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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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閑話 星に願いを


「随分と荒れているようだな。」

「それは国内のことですか?それとも聖国の食糧事情もしくは大義名分を掲げた狂信者達?ああ、帝国との和平条約の会合は毎回水面下で相当荒れますね。」

「お前の生活習慣だ。いい加減に実家へ帰れ?侯爵家からの苦情がこちらに回ってくるんだ。城に好きな女の一人でも居るっていうなら納得だが、浮いた話のひとつもない…っと、ことはなかったな。最近城内の侍女達が色気付いてるそうじゃないか!『時折、思い出したように楽しそうな笑みを浮かべる』ってな。で、それはどんな心境の変化だ?やっぱり好きな女でもできたか?」

考えを纏めたいが故に地下へ足を向けたのだが、その思い付きを心底後悔しながら少年は相手から見えないようにため息をつく。

書類を捲る手を休めることなく、顔を上げることもない壮年の男性と、それを苦笑いしながら淡々と受け止める少年の間に流れる緩んだ空気。

それは政務で忙しい時期の、ちょっとした息抜きの時間。


ただし、二人の間を遮るように横たわる錆び付いた鉄格子がなければ、の話だけれども。


ここはサルト=バルトニア王国王城にある地下牢。

身分の高いものを一時的に収監する目的で造られた。

建物自体古く、設備も質素だが一般の牢に比べれば清潔に保たれている。

宰相であるロラン・オーディアールは、鉄格子を挟んで立つ少年の気配に口元を緩めた。王国始まって以来の若さで"王左"を任された才能溢れる若き魔法紡ぎ。


…わざわざここに足を運ぶとは。

思考が行き詰まったか、もしくは迷いがあるのか。

"王左"の席は、本来宰相位にあるものが務める。

王を公私に渡って支えるだけでなく、政策を通じて他国と対等に渡り合う度胸と頭脳が求められてる重要な地位。それを才あるとはいえ、若く経験の浅いものに任せるなど常ならばあり得ぬこと。それがあり得てしまったのが自ら望んでこの牢獄に籠もることとなったあの一件。

オーディアール公爵家は建国以来続く由緒ある家柄である。

宰相の位につくものは当然能力で選ばれているが、素質や人脈の広さから暗黙のうちにオーディアール公爵家が代々引き継いでいた。

本来なら第一王子が王となった暁には、彼の息子が任されるはずであったのだが。


視線は書類の文字を追いながらも思考は過去へと遡る。

初めて息子の変わり様を聞いたときにはまさかと思った。

自身の後継者として厳しく育ててきたが、異世界から来たという見目だけは麗しい少女の甘言に惑わされるなどにわかには信じられない。

それが調べを進めるうちに絶望へと変わっていく。


これはもう、庇いきれない。

若さゆえの失敗はロランもいくつも経験してきたし、内容によっては手を差しのべる気持ちはあった。

それが少女に良いように利用された挙げ句、王子の罪を誤魔化すなど、救いの手を差し伸べる要素が一つもなかった。

王が道を違えそうになったら、命を掛けても止めるのが臣下というもの。

そう教えてきたのに、止めるどころか共に罪を犯し、画策するとは。


『私は、貴方の傀儡ではない。自らの意思を持つ、一人の人間なんだ!』


熱に浮かされたように、そう言い放った息子がまるで別人のように見えた。

性格の穏やかであった王子が突如傲慢な態度を取りはじめたときも不審に思うこともなく第一王子と少女を守るために奔走したらしい。

王を諫めるべき立場を忘れ、己の人望が失われつつあることに気付きもしないとは、臣下失格。

彼は家を守るために自分の息子を見限った。

己の教育の、何が間違いだったのか。

本人に聞けぬ以上、答えが出ることはない。

そしてこの一件を未然に防げなかった自身も責任を問われるだろう。

自らの息子がとった行動が、次期国王を失わせるきっかけを作ったのだ。

…当時は命をもって償う覚悟さえしていたのだがな。

家と残された家族の命が助かるのであればと、自身の命を捨てる覚悟で臨んだ裁きの場で、助命を願い出、さらに宰相を辞した彼を城に留まらせたのは、意外にも息子と同じように厳しく接していた第二王子だった。

