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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖七十九頁 翡翠色の本、初めての紹介所と誓約


茂みから魔物の様子を伺う。

オリビアさんには申し訳ないけれど、初日から魔物を狩ることになった。

静かすぎるほど張りつめた緊張感の中、合図を待つ。

昨日の今日でこういうことになるとは、引きがいいのか悪いのか。

魔物の動きを目で追いながら、昨日のことを思い出す。



挑戦した建物全体の補強は無事に作業を終えることができた。

棟梁さん曰く、『この強度ならあと五百年はいけるな!』とのこと。

それ以降もこの建物を維持したいのなら、今回使った壁の魔紋様まもんようから再び魔力を注げばいいとのこと。

うん、それは五百年先の時代を生きる人達に頑張ってもらおう。

こうして補強は出来たものの、各階層にあるひび割れや剥落は腕のいい棟梁さんでも一日では直せないため、しばらく修繕のために通って来てくれることになった。材料費はオリビアさんと交渉してお支払してもらい、労働に対する対価は『お世話になった主様ぬしさまの頼みだからいらねえよ!』という男前な一言に甘えさせてもらうことにしました。


そして魔人さんはといえば。

あれだけさんざん脅してくれたにも関わらず、『修繕にも呼んでくれたまえ。』とだけ言ってさっさと帰っていった。

いや、いい勉強にはなりましたけど。

ほんのり魔性を持つ生き物に苦手意識が芽生えてしまったのだが、これがトラウマになって魔物狩れなくなったらどうしてくれる。

微妙な表情で後ろ姿を見送る私に棟梁さんが苦笑いしながら教えてくれた。

「あれは二十階層の主だな。」

「え、そうなんですか!」

「戻ってきたとき、醸し出される雰囲気が違ったが。脅されでもしたか?」

「はい少しだけ。怪我とかはありませんけど。」

僅かに魔力は喰われました。


「魔性を持つ生き物と人間同士だ。相容れるのは簡単ではないということさ。それでも前の管理者とは随分と交流があったようだぞ。彼のことを"先生"と呼んでてな、このダンジョン内でも一、二を争う知性を持つと絶賛してた。」

そんな経緯があり、棟梁さんも彼を"先生"と呼んでしまうそうだ。

棟梁さんと彼との出会いは、前の管理者からダンジョン内の修繕について相談を受け場所の下見で訪れた時。その時は意見が食い違い盛大に喧嘩したそうだ。

今では経験を重ね彼の言うことがわかるから充分に話し合って満足のいく仕事ができそうだとのこと。

うん、それならよかった。

ちなみに前の管理者の時も建物全体の補強について検討したが、必要な魔力が集まらなくて断念したそう。その時は棟梁さんも彼がひどくがっかりしたことを覚えているそうだ。

「それなのに管理者が代替わりしたとたん、大量の魔素を吸収できるお方が現れたと聞いてね。これが巡り合わせというやつかと思ったよ。まあ今回はお嬢ちゃんがいたからその方の出番はなかったけど、もしこの建物が崩れるほどに傷んだら、その方にお出ましいただかないと直せなかっただろうね。」

棟梁さんはこれも巡り合わせというやつだろうなとしみじみとした表情で呟く。

なるほど、時期的にはちょうど師匠が謁見のために登城したという頃のことか。

師匠、なんだかんだ言って面倒見はいいからこの間みたいにこっそりやって来て手伝っただろうな。


魔素に満たされて淡く白く発光する壁や床。

シルヴィ様の紡いだ未来の中で、師匠や私達の存在が予定調和として含まれていたかはわからないけれど、今回この建物が崩れることなく補強出来たから書籍(この子達)はもう少し先の未来まで安心安全に暮らすことができるだろう。


