し"を』。
さあ、正しいモノを選びなさい。異世界から呼ばれた人。」
遅くなりました。
お楽しみください。