『簡単に役目から逃げられると思うなよ?息子を恥と思うなら、この国にかけられた汚名を漱ぐよう命懸けで国に尽くせ。貴族や国民に示しがつかぬと?ならばその優れていると自負する頭で考えろ。彼らが納得し、且つ自身は今まで通り国に尽くせる方策を。』


それがロラン・オーディアールに対する処罰である。


主だった王の側近に根回しは済んでいた様で驚きは見られなかったが、反対派に属する貴族からは当然反発の声が上がる。

『ならば問おう。誰が代わって政務を行う?ああ、この場で立候補してもらって構わんぞ?当然身辺調査を受けてもらうがな。ん?何を驚いている。何の罪も犯していない(・・・・・・)という自負があるなら全く問題ないだろう。』

見込みはあるが、まだくちばしの黄色い雛鳥。

そう思っていた第二王子の鋭い視線が反対派の貴族から外れることはなかった。

そしてこの少年も。

『あっさり隠居しようなんて甘いですよ。王の命でもありますし、いっそ城ごと万能結界で囲いましょうか?お得意の頭脳戦で解除できるか勝負しましょう。』

にっこり笑って魔紋様まもんようを発動させた彼は当時十四歳。その年齢にして起点の魔紋様(マグルスマフの盾)を自在に操る天才。

こいつもなかなか複雑な環境で育ったようだからな。

聞けば侯爵家の兄弟仲は最悪らしい。

彼には妹が一人いて彼女は慕っているというのだから、性格に問題があるというわけではないのだろう。

次期当主となるだろう兄二人が彼の事を毛嫌いしているからとも言われているが、それは単に優秀な弟を持った兄達の嫉妬のせいとも考えられるのだが。


ただ両親が彼のことを手元に戻したいと強く願い出ていることが気にかかる。

書面から感じたのは溺愛しているというのとは違う、何か。

何を失うことを恐れている?

自身が息子を失ったからこそ感じとった"違和感"。

…まあ、単純にそれだけではなさそうだがな。

妙に達観したような物言いをする少年の姿を見るたびに思う。


強く光輝くものほど、纏う闇は深い。

「それで、いつまでここに引き込もっているつもりなんですか?

『縁を切った貴方にこれ以上息子の罪を問うことはない』と、そう謁見の場で王が宣言したではないですか。せっかく用意した地位(補佐官)は今だ空席なんですよ?いい加減、主が不在の執務室から重い書類を持って往復する部下達の苦労を察してください。」

思考の海から現実へと引き戻したのは、そんな少年の言葉だった。

彼が機会あるごとに表舞台へと引き戻そうと画策しているのは知っている。

だがそんなことは承知で引き込もっているのだ、こちらは。

残念だが人生経験の一つだと思って我慢しろ。

そう思いながら書類を脇に避けて顔を上げる。

「お前もだ、家出息子。両親が面会を望んでいるっていうのに、のらくらかわしてガッカリさせてるそうじゃないか。俺が言うのもなんだが、ご両親は貴族らしくない、気さくないい人達だと思うぞ?会うだけならいいじゃないか。何が不満だ?何がお前を惑わせる?例えば…あの噂のことか?」

瞬間、少年の顔に緊張が走る。

「…何のことですか?」

「ちょっと試しただけだろうに。そうあっさり警戒心を表に出すんじゃない。お前の弱点がどこにあるか丸解りだろう。昔っから本当にわかりやすい性格してるのになあ。どこが"氷の盾"だ。一面だけ見て騒いでいる侍女連中に教えてやりたいよ。」