シルヴィ様、一つ願い事叶えましたよ。

「おっと、そういえばこれを渡さねばならんな。先生のペースにのせられてすっかり忘れるところだったよ。」

がははと笑いながら棟梁に一冊の書籍を渡された。

綺麗な布にくるまれた手のひらサイズの書籍は鮮やかな翡翠色の表紙をしている。

なんか宝石みたいな色で綺麗だ。

「補強するための魔力の流れを止めていたのがこれだ。」

「ずいぶん小さな本ですね。」

「布にくるまれて壁の中に埋もれてたよ。建物の壁に割れ目ができているところがあって、そこから見つけたんだ。今回の修繕でもなかったら気づかなかったろうなあ。」

そうですか。壁の中にあったということで、何らかの意図を感じるけど女王の魔眼でも何も情報が読めない。

それよりも気になるのは。


「ページが白紙…。」

「わしらに見えないだけってことはないのか?」

「そういうこともあるかもしれませんね。」

とりあえずお預かりしてシルヴィ様の部屋に置いておこう。

後で何かわかるかもしれないし。

今日はもう疲れただろうと配慮してくれた棟梁さん達に、次回魔法手帖のあれこれをお話ししますとお約束して解散となった。

久々に全力出しましたよ。疲れました・・・。

そういうわけで、補強による経験値と本を一冊手に入れ一日を終えた。


そして本日。

待ちに待った外出、そして冒険者さんを紹介してもらう日です!

朝早く起きた私はサリィちゃんに声をかけ、紹介所へとまっすぐに向かった。

毎週水の日がお休みだから、紹介所で水の日を指定して狩りに同行してくれる冒険者さんを募集する依頼票を作成してもらおうと思っていた。

ところが。

「え、まさかの大人気?」

「そうなのよ。前回依頼内容の詳細、打合せしたでしょう?オリビアさんの紹介でもあるし下手な人物は紹介できないから事前に声をかけておいたのよ。そしたら…。」

「皆様二つ返事で了承と。よかったね~エマちゃん!依頼出しても受けてもらえないんじゃないかと心配していたものね。」


ええっと、まさかの第一関門クリアですか。

情報を教えてくれたのは前回の担当でもあったレベッカさん。

今回の本登録からレベッカさんが正式に私の担当となりました。

相変わらず笑顔が素敵な癒し系ですね!

本日はふんわりした巻き毛を一つに纏めてお洒落な髪留めで留めている。

あの髪留め可愛い…。

今度売ってる場所を教えてもらおう。


ちなみにレベッカさん曰く、いくつかの冒険者のグループに声をかけた中で、熱心に受けたいと返事があったところが二つあり、双方ともに実力も申し分ないので紹介しようと考えているそうだ。

よかった、よかったんだが。

「…そのグループに色気があって親しみ易いけど腹黒な人とか、無駄に顔がよくて無愛想だけど面倒見のいい人とかいませんか?ちなみに笑顔の胡散臭い腹黒そうな人も。」

「…ええと?エマさん、妙に具体的だけどたぶん想像とは違う人達じゃないかしら?皆腕は確かだし庶民的で気さくな人ばかりよ。」

ディノさんとゲイルさんではないか。

ついでに師匠も違うと。

なんかこう、規定路線的なキナ臭さを感じたんだけど、気のせいかな?

ならお願いしても大丈夫か。

「でしたら是非紹介してください!よろしくお願いします!」

「あらよかったわ!じゃあ早速呼ぶわね!」

「え、もうですか?」

「ええ、そのうち一つのグループが先程依頼結果の報告に寄ったから、たぶんまだその辺りにいるはずなのよ…。」

立ち上がったレベッカさんがカウンターからテーブルのある席の方へと向かっていく。

どんな人だろうか。

ど、どうしよう…緊張してきた…。

「エマちゃん、大丈夫よ!レベッカさんの紹介だし、私もいるんだから。」

サリィちゃん、励ましてくれるのは嬉しいが『いつもふてぶてしいくらいに落ち着いてるのに珍しいね!』なんて二言くらい余計じゃないか?

「お待たせ!エマさん。こちらへどおぞ。」

契約が絡むからか、レベッカさんにカウンターの脇にあるテーブル席へと案内される。

そこにはすでに男の人が二人座って待っていた。


まずはこちらから挨拶するのが筋だろうな。

「はじめまして。エマと申します。よろしくお願いします!」

「こちらこそ、はじめまして。"蒼の獅子"のカイロスだ。隣はヨーゼ。仲間はあと二人いるが用事があって外している。早速だがレベッカから依頼内容は大まかに聞いているが、確認のため二三質問をしておきたい。このまま話して大丈夫か?」

「あ、はい。隣にいるのはサリィです。彼女ともう一人友人がいるのですが、どちらかが狩りに同行してくれます。」

ちらりとカイロスさんが視線を向けたのでこの際だからとサリィちゃんも紹介する。

無言のままにっこりと笑ったサリィちゃんを見てカイロスさんはニヤリと笑った。

「見た目は可愛らしいが随分と鍛えられているようだな。彼女が同行してくれるなら大丈夫だろう。それではこちらから依頼内容について確認したい。」

そのままレベッカさんも交え依頼の達成条件と報酬について話し合う。

私が求める条件は狩りの仕方を教えてもらうこと。

狩りの手順から、獲物を部位毎に捌くところまでを教えてもらいたい。

もちろん目的は戦闘行為に慣れることだけど、いずれはそういう機会があるかも知れないので学べるものは学んでおきたいからね。

「報酬についてはレベッカさんにも相談して、この金額を考えています。」

相場より少し多いかな程度の高い金額。その代わり買取りできる部位については基本"蒼い獅子"のものとしていい。もちろん私が練習に捌いたものは価値が落ちるからそれは私がもらうつもり。

料理にも使える素材があると聞いたからね。

お腹に入ってしまえば見映えが悪かろうと一緒さ!


ただし。

「魔物を狩った際に運が良ければ魔石が採取できると聞きました。魔石については私がもらう、もしくは価値があるものなら分配する報酬に含めますので、買い取り金額を人数で割り、差額を払う形で買い取りたいのですが。」

これは例の魔石に魔紋様まもんようを刻む練習に使いたいから。

最初に盛大に失敗してからも何度も挑戦しているのだけれど全く出来ない。

もうここまで失敗すると素材に問題があるんじゃないかと思う位に出来ない。

いや、もう、そうであると思いたい位。

そこまで不器用なタイプではないと思ってたんだけどな。

これで失敗したらもう才能ないんだと思って諦めようと思うのですよ…本気で。

魔石も魔力も無駄になるだけだし。

という私の要望を聞いて、初めてカイロスさん達から希望が出た。

「魔石については利用価値が高いから出来ればうちもいくつか欲しい。ヨーゼが魔法紡ぎに持ち込んで魔石に魔紋様まもんようを刻んでもらって使用しているんだ。」


ん?魔法紡ぎに?


「魔石に魔紋様まもんようでどんな効果を付与したいんですか?」

「治癒と結界かな。両方とも苦手でね。でも戦闘には必要だから。」

私の問いにはヨーゼさんが答える。

ふむ。これは交渉の余地ありかな?

「提案なんですけど私に狩りで手に入れた最初の魔石をもらえませんか?それで試してみたいことがあるんです。もしその実験で失敗したら以降の魔石は折半でどうですか?」

さっきも言った通り、正直失敗しすぎてもう諦める寸前まで来てるんです、気持ちが。

なのでその場で一つ失敗すればもう材料のせいではなく、自分の才能のなさが原因だからすっぱり諦められると思うのですよ。

折半としたのは売ってもいいしサナに依頼して転移の魔紋様まもんようを刻んでもらっていいかなと。

「そうだな、とりあえず他の仲間とも話し合って…。」

「いや、その条件で受けよう。」

突然、少し離れたところから声がする。

振り向くと壮年の男性がこちらに向かって歩いてくるのが見える。

柔らかい色合いのせいか、優しげな風貌に見えるけれど、延びた髪の間から覗く眼光は鋭い。

腰に剣を差し、動きやすそうな服を着ている様子はいかにも冒険者さんという雰囲気。

ああ、もしかして。

「ロイさん、遅かったじゃないですか!先に話を進めてましたよ。」

やっぱりお仲間さんですか!