「…そんなことを言うのは両親と貴方くらいですよ。」

いたずらが成功してニンマリと笑うロランに対し、少年は苦虫を噛み潰したような表情を向ける。年若く、経験不足の少年を"王左"に据えることは当初強い反発を受けたが、多少危ういところはあっても少年はもって生まれた資質と努力でその重圧を跳ね返してきた。


今では誰も彼がその地位にあることを疑問視していない。

とはいえ、王家や主だった側近達が他国への抑止力として彼がその位置にあることを望んだからこそ未熟であっても政治の表舞台に立たせている、その事実に変わりはない。

そして一因が己にあることはロランにもわかっている。

わかってはいるが。

「お前も理解しているだろう?まだその時期(・・・)ではない。」

「王命が下ったとしても、ですか?」

「"王が命じて”粛清を行ったばかりだろう。簡単に最高権力を振るうのは王家対する反発を招く。まあ、もうしばらく頑張れ。時期が来れば自分から戻る。それよりも。」

机に肘をつき、鋭い視線で少年を見つめる。

「何か気にかかることがあって、ここに来たんだろう?」

「…いえ、大丈夫です。何でもありませんよ。」

「何かあるからわざわざここまで足を運んだんだろう。いいからさっさと話せ。」

「私事でもありますから…それは」

「話せ。」


こうなると、この人は頑として譲らない。

広い視野と揺らぐことのない強い意思。

そこに偽りのない忠誠心があったからこそ、王は彼を生かした。

少年は一つため息をつく。

どうせ話さなければならないならば丁度いい。

正直、持て余しているところだ。


「次代の魔法紡ぎの女王のことですよ。」

「…ああ、三ヶ月ほど前に迷い込んだという異世界の少女か。」

ここだったかな、と言いながら"調査結果"と名のついた書類を取り出す。

…そんなもの、部下が持ち込んだ決裁書類の中にあったか?

地下に降ろす書類には事前に目を通したはずなのに。

いつの間に持ち込まれたのか訝しく思う少年を他所にロランは報告書へ目を通す。

「なるほど。それで、この少女の何が気にかかる?…頼むから惚れたとかいうなよ。正直もうこりごりだ。」

苦い顔で呟くロランに少年は笑いかける。

「安心してください。それはあり得ませんよ。ただ残念なことに、貴方にとってこの不本意な状況を生んだと思う存在が初代女王の後継者です。」

そう言って指で軽く鉄格子を弾く。

「かもしれない、という台詞はつかないのか?」

「間違いないですよ。でなくてはこの状況の説明がつきません。」

「この状況?」

「…盾は、女王の傍らにあることを望んでいるようです。」

少年はロランから視線を外し足下に目を落とす。


魔法を紡いでいるときも。

そうでない、今このときも。

"盾"は女王(エマ)を認識したときからずっと彼女の傍らに立つことを欲している。

「それは…魔法紡ぎとしての能力がそう認識させる、ということか?」

不思議そうなロランの問いに、一瞬口籠る。

たぶんこの感覚は自分にしかわからない、何故かその事だけは理解できた。

そして自分しかわからないこの感覚を説明できる適当な言葉を。


自分は、知らない。


「…わからないのです。」

「わからない?」

「互いの魔紋様まもんようが共鳴する、その事は確かです。ただ、それによる能力の変化は感じません。女王の傍らにあって本来の力を発揮するのであれば、そういう事象がおきてもおかしくはないと思われますが。…離れて今、王の傍らにあっても特に不自由なく魔法を紡ぐことができる。」