ロイさん、と呼ばれた人は私とサリィちゃんに挨拶すると、一つ椅子を引いてきて話の輪に加わる。それまでの話の流れをふんふん言いながら聞いた後、報酬の件を聞いて目を見張る。

「随分と君の取り分が少ないようだが、それでいいのか?むしろそんな無理をしてまで自力で自分を守ろうとするよりも、そのお金で護衛を雇って守ってもらう方が安全で確実と思うぞ。」

ロイさんの思いの外真剣な口調に驚く。

自分達の仕事がなくなってしまうんですが、そっちはいいんですかね?

それに支払われる報酬は自分達の仕事に対する評価だ。安価な報酬で扱き使われるよりも、報酬が多いのなら嫌がられることはないとそう予想したのだが。

「おっしゃる通りですが…、さすがに護衛を雇うほどの余裕はありませんよ。だからせめて自分が危険な目にあったときに対処できるように慣らしておきたいんです。自分一人の状況の時に戦える術を知らないのはあまりにも無防備過ぎるから。

それから…うまく言えないんですけど。人は望まずともいつか一人で戦うことになる。譲れないものがあるならなおさら、です。だからその時が来て自分が現実を知らなかったことを後悔したくない。絶対に。」

ロイさんの視線を真っ直ぐ見返す。

ごまかしたとしてもたぶんバレてしまうな、この人には。

ならば初めから知っておいてもらった方がいい。

ロイさんは真剣な表情のままカイロスさんを振り向いた。


「狩りが戦いとは随分と平和な国から来たようだ。とはいえ、この国の人間からすると君達の年齢で戦争を知らないのは正直羨ましい。…決めるのはお前だが俺は受けてもいいと思うぞ、カイロス。人に教えることで学ぶこともある。」

カイロスさんはちょっと考えてから頷いた。

「少々込み入った事情があるみたいだけどそこは聞かないでおこう。

君の依頼を受けよう、エマ。よろしく頼む。」

「はい、よろしくお願いします!」

「それじゃ早速契約書を作るわね。」

ちょっと待ってて、そう言ってカウンターに戻ったレベッカさんは、暫くして戻ってくると

用紙を二枚テーブルの上に置いた。元々の契約内容に本日の話し合いで決まった報酬を書き足した契約書だ。用紙にはうっすらと魔紋様まもんようの透かしが入っている。

「誓約?」

「あら、よく知ってるわね。これは簡易版よ。あれほど精度は高くないけれど、嘘をつくと流した魔力でわかるようになってるの。」

さ、こちらがエマさんのね、そう言ってレベッカさんに渡された契約書に目を通す。

うん、大丈夫みたいだ。

「確認できたら魔力を流して。」

うーん、このくらいの量でいいかな?

「はいそれじゃ契約終了ね。お疲れさまでした。良い縁でありますように!」

レベッカさんの笑顔に送り出されて紹介所を出る。


「それじゃあ狩り場にいくが、その前に簡単な装備を揃えておこう。

さっきの契約を見て思ったんだが魔力がありそうだし魔法使えるのか?」

カイロスさんは私を一瞥して言った。

「そうです。というか、魔法の使い方しか知りません。」

嘘はつきませんよ、武器なんて持ったこともありません!

「なら下手に武器を持つよりも媒体として程度に考えた方がいいか。」

多少鍛えてもらうが補助程度に考えた方が良さそうだ、カイロスさんの一言にヨーゼさんが頷く。

「魔法のレベルは後で僕が試験しておくよ。」

「よろしく頼む。それじゃ」

カイロスさんが商店街の方を指す。



「武器を買いにいこう。」

よっしゃー!武器屋キター!

待ってろ獲物達!

運が良ければ夕飯のおかずが一品増えるぞ!





遅くなりました。

ついでに公表後に盛大に頁数間違っていることに気が付いて訂正しました。

すみません。

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