「なるほど。それで、お前はどうしたい?」

「…どうしたい、ですか?」

「お前の望みは何なんだ?」

「…。」

「考えたこともない、か。俺がお前ぐらいの歳の時は欲ばっかりだったがなあ。」

それも仕方ないことだろう。

そういう欲を持つ前に国へ尽くすことを余儀なくされたのだから。

「よっし、手伝ってやろう!」

「は?」

「ちょっと、いってくるわ。」

「はい?どこへ?」

「ん?魔法紡ぎ女王様のところだ。」

「なにいってるんですか!聞いてるでしょう?!魔法紡ぎの女王と約束したこと!」

国に被害が及んだらどうしてくれるんです、そう言って珍しく慌てた様子を見せる少年の姿に口元が緩む。

…これはもう、久々に楽しいことになりそうだ。

「残念だったな。私は現在無役だ。国に関わってるとはいっても書類だけのこと。補佐官の任はまだ受けていない、だろう?」

「それは、そうですが…。」

「ついでに言うなら当主は弟に譲って今の俺はすでに公爵でもない。…本来なら、こんなところにいられる身分じゃないんだよ、私は。それでも今まで散々無理を通してきたんだ。もう一つくらい増えても大した問題じゃないだろう。」

「しかし、この牢には鍵が」


ガッチャン。


「は?」

「随分前から壊れてるんだよ、ここの鍵。」

「…。」

呆然と立つ少年を他所に、ロランは鼻唄を歌いながらベットに人形ひとがたを作り布団を被せると出来上がった書類の束をいつも通り(・・・・・)に鉄格子の前へと積んでいく。

「おかしいとは思わなかったのか?牢番がいないのに誰が鍵を開けているのか、とか。」

ニヤリと笑って少年の頭をぽんぽんと叩く。


「だからお前はまだまだなんだよ。いいか、これからは三日間ほど体調を崩して寝込む予定・・だ。書類の決裁は急ぎのものがあれば爺さん達に聞いて進めておけ。ついでに、お得意の魔紋様まもんようで俺がここで生活しているように偽装しろ。結界の魔紋様まもんようの効果で外部から覗くことは出来ないが、直接見に来るかもしれん。」

最後の言葉に、少年の意識が切り替わる。

「聖国の、ですか。」

「この国を諦めるわけがないだろう。たぶん仕掛けるなら帝国との調印式の前だろうな。聖国としては、うちと帝国が国交を回復するのは都合が悪い。王国の面子を潰しにかかるとしたらその前に行われる大規模な催しにぶつけてくる可能性が高い。」

「収穫祭とそれに伴う…戴冠を祝う式典ですね。」

「そちらはお前が手配していることはわかってる。現在考えている対策のまま進めていい。」

「貴方は?」

「一ヶ所だけ、お前の手が届かない場所があるだろう?」

「…ダンジョン。」

「と、次代の魔法紡ぎの女王だ。これは今、お前と話して気付いた。つまりは」

「つまりは?」

「俺もまだまだということだよ。

いいか、妥協はするな。思い付く限りの手を打っておけ。

さもないと初代女王の予言した厄災を防ぐことなどできない。

次代の魔法紡ぎの女王の方は俺が手を回しておく。あと、ついでだからこの書類を執務室の方へ運んでやってくれ。きっと感謝されるぞ。…相手は全員男だがな!」

ロランは一気に指示を出すと姿を偽装するローブを取りだし、侍女へと姿を替える。


「また悪趣味なものを。」

「これなら俺だと絶対にバレない。じゃあ、行ってくる!」

走った先にあるのは一段と古びた地下の一室。

朽ち始めて使われなくなった地下牢を抜けた先に、幾本もの地下通路が整備されていることを知っているのは王家に信頼を受けた者だけ。そして更に外部へと脱出することが出来る道筋を知っている者を数えれば、たぶん両手の指で足りる。

錆びた扉を開ければ、間もなく夜の帳が下りる頃。

実に五年ぶりに吸った外気がゆっくりと肺を満たす。


「さて、昔の仲間達に連絡を取るか。」


再び動き出した王国の運命に、自身の願いをのせて。

自ら牢獄を執務室に定めた理由は数多あれど、そこには伝えられない思いがあった。

天に輝く双星に願うことはただ一つ。


我が子が罪を許されるまで、共にある事を。





七夕も近いので、この題名で息抜きの一話を。

次回また、ダンジョンの改装工事に戻ります。

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